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ナール王物語 ~最強チートの合理的殺戮~  作者: 越智 翔
第一章「シルヴィア」
8/50

第八話

「君、サバイバルの才能、ないねー」

「ほっとけ」


 しゃがみこむ俺を前に、邪悪な女神が膝に手をおいて、覗き込むようにしている。

 気付けば、周囲の風景は、暗い洞窟からピンク色の空間に変わっていた。


「その格好のまま、寝てたんだ?」

「しょうがないだろ。こっちは疲れてるんだよ。腹も減ってるし」

「んー」


 唇に指を当てて、彼女は不満そうな声をあげる。


「つまんないなー」

「なんでだよ」

「自分では遠くまで逃げたつもりなんだろうけど、多分、すぐ追いつかれちゃうよー?」

「だから隠れたんだよ」

「見つからなきゃいいけど、ま、騎士団には土地鑑あるし、難しいかなー」

「土地鑑?」

「うん。あのね、この山、騎士団の演習場みたいなもんなんだよね」


 マジか。

 じゃ、連中の庭も同然じゃないか。


「まっ、いっか!」

「よくねぇよ!」

「ほらほら、ガチャ、引きたいんだよね。いいよー、うまくすれば、助かるかもしれないし!」

「人事だと思いやがって」

「だって、人事じゃん? 一応、君のこと、応援はしてるけど、ダメならダメで、しょうがないって思ってるしねー」


 クソが。

 なんかものすごく不平等だ。天野には聖剣、藤成には治癒の力が与えられたのに、なんで俺にはこんな性悪ビッチがついてくるんだ。


 とはいえ、不満をいっても何も変わらない。

 今の俺の命綱はこいつのくれるボーナスだけだ。


「そういえば、ガチャって、引きたい時はどうやって引けばいいんだ? 洞窟の中でも、それを考えてた」

「んー、そうだねー、じゃ、これから私に会いたくなったら、会いたいよぉって念じるといいよ! そしたら、デートに付き合ってあげるからさぁ」


 ……必要な時だけ、念じることにしよう。


「じゃ、早速、ガチャってみようか」

「っと、待った」


 その前に。

 知っておきたい。ガチャで何がもらえるのか。


「これって、何がもらえるんだ? それに、何か副作用みたいなものとか」

「ん? 悪いことは何もないよ? ただアイテムとか、さっき使ったみたいな特殊効果とかがもらえるだけ。で、何が出るかなんだけど、リスト、ものすごーく長いよー?」


 どこから取り出したのか、電話帳みたいなのがポンと出てきた。


「この目録にある品物のどれかがもらえるんだよ! まぁ、貴重なものほど、引き当てにくいんだけど」

「うえっ……読む気しない」

「大丈夫だよ? ちゃんと説明するからさー」


 彼女がそう言うと、このピンク空間に、パチンコ屋のスロットマシンみたいなのが出てきた。下のほうに自販機の取り出し口みたいなのがある。ここで結果を受け取るらしい。俺はただ、横にあるレバーを引くだけでいいようだ。


「さ! 引いて引いてー!」

「っと、その前に、こう、何か、役立ちそうなものっていうか」


 三回しかないチャンス。

 運次第とはいえ、俺は何か、希望のようなものを見つけたかった。


「たとえば、隠れるのに役立つアイテムってあるかな」

「あるよ! えっとね、『隠れ身の衣』っていうのがあるよ」

「それは、どれくらい出やすい?」

「スーパーレアだねー」


 かなり厳しそうだ。

 下からコモン、アンコモン、レア、スーパーレア、ウルトラレア。上から二番目のレアアイテムなんて、そうそう引けるはずがない。


「も、もっと簡単なのはない? それじゃ、当てられそうにないんだけど」

「どうせ運次第なのに、いろいろ戸惑ってるねー」

「命かかってるんだ、当たり前だろ」

「合理的じゃないー」

「それは言うなっ」


 このアマ。

 俺が一番言われたくないことを。


「一応、あるよ? 使いきりだけど、『隠れ身の薬』ってのが」

「おっ」

「こっちはアンコモンだねー。まあ、貴重だけど、人間でも手に入れられなくはないってレベル?」

「おおっ」

「ただ、四時間で効果が消えちゃうからねー」

「充分だ。その間に頑張って下山すれば、助かるかも」


 よし、希望が見えてきた。

 引く。

 引くぞ。


「おー、やる気になったー?」

「なった。当てる。当てるぞ」

「力んだって確率は変わんないんだけどなー」

「うるさい。それでも気合いれるしか、できることなんかないんだよ」


 俺はスロットマシンの前に立ち、レバーに手をかける。

 出ろ!


 ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、マシンはピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと、カシュン、と空気の抜けるような音とともに、一枚のカードが取り出し口に落ちてきた。


「うん……『C』?」

「コモンだねー」

「げっ」


 ハズレじゃないか。

 姿を隠す薬はアンコモンだから、それよりは効果が落ちる何かだ。


「それ、めくれるから! 中、見てみてー」

「どれ」


 そこまで期待もせず、『C』と書かれたシールを引っぺがすと、中にはこう書いてあった。


『緊急用レーションセット・三日分』


 俺は口をパクパクさせていた。

 非常食が三日分? それだけ?


「おめでとー! これでお腹すいてるのも解決だねー!」

「今はそれどころじゃないだろっ!」


 い、いや、気を取り直していこう。

 逃げ切っても、餓死しては意味がない。そう考えれば、これはこれで当たりだ。

 残り二回で、『隠れ身の薬』を引き当てればいいんだから。


「次だ」


 再び俺はスロットマシンの前に立ち、レバーに手をかける。

 出ろ、出ろ!


 ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、またもやマシンはピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと、シュコッ、と空気の抜けるような音とともに、一枚のカードが取り出し口に落ちてきた。


「うおっ!?」


 やった!

 カードの表面には『UC』と書いてある。

 これってつまり……。


「おおー、アンコモンだねー」


 やっぱりアレだ。祈り念じるのは無駄じゃなかったんだ。

 これはもう、当てちゃったかも。万一、姿を隠すのに役立つ品物でなかったとしても、同じくらいの値打ちがあるわけで、考えればきっと使い道も見つかるはずだ。


「さってと、中身は……」


 シールをめくると、こう書いてあった。


『黄金の馬』


 馬? 黄金の?

 姿を隠すのには役立ちそうにない。だが、馬だ。馬。

 機動力がありそうじゃないか。目立つだろうけど。


「えっと、あの」

「うん?」

「これ、鞍とか、鐙とか、ついてるのかな?」

「クラ? アブミ?」

「ほら、いくらなんでも、裸馬に乗るなんて、無理だし」

「あー」


 女悪魔は、首を傾げながら、俺に言った。


「何か、勘違いしてない?」

「は?」

「黄金の馬って、これだよ?」


 彼女がそう言うと、不意に空中に、金色の塊が出現した。俺が両腕でやっと抱えられるくらいの大きさだ。それがズシンと目の前に落ちる。


「な、なにこれ」

「黄金の馬。のレプリカだよー」

「いや、だって、これ、ただの金の塊じゃ」

「美術品でもあるよ? 売ればものすごくお金になるんだよー?」


 え、ウソ。

 この状況で、一番、無意味なものを引いちゃった?


「……それだけ?」

「それだけー」

「ウソでしょ?」

「ほんとー」


 うわぁ……。

 やっぱり、所詮はガチャだ。ガチャがなんでガチャかって、ギャンブルだからだ。欲しいものなんか出ない。そう決まってるんだ。


「ほら、ほら! あと一回!」

「うっ」

「気合だよ、気合!」

「うるせぇよ!」


 無事に逃げ切れれば意味のあるアイテムだが、こんな重いものを担いで歩くわけにはいかないから、捨てていくことになる。ということは、ここまでで俺がゲットしたものは、実質、三日分の食料だけ。

 次のガチャ次第では、本当に終わる。冗談じゃない。


「キャハハッ……やっと実感出てきた?」

「なにが」

「しくじったら、死ぬって実感」


 やけに凄みのある彼女の声に、俺はゾッとした。


「さー、最後の一回だよー」


 内心から噴き出すドス黒い笑みを隠しもせず、彼女は俺を促す。


 どうしよう? どうしようもない。

 ガチャを引くか、引かないか。俺が選べるのは、それだけだ。あとで引きます、と言えば、チャンスを先延ばしにはできる。でも、捕まってしまったら、まず助からない。そんな状況では、もっと高価なものを引き当てなければいけなくなる。いや、それ以前に。天野はいきなり俺に斬りつけてきた。合理的に考えて、発見されたら即、殺される。ガチャを引くなら今、今しかないんだ。


 俺はフラリと立ち上がり、無心でスロットマシンの前に立った。


 ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、死の恐怖に怯え悩み苦しむ俺を、焦らし、からかうかのように、マシンはピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと……直後に『パンパカパーン』とファンファーレが奏でられた。そして、一枚のカードが取り出し口に落ちてくる。


「これは……」


 カードの表面には『R』と書いてある。


「おおー!」


 女悪魔も、身を乗り出して、俺のカードに見入っている。


「レアだね! おめでと!」


 レアって、何がもらえるんだろう? 移動手段か、武器か、特殊効果か。わからないが、どんなものであっても、生存に役立つのなら……。

 俺は若干の興奮を感じながら、シールをめくった。


 そこには、こう書かれていた。


『彼女』


 目が点になった。


「は?」

「うわー、すごいー」


 棒読みだ。


「君、すごいねー、よかったねー、近々、素敵な彼女ができるよー」

「近々って、今、それどころじゃ」

「あ、でも、私はダメだからねー、さすがにそんなに安くないからー」

「こっちから願い下げだ」

「ふーん、そんなこと言っちゃうんだー」


 あっ、まずい。

 こいつを怒らせたら。


「じゃ、そろそろ今日のデートは終わりかなー、ポイッと」

「ちょっ」


 だが、足元のピンクの膜は薄くなり、俺は一瞬で下へと投げ出される。


「ごぶべっ」


 気付けばまた、洞窟の中。

 しゃがんだまま眠ってしまっていたらしいが、どうもそのまま、横倒しになったみたいだ。口の中に、ジメジメした土が入っていた。すぐに吐き出す。


 周囲を見回す。

 既に夕暮れ時、それも空はほとんど藍色に染まっている。あとちょっとで完全に日が沈む。

 その残照に輝くのは、すぐそこにある黄金の馬だ。確かに、美しい一品ではある。それだけだが。

 脇には、茶色の袋が転がっている。これが緊急用レーションなのだろう。結局、役立つものは、これだけ、か。


 いや。

 あの女悪魔は、俺に有用な情報をくれた。

 ここが騎士団の演習場だということ。となれば、隠れてやり過ごすのは難しい。この洞窟も、捜索目標の一つかもしれない。


 あとちょっとで完全に暗くなる。そうしたら、ここを出る。

 姿を隠す手段はないが、この暗さだ。頑張れば、逃げ切れるかもしれないじゃないか。


 俺は、レーションの入った袋を手に取る。

 さあ、脱出だ……。


 と、気持ちを入れ替え直したところだった。

 洞窟の出入り口に、影が差す。それに、小石を蹴散らす音。

 まさか。


 銀色の甲冑に身を包み、兜のバイザーを下ろし。右手に抜き身の剣、左手に松明を持った騎士が、すぐそこに立っていた。

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