第1撃:勇者、失格
はい…ワタクシまたやってしまいました…。また気晴らしに新しい話に手を…!!
本当に申し訳ない。ワタクシ、激反省です。
しかし、せっかく書いたので、できれば皆様に見ていただきたく。
皆様の心に、何かを残せるのなら、ワタクシ、嬉しく思います。
中国での武者修行を終えて、日本に帰ってきた。
そして、久方ぶりの自宅への道を歩いていた――その筈だったが。
「あれ……ここは、どこだ?」
重たいまぶたをゆっくり開けると、目に飛び込んできたのは見知らぬ金色の天蓋、白く光沢のある大理石の床だった。見上げれば、眩いステンドグラスと装飾過多な天井。日本の建物とは明らかに異なる空間。
――まるで、どこかの異国の宮殿のようだ。
寝ぼけた頭を振り払って周囲を見回すと、騒ぎ声とともに、学生服姿の少年少女たちの群れが目に入った。
「おい、ここどこだよ!」「スマホ圏外なんだけど!」「ゲームの世界かよ、マジで……!」
その混乱の中心にいたのは、高校生たち。十代半ば、どう見ても学生の年齢だ。その中に立つ、三十代後半の男――草薙一真は、ただひとり浮いた存在だった。
(……クラス召喚か。こりゃまた、都合のいい異世界テンプレだな)
彼は悟った。この異様な光景は、小説やゲームでよくある「異世界召喚」そのものだと。しかも、自分は明らかにその“クラスメイト”ではない。完全に巻き込まれただけの部外者。
(実家に帰るだけのつもりが……なんでこうなる)
そして、一真の視線がふと止まったのは――広い部屋の隅で、ぽつんと座り込む一人の少年だった。
艶やかな黒髪に、白い肌。長い睫毛と憂いを帯びた瞳。あまりに整った容姿は少女のようで、周囲の視線から浮いていた。
水無瀬晶。
彼はこのクラスの生徒だった。一真は初対面でよくは知らないが、他の生徒たちは彼を良く思ってないらしく、その扱いは冷たい。
「うわ、またアイツ……マジで男? キモくね?」
「やだー、近寄らないでよ、オトコのくせに色気出してんの?」
――晶は、元からこのクラスで孤立していた。
そのあまりに中性的な美貌のせいで、男子からは揶揄され、女子からは妬まれ。いじめとまでは言わずとも、無視と冷笑にさらされていた。転校生で、家族もいないと噂されていた。
(……なるほどな)
一真は気づいた。晶がまるで、当然のように、孤独に馴染んでいることに。
そのとき、玉座の方から声が響いた。
「静まりたまえ、選ばれし勇者たちよ!」
豪奢な服をまとった中年の男が壇上から呼びかけた。その隣には、長いローブをまとった白髪の老魔術師風の男も立っている。
「我らが国――エルサリオン王国は、魔王軍の脅威に晒されている。汝らを異界より召喚したのは、魔王を討伐するための勇者としてである!」
「「「は!?」」」
高校生たちの困惑はさらに広がる。中には面白がる者もいたが、大半は動揺していた。
「安心するがよい。この世界では、召喚された者全てに“特別なスキル”が授けられる。今より鑑定を行う」
ローブの男が杖を掲げると、頭上に光のウィンドウが次々と浮かび上がる。
【剣王の資質】【雷の支配者】【武王】【千里眼】――チート級のスキル名に歓声が上がる。
「スゲー!」「やっべ、ゲームみたいじゃん!」
異世界転移に舞い上がる若者たちの中で、晶は静かに自分の番を待っていた。だが――
「……スキル、無し、です」
光の表示が、晶の頭上には浮かばなかった。
「うわ、マジで“無能”かよ……」
「そりゃそうだろ、ただの陰キャだったし」
囁きは容赦なかった。晶は肩を震わせながら、それでも黙っていた。
「次……この者は?」
やがて、順番が一真に回る。
「……スキル、確認不能。未検出」
「は?」「オッサンじゃん!なんで混ざってんの?」
生徒たちの冷笑の視線。だが、一真は微動だにしなかった。
「ふむ。召喚の誤作動か? まぁいい。この者ら二人は“スキル無し”。王都に残す価値もなかろう」
そして、王国の決定はあまりにもあっさりと下された。
「スキル無しの者に与える食も宿もない。追放とする。以上」
**
その日のうちに、二人は王都の城門の外へ放り出された。
日も沈みかけた石畳の道、冷たい風が頬をなでる。
「……追い出された、んだよね」
小さく呟く晶の声は、どこか諦めにも似ていた。
「……まあ、想定よりはちょっと早かったな」
一真は、コートのポケットに手を突っ込んだまま、空を仰いだ。
「ごめんなさい。僕、スキルが無いから……僕なんかのせいで」
「違うな、少年」
一真は静かに、だがはっきりと言った。
「お前のせいじゃねえ。俺たちはただ、この世界の“仕様外”だったってだけだ」
「……“俺たち”?」
晶が少し驚いたように振り返る。一真は、口元に皮肉げな笑みを浮かべた。
「そうだ。俺はスキルなんざ持っちゃいねえ。だが――俺には“武”がある」
そう言って、一真は地面に足を滑らせるようにして立ち、ゆっくりと構えを取った。
八卦掌。心意六合拳。太極拳。八極拳――
そして、封神拳。
掌は風を呼び、空気を震わせる。構えただけで周囲の温度が変わった気がした。
「俺の拳にスキルはいらん。必要なのは、“覚悟”だけだ」
晶の瞳が揺れた。
それは、誰にも向けられたことのなかった温度。誰にも与えられなかった信頼。
異世界に放り出された、中年の武人と、美貌の少年。
その小さな歩みが、やがてこの世界を揺るがす“渦”の始まりになる。