七月二十七日 「海風の声を聞こう」
あれは、故郷沖縄にある母校の高校で教育実習を終えて、水都に戻ってきた後のことだ。日暮れに近い時間帯だった。
僕は、初めて訪れた漁港の先にある防波堤の先端で、セーラー服を着た少女が佇んでいるのを見た。この那珂常陸市にある大那珂高校の制服ということは、そこの生徒か。
赤と緑のランプを交互に瞬かせる小さな灯台に彼女は手を当て、黄金色に光る海をただ静かに見つめていたのだ。
薄淡い金色の太陽光に照らされた、青みがかった黒髪。
それが潮風でさらりと靡くたびに、彼女はさっと手で直す。
僕は、その様子を遠くから見つめているうちに、古ぼけたヘルメットを抱えていつの間にかそこへ足を進めていた。足を一歩ずつ進め、彼女へ近づくごとに、風と波の音が近くなった。
「あの・・・・・・すみません。・・・・・・ここで、何を?」
彼女の背中に向かって、僕は声をかけた。すると彼女はほんの少し、首を横に動かした。
ハンサムでもない、むしろどちらかと言えば濃い顔で醜男な僕がいきなり声をかけたのだ。怪しまれて当然。驚いて大声を上げられるかもしれない。不審者だと思われてもおかしくない。
だが、彼女は驚くこともなくゆっくりと振り向き、僕に向かってにこっと笑い、こう言った。
「くすくすっ。・・・・・・海風の声って、素敵だと思いません?」
「え? 海風の・・・・・・声?」
驚いた顔をしたのは僕の方だった。思わぬことを問われたことと、柔らかな表情で笑う彼女の姿が、海から照り返す光であまりにも輝いていたから。僕は一瞬で、彼女の姿に心を惹き込まれた。
海風の声とは、何なのだろう。
ウミネコの啼く声か、耳元を抜ける風の音か、それは彼女にしかわからないものなのだろうか。