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第3話「神秘的頂上アキレスホールド」(何か思い出したようですね。)

-二〇二〇年 五月二十四日 佐賀県と福岡県の県境 背振神社 上宮へ向かう道中-


ずっと家に居ても仕方ないので、

手軽な距離で景色の良い場所へドライブへ行くことにした。

仁六さんの車で。仁六さんは別の用事があるとのことで不在だ。

勿論、許可は貰っている。

その代わりに、仁六さんは

俺の軽自動車に乗ってどこかへ行ってしまった。


「くほおおお!車とは良いのお!一瞬で景色が流れていくのじゃぁぁ!」


窓を全開にして顔を出す織姫。

そんな彼女を見つめて微笑む一美さん。

そんな二人をルームミラーで確認しながら運転する俺。


「あんまり顔を出すと危ないぞ。おーい聞いてるかー?」


風を受けてとんでもない顔になった織姫が

ドアミラーに映る。


聞こえていないらしい。


舗装された山道を、デカい四駆が駆け上がる。

さすがディーゼルエンジン。見事なトルクだ。


この一ヶ月で彼女は我々に馴染んだ。


さすがに織姫という名前は『アレ』だったので、

咄嗟に口から出た「妹の織子オリコ」ということにして

ご近所に紹介したのだが、

ご年配の方が多いというのもあり

やたらと可愛がられている。


昨日は二軒隣りの北村さんというおばあさんと一緒に

犬の散歩へ行き、何故か大量の煎餅を貰って帰ってきた。


二日前はお隣の片山さんのところのおじいちゃんに

将棋を教えてもらったらしく

勝負を挑まれた。

向かい飛車、かまいたち等の戦法を駆使し、

ボロッボロに負かされた。

何なんだコイツ。天才なのか。



佐賀県と福岡県の県境にあるキャンプ場の駐車場に到着した。

自衛隊のレーダー基地がある場所だ。

五月だというのに気温は三十度を超える暑さだったが、

さすがの山頂付近は風があって気持ち良い。

ここでバーベキューをしている人たちが届けてくれるいい匂いをおかずに、

一美さんが作ってくれたランチを頂くことにした。


「知ってる?この基地はね、

かの有名な世紀末救世主伝説の原作者が

昔に働いていた場所なのよ。仁六が言ってた」

「世紀末・・救世主伝説?って・・ああ、七つの傷を持つアレですか」

「おお、あの指先だけで人が爆発するやつじゃな。

アニメチャンネルで見たのじゃ」


飯食ってるときに何ちゅう話しとんねん。

と思いながらも、

織姫の守備範囲の広さに驚愕と関心を抱く。

それにしてもコイツ、何も思い出してないのだろうか。

忘れたフリをしているのではないか。


うむ。まあ疑っても仕方ないし、

気長に行こうと思う。


ランチを終え、少し休む。

天気が良い。風もある。

木陰の木漏れ日が

時間の流れに時折干渉し

心にゆとりを届けてくれる。


さて、あとは良い景色を望むために

タオルを準備し、少し気合を入れる。

ここから僅かな時間だが、

壁かと思えるほどの不揃いの石階段。

我々を試す石階段。

これはもう試練と言うやつかも知れない。


レーダー基地の横をしばらく歩き進むと、

少しずつ階段が現れる。

最初の間隔は広く、登りやすい。

しばらく進むと、少々自然に侵食された

間隔の狭い階段が現れる。


「おーい、尚彦殿ぉ!素晴らしい景色じゃぞー!」


織姫はもう、山頂へ到着している。

しかもジャンプをしながら

大手を振っている。

何者なんだあいつ。化け物か。

俺は俺のペースで行こう。

短い距離ではあるが。

無理をして足を踏み外したりすれば

これは死ぬ。


体力を奪われ、

更にトドメの石階段。

足を滑らせて落ちたらマジで死ぬぞこれ。

そんな階段。

この国にある神社の多くは『遺跡』でもある。

必ずしも安全が優先されているわけではないのだ。


山頂に着くと、正面に祠。

弁財天が祀られているようだ。

その向こうには、

バカデカい球体のレーダー施設。

そこで後ろへ振り向く。

地球が丸いと改めて理解できる程の巨大なパノラマ。

レーダー施設があるので三六〇度とはいかないが

福岡も佐賀も見渡せる神秘的で壮大な景色がそこにあった。

標高一〇五五mとは結構高いのだ。

まあほとんど車で来たんだけどね。

麓から歩いてきたら楽しむ余裕なんて無いぜ実際。


織姫が無言で景色を見ている。

黙っていれば美しい顔立ちに

少しだけ見惚れる。


「お父、お母、ちふる。

元案じたれば負ふや。

な憂へそ。我はすくよかなり」


何を言っているのか解らないが

何を言っているのかは解る気がした。


「尚彦殿、お願いがあるのじゃ」

「あ?ああ、どうした?」


涙を溜めるように空を見上げる織姫の瞳は、

やはり引き込まれるように人を魅了する。


「私の生まれた地へ、連れて行ってはもらえませんか?」


思わず背筋が伸びる尚彦。


「先日テレビを見て少し思い出したのじゃ」


話し方が戻った。

少し呆れ顔になる尚彦。


「八坂神社という場所に覚えがあってのう。

もしかしたら、その辺りに何かあるのかもしれんのじゃ」

「そうか。八坂神社って・・京都か。

うん、で、他には何か思い出せないか?」

「うむ、今はそれだけなのじゃ。

そこに行った覚えがあるだけなのじゃ」

「わかった。しかしここからは少し距離があるからな。

ちょっと準備に時間が掛かるぞ」

「尚彦殿。ありがとう・・・なのじゃ」


尚彦は思った。

やっぱりその喋り方、

わざとだろ。

と。


「そろそろ帰ろうかね、旦那も帰ってくるだろうし」


一美が締めの一言を発すると二人の写真を撮った。


帰りの階段、残り二段と言うところで

尚彦は足を滑らせた。

爆笑する織姫と、それを見て微笑む一美の表情を見て

悲しみを覚える尚彦であった。

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