第15撃: ―静かに迫る戦火―
補足。
メモという描写がありますが、これは晶がもともと着ていた学生服のポケットに、メモ帳とボールペンが入っていました。
夕暮れが落ちる前の村は、どこか穏やかだった。
一真と晶は、賑わいを背にして酒場を後にする。
「さてと、森に戻る前に……魔石を売った金で買えるもんは買っておこうか」
一真がつぶやくと、晶は手元のメモを見ながら小さく頷く。
「そうですね。フライパンに鍋、お皿、水筒……それからナイフとフォークも。あ、あと調味料!」
「おお、それは重要だな。料理は心の栄養でもあるしな」
一真は微笑みながら頷き、続ける。
「それと、できれば近隣の地図が欲しいな。金、足りるかな……。足りなきゃ、石ころ蛇と“ツヨツヨスライム”の魔石も売るしかないか。ほんとは温存したいけどな」
その単語に、晶が小声で呟く。
「……“ツヨツヨスライム”……やっぱり、一真さんのネーミングセンス、独特ですね……」
「ん?そうか?なんか強そうな感じが出てるだろ?」
そんな他愛のない会話に、晶がくすりと笑う。
だがその平穏は、次の瞬間、唐突に破られた。
「――大変だ! 魔王軍が攻めてきたぞッ!!」
鋭く村の空気が震えた。
どこか遠くで鐘が鳴る。
「な、なんでこんな小さな村に……!?」
「誰か助けて! 母は寝たきりで動けないの!」
瞬く間に村中はパニックに包まれていく。
人々の叫び、泣き声、逃げ惑う足音。
混沌が、音もなく一真と晶に押し寄せた。
晶の声が、恐怖に震える。
「か……一真さん、これって……」
「まあ、俺達のせいだろうな」
一真は冷静に言った。「この村を魔王軍が狙う理由はない。
村の反応を見る限り、何か特別なものがあるわけでもなさそうだ」
一瞬目を閉じた一真は、すぐに開き、低く言った。
「晶、少し隠れて様子を見よう。動くのはそれからだ」
二人は建物の陰に身を潜め、状況を見定める。
と、そこに、酒場から飛び出してくる五人の姿があった。
先ほど情報を提供してくれた冒険者たち――ビルたちだ。
「魔王軍……なぜこんな場所に……」
リーダー格のビルが、硬い表情で周囲を見渡す。
「ビル、不味いわ……。補給が済んでないのよ! 直接酒場に来ちゃったから!」
紅髪のリューネが叫ぶ。
「……それに、翼を持ってる奴らが多い。空中戦になるぞ」
盗賊風の男、ザックが目を細めて空を見上げる。
「空中戦か……」
ごつい体格の戦士風の男――ハンクが渋い声でつぶやいた。
「俺やビル、ザックじゃ高所には手が出せねぇ。リューネの弓と、サラの魔法頼みだな」
ビルが冷静に状況をまとめる。
「俺たち三人は地上に降りてきた奴の迎撃だ。それ以上は無理だ」
ザックが肩をすくめる。
「まいったねぇ……俺、こういうドンパチは苦手なんだよ」
すると、静かに呟く声が聞こえた。
「……つべこべ言わない。黙って……仕事、する」
魔法使いのサラだった。先程まで寝ていたとは思えぬ冷徹な口調に、場が引き締まる。
ハンクが村を見渡し、言った。
「村はパニックだ。モンスターに慣れてない人々ばかり……逃げ惑うしかないのも当然だ」
「他に戦える人たちもいないわ。……さっきの冒険者連中は、みんな逃げ出しちゃった」
リューネが吐き捨てるように言った。
ビルが一歩踏み出し、剣を握り直す。
「……愚痴っても始まらん。やるしかない。出来る限りな」
ザックが苦笑しながらつぶやく。
「こんなことになるなら、先に補給してから飲むんだったな。そう思うだろ、ハンク?」
「ああ。次からはそうしろ……生き残れたらな」
物陰でそれを見ていた一真は、静かに目を細める。
(へぇ……逃げないか。やるな、あいつら。他の冒険者どもは我先に逃げ出したのに)
そして、隣にいる晶が不安げに服の裾を掴んだ。
「……一真さん。このままだと……ボクたちのせいで……」
「大丈夫だよ」
一真は笑って、晶の頭をそっと撫でた。
「逃げたりはしない。ただ、な……」
その声が、少しだけ曇る。
一真は考える。
(やはりエルサリオンと魔王軍は、裏で繋がってる…?)
一真の瞳が、ゆっくりと戦場の方向へと向けられる。
(だが、なぜ追放した俺達を狙う…。封神拳?…封神拳は森でしか使っていない…監視があった?)
一真は油断せずに語る。
「俺達のこと、あまり知られたくないんだよ。なぜか情報が漏れてるみたいだし。
封神拳の存在も、あまり表沙汰にはしたくない…動きづらくなる。…けど」
(……だが、仕方がないか。使う時は、使うしかない。
守るべきもののために)
その手のひらには、かすかに仙気の光が集まりつつあった。
鬱屈した思いを抱えながらも、彼の決意は静かに、そして確かに燃え始めていた。
――風が変わった。
遠くから、羽ばたく音と、戦の匂いが迫る。
語り部ミミズクです。
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