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ナール王物語 ~最強チートの合理的殺戮~  作者: 越智 翔
第一章「シルヴィア」
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第九話

 見つかってしまった。


 洞窟の出入り口は一つしかない。そこを塞ぐかのように立つ、銀色の騎士。右手にはよく切れそうな直剣、左手には赤々と燃え盛る松明。バイザーを下ろしているため、その表情は窺えない。


 この世界、俺の味方なんていない。強いて言えば、あの性悪女神がそうなのだが、奴は助けてなんてくれないだろう。

 一方、敵ならワンサカいる。魔力を得た同級生達も、全員俺の命を狙っているし、この国も、何しろ国王の命令で俺を追っているのだから、すべてが敵といっても過言ではない。


 終わった。

 どうせ死ぬなら。レアで彼女を引き当てたというなら、せめて童貞を卒業してから死にたかった。


 だが、俺の絶望とは裏腹に、その騎士はなかなか近付いてこなかった。なぜだ?


 少し考えて、理由がわかった。

 俺の魔力を恐れている。きっとそうだ。

 自分一人では倒しきれない可能性がある。なにしろ、俺は首を刎ね飛ばされても復活する怪物なんだから。

 騎士だって人間だ。とてつもない化け物と一人で戦うなんて、したくはないだろう。


 どうする?

 そこが付け目だ。今、俺を通してくれるなら、お前は殺さずにおいてやろう。そうだ、その線でいこう。


「あ……」


 くそっ。

 相手を威圧しようと声を出そうとしたのに、喉がかすれた。

 なんだよ、俺。全然、合理的に行動できてないじゃないか。


 だが、相手には変化が起きた。

 松明をその場に放り出す。湿った地面に叩きつけられながらも、それはまだ、燃え続けていた。ついで、空になった左手と、剣を持ったままの右手を、兜に添える。


 ガラン、と音が響き、その顔が露になる。

 シルヴィアだった。


 これは……

 もう、ダメだ。


 彼女の表情には、恐怖が一切見て取れない。何しろ、この若さで副団長なのだ。自分の強さに自信があるのか、しっかりした責任感、勇気があるのか。彼女はまっすぐ俺を見据えている。

 そして……一歩ずつ、静かに近付いてくる。


 さっきの兵士とはわけが違う。殺す、といったって、逃げたりはしないだろう。

 俺は、静かに目を閉じ、最期の瞬間を待ち受けた。


 ザッ、と足音が聞こえた。歩調を速めたのだ。ついで、カラン、と甲高い音。そして、ガントレット越しに俺の肩を掴む腕。力強い。

 抵抗をやめたのを見て、すぐ殺さず、確保することにしたのか。さっきの音は、剣を捨てたのに違いない。そのまま、俺は洞窟の壁に押し付けられる。


「んっ」


 急に息苦しくなる。圧迫感。っていうか、なんだ、この、顔に押し付けられているものは?

 おそるおそる目を開けると、必死で俺の唇を吸うシルヴィアの顔が見えた。


「んなっ!?」


 俺が目を見開くと、彼女も驚いたように、少しだけ体を離した。


「な、な、な」


 だが、俺が戸惑っていると、シルヴィアは先に正気に返った。いや、狂気に返った、というべきか。

 また俺に掴みかかると、それこそ肉食獣のような勢いで、俺の唇にむしゃぶりついた。


「んーっ!」

「うぐっ」


 輝く金髪に、ややアグレッシブな印象を与える、整った目鼻立ち。青い瞳。まるでハリウッドの女優だ。そんな彼女が、噛み付かんばかりに俺を貪っている。

 これが現実とは思えない。


 俺はとにかく、彼女の肩を押した。

 抵抗に気付くと、シルヴィアは、ハッとした表情を浮かべて、弱々しく後ずさる。


「う……あ……」


 言葉も出せずに、立ち尽くしている。

 さっきまでの激しさはどこへやら、今度は泣きそうな顔だ。


「あ、あの?」


 俺が戸惑っていると、彼女は今にも死んでしまいそうな声色で釈明を始めた。


「す、済まない、ナロ殿……つ、つい、二人きりだと思ったら、その……気持ちが抑えられなくなってしまったのだ」


 はぁ?


「ああ、だが、いとしのナロよ、この愛を是非、受け入れて欲しい」

「えっと、ちょっと、それって」


 まさか。

 レアで引いた彼女って、こいつ? シルヴィア?

 手近すぎるだろ!?


「それとも、こんな粗暴な女はいやか、ナロ殿」

「えっと、あの、いや、だって、ほら」


 落ち着け。

 冷静に。

 合理的に、合理的に……そう、合理的に対処すれば、なんら問題はない。


「でも、あの、シルヴィアって、俺のこと、追いかけてたんじゃないの? 殺すために」

「そういう命令は受けている」

「じゃ、じゃあ、この後、どうするつもりでいる? 愛してるっていって、その後、俺の首を飛ばすのか?」


 この問いかけに、彼女は目を泳がせ始めた。


「騎士としては……王命に背くなど、できない……」

「じゃあ……」

「だが!」


 決然として、俺と目を合わせる。


「一人の女として! 愛する人をこの手で裏切るなど、できはしない!」


 なにこの燃え上がり方。

 嬉しさより不気味さのが勝っているんだが。


「えっと、参考までに」

「うん? なにかな、ナロ殿」

「いつから、その、俺のこと……」

「ついさっきだ!」


 ああ、やっぱり……。


 こうしてみると、かなり残念な頭の子に見えなくもないが、そんなわけはないだろう。強さだけで副団長は務まらない。頭だっていいだろうし、道徳意識も高いはず。

 これはアレだ、あの性悪女神のガチャのせいで、そこの部分だけ、変に作り変えられてしまったのだ。


「覚悟を決めたぞ、ナロ殿」

「な、なんの」

「私は王家を裏切って、そなたを救い出す!」


 う、うおお。

 これはチャンス、だ。

 さすがはレア。確かにある意味、アンコモンの「姿が消える薬」より、ずっと頼りになる。


「だが、私に考えがある。少しだけ、待って欲しい」

「う、うん」

「このまま、そなたを庇って山を突っ切るのも手ではあるが……それでは追っ手がかかる。いつかは逃げ切れず、二人して討たれることになろう。それよりは、策略を用いたほうがいい。私を信じて、言う通りにして欲しいのだ」

「わ、わかった」


 どの道、俺に対案などない。

 ここまできたら、レア彼女の効果に縋るほかないのだ。


「少しだけ、少しだけここで待っていてくれ。少々苦労をさせるとは思うが、命だけは絶対に守り抜いてみせる」


 そう言いながら、彼女は洞窟の中を見回す。


「……これは?」

「これって、黄金の馬?」

「これは、ナロ殿のものか」

「そうだけど」

「ふむ……わかった。これも運べるよう、手配する」


 おお。

 これはもう、願ったり叶ったりではないか。

 無事、この国から脱出できたとして。その後の当面の生活資金、それにこの世界での案内人もつく。理想的な状況かもしれないぞ。


「だが、ナロ殿……いや、ナロ様」

「ん?」

「せめて、せめてあと一度」


 怖くなるほどの勢いで、また組み付いてきた。


「私に、愛のある接吻をっ」


 俺の返事も待たず、彼女は俺に噛み付いてきた。


 一晩、俺は洞窟の中で過ごした。保存食があってよかった。シルヴィアも、食料は持参していなかったからだ。

 夜明け前、彼女が戻ってきた。その手には、男の死体が一揃い。

 っていうか、これ。俺が突き落とした兵士じゃないか。


「ちょうどいい具合に、そなたと背格好が似ている。これを利用させてもらうとしよう」


 まず、俺がその死体の鎧を引き剥がし、着用する。兜もしっかりかぶって、顔を隠す。そして死体に俺の服を着せ、洞窟の奥に転がしておく。

 黄金の馬は、布にくるんで、彼女が持ってきた背負子に載せる。運ぶのは俺の仕事だ。背骨が折れそうになるくらい、重い。ずっと運び続けるのは無理だから、街道の近くに埋めておく。後で通りかかった際に、掘り出す予定だ。

 一方、彼女は洞窟の中に、可燃性の油の壷を大量に設置した。


「これでよし……あとは、そなたの勇気と行動力にかかっているぞ」


 部下を激励する将軍さながらに、彼女はそう言い放った。

 といっても、俺の仕事は大して難しくもない。


 夜が明けてからしばらく。

 俺はそのままの格好で走った。騎士達の野営地にだ。


 一番大きな天幕を探す。あれだ。

 俺は無言でテントの中に入り込み、床机に腰掛け、部下に取り巻かれたシルヴィアに駆け寄って、耳元で何かを報告するフリをした。


 大仰に頷いてみせた彼女は、勢いよく立ち上がる。


「皆の者! 悪魔の居場所がわかったぞ! ついてまいれ!」


 兵士達と、天野達が、彼女の後についてくる。

 正直、気が気でない。昨日、俺を発見したのは、星井じゃないのか。なのに、今、俺がここにいることには、彼女は気付けていないのだろうか。

 だが、何も起きなかった。シルヴィアの先導のもと、一行は、昨日俺が潜伏していた洞窟の前に到着した。


「出てこい、悪魔! 悪魔・ナロよ! 成敗してくれる!」


 彼女は大音声で呼ばわった。


「僕が行きます」


 天野が進み出ようとする。これはまずい。


「あ、いや、それは待って欲しい、勇者殿」

「なぜですか?」

「昨日も、あなたの剣は通用しなかったではないか」

「それはっ、確かに」


 ただの方便だ。

 中には、昨日、転落死した男の死体が転がっているだけ。それを見られたら困るから。


「何も勇者殿が役立たずと言っているのではない。ただ、相手は悪魔。万一のことがあっては、我が国のみならず、この世界にとっても大きな損失となる。それに、私には考えがある」

「それはどのような」

「弓兵! 火矢の用意!」


 というわけだ。

 中には油でいっぱいだから、すぐ燃え上がる。

 こうして、見分けのつかなくなった死体を、俺のものということにする計画なのだ。


「撃て!」


 あちこちで弓の弦が、不吉な音をかき鳴らす。

 無数の矢が洞窟の中に吸い込まれていくが……まだ着火しない。まずいな。


「どけ」


 後ろから、低い声。

 出てきたのは比嘉だった。


「俺に任せろ」


 何をする気だ?

 と思う暇もなく、彼は中空に向かって拳を振り上げた。


「うぉおらぁあっ!」


 と、見る間に巨大な火球が浮かび上がり、それが凄まじい勢いで、洞窟の中に飛び込んでいった。

 すぐに爆発し、激しい炎が一気に広がる。


「な、なんと!」

「どうだぁ、俺様の力は!」


 なんとまぁ……羨ましい。

 比嘉まで魔力に覚醒したのか。しかも、こんなわかりやすい、使いやすそうな能力に。

 俺と交換して欲しいくらいだ。


「さすがは勇者殿……」


 一呼吸置いてから、シルヴィアは立ち上がった。


「よし! 行くぞ!」

「あっ、シルヴィアさん!」


 天野の声を無視して、彼女は洞窟の奥へと一気に走りこむ。誰より先に、死体を確認するためだ。

 だが、彼女はすぐに外に出てきた。左手に、焼け焦げた生首を手にして。


「やはり、思った通りだった」


 その凄まじさに、藤成は顔を背けている。星井は「うわー」とか言いながら見ているが。


「ヒガ殿、ご協力感謝する。だが、これは予想通りの結果なのだ」

「どういうことです?」


 天野の疑問に、シルヴィアはハキハキと答えた。


「魔物の中には、ヒュドラのように、強い再生能力をもつものがいる。だが、そういう魔物も、傷口を火で焼かれると、その力が働かなくなるのだ」

「なるほど、それで」


 こうして周囲を納得させると、シルヴィアは堂々と宣言した。


「さあ! 王都に凱旋しよう! 勝利を陛下にご報告申し上げるのだ!」

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