第17撃: ―空中戦闘―
「……さて、と」
空中に浮かびながら、草薙一真は静かに周囲を見渡した。
風を裂く羽音が、頭上から耳元をかすめる。
宙を舞うのは、翼を背負った魔族の兵士たち。そして――鷲の翼と頭、獅子の胴を持つ魔獣に跨った騎士たち。
その数、ゆうに百を超えていた。
下方では、地上を這うようにして歩兵が進軍していた。武器を手に村へと迫る異形の軍勢。
だが宙を来る敵に比べれば、数は少ない。
「地上は、ビルたちに任せておけば大丈夫だろう。問題は……」
視線を再び空へと戻す。
その中に、ひときわ異質な気配があった。
(……あれが指揮官か)
その魔族は、グリフォンではなく、漆黒の魔獣の背に乗っていた。漆黒の鎧に包まれたその姿からは、他とは桁違いの気圧が滲み出ていた。
その魔族――《空軍将・ガズラ》がにやりと嗤い、口を開く。
「お前が、草薙一真か……? なるほど、妙な術で浮いているようだが……報告では“スキルなし”と聞いていたぞ?」
その目は訝しげに細められていたが、やがて嗤いに変わる。
「――まあ、よい。やんごとなきお方が、お前の存在を“邪魔”と判断された。だがな、忠誠を誓うのなら、命だけは助けてやってもいいそうだ。光栄に思え。人間風情には、もったいないお言葉だぞ?」
一真は、つまらなそうに肩をすくめた。
「これまたテンプレな展開だな……。じゃあ、こっちもテンプレ通りに返しておくか」
そう言って、にやりと笑う。
「――断る。
魔王軍のことは詳しく知らんが、少なくとも、あんたのような品のない奴と同じ旗の下に立つ気はない」
その一言が、空の空気を震わせた。
ガズラの顔に、怒りの影が差す。
「……ならば、予定通り死ね。かかれッ!!」
その号令と共に、魔王軍の空の部隊が一斉に動いた。
翼が唸り、矢が放たれ、槍が宙を裂いた――
だが。
一真の姿が、次の瞬間――消えた。
「なっ――!?」
だが、それは“消えた”のではない。
“速すぎて目に映らない”のだ。
まるで疾風。
誰よりも速く。
意識よりも鋭く。
一呼吸ごとに、空に浮かぶ敵が数を減らしていく。
ある者は首と胴が分かれ、ある者はグリフォンごと真っ二つになり、ある者は胴に風穴を穿たれて絶命した。
悲鳴すらあげる暇もない。
そして、ふと一真が空間に現れる。
両手を軽く叩き、埃を払うように。
「どうした? 俺をやるんじゃなかったのか?」
その声には、嘲りも怒りもなかった。
ただ淡々と――まるで、ただの作業のように。
ガズラの背筋に、冷たい汗がつっと伝う。
「おのれ……何をしている!! 奴は一人だ!! 殺せ、殺せぇッ!!」
怒声に応じて、新たな影が一真の前に立ち塞がった。
――それは、異様に巨大な魔族だった。
二メートル半を優に超える体躯。鎧を纏い、両手には巨大なハルバードを握っている。背には不釣り合いなほど小さな翼。
筋肉の塊のような異形の魔族が、唸り声を上げて飛びかかってくる。
「おお……なるほど。こんな奴もいたのか」
一真は一歩も退かず、構える。
(……最初に見渡したとき、こいつはいなかった。隠していたか、あるいは召喚か?)
思考を巡らせつつも、一真の動きに一切の無駄はない。
魔族が咆哮と共に、ハルバードを振り下ろす――その瞬間。
「――封神拳・仙斬閃」
一真の右手が、すっと横に構えられた。
手刀が光を纏い、仙気が刃のように鋭く集束する。
そして――振るわれた。
斬撃が空気を裂いたその瞬間、
ハルバードが、まるで豆腐のように、抵抗もなくスパリと切断された。
ギリギリまで刃を研ぎ澄まされた鏡のような断面。
刃が、重みが、質量が――まるで意味を成さなかった。
そのまま仙斬閃の軌道は止まらず、魔族の肉体そのものを、正面から――真っ二つに。
「……? …なにを……」
魔族の最期の言葉は、声になることなく、
その巨体は空中で二つに裂け、無様に大地へと墜ちていった。
一真は静かに吐息をつく。
「……やれやれ。まだ本隊にも届いてないのに、腹が減ってきたな。
封神拳ってのは、ほんと不便だ……」
だがその言葉とは裏腹に、
その眼はまだ、空の先を睨んでいる。
まだだ。まだ終わってはいない。
この戦いは――序章にすぎない。




