第2撃:旅は道連れ、心はひとつ
「……これはまた、なかなかの待遇だな」
草薙一真は、誰に聞かせるでもなく、平坦な声で呟いた。
目の前に広がるのは、どこまでも続く乾いた平野。色の褪せた草が風に揺れ、ぽつぽつと歯抜けのように生えた木々が頼りなさげに立っている。風車が数基、軋む音を立てながらゆっくり回っていた。
そのすべてが「僻地」以外の何物でもなかった。
一真と晶に王国から渡されたものは、最低限の水筒ひとつと、干し肉数切れだけ。そして、薄っぺらな毛布が一枚。それだけだ。
銅貨一枚、ナイフ一本、武具どころか火打石すらも与えられなかった。完全なる「廃棄物」扱い。
(ま、こうなるとは思ってたがな)
空を見上げ、頭の後ろで手を組む。陽はすでに傾き始めていた。暖を取れる場所を探すなら、そろそろ動き出す必要がある。
「さて、これからどうするかね……」
ぽつりと呟いてから、ふと気づいた。
――静かすぎる。
同行者、水無瀬晶の気配が、まるでそこにないかのようだった。いや、確かに傍にはいる。いるのだが……何かが違った。
一真が振り向いた先。晶は、その場で立ち尽くしていた。まるで時間が止まったように。肩がわずかに震え、顔は青ざめ、唇は噛み締められている。
「……少年?」
声をかけても、反応はなかった。
(……そりゃ、無理もないか)
いきなり異世界に呼び出され、理由も分からないままスキル無しと断じられ、放り出される。何かの手違いかもしれない。それでも、世界はその少年を否応なしに拒絶した。
「ボク……一体、どうしたらいいのか、分からない……」
晶は震えていた。足元が崩れそうなほどに。頬に浮かぶのは、滲むような涙の光。
生きていても意味がない。希望なんてない。――そう思っていた。
大好きだった両親も、優しかった祖父母も、みんなもういない。
クラスでは、ほとんど誰も自分をまともに見てくれなかった。容姿を笑われ、性別で疎まれ、孤立していた。
自分という存在が、ただそこに在ることすら、迷惑だと言わんばかりの視線。
ずっと、誰にも期待してこなかった。
なのに――
(死ぬのは、怖い……)
この見知らぬ世界で、今、晶の身体は確かに生きようとしていた。叫んでいた。
(どうして……世界は、こんなにもボクを嫌うんだろう……)
涙が、ぽろりとこぼれそうになったその時。
「おーい、何やってんだ? 行くぞー」
明るい声が、風の向こうから届いた。
思わず顔を上げる。そこには、手をひらひらと振る一真の姿があった。
「え……? ボクも……一緒に、行っていいんですか……?」
晶は反射的に問いかけていた。どこか、信じられないように。
「何言ってんだ。当たり前だろ。旅は道連れってな。一人より二人。のんびり行こうぜ」
一真の言葉に、胸がぎゅっと締め付けられる。
こんな自分でも、誰かと一緒に歩いていいのだろうか。
「でも……ボク、何もできないんです。スキルもないし、戦うことも……。きっと、足手まといになっちゃう……」
小さな声で告げると、一真は近づいてきて、晶の頭にぽんと手を置いた。
「何にもできない人間なんていないさ。今はまだ見つかってないだけ。あるいは、自分で気づいてないだけだよ」
その手はあたたかくて、優しくて、震えていた心が少しずつほどけていくのが分かった。
言葉よりも先に、胸が熱くなった。
「……一緒に、来るだろ?」
差し出された大きな手。少しだけ戸惑って、それでも……その手を、しっかりと握り返す。
「……はいっ。よろしくお願いします!」
一歩、また一歩。二人は平野を歩き出す。
やがて、ふと一真が立ち止まって、ニッと笑った。
「っと、そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名は一真。草薙一真だ。よろしくな!」
それを見た晶も、ふっと笑みを浮かべて言った。
「ボクは晶。水無瀬晶っていいます。よろしくお願いしますねっ、一真さん!」
――こうして。
たった二人、手ぶらで、希望も行き先もない異世界の旅が始まった。
だが、不思議と寂しくはなかった。
誰かと一緒に歩けるだけで、こんなにも心強いのだと。
初めて、晶は知ることができた。