第19撃: ―空将、ガズラ―
少々空将ガズラ戦が長引き過ぎてますね…。
あと2~3話で決着だと思いますので、何卒お付き合いください!
敵軍の動きは、明らかに鈍っていた。
いや、“鈍っていた”などという生ぬるい表現では足りない。
恐怖に呑まれていた。
空を舞う死神のような男――草薙一真。その姿を目にした瞬間から、魔族たちの理性は鈍り、肉体は凍りついた。
それでも幾人かは、勇を奮い、武器を構えて空へと突撃する。
しかし――結果は同じ。
斬られる、穿たれる、吹き飛ばされる。
たった一撃で、骸となって大地へ落ちていく。
その様を、魔王軍空将ガズラは、まるで悪夢を見ているかのような顔で見上げていた。
(な、何なんだこれは……!?)
歯が鳴る。汗が噴き出す。思考がまとまらない。
(報告では、スキルなし。追放された勇者のなりぞこない。それだけだったはずだ……!)
ガズラはちらりと視線を逸らす。
軍の後方――陰に潜む、黒い小動物のような影。
偵察特化型の使い魔。隠密行動と情報収集に特化した、極めて希少な個体だ。
この使い魔は、エルサリオンの“あの方”からの命で、一真たちの監視と記録を任されていた。
(これが記録していた映像でも、ここまでの脅威はなかった…精々ロックスネークを倒せる程度の力では…。本当に映像と同一人物なのか…?)
ガズラの胸を掠める、薄気味悪い感覚。
だが――。
「その魔物か」
それは、一真の静かな声によって遮られた。
「潰させてもらう」
次の瞬間――。
“バチン”という鈍い音。
一真は指を弾いて、仙気の塊を飛ばした。
気づけば、使い魔は微塵となって霧散していた。
「……どうも俺たちの情報が漏れていると思っていたが、今の魔物に監視でもさせていたか。少々、油断しすぎたな。以後気をつけよう」
それはまるで、道端に落ちたゴミでも拾ったかのような、事務的な口調だった。
ガズラの心臓がどくん、と音を立てる。
その使い魔は、たとえ上級の魔術師でも発見できない精巧な隠密性を誇り、しかも視た光景を魔力に変換し、幻灯のように再現可能という逸品。
何より、“あの方”に情報を届けるべく記録していた――その唯一の手段だった。
ほんの僅か。一瞬だけ偵察使い魔に意識を向けだだけ。
それで、見破られた。
(……潰された……終わった……俺の任務も、逃げ道も……全て……)
戦場の現状、失われた記録、消えた部下。
それらをすべて合算すれば、魔王軍内での地位は消し飛ぶ。
それどころか、死罪を免れる保証すらない。
ガズラの瞳に、絶望が走った。
しかし、その絶望の中から、別の感情が立ち上がる。
恐怖。怒り。そして、生存本能。
ガズラは叫んだ。
「――くそっ……こうなれば……こうなれば手段は選ばん!」
彼は己の体に秘めた魔力を、すべて解放する。
「貴様を殺す……何としても!そうでなければ……俺の命が……俺が築き上げたすべてが!!」
その雄叫びと共に、異形の変身が始まった。
肌が黒ずみ、隆々とした筋肉がさらに肥大化し、
背から広がる翼は倍以上の長さに変じ、
頭部は獣のように伸び、歯列は裂け、顔はもはや魔獣のそれ。
それは――ガズラの真の姿。
そして、1度変われば二度と元の姿には戻れない、覚悟の変容。
膨れ上がった魔力は、戦場を圧し、五人の冒険者たちすら、思わず振り返るほどだった。
リーダーのビルが呟く。
「……あれが……魔王軍の将か……!」
だが――その視線の先で、一真はまるで退屈そうに、伸びをしていた。
「……やれやれ、腹減ってるのに……。いいから早く来いよ。俺はさっさと終わらせて、飯を食いたいんだ」
その態度に、ガズラは怒りを爆発させる。
「貴様ッ……ッざけるなぁぁあああッ!!」
ドォン――!!
丸太のような腕に魔力を纏わせ、空から地を穿つほどの破壊力で、一真へと振り下ろす!
一撃必殺。
魔王軍の空を統べる将軍の、全魔力を込めた必殺の一撃――!
しかし――。
「……は?」
“ゴガン”
それは、止まった。
完全に、止められた。
――一真の、片腕一本で。
踏みとどまるでも、滑るでもなく。
まるで、軽いボールでも掴むように。
涼しい顔で、その巨大な拳を、手のひらで押さえる一真。
動かない。押せない。砕けない。
ガズラの目から、色が消えた。
「……な……ぜ……?」
その問いに答えるでもなく、一真はわずかに首を傾げ、
「……手応えないな」
そして。
“ミシッ”
“バキィッ”
嫌な音が、戦場に響いた。
一真の手が、ガズラの腕をひねり、引いた。
次の瞬間――
“ズルリ”
ガズラの巨大な腕が、根元からもぎ取られた。
「……ッ、がァァァあああッ!!」
絶叫が空に響く。
噴き出す血潮。
空に舞う黒い腕。
信じられぬというよりも、理解を拒絶するガズラの表情。
それを見たリューネが、呆然と呟く。
「……何……あれが、人間……?」
ザックも、乾いた笑いしか出なかった。
「……やっぱり、あいつ…異常だ……」
サラがぽつりと囁く。
「……いや、“人間”じゃない。あれは、もう……」
“闘神”だ。
その瞬間、戦況は決しつつあった。




