光合成の流儀
昼下がりの《まるまる亭》。
窓から差し込む光が、店内の木のカウンターをゆっくりと撫でていた。
ゴルザンは、いつものように無言で定食をつついていた。
マーサは奥で湯気立つ味噌汁を鍋からすくいながら、ちらりと様子をうかがう。
「今日もよく食べてるね。あんた、黙ってると胃まで無口そうに見えるよ」
「……胃は喋らない」
「そりゃそうだ」
そんなやり取りをしていたところで、ドアの向こうからにぎやかな声が飛び込んできた。
「おーい、飯の時間だー!」
「今日は肉の日じゃなかったか? いや、日付が違うか?」
「リィ、あんたまた曜日感覚ずれてるよ」
バタバタと入ってきたのは、リザードマン三人組。
細身で俊敏そうなリィ、皮肉屋風のマーラス、寡黙な巨躯のガモック。
チーム光合成と呼ばれる、警備補助を請け負うリザードマンたちだった。
「あ、マーサさん、今日も来たよ〜! 定食3つね! リィだけ大盛りで!」
「はいはい。あんたたち、ちゃんと仕事終わったんだろうね?」
「もちろん! 陽に当たってきました!」
「それ、仕事じゃなくて趣味でしょ」
カウンターにいたゴルザンの隣に、自然と3人が並んだ。
ゴルザンはわずかに眉をひそめたが、特に拒否もせずそのまま箸を進める。
リィがゴルザンをちらりと見て、声を潜めるように言いかけた瞬間——
「ひそひそ話はやめな。声ってのは、ちゃんと届くんだから」
マーサの一喝に、3人がビクリと肩をすくめる。
「へ、へい……」
気まずそうに沈黙した一瞬の後、マーラスが口を開いた。
「……あんた、本部から来たって人か?」
「……そうだ」
ゴルザンは箸を止めずに答えた。
「ふーん、噂通りの無口ってわけでもなさそうだな」
「喋るときは、喋る」
リィがすかさず笑いながら言った。
「お、喋ったー! 生返事だー! やば、記念日じゃん」
「言葉ってのは、業務効率に必要不可欠だぜ。筋肉で解決する前にな」
マーラスが冗談混じりに言うと、ガモックが「……無理だった」とぽつり。
「そうだ、マーサさん聞いてやってよ!」
「はいはい、今日はなんだね」
「黙ってやるのも嫌いじゃないけどさ。伝えなきゃ、手間は倍になる。今日は依頼人と連携ミスって、三回も立ち位置変えさせられた」
笑い声がテーブルに響いた。ゴルザンは、ちらと3人を見て、また視線を戻す。
「へえ、珍しいね。あんた、他人の話に耳傾けてるじゃない」
マーサが味噌汁のおかわりを差し出しながら言うと、ゴルザンは少しだけ目を細めた。
「……会話で、飯の味が変わるとは思わなかった」
「でしょ? 胃袋って案外、空気に敏感なのさ」
「……そうかもな」
そう言って再び箸を取った彼の背に、マーサは満足げにうなずいた。
「さて、今日は夜もダンスショーあるから、来てねっ★」
リィが急に声を張った。
「週3開催、光合成ナイト! 日光とリズムの奇跡のコラボ!」
「はいはい、宣伝はそこまで」
マーサが手拭きをぶんっと振ると、3人はけらけらと笑って席に着いた。
ゴルザンは少しだけ首をかしげて、ぽつりと呟いた。
「……光合成しながら、踊るのか……?」
次の瞬間、カウンター全体が爆笑に包まれた。
その笑いの中心に、自分の言葉があったという事実に、ゴルザンはゆっくりと気づいた。