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ナール王物語 ~最強チートの合理的殺戮~  作者: 越智 翔
第一章「シルヴィア」
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第七話

「いっ……てぇえ……」


 飛びかけた意識が、ふと戻る。

 激痛の余韻は残っているが、体はまったくの元通り。むしろ、斬られる前より調子がいいくらいだ。


「なっ! 確かに斬ったのに!」

「マジかよ……」


 俺の居場所は、天野達からは遠ざかっていた。最後に刎ね飛ばされた首が、数メートル先にまで転がっていったからだろう。胴体に首がついていくのでなくて、首に胴体がひっついてくれたらしい。


「これが、悪魔の力……!? とんでもないわ……」


 後ろで藤成も絶句している。


 ……しっかり、しっかりしろ、俺。


 今しかない。

 チャンスは、この数秒間にしか。


 これが最後の思考だ。どうする?


 あいつらをもう一度説得……これはナシだ。

 もう一度殺されたら。不死身の効果はなくなったから、次はダメージカットしかない。最悪、それで一撃はしのげるかもしれないが、説得に失敗したら。更にもう一発で、確実に死ぬ。

 逃げるしかない。


 だが、どちらへ?

 この丘から降りる道は、シルヴィアとその配下の騎士達が固めている。一番歩きやすそうなルートには彼女自身が、それ以外の場所にも、いつの間にか騎士や兵士達が散開して、俺の逃走に備えている。

 ああ、だからか。天野がすぐに斬りかかってこなかったのは。俺と話をして、気を引いているうちに、こっそり兵士達が輪を作っていたわけだ。まったくもって合理的だ。


 これは詰んだ、か?

 数メートル後ろには天野達。獣道にはシルヴィア。その他、歩きにくい岩場だらけの下り道にも兵士。しかも俺の武器はといえば、包丁一本。


 だが、俺の視線は、崖の方に向けられた。


 そこにも兵士がいる。

 俺と背格好は変わらない。髪の毛の色も黒い。さほど強そうにも見えない男だ。


 なるほど、悪魔の力を身につけた『ナロ』なら、崖の上からでも、平気で飛び降りるかもしれない。だからシルヴィアはここにも配下を立たせた。

 だが、兵士自身はというと、彼女ほど用心深くはなかったようだ。たった三メートル先に俺がいるのに、まだびっくりしたまま、突っ立っている。俺が逃げるにしても、まさかわざわざ崖から飛び降りようとするとは、思っていないのだ。

 普通なら、それは合理的な考え方だ。同じく兵士がいるのなら、わざわざ余計に危険なルートを選ぶ意味がない。しかし……。


「うぉおらぁああぁっ!」


 イチかバチか。

 俺は、まっすぐその兵士に向かって突っ込んだ。


「ぬわっ!?」


 持っていた槍をこちらに向ける暇も与えず。俺はそいつに組み付いた。

 天野が我に返って追いつく前に。


「うるおあっ!」


 重い鎧のせいで、重心が上半身に寄った兵士だ。ぴったり胸を寄せて、足を刈れば。

 俺は柔道選手ではないから、それで相手を倒すことはできない。できなくていい。よろめいてくれれば。後は押すだけだ。


「なっ……!」


 状況を理解した天野達が、後ろから迫ってくる。

 だが、ほんの一歩、俺のが早かった。


「うわあぁっ!」


 組み付かれた兵士の悲鳴。

 と同時に、俺も、あの気持ちの悪い浮遊感を味わっていた。


 高さ何十メートルあるかわからない、断崖絶壁の上。そこから俺とそいつは、落下したのだ。


「うっ……くっ……」


 今度もしっかり痛みはあった。

 しかも、体中に傷がある。立とうとして、足の骨が変な方向に曲がっているのがわかった。


 ダメージカット。そう念じてジャンプしたのだが、それでもここまで大きな怪我を負ってしまった。


「うう、くそ」


 もったいない、と思いつつも、他に選択肢などない。

 俺は、震える指で、ポケットから治癒のお札を取り出した。


「どう使うんだ、これ……ええい、治れ、治れ!」


 そう言いながら、痛む場所に押し付ける。途端に全身の苦痛が消え去り、曲がった足も元通りになった。


「デタラメだな、これ……」


 しかし、お札は消えてしまった。これで、あの女悪魔からもらった恩恵を使い切ってしまったのだ。

 いや。


 脇を見る。

 俺と一緒に落下した兵士。

 あちこち見事に潰れてしまっている。見るも無残な有様だ。


 恨みはなかったが、仕方なかった。

 まず一つ。もしこいつを避けて崖に向かったら。正気に返ったこいつが、槍を向けてこないとも限らなかった。

 もう一つ。ダメージカットで大怪我を避けられなかった場合、お札もここで使うことになる。そうなると、俺が手にした超能力は、すべて失われる。

 だが、この兵士の死亡原因は、俺だ。つまり、これが殺した数としてカウントされれば、俺はガチャを引ける。


 頭上を見上げる。木々が枝を広げているせいで、崖の上の状況はよく見えない。かなり距離があるせいか、声も聞き取れない。

 落下で俺が死んだと思ってくれるだろうか? いや、それは難しい。

 これは俺のミスだ。天野に斬られる前に、崖から飛び降りれば、或いはそういう結論を出してくれる可能性も低くはなかった。死体が発見できなかったとしても、探し方が不十分なだけではと考える。それで時間と距離が稼げたはずなのだ。ついでに、消費する超能力も、不死身か、ダメージカットとお札のセットかの、どちらか片方で済んだ。

 だが、俺は天野の剣で両断され、首まで飛ばされたのに、なぜか甦ってしまった。あれを見ておいて「崖から落ちたなら死んだはず」などと能天気に考える奴はいないだろう。


 となれば。

 まだ追っ手は俺を探し続ける。

 今度こそ、隠れられる場所を見つけなければ。


 俺は闇雲に走った。

 だが、途中で冷静さを取り戻し、周囲を見回す。あった。川だ。幅は二メートルほど、深さは三十センチといったところか。これは都合がいい。


 俺は靴を脱ぎ、足を水に浸した。そして、川べりに石が多い辺りはないかと探しながら、しばらく下流まで歩く。

 平たい岩があったので、俺はそこで対岸に足をつける。距離にして、五十メートルほどか。

 俺は血塗れの上着を脱ぎ、比較的きれいな部分で足を拭う。そして、現場にあまり痕跡が残っていないことを確認して、靴を履き直す。それからまた、川の横に広がる森の中に姿を隠した。


 逃亡者にとって、川ほどありがたいものはない。

 何しろ、俺の足跡がつかないのだ。もちろん、対岸を詳しく調べれば、俺が上陸した場所など、わかってしまうだろう。だが、探す側からすると、これが厄介なのだ。川を渡った俺が、どこで上陸したのか?

 濡れた足跡がすぐ向かい側にないとすると、上流か、下流に移動してから、陸にあがったことになる。だから、そこで手分けして探し回る必要が出てくる。それでも、あっちは人数がいるから、濡れた足跡が点々と続いていたら、すぐに見つかってしまうだろう。だから、靴を脱いだ。足は濡れても、靴が濡れていなければ、目立つ足跡はつかない。

 幸い、今は日本と同じで、この国も夏の終わり頃。そして時刻は、そろそろ昼だ。多少の時間があれば、岩についた水分も、すぐに蒸発してくれる。痕跡は割と早くなくなるはずだ。我ながら、なんと合理的。


 それから、俺は山を一つ越えた。その向こう側、西日が当たる斜面に、小さな洞窟を見つけた。

 さすがに、俺も疲れ果てた。食事も、今朝早くにパンを食べたきり。体力的に限界だ。


 ここで休もう。

 無事に兵士達から逃げ切れたとしても、飢え死にしたら意味がない。ここで体力を回復して、明日はなんとか食べるものを見つけるのだ。


 だが、その前に……。


 ガチャってどうやれば引けるんだ?

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