第五十話
「君、なかなか強運だねー」
「あ?」
「おめでとー」
いつの間にか、俺はピンクの膜の中に浮かんでいた。
「ん? 寝起きで意識が追いついてない? 今、どこにいるかわかってる?」
「あ、あー……」
ホジャインの屋敷で星井の首を吹っ飛ばし、その復活を見届けてから。結局、あとから四人とも、駆け込んできてしまった。シルヴィアとサビハは俺を援護するため、マグダレーナはまた凶行に繋がるのを恐れてだろう。そして、なんとなくでついてきたエレオノーラが、部屋の財宝と怯えるホジャインを目にして、合理的な選択をした。つまり、その赤い瞳で彼の眼を覗き込み、意のままにした。
殺されかけたのだから、賠償金をとるのは正当なこと。エレオノーラはそう主張した。その後、王国再建の資金だとか、よくわからないことを呟いていたが。とにかく、サビハが階下から拾い集めてきた麻袋に、それこそ麦でも詰め込むようにして金貨や宝石を流し込んだ。それを下の階に運んだ。俺とシルヴィアがその作業に立ち働いている間に、サビハが一足先に宿まで帰り、グリーダとその荷物を馬車に乗せて戻ってきた。
そんな俺達を呆然と眺めていたマグダレーナだったが、このまま港に向かうと伝えたところ「私も行きます」と宣言し、庭まで連れてきていた冒険者達をその場で解雇した。
グリーダは、ちょうど昨日、乗船券を手に入れるのに成功していた。ワナタイ行きの船だ。但し、今回は一等客室とはいかなかった。行商人用の大部屋が一つ。ろくに寝具も置かれていないがらんどうの船室だ。ただ、今回はその方が都合がよかった。その日の午後遅くに出航ということで、俺達は急がなくてはいけなかった。ようやく荷物をすべて部屋に運び込み、俺達は野営用の毛布を木の床の上に並べて、そこに雑魚寝した。考えてみれば、昨夜は遺跡の中にいたので、短時間の仮眠をとっただけで、ほぼ休んでいなかったのだ。
「頭、スッキリした?」
「ああ、ようやくな」
「じゃ、改めて、おめでとー」
「白々しいな」
「そうでもないよ?」
女悪魔は、俺の返答に真顔で応えた。
「今回ばかりは、君も終わってたかもしれなかったからね。ハラハラしながら見てたもん」
「全部お前の仕込みじゃないのか」
「エレオノーラちゃんを誘導したのはそうだけど、あとは何もしてないよ?」
あとは何もしてない、で済むような軽い話ではなかった。
「誘導って」
「魔力の源になる人間を欲しがってたからねー、ちょっと引き合わせてあげたの」
「女難って、あいつのことか」
「うんー」
腰に手を当てて、彼女は言った。
「まぁ、この世界で起きること、その気になれば、全部私の思い通りにできるんだけど」
「そんな気はする」
「偶然? 必然? に任せようと思えば、それはそれで、できなくはないからね。ゾナマでもそうだったけど、私、肝心なところでは君のこと、助けないのはわかってるでしょー?」
つまり、試練を潜り抜けることができるかどうか。そこで余計な手出しはしないし、してくれない。無論、承知のことだ。
「結局、どうして俺は助かったんだ」
「報酬が間に合ったからだね」
女悪魔が、いつもの一覧表を差し出してきた。
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<成果表>
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キル数 ご褒美
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55 プレミアムガチャ1回
60 戦闘能力レベル3付与
65 絶倫大尉
70 セレスティアルセイバー
75 魔法能力レベル3付与
85 呪詛返し(週1回)
90 ノーマルガチャ9回
100 戦闘能力レベル4付与
………… …………
………… …………
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遺跡に潜る前の俺のキル数は六十二。
それがまず、ゾナマから追いかけてきたヴァン族の連中によってカウントが進んだ。最初の戦闘では、シルヴィアもサビハも防御に回ったので、トドメを刺したのは俺だった。これでまず三人。
その後、奴らが警報の罠を踏み抜いたおかげで、天井から骸骨どもが降り注いできた。それで、俺達は逃走に切り替えたのだが、その時、強引に追いすがってきたのが一人いたので、これも俺が斬った。更に一人。
「罠で死んだのは、どう数えたんだ?」
「微妙だけど、君が直接、殺害に関与したものと看做さざるを得なかったねー。罠の利用を提案したのはサビハちゃんだけど、君自身もちゃんと敵を誘導するために立ちまわっていたわけだし」
「いちいち数えていられなかったんだが」
「九人だね」
つまり、この時点、エレオノーラが俺の背後の壁を操作して、二人と分断した時点で、俺は七十五人までキル数を稼いでいた。
その後、俺はエレオノーラと合流し……彼女の支援を受けつつも、ヤランゴッチの班を全滅させた。四人のうち、一人はスケルトンの剣で死んでいるので、これで七十八人。
「でも、その後、俺は誰も殺せてないぞ?」
「シルヴィアちゃんの大活躍だね。説明するとぉ」
俺と分断された後、シルヴィアは前に立って突撃し、まず一人を突き殺した。それからはサビハを逃がしながら、着実に一人ずつ片付けていった。それでも多勢に無勢、結局は廊下の隅に追い詰められてしまった。この時点までで、分断後に彼女が倒したのは六人、サビハは二人。
だが、ここでヴァン族の戦士達を背後から攻撃し、追い散らしたのがマグダレーナ達だった。ただ、彼女らは俺からの殺害命令を受けていないので、倒してもその分がキル数に反映されることはない。
マグダレーナの治癒魔法によってシルヴィアが立ち直った後、まずオックル、ついでシェリクの班に遭遇した。シェリクを除く七人はこれによって死亡したのだが、うち、六人がシルヴィアとサビハの手によって倒されている。もし、何かの間違いでマグダレーナのパーティーの誰かが、あと一人でも多く始末してしまっていたら……。
「エレオノーラちゃんが君に魔術をかけてる最中に、ちょうど最後の一人を、サビハちゃんが仕留めたんだよ。それで呪詛返しが発動したんだねー」
「その、呪詛返しって、発動条件はなんなんだ? 自動?」
「本人が防御手段を講じることができなかった場合に、自動的にその魔法を跳ね返すんだよ」
そのおかげで、エレオノーラの強力な魅了の魔法にかからずに済んだ、ということらしい。
「あと三秒遅かったら、君はエレオノーラちゃんの奴隷になってたねー」
「冗談じゃない」
「だから強運なんだって言ってるじゃん」
それから、女悪魔はニタニタしだした。
「今回は、キル数が足りないから、ガチャはないけど……」
「ないけど、なんだ?」
「よかったね! また彼女が増えたよ!」
「あのなぁ」
こういうところが信用できない。結局、こいつは俺に女を押し付けて遊んでいるだけじゃないのか。
「今回の彼女は高性能だよー」
「そうらしいな」
「九百年前のアスカロンと周辺都市を支配した元女王で、大魔法使い。シルヴィアちゃんやマグダレーナちゃんより、能力的にも頭一つ抜けてるしねー」
「そういえば言ってたっけ。助けが来ても消し炭だとか」
「ハッタリじゃないよー」
ただ、人間性とか常識とか、その辺には大いに問題がありそうだが。
「可哀想にねぇ」
「なにが」
「後から来た二人に先を越されたマグダレーナちゃん」
絵面としては、ひどいものだった。サビハの時もそうだったが、今回も、茨に絡めとられたままの俺に、半裸の少女が跨っていたのだ。それを彼女は真っ先に目撃してしまった。あれで彼女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。とはいえ、状況が状況だったから、まずは遺跡からの脱出とシェリクへの尋問を優先するということでは、特に妨げになることはなかったのだが。
「は・や・く! 抱いてあげないと」
「抱いてあげないと……なんだ?」
「何をしでかすかわからないよー?」
「おい」
なんだかどんどん状況がややこしくなっていく気がする。特に女周りが。
「女って、一番傷つくのが、相手にされないことだからねー」
「そんなこと言われたって」
「乱暴にされるとか、扱き使われるとか、それに比べたらまだまだ全然我慢できるんだよー?」
「人数多すぎなんだよ」
「せっかく、それができるだけの力は与えてあげてるのになー」
「なんだよ、力って」
「サイズは小型そのままに、威力、耐久力とも更にアップ、どんな状況でも必ず目的を達成できる強靭性を」
「いらねぇよ」
とは言ったものの……相手が四人まで増えたことを考えると、そうも言っていられないかもしれない。まだマグダレーナには手を出していないとはいえ、この女悪魔が更に女の頭数を増やさないとするのは、あまりに甘い考えだ。
「あ! セレスティアルセイバーは、例のホジャインの屋敷にあった財宝の袋の中に紛れ込ませておいたから、適当に使ってねー」
「あ、ああ」
そういえば、と疑問が残っていたのを思い出した。
「あの部屋、どうなってたんだ? 俺達が出発した日には、あんな金貨の山なんかなかったのに、何が起きたんだ」
「勇者の力だね」
「星井が? 金を生み出す能力? んなわけないか。だったら、俺の居場所を調べたり、首を刎ね飛ばしても甦ったり、急に消えたり」
「君がせっかちすぎたせいだねー。話し合いもしないで、いきなりやっちゃうんだから」
確かに、逃げられてしまった以上、あれは結果として失敗だった。あの件で恨まれて、他の勇者に情報共有するかもしれない。
実のところ、星井は俺に何を期待していたのだろう?
「まぁ、今日のデートはこの辺かな。じゃ、ワナタイについてからも頑張ってね!」
「何を頑張るんだ、何を」
「んー? 人殺しとえっち?」
「クソが」
「キャハハハ! じゃね!」
気付くと、俺は暗い船室に戻されていた。そっと身を起こし、毛布を押しのけた。
他の五人は熟睡しているようだ。俺は彼女らを起こさないように、物音に気をつけて立ち上がり、そっと扉を押して、部屋を出た。
狭く薄暗く傾いた廊下を、壁に手をつきながら進み、揺れる中でなんとか階段を這い上がる。そうして甲板に出てみると、ちょうど進行方向、遮るもののない水平線の上に、朝日が顔を出し始めていた。鱗のように細かな波が連なるところを、陽光が照らしだしていた。
俺は溜息をついた。きっとワナタイでも、またトラブルが待っているに違いないから。
とりあえず、年初の集中連載はここで終了です。




