第八話
「君、サバイバルの才能、ないねー」
「ほっとけ」
しゃがみこむ俺を前に、邪悪な女神が膝に手をおいて、覗き込むようにしている。
気付けば、周囲の風景は、暗い洞窟からピンク色の空間に変わっていた。
「その格好のまま、寝てたんだ?」
「しょうがないだろ。こっちは疲れてるんだよ。腹も減ってるし」
「んー」
唇に指を当てて、彼女は不満そうな声をあげる。
「つまんないなー」
「なんでだよ」
「自分では遠くまで逃げたつもりなんだろうけど、多分、すぐ追いつかれちゃうよー?」
「だから隠れたんだよ」
「見つからなきゃいいけど、ま、騎士団には土地鑑あるし、難しいかなー」
「土地鑑?」
「うん。あのね、この山、騎士団の演習場みたいなもんなんだよね」
マジか。
じゃ、連中の庭も同然じゃないか。
「まっ、いっか!」
「よくねぇよ!」
「ほらほら、ガチャ、引きたいんだよね。いいよー、うまくすれば、助かるかもしれないし!」
「人事だと思いやがって」
「だって、人事じゃん? 一応、君のこと、応援はしてるけど、ダメならダメで、しょうがないって思ってるしねー」
クソが。
なんかものすごく不平等だ。天野には聖剣、藤成には治癒の力が与えられたのに、なんで俺にはこんな性悪ビッチがついてくるんだ。
とはいえ、不満をいっても何も変わらない。
今の俺の命綱はこいつのくれるボーナスだけだ。
「そういえば、ガチャって、引きたい時はどうやって引けばいいんだ? 洞窟の中でも、それを考えてた」
「んー、そうだねー、じゃ、これから私に会いたくなったら、会いたいよぉって念じるといいよ! そしたら、デートに付き合ってあげるからさぁ」
……必要な時だけ、念じることにしよう。
「じゃ、早速、ガチャってみようか」
「っと、待った」
その前に。
知っておきたい。ガチャで何がもらえるのか。
「これって、何がもらえるんだ? それに、何か副作用みたいなものとか」
「ん? 悪いことは何もないよ? ただアイテムとか、さっき使ったみたいな特殊効果とかがもらえるだけ。で、何が出るかなんだけど、リスト、ものすごーく長いよー?」
どこから取り出したのか、電話帳みたいなのがポンと出てきた。
「この目録にある品物のどれかがもらえるんだよ! まぁ、貴重なものほど、引き当てにくいんだけど」
「うえっ……読む気しない」
「大丈夫だよ? ちゃんと説明するからさー」
彼女がそう言うと、このピンク空間に、パチンコ屋のスロットマシンみたいなのが出てきた。下のほうに自販機の取り出し口みたいなのがある。ここで結果を受け取るらしい。俺はただ、横にあるレバーを引くだけでいいようだ。
「さ! 引いて引いてー!」
「っと、その前に、こう、何か、役立ちそうなものっていうか」
三回しかないチャンス。
運次第とはいえ、俺は何か、希望のようなものを見つけたかった。
「たとえば、隠れるのに役立つアイテムってあるかな」
「あるよ! えっとね、『隠れ身の衣』っていうのがあるよ」
「それは、どれくらい出やすい?」
「スーパーレアだねー」
かなり厳しそうだ。
下からコモン、アンコモン、レア、スーパーレア、ウルトラレア。上から二番目のレアアイテムなんて、そうそう引けるはずがない。
「も、もっと簡単なのはない? それじゃ、当てられそうにないんだけど」
「どうせ運次第なのに、いろいろ戸惑ってるねー」
「命かかってるんだ、当たり前だろ」
「合理的じゃないー」
「それは言うなっ」
このアマ。
俺が一番言われたくないことを。
「一応、あるよ? 使いきりだけど、『隠れ身の薬』ってのが」
「おっ」
「こっちはアンコモンだねー。まあ、貴重だけど、人間でも手に入れられなくはないってレベル?」
「おおっ」
「ただ、四時間で効果が消えちゃうからねー」
「充分だ。その間に頑張って下山すれば、助かるかも」
よし、希望が見えてきた。
引く。
引くぞ。
「おー、やる気になったー?」
「なった。当てる。当てるぞ」
「力んだって確率は変わんないんだけどなー」
「うるさい。それでも気合いれるしか、できることなんかないんだよ」
俺はスロットマシンの前に立ち、レバーに手をかける。
出ろ!
ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、マシンはピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと、カシュン、と空気の抜けるような音とともに、一枚のカードが取り出し口に落ちてきた。
「うん……『C』?」
「コモンだねー」
「げっ」
ハズレじゃないか。
姿を隠す薬はアンコモンだから、それよりは効果が落ちる何かだ。
「それ、めくれるから! 中、見てみてー」
「どれ」
そこまで期待もせず、『C』と書かれたシールを引っぺがすと、中にはこう書いてあった。
『緊急用レーションセット・三日分』
俺は口をパクパクさせていた。
非常食が三日分? それだけ?
「おめでとー! これでお腹すいてるのも解決だねー!」
「今はそれどころじゃないだろっ!」
い、いや、気を取り直していこう。
逃げ切っても、餓死しては意味がない。そう考えれば、これはこれで当たりだ。
残り二回で、『隠れ身の薬』を引き当てればいいんだから。
「次だ」
再び俺はスロットマシンの前に立ち、レバーに手をかける。
出ろ、出ろ!
ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、またもやマシンはピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと、シュコッ、と空気の抜けるような音とともに、一枚のカードが取り出し口に落ちてきた。
「うおっ!?」
やった!
カードの表面には『UC』と書いてある。
これってつまり……。
「おおー、アンコモンだねー」
やっぱりアレだ。祈り念じるのは無駄じゃなかったんだ。
これはもう、当てちゃったかも。万一、姿を隠すのに役立つ品物でなかったとしても、同じくらいの値打ちがあるわけで、考えればきっと使い道も見つかるはずだ。
「さってと、中身は……」
シールをめくると、こう書いてあった。
『黄金の馬』
馬? 黄金の?
姿を隠すのには役立ちそうにない。だが、馬だ。馬。
機動力がありそうじゃないか。目立つだろうけど。
「えっと、あの」
「うん?」
「これ、鞍とか、鐙とか、ついてるのかな?」
「クラ? アブミ?」
「ほら、いくらなんでも、裸馬に乗るなんて、無理だし」
「あー」
女悪魔は、首を傾げながら、俺に言った。
「何か、勘違いしてない?」
「は?」
「黄金の馬って、これだよ?」
彼女がそう言うと、不意に空中に、金色の塊が出現した。俺が両腕でやっと抱えられるくらいの大きさだ。それがズシンと目の前に落ちる。
「な、なにこれ」
「黄金の馬。のレプリカだよー」
「いや、だって、これ、ただの金の塊じゃ」
「美術品でもあるよ? 売ればものすごくお金になるんだよー?」
え、ウソ。
この状況で、一番、無意味なものを引いちゃった?
「……それだけ?」
「それだけー」
「ウソでしょ?」
「ほんとー」
うわぁ……。
やっぱり、所詮はガチャだ。ガチャがなんでガチャかって、ギャンブルだからだ。欲しいものなんか出ない。そう決まってるんだ。
「ほら、ほら! あと一回!」
「うっ」
「気合だよ、気合!」
「うるせぇよ!」
無事に逃げ切れれば意味のあるアイテムだが、こんな重いものを担いで歩くわけにはいかないから、捨てていくことになる。ということは、ここまでで俺がゲットしたものは、実質、三日分の食料だけ。
次のガチャ次第では、本当に終わる。冗談じゃない。
「キャハハッ……やっと実感出てきた?」
「なにが」
「しくじったら、死ぬって実感」
やけに凄みのある彼女の声に、俺はゾッとした。
「さー、最後の一回だよー」
内心から噴き出すドス黒い笑みを隠しもせず、彼女は俺を促す。
どうしよう? どうしようもない。
ガチャを引くか、引かないか。俺が選べるのは、それだけだ。あとで引きます、と言えば、チャンスを先延ばしにはできる。でも、捕まってしまったら、まず助からない。そんな状況では、もっと高価なものを引き当てなければいけなくなる。いや、それ以前に。天野はいきなり俺に斬りつけてきた。合理的に考えて、発見されたら即、殺される。ガチャを引くなら今、今しかないんだ。
俺はフラリと立ち上がり、無心でスロットマシンの前に立った。
ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、死の恐怖に怯え悩み苦しむ俺を、焦らし、からかうかのように、マシンはピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと……直後に『パンパカパーン』とファンファーレが奏でられた。そして、一枚のカードが取り出し口に落ちてくる。
「これは……」
カードの表面には『R』と書いてある。
「おおー!」
女悪魔も、身を乗り出して、俺のカードに見入っている。
「レアだね! おめでと!」
レアって、何がもらえるんだろう? 移動手段か、武器か、特殊効果か。わからないが、どんなものであっても、生存に役立つのなら……。
俺は若干の興奮を感じながら、シールをめくった。
そこには、こう書かれていた。
『彼女』
目が点になった。
「は?」
「うわー、すごいー」
棒読みだ。
「君、すごいねー、よかったねー、近々、素敵な彼女ができるよー」
「近々って、今、それどころじゃ」
「あ、でも、私はダメだからねー、さすがにそんなに安くないからー」
「こっちから願い下げだ」
「ふーん、そんなこと言っちゃうんだー」
あっ、まずい。
こいつを怒らせたら。
「じゃ、そろそろ今日のデートは終わりかなー、ポイッと」
「ちょっ」
だが、足元のピンクの膜は薄くなり、俺は一瞬で下へと投げ出される。
「ごぶべっ」
気付けばまた、洞窟の中。
しゃがんだまま眠ってしまっていたらしいが、どうもそのまま、横倒しになったみたいだ。口の中に、ジメジメした土が入っていた。すぐに吐き出す。
周囲を見回す。
既に夕暮れ時、それも空はほとんど藍色に染まっている。あとちょっとで完全に日が沈む。
その残照に輝くのは、すぐそこにある黄金の馬だ。確かに、美しい一品ではある。それだけだが。
脇には、茶色の袋が転がっている。これが緊急用レーションなのだろう。結局、役立つものは、これだけ、か。
いや。
あの女悪魔は、俺に有用な情報をくれた。
ここが騎士団の演習場だということ。となれば、隠れてやり過ごすのは難しい。この洞窟も、捜索目標の一つかもしれない。
あとちょっとで完全に暗くなる。そうしたら、ここを出る。
姿を隠す手段はないが、この暗さだ。頑張れば、逃げ切れるかもしれないじゃないか。
俺は、レーションの入った袋を手に取る。
さあ、脱出だ……。
と、気持ちを入れ替え直したところだった。
洞窟の出入り口に、影が差す。それに、小石を蹴散らす音。
まさか。
銀色の甲冑に身を包み、兜のバイザーを下ろし。右手に抜き身の剣、左手に松明を持った騎士が、すぐそこに立っていた。