第20撃:――怒りを鎮める手など無い――
痛み、恐怖、混乱――
ガズラの意識はすでに限界に達していた。
もはや戦意など微塵も残っていない。
残っているのは、生存本能のみ。
(これは……本当に“人間”なのか……?)
空を駆け、魔を薙ぎ払う男の姿は、あまりにも現実離れしていた。
恐怖は五感を蝕み、現実感すら薄れ始めていた。
一真がふと、空で足を止め、周囲を見渡しながら呟く。
「今更かもしれんが……これ以上目立ちたくないんだよな。飯も食いたいし、早く終わらせてもらうぞ」
その言葉に、ガズラの思考が跳ね起きる。
死を、理解した。
「ま、待ってくれ! 俺が悪かった!降参だ、降参する! 大人しく引き上げる! もうあんたに関わらない! だから、命は――!」
叫びは無様だった。
地位も、誇りも、体面もかなぐり捨て、命乞いするガズラ。
(ふ、ふざけるな……! 本当に殺される……! 魔王軍に戻っても罰は免れんかもしれんが、まだ“可能性”はある。だが、この男と今戦えば――間違いなく死ぬ!!)
生きるためだけに、ガズラは声を張り上げた。
一瞬、戦場に奇妙な静寂が流れる。
それは、誰もがこの様な結末は予想していなかったからだ…一真一人を除いて。
――その時。
「おかあさぁん! 立って! 逃げないと!」
地上から、女の子の悲痛な声が響いた。
戦場の全員が、空気の流れが変わったのを感じた。
ビルたちが、ハッと目を見開き、後方を振り返る。
どうやら足を挫いたのか、そこには倒れた母親を必死に支え起こそうとする、小さな少女の姿があった。
少女は泣きじゃくりながら、母の名を呼び続けている。
「……くそっ、油断した! 注意が甘かった……!」
ビルが顔を歪め、リューネが警戒する。
しかし、距離が遠い――!
その瞬間。
「うおおおおおッ!!」
物陰に潜んでいた一体の魔族が、狂気の叫びを上げながら、母娘へと跳びかかった。
「どうせ死ぬなら、コイツらも道連れだァァ!!」
その場にいた誰もが息をのんだ。
「やめろォォォォ!!」
叫んだのは――ガズラだった。
一真の力がどれほどのものかを、最も近くで見ていた男の叫び。
(やめろ……今、あの男の怒りに火を点けるような真似をすれば……!)
だが――魔族は止まらない。
本能的な絶望の中で、他者を巻き込もうとする破滅の突進。
魔法も、弓も、間に合わない。
そのとき、晶が動いた。
震える足で駆け出し、倒れた母娘の前に立ちふさがる。
小さな身体で、二人を覆い隠すように。
「ダメ……ッ、ボクが……ッ!」
そのさらに上から、サラがその身を差し出した。
「ッ、ああもう……っ!」
魔法では間に合わない。
己の身体を、少女たちの盾にする――その選択。
魔族の凶爪が、四人を引き裂こうと迫る。
――だが。
“ズドォン”
魔族は、次の瞬間――跡形もなく消え失せていた。
地に焼き焦げた痕を残すことすらなく、完全に消滅。
サラが驚愕で振り返る。
晶が涙を流しながら目を見開く。
見上げた先――空。
そこにいたのは、左腕を地上へと向け、仙気を放った一真。
封神拳・仙気流光。
しかし今のそれは、魔族一体を討ち、かつ周囲に一切の余波を与えぬ、極限まで力を制御した射撃だった。
それは、超常の精密さと、超越的な怒りの混在。
地上にいる者たちは、ただその光を呆然と見上げるしかなかった。
一真の視線が、地上へと降りる。
晶の姿。
彼の“覚悟”を見た。
(……無茶をしやがって)
怒りは、なかった。
むしろその顔には、ほんの少しだけ、微笑が浮かんでいた。
誇らしそうに、そしてどこか、優しさを湛えて。
そのまま、一真は視線を横に滑らせる。
晶の上に身を投げ出した、魔法使いサラへと。
(……命を張って、他人を守ろうとする奴が……この世界にも、いるんだな)
その目が、どこか嬉しそうに細められる。
――だが、次の瞬間。
一真の視線が、ガズラへと向け直された。
そこには、もう笑顔など無い。
氷よりも冷たく、剣よりも鋭い、純然たる“怒り”の視線。
その視線だけで、ガズラの心臓が凍りつく。
「……貴様の指揮の下で……あの母娘が殺されかけた」
一真の声が、まるで地の底から響くように低く、静かに。
「――覚悟はいいな?容赦はせん」
そう言って、一真の右拳が、仙気を纏い始めた。
無慈悲な光が、一真の手を覆う。
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