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ナール王物語 ~最強チートの合理的殺戮~  作者: 越智 翔
第一章「シルヴィア」
5/50

第五話

 変なチャイムの音の直後、俺は、わけのわからないピンク空間に浮かんでいた。

 そうとしか表現できない。周囲にはピンク色の靄とか雲が浮かんでいて、俺もその中にプカプカ浮いている。それ以外に、特に目立つものはない。

 ……目の前の女を別とすれば。


「はぁい★ こんちわー、はじめまして、奈路君っ!」


 甘っあまの声でそう話しかけてくるのは、一見して悪魔をイメージさせるような格好をした女だった。

 髪の毛は真っ白なのに、肌は色黒。顔立ちには、なんとなく蠱惑的なムードが漂っている。プロポーションはというと、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるので、男としてはどうしても目が吸い寄せられてしまう。

 黒と紫を基調とした、露出度の高い服装に、背中には悪魔っぽいコウモリの羽までついている。これは、コスプレ……なんだろうか?


「あ、う?」

「はじめまして、ってばぁ」

「あ、は、はい、こ、こんにちは」


 今しがた、初めて人を殺したばっかりなのに。しかもいきなり意味不明な空間に引きずりこまれて。普通に挨拶できると思うのか?


「おめでと!」

「え?」

「覚醒、おめでとうって言ってるのー」


 覚醒?

 魔力に?


「まさか」

「そう、そのまさか」

「俺の、きっかけって」

「人を殺すことだったねー、うんうん」


 ……なるほど。

 不吉な魔力、か。

 殺人が覚醒のトリガーになるような力じゃ、そりゃ、忌み嫌われるわけだ。


 でも、それなら尚更、俺に普通の暮らしをさせておけば、問題なかったのにな。


「まぁ、こういうきっかけで目覚めるとは、あのお城の連中も、わかってなかったと思うけどねー」


 俺の思考を先読みするが如くに、この女はペラペラと喋る。


「で」

「ん?」

「んと、あなた、誰?」


 疑問はいろいろあるが、まず、大事なところから。

 この女は、何者だ?


「んー」

「名前だけ言われてもわかんないから、説明してくれると助かるんだけど」

「あー、じゃ、簡単に。私、神様!」


 神様?

 その格好、どう見ても悪魔だろ?


「神様だってばぁー、もっと敬ってくれてもいいのよ?」

「いや、人を殺しておめでとうとか、絶対、邪神でしょ」

「殺した本人に言われたくないなー」


 いや、あれは正当防衛だから。

 ほっといたら、俺が殺されるんだから。


「ま、いいや。君、覚醒したからね!」

「えっと? 他の……天野とか、藤成とかが覚醒した時にも、こうやって?」

「ん? ううん、他の人には挨拶なんか、しないよ? 奈路君だけ、トクベツー」


 それは喜んでいいのか、悪いのか。


「えっと、で、覚醒すると、何ができるのかな」

「それなんだけどねー、これー」


 空間に、一枚の紙が浮かぶ。


------------------------------

<成果表>

------------------------------

キル数   ご褒美

1    三十分間無敵&パワーアップ

3    ダメージカット(使いきり)

5    治癒のお札(使いきり)

7    一回だけ不死身(使いきり)

10    ノーマルガチャ3回

…………  …………

…………  …………

------------------------------


 俺はざっと上から目を通して、首をかしげた。


「なに、これ?」

「んー、ノルマとご褒美の一覧だよ?」

「いや、キル数って、まさか」

「うん! 殺せば殺すほど、いっぱいいろんなもの、もらえるんだよ!」


 ひでぇ。

 これからもバンバン人を殺せってか。


「ひどすぎるんですがぁー、それはぁ……」

「そうかなー」

「そうだと思う」


 とはいえ。

 王家が俺を狙う以上、殺してでも逃げ延びなければなるまい。手段を選んでいたら、俺がやられる。


「ってかなに、この『ガチャ』って」

「ガチャだよー? 君の世界にはあったでしょ、ほら、まわすとランダムに物がもらえるやつ!」

「あったけど、なんで? このノリとか、なんかおかしいような」

「そーかなー?」


 この邪神、どういうわけかわからないが、俺達の世界のことを知っているらしい。で、俺の魔力にも、その辺の遊び心を加えてきやがった。


「ガチャでは、いろんなものが出るんだよ。んと、結果はね、コモン、アンコモン、レア、スーパーレア、ウルトラレアと五段階あってね、一番上のを引き当てるともう、すごいものが手に入るんだよ!」

「どうせ当たらない」

「夢がないなぁ」

「宝クジだって、買ったことはない。商店街のクジ引きだって、タダ券も全部捨ててた。やるだけ無駄だ。どうせティッシュしかもらえないんだよ」

「えー」


 もう一つ。

 こいつ、楽しんでやがる。

 合理的に考えて、これはもう、邪神確定だな。


「なんか、失礼なこと、考えてない?」

「別に」

「うー」


 それより、大事なことがあったんだった。


「そういえば、このガチャなんだけど」

「うん」

「結果次第では、その……元の世界に帰れるとか、そういうのは、ないのかな」


 俺の質問に、彼女は機嫌を悪くした。


「なにそれー、もっと遊んでいってくれないのー?」

「いや、遊びとか、これ、人死ぬから。俺も死ぬから!」

「もう殺したじゃん」

「しょうがなくだよ!」

「一人やったら、二人も三人も一緒だよ」

「いやいやいや、待て待て待て」

「待ってあげてるじゃん」

「え?」


 すると、彼女は、ある一方を指差した。そこだけ、ピンクの靄が薄くなる。

 透明な膜の向こうには、俺がライアを殺した部屋が映りこんでいた。


「うおっ!?」

「大丈夫だよ? あっちからはこっちは見えないし、入って来れないから」


 数人の兵士達が、ライアの呼び声に気付いたのだろう。槍を片手に、部屋の中を見回している。俺がどこかに隠れていないか。またはどこかから逃げたのではないか。探しているのだ。


「一応、説明終わる前に死なれたら、面白くないからねー」


 なんてことだ。

 じゃ、ここを追い出されたら、俺はあの兵士どもに……。


「だから、大丈夫だって」

「なんでだよ」

「三十分間、無敵なんだよ?」

「今すぐ使うわけ? そんなおいしい能力を?」

「出し惜しみしてる場合じゃないと思うけどなー」

「そうだけど」

「それにどうせ、このご褒美は、自動で発動しちゃうから、ここを出たらすぐ効果が出ちゃうよ? とっとくなんてできないから」

「うぇっ!?」


 ということは。

 どう足掻いても、この無敵能力で暴れて、都から脱出するしかないわけだ。


「ってことでぇ」


 おっと。

 説明タイム、もうおしまいか。


「いってらっしゃい!」


 その声と同時に、俺は部屋の中へと投げ出された。


「な、なんだ!」

「どこから現れた!」


 くそっ……くそっくそっくそっ!


「んなろぉっ!」


 俺はヤケクソになって、近くの兵士の顎先に、拳を叩きつけた。

 狙いは少し逸れたが、頭にかぶった金属製の兜をひしゃげさせながら、男は吹っ飛んだ。しかも、俺の手には傷一つなく、痛みもない。


 これはすごい。

 これが無敵ということか。


「こ、この、こいつっ!」

「死ね!」


 兵士達は、慌てて槍を突き出す。

 だが、それは俺の衣服を突き破りはするものの、体には傷一つつけられない。それどころか、槍がへし折れてしまう。


「な!」

「馬鹿な、こいつ、どうやって」


 だが、応援を呼ばれてはまずい。


「くらえぇっ!」


 俺が拳を二度ほど叩きつけると、二人とも吹っ飛んで、動かなくなった。

 これで室内の兵士はあと一人。だがそいつは、部屋の外に転がり出て、悲鳴をあげた。


 まずい。

 俺の無敵タイムは、たった三十分。それが終わったら、ただの男に戻ってしまう。

 今のうちに。この凄まじい身体能力があるうちに、城壁を突破してしまわなければ。


「うおおおっ!」


 俺は腕で顔を庇いつつ、窓ガラスを突き破って地上に降り立った。

 そして、脇目も振らず、ただただ城壁に向かって突っ走った。

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