第103撃:影を駆ける者
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一真は防壁の上から、夜の帳に沈みかけた城下町を静かに見下ろしていた。
(……よし。このあたりなら物陰になっているし、夜の闇が視界を遮ってくれている。近くに誰かの気配も……無いな)
慎重に周囲を確認すると、一真は防壁の上から城下町の中へと、音もなく身を投じた。
落下の間、衣擦れひとつしない。着地と同時に膝を軽く曲げ、地面を踏みしめる音さえ吸い込まれるように消えた。
(さてと……上手く見つかってくれればいいが)
心の中で呟きながら、ロイや紫音、柚葉から聞いた「オラクル」の特徴を思い出す。
(たしか、金髪の長髪、紫の瞳。身長は紫音と柚葉の中間あたり……エルフの女性だったな)
一真は街へ入る前に、晶の持つマジックバッグから取り出したロイのトークンを確認し、コートのポケットへと忍ばせる。
冷たい金属の感触を指先で確かめるように軽く握りしめた。
「よし、それじゃあ――人探しといくか」
誰にともなく呟くと、完全に抑え込んでいた気配をほんの少しだけ緩めた。
すると、存在の輪郭が夜気の中にわずかに滲む。人の意識に引っかかるか、引っかからないかの絶妙な領域。
足を運んだのは、城下町のメイン通りと思われる広い通りだった。
日が沈みかけて間もないせいか、通りにはまだ多くの人々が行き交っている。
(思っていたより賑やかだな……)
一真の着ている服は地球製だ。この世界の衣装と乖離して浮いて見えるのでは――そう思っていたが、杞憂だった。
見渡す限り、衣服は実に多種多様。旅人、商人、職人。鎧を着けた者もいれば、露出の多い服を纏う者もいる。
(ふむ……この格好でも悪目立ちはしなさそうだ。嬉しい誤算だな)
気配の調整をもう一度。存在感が薄すぎず、かといって強すぎない――“程よい”ところで固定する。
一真は、まるで田舎から出てきた青年のような素振りで、町並みを見上げながら歩き出した。
通りには様々な種族が混じり合っていた。
人間、ドワーフらしき小柄で頑丈そうな者、ホビットに似た柔和な顔立ちの種族。
さらにはリザードマンと思しき爬虫の血を引く者までが、普通に歩いている。
そして――もちろん、エルフも。
一真は自然を装いながら、その姿形を観察していく。
(違うな……この者も違う。こいつは……男か)
どのエルフも例外なく整った顔立ちをしており、その美しさは人間離れしている。
(まるで絵画の中を歩いてるみたいだな。だが……探し物には不向きだ)
本来、人探しなどこんな方法でするべきではない。
エルサリオンの城下町は広く、人口も多い。会ったこともない人物を見つけ出すなど、砂漠の中から一枚のコインを探すようなものだ。
(やはりビルたちの村とは人の密度が違うな。……こういう時こそ情報がほしいが、今は金が無いんだよなぁ)
思わず苦笑が漏れた。
村で物資を整えた際に、ほとんどの金を使い果たしてしまっていた。
手持ちの魔石や素材を換金すればよいが、この国での相場が分からない。商人がロイのように誠実とは限らない。
(迂闊に動くのは避けたいところだな。……もっとも、魔石は晶のマジックバッグの中だし、俺の手元に無い時点でどうにもならんが)
一真は通りを抜けながら、気配を調整したまま、静かに周囲を観察し続けた。
その時、ふと背後にいくつかの気配が引っかかった。
(……後をつけられているな。お約束みたいな展開だ)
思わず小さく笑うと、一真はそのまま歩を緩めずに、狭い路地裏へと滑り込む。
つけていた者たちは、気づかずにその後を追った。
四人。
女が一人、筋肉質の男が一人、小柄な男が一人。そして、フード付きのマントを深く被った人物が一人。
性別はわからない。だが、一真の直感は告げていた――「恐らく、女だ」と。
四人は路地の行き止まりまで進むが、そこに一真の姿はなかった。
「な、なんだ!?どこに消えやがったんだい!?」
女が焦った声を上げる。
筋骨隆々の大男が苛立ちを隠さず怒鳴った。
「人がいきなり消えるわけがねぇ!探せ!」
彼らの頭上――闇に紛れ、空中に立つ一真がいた。
天駆空歩。仙気による空間歩法。仙気の足場を踏み、風に身を乗せる技。
(ふむ……こいつらはセレフィーネとやらの洗脳下の連中じゃないな。ただのチンピラか)
城下町の人々を見た限り、洗脳されたような不自然な様子は見受けられなかった。
(となると、洗脳されているのは城の中だけか。これも嬉しい誤算だ。……多少は動きやすいな)
一真は唇の端を吊り上げる。
(せっかくだし、こいつらから何か情報を得られないか――“優しく”聞いてみるか)
天駆空歩を解き、無音で地上へと降り立つ。
気配のない影が背後から音もなく語りかけた。
「――誰か探してるのか?」
その一言で、四人は弾かれたように振り向いた。
「ア、アニキ! こいつ……いきなり現れやがった!」
小柄で姿勢の悪い男が震える声で叫ぶ。
筋肉男は動揺を押し隠すように怒鳴った。
「隠れてたんだ! ビビることじゃねぇ!」
その言葉に、フードの人物が小さく呟く。
「……さっき探した時、隠れる場所なんて無かった。こいつ……なにかおかしい」
高く澄んだ声。その響きで、一真は確信する。
(やはり、女か)
フードの人物の警戒をよそに、女が鞭を取り出した。
「普通だろうが普通じゃなかろうが、皆で袋にしちまえば関係ないね!」
唇を吊り上げるように笑う。
「この鞭はね、めったに出回らないブレードブルの革と魔石を使って作った雷撃鞭さ!食らえばひとたまりもないよ!」
次の瞬間、鞭の先端が音速を超えて走った。
雷鳴のような衝撃音とともに、光が閃く。
だが――一真の姿は、もうそこには無い。
八卦掌・単換掌。斜進翻身法。
相手の側面を抜けるように滑り込み、掌底一撃。
ごく微量の仙気を込め、意識だけを刈り取った。女はそのまま崩れ落ちる。
「この野郎ッ!」
筋肉男が怒声を上げて突っ込む。
一真は一歩も退かず、むしろ男の動きを引き込みながら、
心意六合拳・虎形――虎撲把。
全身の勁を一つにまとめた両手の掌撃が、男の巨体を吹き飛ばす。
轟音とともに壁に叩きつけられ、そのまま気絶。命に別状はない。
あっという間に、二人が沈黙した。
「じょ、冗談じゃねぇ! 金目のものを持ってるかもわかんねぇのに、やってられるか!」
残る一人、小柄な男は仲間を捨てて逃げ出した。
残ったのは、フードの人物ひとり。
一真は不敵に笑みを浮かべ、静かに声をかける。
「――さて、続けるか?
俺としては、このまま“話し合い”になってくれた方が助かるんだがな」
その言葉に、フードの人物が小さく息を呑む音が、夜気の中で微かに響いた。
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