八月二日 「水都市を歩く二人」
昼間に彼女と会うのは、初めてだ。一昨日の大雨が嘘のように、今日は見事な快晴だ。
昨晩考えたが、これはデートになるのではないだろうか。それとも、悩む彼女に対して僕なりの答えを形にして返すだけだろうか。
何にせよ、大学生とはいえども成人の男性が未成年の女の子を連れて歩いたら、まずくはないか。
いろいろと、後から心配事が頭をよぎって仕方がない。
彼女は両親に、何て言って家を出てくるのだろうか。
少しだけしか出られないということは、門限なども厳しい家なのか。
それなら、僕がきちんと説明に伺ったほうがいいんじゃないだろうか。いやいや、ダメだ。
僕は表情に出やすいから、こんな心境で彼女に会ったらせっかくのお出かけが台無しになってしまうと思う。
そんなことを思っているうちに、いつの間にか彼女は僕の後ろにいた。
「くすくすっ。どうしました、青太郎さん? さっきから見てましたが、じたばたしてましたよ?」
「あ。い、いや、何でもありません・・・・・・って、海佳さんっ? そ、その服装・・・・・・」
僕は目を何度もパチパチとさせてしまった。手でごしごしと擦りもした。
彼女はなんと、あの制服姿のままで現れたのだ。いくらなんでもまずくないだろうか。個人的意見だが、一発で高校生とわかる制服姿で休日に歩き回るのは、どうも変なのではないかと。
「あ、あの、海佳さん? 制服は、まずくないかなぁと思うんですが・・・・・・」
「どうしてですか? 大丈夫ですよ。何ともありませんから」
「い、いや、さすがに。うーん・・・・・・」
「早く行きましょう、青太郎さん。水都市でしたよね? これに乗れば良いんですか?」
「あ! そ、そうか! しまったぁ・・・・・・」
僕はうっかりしていた。このオンボロスクーターで迎えに来たのは良いが、これだと二人乗りで水都市内まで行くことになる。
制服の子を二人乗りさせるなんて、間違いなく一発で職務質問になるだろう。言い訳もできないし、困った。
だいたい、いくら女の子とは言え、重量的にも心配だ。
「大丈夫ですよ、青太郎さん。・・・・・・さぁ、お願いします」
僕はもう、「ええい!」と思い、ヘルメットを被って彼女を後ろに乗せ、そのまま水都市まで一気にスクーターを走らせた。
僕自身がそこそこ重いから心配だったが、思っていたより重量を感じない。
大丈夫だ。これならパンクしたりもせず、行けそうだ。
とりあえず僕の大学にスクーターを停め、そこから歩くことにした。大学ならばこの時期、オープンキャンパス等で高校生がいてもそこまで変ではないからだ。
彼女はずっと、僕の後ろで「ちょっと苦しいけど、楽しい」と笑っている。一人乗りのスクーターに無理矢理二人で乗っていれば、それは窮屈で苦しいだろう。申し訳なさで一杯だった。
大学にスクーターを停め、僕は彼女と水都市内をあちこち歩いた。
美術館にショッピング街、梅林のある公園に大きな池。
どこを歩いても、僕にとってはこの四年間で見慣れた場所ばかり。だが、彼女はそれらをまるで今日初めて見るかのような目で、楽しんでいる。それはまるで、子供のように。
那珂常陸市は、水都市の隣だ。電車でもバスでもすぐ行き来が出来る。彼女はどうして、ここまで目を輝かせて楽しんでいるのだろうか。海を眺めている時の目の輝きとは、また違う。
「あれ? 青太郎さん、何か聞こえますよ。・・・・・・応援団? それとも声援? 何でしょうか?」
「え? ・・・・・・ああ。そういえば確か今日、市立武道館で中学生の大会があるって聞きましたね」
「大会? 何の大会ですか?」
「空手ですよ。中学生の全国大会だそうです。賑やかですね。外まで声が響いてますね」
「空手ですか。すごいですね! ・・・・・・。・・・・・・わたしもそういうの習えば、強くなってたのかな・・・・・・」
彼女は会話の最後、何かぽそっと囁いたが、武道館から響いてくる大歓声にかき消され、僕の耳の奥までは届かなかった。
それから一時間ほど歩いた。すると、その途中で、急に彼女の具合が悪くなったのだ。
彼女は路上で、震えてうずくまってしまった。夏の晴天でかなり暑いのに、震えている。
「う・・・・・・。ご、ごめんなさい、青太郎さん。・・・・・・はぁ。・・・・・・ううっ」
「だ、大丈夫ですかっ? 海佳さん。これはよくない。もう、帰りましょう。立てますか?」
「な、何とか・・・・・・」
道行く人が、僕たちの方を見て何か囁いていたが、そのまま歩き去っていった。何か声くらいかけてくれてもいいのにと思うのは、僕だけだろうか。怪訝な顔をして、みな、去ってゆく。
時間はいつの間にか夕方近くになっていた。
僕はスクーターを揺らさぬように走らせ、待ち合わせた場所に戻った。家まで送ると言ったのだが、彼女は「ここでいいですから」と何度も言った。
「・・・・・・ごめんなさい、青太郎さん。やっぱり、少ししか出られなかったみたい」
「ど、どういうことですか? もしかして海佳さん、どこか身体の具合が・・・・・・?」
「ううん。そうではなくて。心配してくれてありがとうございます。本当に、楽しかったです」
「だ、大丈夫なんですか? 心配だから、僕も一緒に家まで送りますよ」
彼女は無理したように笑って「大丈夫です」と言い、家の方へゆっくりと帰っていった。
楽しかったが、やりきれなさが残ってしまった。大丈夫だろうか、彼女は。
海はいつもの穏やかさだ。空に浮かぶ星々と、灯台の明かりが、漁港内を淡く照らしていた。