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第11撃 :―追放勇者、名を明かす―

しばしの沈黙の後、一真は決断する。

小細工はもう要らない――ここで勝負をかける。


「……店主、まずは謝る。さっき言った“魔王軍から逃げてきた”って話――あれは、ウソなんだ」


カウンター越しの老人の表情がわずかに曇る。

その目に警戒の色が浮かんだのを、一真は見逃さない。


だが、怯む気はない。言葉を選びながら、真実を差し出す。


「俺たちは――エルサリオン王国から来た。……いや、正確には“そこに召喚された”んだ。

俺の名は草薙一真。この世界とは……違う世界の人間だ」


賭けだった。

だが、一か八かではない。

無闇に嘘を塗り重ねて敵意を買うよりは、むしろ“信頼される嘘のない存在”として一歩踏み込む。

駄目なら、別の手を考えればいい。


視線は真っすぐに、だが警戒を解かぬままに――老人の反応を見極める。


老人は目を細めた。そして、小さく唸る。


「……違う世界……大人一人に子ども一人……」


沈黙ののち、呟くように言った。


「――じゃあ、あんたらが噂の“追放勇者”か」


その言葉に、一真は心中でわずかに笑う。


(――来たな。“追放勇者”。どうやら、それなりに知れ渡ってるらしい)


だが、表情には出さない。あくまで平然としたまま、淡々と応じる。


「そうだ。で――俺たちのこと、通報するか?」


目つきが鋭くなる。脅しではない。ただ、虚勢でもない。


だが老人は、ひょうひょうとした笑みを浮かべながら、肩をすくめて見せた。


「そんなに身構えるなって。タレ込んだりはしないさ。儂も命は惜しいからねぇ」


それに、一真は芝居がかった口調で応じる。


「おいおい、人聞きが悪いな。俺たち、そんな極悪人に見えるか?」


「……そうは見えんがねぇ。だが、見た目だけで人は量れん。

なにより――おたくたちには“力”がある。……違うかい?」


その言葉に、一真は無言で肩をすくめた。


老いを感じさせぬ眼光が、一瞬鋭く光った。


「……まあな。儂も長くこの仕事をやってる。人の裏も表も見てきたし、噂話もそれなりに耳に入ってくる。

一真さん――あんたは“悪”ではない。だが、必要とあらば“非情”に徹する男だ。違うかい?」


ニヤリと、意味深な笑み。


その観察眼に――一真は(この御老体、なかなかに食えないな)と内心で舌を巻く。


だが、続く一言で確信に変わった。


「安心しな。儂はエルサリオン王国が好かん。少なくとも、“今の”あの国はね」


(……決まりだ。この老人は話が通じる。ツイてるな)


「店主、単刀直入に言う。俺たちは――情報がほしい。できるだけ多く。

報酬は……さっき見せた魔石でどうだ?」


一真の提案に、老人はふっと苦笑した。


「言っただろう? 儂は“今の”エルサリオンは好かん。

敵の敵は味方――そのくらいの理屈は通じるさ。情報くらいなら、いくらでも話してやれるよ。

……それに、儂にも“商人”としての矜持がある。魔石も、適正価格で引き取ろうじゃないか」


(……敵の敵は味方、か。この世界にもそんな言い回しがあるのか。あるいは……俺たちに分かるように翻訳されてる?)


思考の海に沈みかけるも、一真はすぐに意識を現実に引き戻す。


老人は、椅子に腰かけ直し、語り始めた。


「おたくたちが“追放勇者”ってんなら、この世界のことは、ほとんど知らんのだろう?」


「……ああ」


「なら、まずは基本からだ。ここは“聖魔人界エルフェリア”と呼ばれる世界。

あんたたちの国――地球とはまったく別の、魔法と異種族が息づく世界さ」


晶がごくりと唾を飲む音が聞こえた。


老人は続ける。


「勇者召喚――あんたらがこの世界に来た方法だがね。実は、召喚されたのはあんたらが初めてじゃない。

昔はもっと慎重だったんだがな……エルサリオン王国が“あの”王族に変わってから、頻繁にやるようになった」


「……あの王族?」


「……王女様だよ。実権を握ってるのは、今やあの王女とその取り巻きさ。……まあ詳しくは後で話すがね」


一真はそれ以上詮索せず、無言で続きを促した。


「おたくたちの世界にはいないんだろう? 魔族、神族、亜人と呼ばれるもの達、エルフやドワーフ。

だから、初めて見ると子供のように喜ぶって話だよ」


老人の冗談めいた口調に、一真は苦笑する。


そして――横の晶が、目を輝かせて言葉を漏らした。


「……エルフにドワーフ……それに神様まで……この世界には、本当にいるんですね……!」


興奮を隠しきれない様子に、一真は小さく笑った。


(……晶がこんなふうに目を輝かせたの、始めて見たな)


「ま、いるにはいるさ。だが、いるってだけで友好的とは限らん。

魔族との戦争もまだ続いてるし、種族間の対立だって根強い」


「……だからこそ、異世界から人を呼ぶってわけか」


「そうさ。勇者ってのは、時に秩序のために、時に都合のいい駒として利用される。

そして役目を終えたら――捨てられる。……あんたらが、その“捨てられた者”なんだろう?」


老人の声に、冷えた重みがあった。


静かな店内の空気が、わずかに張り詰める。


一真は――その重みを黙って受け止めた。


(……全部把握してやる。この世界の構造と力関係。

そのうえで――俺たちがどう動くかを、決める)


扉の外では、陽光がやさしく村を照らしていた。


しかし、ここからが真の異世界での生き残り――草薙一真の戦いの始まりである。

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