表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12

回ってはいるが、止まっている

 ギルド・ラストリーフ支部。いつものように、時計の針の音が目立つ。


 事務手続き、依頼の選別、報告文書の精査。日々の業務は、止まることなく流れている。

 笑い声はなく、叱責もなく、ざわめきもない。

 まるで人の気配を残したまま時間が止まったような空間。


 機械のように日々の業務をこなす職員たちの動きが、規則正しく、そしてどこか寒々しい。

 ゴルザンは、その日々に疑問を持つこともなく、淡々と任された業務をこなしていた。


 誰かと目が合うことはない。

 机の上の書類を一つ手に取り、内容を確認し、滞りなく処理を済ませる。

 それが終われば次の書類。


 誰も彼を咎めない。

 だが、誰も彼を求めてもいない。


 それが、この場所での彼の立ち位置だった。


 ある者は目を合わせずに通り過ぎ、

 ある者は彼の席を避けるように机をずらし、

 またある者は「……まあ、噂通りか」と小さく呟く。


 何がどう噂になっているのか。

 知っていても、ゴルザンは何も言わない。


 言い返すことも、弁解することもせず、書類を片手に黙って席を立ち、黙って戻る。

 昼食も、時間をずらして一人で取る。

 更衣室では誰もいないタイミングを見計らい、着替えてすぐに出る。


 そうして毎日をやりすごすうちに、何が正しくて、何が間違いなのか、自分でも曖昧になっていく。


 自分がこの支部にいる意味は何か。なぜここに送られたのか。


 ……いや、そんなことを考えたところで、答えが出たことはなかった。


 これまでも、そうだった。

 ただ流されてきただけだ。

 望んだわけでも、抗ったわけでもない。


 気がつけば、ここにいた。

 それだけの話だった。


──それでいいじゃないか。


 この支部には、意図も情熱も、何もない。

 だが、業務は問題なく回っている。


 そんな言い訳を、心のどこかで自分にしていることに──気づいていないふりをしていた。




***




 その日の午後。

 ふとしたきっかけで通りがかった、ギルド近くの食堂の前で、ゴルザンは足を止めた。


 《まるまる亭》。

 木の看板に手書きの文字、少し日焼けしたのれん、湯気混じりの出汁の香り。

 整いすぎた支部とは対照的に、そこには“雑多な温かみ”があった。


 少し迷ったあと、ゴルザンはそっと扉を開いた。


「いらっしゃい。あら、新顔さんかい?」


 奥から飛んできた甲高い声に、ゴルザンは無言でうなずくだけだった。


「……うちで寝てる野良猫のほうが、もうちょっと愛想あるよ?」


 女将のマーサは、まるで旧知のような口ぶりでそう言って笑った。

 その笑顔に、ゴルザンは何も返さなかったが——


 その言葉を、なぜか黙って受け止めていた。

 誰からも干渉されなかった日々のなかで、自分という存在に反応が返ってきたことが、妙に新しかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ