第100撃:罪の記憶と、黒き霧の真実
皆様の応援のおかげで、100話まで来ることが出来ました!
本当に有難うございます!
いつも応援してくださる皆様に、最大の感謝を!
そして…また投稿が遅れてしまいました(`;ω;´)
ワタクシ反省です…。
崩れ落ちたアリステリアは、動くことのない兄妹の亡骸にそっと手を伸ばした。
指先に伝わってくる冷たさが、容赦なく現実を突きつけ、心を切り刻む。
彼女は震える息を整えながら、周囲を見渡した。
勇者たちの遺体は二十体ほど。
だが、仲間たちの遺体はその十倍――二百を超えている。
生き残った者たちも多くが傷を負い、立っているのがやっとの者ばかりだった。
穏健派の仲間たちは争いを好まない。だが、それは弱さではない。
彼らは誰よりも優しく、誰よりも誇り高い戦士たちだった。
勇者たちを必要以上に傷つけまいと、守りながら戦った。
――だからこそ、この惨状があった。
アリステリアは唇を噛みしめる。
一度の襲撃でこれほどの被害を出したのは、これが初めてだ。
(上級勇者が……多かったの……?)
そう考えて、彼女は首を振る。
そんなことを考えても意味がない。
失われた命は、もう戻らないのだから。
ヴァルドランが静かに報告した。
「アリステリア様……。グラウザーンの居城へと貴方様が発たれて間もなく、エルサリオン兵に率いられた勇者たちが攻めて来たのです…」
その声には悔恨と相手に対する怒りが入り混じっていた。
恐らくは、アリステリアが魔王の力と地位の譲渡を拒むと踏んで――
グラウザーンの命で、あらかじめセレフィーネが動いていたのだろう。
仲間たちは皆、大切な存在だった。
血の繋がりこそないが、家族と呼んでもよい絆がそこにあった。
勇者たちもまた、まだ幼さを残す少年少女。
彼らを恨むことなど、アリステリアには到底できなかった。
セレフィーネの洗脳が、彼らを強く縛っていたのだ。
アリステリアの心に、音を立ててひびが入る。
(もういっそ……魔王の力を渡してしまえば……?)
苦しみから逃れようとする心が、禁断の思考へと傾いていく。
(まだ、おじ様があの記憶を見れば……思いとどまるかもしれない。
あの記憶を見て、考えを変えてくれるかもしれない……そうだ…まだおじ様が思い直してくれないと決まったわけじゃない…)
その微かな希望は、同時に絶望の入り口でもあった。
アリステリアが言葉にせずとも、ヴァルドランはすぐに察した。
彼は鋭い声で言い放つ。
「――アリステリア様、それはいけません。
いま貴方様が選ぼうとしている選択は、破滅への道です。
……グラウザーンは、たとえ“ダンダリオンの記憶”を得ようとも、
邪神の封印を解こうとするでしょう。
かつてのあの方ならともかく、今のグラウザーンは――もう別人なのです」
ヴァルドランの声に、アリステリアは目を伏せた。
同意せざるを得なかった。
(いつの頃から……おじ様は変わってしまったのだろう……)
記憶の海が、静かに彼女を呑み込んでいく。
現実から逃げるように――。
アリステリアは幼い頃、やんちゃな少女だった。
男の子たちに混じって遊び、危険な場所にも平気で入り込んだ。
叱るのはいつもレイゼルで、庇ってくれるのは苦笑いを浮かべたグラウザーンだった。
母を早くに亡くした彼女を、皆が気にかけ、笑顔で包んでくれた。
母親がいなかったのは寂しかったが、あの頃が間違いなく一番幸せな時代だった。
だが、思い出の中に一つ、忘れかけていた“棘”があった。
(そういえば……おじ様が変わり始めたのは……あの頃からだった気がする……)
聖魔人界。
千年前の封印戦争の影響で、この世界には今もなお、邪神の瘴気が残る場所が点在していた。
長く留まれば、場合によっては瘴気に蝕まれる。
「帰らずの森」と呼ばれるその場所、そこもまた、瘴気の溜まり場の一つだった。
アリステリアがまだ幼かったころ。
肝試しのつもりで、禁じられた洞窟へと足を踏み入れた。
それが悲劇の始まりだった。
洞窟の奥に蠢いていたのは、黒い霧のような化け物。
形もなく、ただ見るだけで魂が凍るような“何か”。
恐怖で足がすくみ、声も出せなかったアリステリアを、
その霧の怪物が襲おうとした、その時――。
「アリステリア!」
グラウザーンが駆けつけ、霧の化け物を打ち払った。
霧は四散し、アリステリアは泣きながらグラウザーンの胸に飛び込んだ。
グラウザーンが優しく頭を撫でてくれたのを思い出す。
後に聞いた話では、あの時、グラウザーンだけでなく、
レイゼル、今は亡きヴァルドランの父、そして当時の魔王であり祖父のマグナまでが総出で
彼女を探していたという。
魔王城に戻った後、アリステリアは散々叱られた。
いつもは庇ってくれるグラウザーンが、その時ばかりは本気で怒っていた。
それが悲しくて、アリステリアはその日の記憶を心の奥に閉じ込めた。
――だが、今になって思い出す。
霧の化け物が消えたように見えたその瞬間、
黒い瘴気のような霧の一部が、確かにグラウザーンの身体へと流れ込んでいったのを。
(今思えばあれは……邪神の瘴気……)
気づいた瞬間、アリステリアの血の気が引いた。
グラウザーンが変わり始めたのは――まさにその事件の後からだった。
力に取り憑かれ、魔族の至高を謳い、
やがては邪神ゼルグノスの復活を望むようになった叔父。
(まさか……おじ様が変わってしまわれたのは……私の、せい……?)
その思いが胸を貫いた瞬間、アリステリアの心に深く黒い恐怖が横たわった。
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