第12撃 :―“真実”の向こう側―
老人の話を一真は静かに聞いていた。
そして、ふと返すように言葉を挟む。
「……確かに、エルフやドワーフはいないな。だが、“神様”は……どうだろうな」
その一言に、老人の眉がわずかに上がった。
「おや、そっちの世界にも神族がいるってのかい?」
一真はふっと笑う。
「……いや、正確には“いる”かどうかは俺にもわからん。
ただ――師匠が、そういう存在について語っていたんだ」
その言葉に反応したのは、老人ではなく、隣にいた晶だった。
「一真さんの……お師匠様……」
その声音には、羨望とも憧憬とも取れる微かな熱が含まれていた。
一真は、そんな晶を横目に見て、わずかに笑みを浮かべる。
「……話の腰を折ってすまない。続きを聞かせてくれないか?」
老人は「ほっほ」と笑いながら、椅子に体を預け直した。
「ま、偉そうに言ったが、儂もなんでも知ってるわけじゃないよ。
だが、知ってる範囲で話してやろう」
それから、老人は世界の“基礎”を教えてくれた。
この世界――エルフェリアで流通している通貨は、浅貨・銅貨・銀貨・金貨・大金貨の五種類。
最も価値の低い浅貨は混ざり物の多い不純な貨幣であり、
価値の感覚は、およそ日本円で言うところの以下の通りだという。
浅貨:10円相当
銅貨:100円
銀貨:1,000円
金貨:10,000円
大金貨:100,000円
「店や宿、日用品のやり取りなら銀貨までで十分さ。
金貨は上級品か、それなりの取引にしか使われない。
……そして大金貨は、王侯貴族や商会の人間が動かすレベルの代物だな」
「なるほど……だいたいの生活感が見えてきたな」
一真は頷きながら、次の問いを口にする。
「あと一つ……やっぱり気になってたことなんだが。
なぜ俺たちは、この世界の言葉や文字がわかる?」
それに、老人は「それか」と笑って頷いた。
「それは召喚者に与えられる“ギフト”さ。
この世界の言語や文字を自動で理解できるようになる。スキルとは別の加護……そう聞いている」
「なるほど……自動翻訳ってやつか。だから“BAR”も“アイテム”も読めたわけだ」
一真の独り言に、晶がこくんと頷く。
「……スキルとは別に与えられる能力。じゃあこれは……意識して使うというより、常時発動型の加護ってことか」
「そういうこった」
続けて語られたのは――魔石に関する情報だった。
「魔石ってのは便利な代物でね。燃料に使えるし、魔法の触媒にもなる。
アイテムや武器の加工にも使われるし、特殊な魔石は回復薬の材料にもなる。
質や属性で、価値も用途も変わるんだよ」
「……なるほど。加工次第でいくらでも価値が跳ね上がる……」
それは一真にとって、重要な収穫だった。
この世界での“通貨”以外の、第二の資産――“魔石”経済が存在すること。
だが、さらに続いた情報は、それ以上の重みを持っていた。
老人は声を落としながら、前置きをする。
「……これはな、不確定な情報だ。だが――重要な話さ」
話題は、魔族と人間の戦争へと移った。
「まず前提として、魔族ってのは一枚岩じゃない。
共存を望む者たちもいれば、敵意剥き出しの過激派もいる」
「……つまり、内部対立か」
「そうだ。前の魔王――あれは穏健派だったそうだ。
人間との共存を目指して動いてたらしい。協定を結ぼうとしてた、とも聞いた。
だが――その魔王は謎の死を遂げてな。今は、その娘が“新たな魔王”として君臨している」
「娘……?」
「そうさ。今の魔王も、父親譲りの穏健派らしい。
だが、魔族内の過激派はそれをよく思っちゃいない。
どうやら――内戦が始まっているらしいんだよ」
一真は黙って、情報を整理する。
(エルサリオンが言っていた“魔族の侵攻”は、これか。
まるで一方的に攻められているかのような口ぶりだったが……ずいぶん話が違うじゃないか)
それでも、特段の驚きはなかった。
最初から――エルサリオンの連中を信用などしていなかったからだ。
しかし、次に語られた言葉は、別種の重みを帯びていた。
老人はどこか寂しげな顔をして、言った。
「……前まではな、エルサリオンの国王は名君…賢王って評判だったんだよ。
民に優しく、公正な判断を下す……理想的な王だった」
「……だった?」
「ああ……ある日を境に、何かが変わってしまった。
王女様がな、魔族に攫われたんだよ。……そして数ヶ月後、無事に救出された。
だが――その後からだ。エルサリオン王国が、目に見えて“変わっていった”のは」
言い終えて、老人は目を伏せる。
「王女様は……昔は本当に優しい子だった。
けれど、あの事件以来――まるで別人のように冷酷になってしまった。
儂はな、店を畳んでこの村に逃げてきたんだよ。
あの頃のエルサリオンを、もう見ることはできない……」
老人の声には、悔しさと憂い、そしてほんの僅かな諦念が混じっていた。
その話を聞き終えた一真は――何も言わず、静かに思考を巡らせる。
(……王女が魔族に攫われた。無事に救出されたが、性格が一変。
可能性は……いくつもあるな)
“洗脳”
“魔族との取引”
あるいは、最悪の場合――
(……もう、“本人じゃない”のかもしれないな)
この世界の歪みの核が、少しずつ見え始めている。
そしてそれは、決して他人事ではない。
一真は、決意を込めて目を細めた。
「……この国、もう一度近くで見てみる必要があるな」
晶が静かに、一真を見上げた。
その瞳には、不安も迷いもある。
だが、それでも――彼を信じる光が、確かに灯っていた。
「行こう、晶。まずは――もっと情報を集める」
「……はい、一真さん」
そうして、草薙一真と水無瀬晶は、
この世界の“真実”の核心へと、もう一歩、足を踏み入れていった。
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