第0撃:封神の胎動(プロローグ)
第0撃。プロローグとなります。
この話を飛ばして、第1擊から読み始めても問題はありません。(読んでくださると、ワタクシ喜びます)
前々から書こうとは思っていましたが、中々踏ん切りがつかず…。
というより、どう書いたものかと。
ですが、書くからには皆さんに楽しんでいただけるように、力を尽くしたつもりです。
この物語が、皆さんの心に『何か』を残せたのだとしたら、ワタクシ嬉しく思います。
さあ——物語を始めよう。
場所は中国。
とある山奥にひっそりと佇む、寂れた道場。
「はっ! ……ふっ!」
鋭く短い呼吸とともに、一人の男の声が道場内に響き渡る。
男の名は、草薙一真。
日本人だ。
精悍な顔つきに、意思の強さを宿した眼光。
日本人としてはかなり高身長で、180センチ後半はあるだろう。
拳を振るうたび、空気が震え、
足を踏み込むたび、古びた床が軋みを上げる。
長年かけて一切の無駄を削ぎ落とした肉体は、まるで一振りの名刀のように研ぎ澄まされ、鋼のような緊張感を纏っていた。
一真が行っているのは、武術の型の稽古。
形意拳。八極拳。八卦掌。太極拳。心意六合拳……。
常人では想像もできぬほど多彩な武を、まるで呼吸のように繰り出していく。
長らく続けていた稽古の動きを止め、一真はタオルで汗を拭いながら、ぽつりと独りごちた。
「……大陸へ渡って、もう何年になるか……」
小さく息を吐く。
「本格的に修行を始めてから、もう二十年ほど、か。……思えば、よくここまで来たもんだな」
外見年齢は三十歳ほど。
だが、その佇まいは、それ以上の年月を生きてきた者の深みを滲ませている。
一真が武の修行のためにこの地へ渡ってから、幾年もの歳月が流れた。
始まりは、家族が代々受け継いできた武術——それだけだった。
幼い頃は、特別な興味を持っていたわけではない。
だが、日本で一人の師と出会い、共に過ごした日々が、彼の人生を大きく変えた。
やがて師と別れ、単身で中国へ渡る決意をする。
理由は、いくつもあった。
両親が修めていた中国武術を、より深く知りたい。
世界を、この目で見てみたい。
そして——燃費の悪さという、自身の致命的な弱点を補うため。
中国に渡ってからの日々は、決して平穏ではなかった。
命に関わるような出来事も、一度や二度ではない。
それでも乗り越えてこられたのは、かつての師との修行の日々が、確かな礎となっていたからだった。
(……もっとも、あの日々は文字通り、地獄だったが)
ふとその記憶が蘇り、一真の身体が小さく震える。
「——ぶるぶるぶる……。……うむ、やめよう」
そう言って、強引に記憶に蓋をする。
そして、脳裏に浮かんだのは、別れの日の光景だった。
『後を、継いでほしい』
寂しさと、期待と、願いが入り混じった師の瞳。
だが、一真はその申し出を断った。
人生の半分以上を修行に捧げてきた。確かに強くなったという自負はある。
それでもなお、「今の自分」では、師の代わりは務まらない——そう思ったのだ。
だからこそ、一真は師に別れを告げ、武者修行の旅へと出た。
……思い返せば、あの時の表情が、今も心に残っている。
気づけば、一真の胸に、妙な郷愁が込み上げていた。
「……日本に、帰るか」
ぽつり、と呟く。
「家族の墓参りにも行かねぇとな」
そうと決めると、行動は早い。それもまた、草薙一真という男の気質だった。
使い古された武術服を脱ぎ、丁寧に畳んでボンサックへとしまい込む。
代わりに身に纏ったのは、黒のタクティカルカーゴパンツに、グレーの半袖コンバットシャツ、そして焦げ茶色のレザートレンチコート。
コンバットブーツを履き、ボンサックを肩にかける。
そして、打ち捨てられた道場の外へと出た。
振り返り——。
「……お世話になりました」
小さく頭を下げ、一礼する。
忘れ物はない。
そのまま向かう先は空港。
目的地は、故郷。
——日本へ。
◆ ◇ ◆
一真は飛行機を降り、静かに空港の床へと足を下ろした。
数年ぶりに踏みしめる日本の大地。その空気を胸いっぱいに吸い込むと、どこか懐かしく、そして僅かに切ない感覚が胸の奥に滲んだ。
「……帰ってきたな」
小さく、しかし確かな声でそう呟くと、一真は空港内を見渡し、一歩を踏み出す。
視界の端には見慣れたチェーン店や、様々な香りを漂わせる飲食店が並んでいる。腹の虫が小さく鳴ったが、その誘惑を振り切るようにして、そのまま外へと向かった。
タクシーを拾うと、運転手へ静かに目的地を告げる。
「——〇〇霊園まで、お願いします」
行き先は、家族の眠る場所。
車窓を流れていく景色をぼんやりと眺めながら、一真は途中で花と菓子を買い、再びタクシーへと戻った。
日本を離れていたのは、たった数年。だが、その風景はひどく遠いもののように感じられる。
(本当に……帰ってきたんだな……)
懐かしさと同時に、静かな寂しさが胸を締めた。
もう、自分を待っていてくれる家族はいない。その事実を思い出すたびに、胸の奥に小さな空洞が生まれる。
(……ふっ……柄にもないか)
内心で、そう苦笑する。
どれほどの時間揺られていたのか。
ふと目を開けた時、自分が居眠りをしていたことに、一真は小さく驚いた。
(まさか、車の中で無防備に眠るとはな……。思っていた以上に、気が緩んでいるらしい)
だが、目覚めたその先に見えたのは、目的地である霊園の門だった。
「ここで大丈夫です。少し、待っていてもらえますか」
そう告げてから車を降り、管理事務所で簡単な挨拶を済ませる。
そして、一真はゆっくりと家族の眠る墓へ向かった。
数年ぶりだというのに、墓は綺麗に手入れされていた。
きっと、管理者が定期的に整えてくれているのだろう。それでも一真は無言で柄杓を取り、水を流し、手を動かして丁寧に掃除をする。
花を活け、菓子を供え、そして墓前に静かに膝をついた。
「親父……お袋……じいちゃん、ばあちゃん……それに、叔母さん。……帰ったよ」
風がわずかに木々を揺らし、葉擦れの音が返事のように響く。
一真はそのまま墓に向かって語りはじめた。
日本を離れてからのこと。中国での修行の日々。命を削るような鍛錬と、出会いと、別れ。
何でもない出来事も、常人が聞けば信じ難いような話も、すべてを。
気がつけば、どれほどの時間が経ったのか分からない。
「……そろそろ行くよ」
そう言って、墓に向かって穏やかな笑みを向ける。
「みんな、また来る」
立ち上がり、深く一礼してから管理者に挨拶を済ませ、タクシーへと戻った。
「次は自宅まで、お願いします」
再び走り出す車の中、一真は静かに物思いに沈む。
(家に帰るのも、本当に久しぶりだな……。ハウスシッターには頼んではいるが……やはり、まずは掃除か)
ふっと、口元が緩んだ。
しばらくして、見慣れた通りが視界に入ると、一真は運転手に声をかけた。
「ここで大丈夫です。ありがとうございました」
多めに料金を支払い、頭を下げる。
家までは、まだ少し距離がある。だが今日は、ゆっくりと故郷の景色を味わいながら帰りたかった。
途中でクリーニング屋に立ち寄り、長年酷使してきた武術着を預けると、再び歩き出す。
——その時だった。
(……こちらの道は、通ったことがないな)
生まれ育った土地であるにも関わらず、一度も足を踏み入れたことのない路地。
なのに、不思議とその道に惹かれている自分がいる。
理由などない。ただ、何かに呼ばれているかのように——。
一真は、ほんのわずかな躊躇の後、その見知らぬ道へと一歩、足を踏み出した。
◆ ◇ ◆
近所と言える距離にありながら、初めて通るその道。
一真はゆっくりと歩を進めながら、周囲の景色を眺めていた。
「お? こんな所に、駄菓子屋なんてあったのか……懐かしいな。昔はよく見たもんだが、最近じゃほとんど見なくなっちまったしな。……よし。荷物を置いて、家を片づけたら来てみるか」
他にも、ささやかな風景が次々と目に入る。
民家の軒先、風に揺れる洗濯物、年代のある看板、小さな花壇。
数年ぶりの日本。その何でもない景色のひとつひとつが、どこか懐かしく、同時に新鮮に映った。
――どれほど歩いただろうか。
そのとき、一真はふと、違和感に気付いた。
(……静かだ)
先程まで耳に入っていた小鳥のさえずりが、消えている。
さらに、数分前まではちらほらと見かけていた通行人の姿も、いつの間にか、まったく見えなくなっていた。
偶然か? たまたま、誰もいないだけか?
(……いや、違う。何だ、この感覚……)
上手く言葉にはできない。だが、確かに「何か」が狂っている。
それは、常人なら気にも留めないほどの、わずかな違いだったのかもしれない。
けれど、鍛え抜かれ――あるいは『作り替えられた』とも言えるこの身体は、その違和感をはっきりと捉えていた。
一歩進むたび、異様な感覚は、じわじわと強まっていく。
何の変哲もないはずの、日本の日常の風景。
それなのに――
足音が、ほんの半歩ぶん、ずれた気がした。
(マズいな……明らかに普通じゃない。……だが……)
にもかかわらず、足が止まらない。
むしろ何かに引かれているような――誰かに導かれているような感覚さえあった。
(……馬鹿な。ただの帰り道だ。気にし過ぎだろう)
そう、自分に言い聞かせながらも――
さらに奥底の直感は、今この場が「普通ではない」ことを、はっきりと告げていた。
そして、一真はようやく歩みを止める。
目の前の電柱の影が、太陽の位置からはあり得ない方向へと、不自然に伸びていた。
だが、次の瞬間。
影は、何事もなかったかのように、元の位置へと戻った。
「……確定だな。これは異常だ。
『奴ら』とは違う……だが、妙な気配が消えん」
進むべきか、引き返すべきか。
常人なら、この時点で迷いなく距離を取っただろう。
だが、そのときの一真は――
前へと、一歩、踏み出していた。
理由はわからない。だが、そうするべきだと感じた。
その一歩が地面に触れた瞬間、これまでとは比べものにならない、異質な感覚が全身を包み込む。
まるで、見えない膜に触れたかのような――世界との境界に、足を踏み入れたような感覚。
それでも一真は、前へと進む。
緩やかにカーブを描く道の先に、一つの建物が姿を現した。
「……ほう。こんな所に、学校があったのか」
立ち止まり、校舎を見上げる。
どこにでもあるような、ありふれた校舎。
少なくとも、そこからは異様な気配は感じられない。
だが――
なぜか、その場から動けない。
身体か動かないわけではない。
ただ、「動いてはいけない」と、本能が告げてくるだけだ。
一真は小さく息を吐き、かすかに笑みを浮かべた。
「……くだらん。さあ、帰ってやるべきことを――」
そう言いかけた、そのとき。
世界から、色が消えた。
鮮やかだった風景は、一瞬にして灰色へと塗り替えられる。
……いや、違う。
ただ一つだけ、色を失わず、鮮烈に輝くものがあった。
校舎の上空に――
巨大な光の『魔法陣』が、忽然と姿を現したのだ。
「なんだ……あれは……?」
見上げたまま、目を細める。
次の瞬間、その魔法陣から、眩い光が降り注いだ。
光は徐々に広がり、空間を満たし――ついに一真の身体までも包み込んでいく。
逃げるべきか。
それとも、受け入れるべきか。
相反する感情が交錯する中で――
完全に自身を制御できるはずの身体が、この瞬間だけは、言うことをきかなかった。
――そして。
光の柱が、ゆっくりと収束していく。
すべてが収まった時――
そこにはもう、草薙一真の姿はなかった。
ただ、何も起きなかったかのような、いつもの日常風景だけが残されていた。
これより、
この男――草薙一真の、眠っていた運命の歯車が、静かに回り始める。
彼の進む道の先に待ち受けるものは、何なのか――
それは、
今これを読んでいる**「あなた自身の目」で、確かめてほしい。**
旧タイトル
【スキル無しで異世界追放された俺、複数拳法と最強の仙術《封神拳》で無双中。でも使うとめっちゃ腹が減る。】
改め――
【封神闘仙記
〜スキル無しで追放された俺、複数拳法と最強の仙術《封神拳》で無双中〜】
「俺の拳にスキルはいらない。必要なのは――覚悟だけだ!」
いかがでしたでしょうか?
楽しんでもらえたのなら良かったのですが。
作中最後でも書いていますが、この話の投稿と同時に、タイトルを変えました。
今これを投稿しているときには、活動報告の方にも書いているかと思います。
これまでワタクシの作品を追いかけてきてくれた方は、いきなりの変更で驚かれたかと思います。
ですが、これからも拙作
【封神闘仙記~スキル無しで追放された俺、複数拳法と最強の仙術《封神拳》で無双中~】
よろしくお願いいたします!




