八月四日 から 八月十一日 「気が変わる」
彼女について、衝撃的な事実を知った僕は、故郷の沖縄に帰ったあともずっと頭の中が混乱したままだった。
当然ながら、メンタル的なコンディションは最悪。とてもじゃないが、教員採用試験に挑める感じではなかった。
挑んではみたものの、筆記試験も集団面接も、グズグズだった。
水奈川海佳。
僕が思うに、彼女は事故で命を失ったあの七月下旬から、あの場に現れるのではないか。
今思い返すと、いろいろと辻褄が合うかもしれないと感じることが、いくつもある。
「何年の何月か」と問いかけてきたのは恐らく、彼女自身の時が止まってしまっているからか。
「大切な場所」と言っていたのは、彼女の感情が強く残っている場所だからだろうか。
「離れられない」と言っていたのは、きっと彼女の思念か何かが今もあの場所にあるからか。
「ずっと制服」なのは、当時、自分が好きで選んだ大那珂高校の制服を着ていたからだろうか。
「スクーターの重量を感じなかった」のは、あの時、彼女自身に重さがなかったからなのか。
「(・・・・・・。・・・・・・海佳さん。・・・・・・。・・・・・・。・・・・・・また、あなたの笑顔が見たいです・・・・・・)」
いろいろ思い出して考えるほど、彼女のことで頭がいっぱいになってゆく。
僕は、月末までこの沖縄にいるつもりだったが、彼女についてまだ調べ足りないと思い、茨城に戻ることにした。両親は「もっとゆっくりしていけばいいのに」と残念そうだったが。
『ウタ』と呼ばれる琉球巫女の祖母には「呼ばれたのも定め。関わったのも定め」と言われた。
沖縄は、ハイビスカスの花が咲き、サトウキビの葉が揺れている。茨城でも今、ヒマワリやノウゼンカズラの花が咲いている。どちらも、夏。変わらぬ、夏なのだ。