回ってはいるが、止まっている
ギルド・ラストリーフ支部。いつものように、時計の針の音が目立つ。
事務手続き、依頼の選別、報告文書の精査。日々の業務は、止まることなく流れている。
笑い声はなく、叱責もなく、ざわめきもない。
まるで人の気配を残したまま時間が止まったような空間。
機械のように日々の業務をこなす職員たちの動きが、規則正しく、そしてどこか寒々しい。
ゴルザンは、その日々に疑問を持つこともなく、淡々と任された業務をこなしていた。
誰かと目が合うことはない。
机の上の書類を一つ手に取り、内容を確認し、滞りなく処理を済ませる。
それが終われば次の書類。
誰も彼を咎めない。
だが、誰も彼を求めてもいない。
それが、この場所での彼の立ち位置だった。
ある者は目を合わせずに通り過ぎ、
ある者は彼の席を避けるように机をずらし、
またある者は「……まあ、噂通りか」と小さく呟く。
何がどう噂になっているのか。
知っていても、ゴルザンは何も言わない。
言い返すことも、弁解することもせず、書類を片手に黙って席を立ち、黙って戻る。
昼食も、時間をずらして一人で取る。
更衣室では誰もいないタイミングを見計らい、着替えてすぐに出る。
そうして毎日をやりすごすうちに、何が正しくて、何が間違いなのか、自分でも曖昧になっていく。
自分がこの支部にいる意味は何か。なぜここに送られたのか。
……いや、そんなことを考えたところで、答えが出たことはなかった。
これまでも、そうだった。
ただ流されてきただけだ。
望んだわけでも、抗ったわけでもない。
気がつけば、ここにいた。
それだけの話だった。
──それでいいじゃないか。
この支部には、意図も情熱も、何もない。
だが、業務は問題なく回っている。
そんな言い訳を、心のどこかで自分にしていることに──気づいていないふりをしていた。
***
その日の午後。
ふとしたきっかけで通りがかった、ギルド近くの食堂の前で、ゴルザンは足を止めた。
《まるまる亭》。
木の看板に手書きの文字、少し日焼けしたのれん、湯気混じりの出汁の香り。
整いすぎた支部とは対照的に、そこには“雑多な温かみ”があった。
少し迷ったあと、ゴルザンはそっと扉を開いた。
「いらっしゃい。あら、新顔さんかい?」
奥から飛んできた甲高い声に、ゴルザンは無言でうなずくだけだった。
「……うちで寝てる野良猫のほうが、もうちょっと愛想あるよ?」
女将のマーサは、まるで旧知のような口ぶりでそう言って笑った。
その笑顔に、ゴルザンは何も返さなかったが——
その言葉を、なぜか黙って受け止めていた。
誰からも干渉されなかった日々のなかで、自分という存在に反応が返ってきたことが、妙に新しかった。