最低限の言葉
週明けの朝、ラストリーフ支部の会議室には、淡々とした空気が流れていた。
長机に沿って並ぶ職員たち。手元には資料、背筋はまっすぐ、視線は書類。
誰かが何かを発言するたび、必要最低限の頷きやメモの音が返るだけ。
その無音のような静寂のなかで、今日もまた「定例」が進んでいた。
「次、魔物討伐の報告。第三班、代表者の方」
「はい。対象はスライム種×2体、河川沿いで発見。対応メンバー4名、被害なし、時間は約30分」
女性職員が簡潔に報告すると、進行役が「確認」とだけ告げ、淡々と次へ移った。
「次。備品の棚卸しについて」
その声に、若手のルイスがピクリと体を強ばらせた。
「報告、ルイスくん」
呼ばれた青年が、小さく「はい」と返し、立ち上がる。
「ええと……あの、その……納品の件で、書類にミスがありまして」
たちまち空気が変わった。
数人の視線が一斉にルイスに集まり、紙をめくる手が止まる。
リリアが心配そうに横をちらりと見るが、何も言えない。
「説明を」
進行役が促す。ルイスの手元が震えた。
「その、こっちの……棚の……伝票が……」
要点がつかめない。混乱したままの言葉が、会議室に漂う。
沈黙が重くなっていく。
そのときだった。
「その案件──俺も確認した」
ゴルザンの低い声が響いた。
誰もが、彼が口を開いたことにわずかに驚いた。
「誤納品のせいで型番がずれてた。納品書が間違ってる。報告は正しい」
静かに、だが明確に。
それだけで、空気が変わった。
進行役が「了解」とだけ言い、資料に記録を入れる。
ルイスは小さく頭を下げて、黙って席に戻った。
会議は何事もなかったように再開された。
だがリリアは、ルイスの震える指先を見逃さなかった。
「……ありがとうって、ちゃんと伝えなきゃね」
会議が終わったあと、リリアが小声で囁いた。
ルイスは小さくうなずきながら、ゴルザンの背中を見つめた。
その背は変わらず大きく、無言のまま会議資料をまとめていた。
***
夕刻、支部の廊下に差し込む陽が、長く伸びる影を作っていた。
「最低限でいい。言葉ってのは、誰かの背を……押すこともある、か」
ゴルザンは一人、書類を棚に戻しながら、ふと呟く。
「喋りすぎるとウザいが、黙ってりゃ伝わらねぇ。めんどくせぇもんだな」
その言葉に、答える者はいない。
だがその背には、朝とは少し違う重みがあった。
少しだけ、前を向いた背中だった。