第五話
変なチャイムの音の直後、俺は、わけのわからないピンク空間に浮かんでいた。
そうとしか表現できない。周囲にはピンク色の靄とか雲が浮かんでいて、俺もその中にプカプカ浮いている。それ以外に、特に目立つものはない。
……目の前の女を別とすれば。
「はぁい★ こんちわー、はじめまして、奈路君っ!」
甘っあまの声でそう話しかけてくるのは、一見して悪魔をイメージさせるような格好をした女だった。
髪の毛は真っ白なのに、肌は色黒。顔立ちには、なんとなく蠱惑的なムードが漂っている。プロポーションはというと、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるので、男としてはどうしても目が吸い寄せられてしまう。
黒と紫を基調とした、露出度の高い服装に、背中には悪魔っぽいコウモリの羽までついている。これは、コスプレ……なんだろうか?
「あ、う?」
「はじめまして、ってばぁ」
「あ、は、はい、こ、こんにちは」
今しがた、初めて人を殺したばっかりなのに。しかもいきなり意味不明な空間に引きずりこまれて。普通に挨拶できると思うのか?
「おめでと!」
「え?」
「覚醒、おめでとうって言ってるのー」
覚醒?
魔力に?
「まさか」
「そう、そのまさか」
「俺の、きっかけって」
「人を殺すことだったねー、うんうん」
……なるほど。
不吉な魔力、か。
殺人が覚醒のトリガーになるような力じゃ、そりゃ、忌み嫌われるわけだ。
でも、それなら尚更、俺に普通の暮らしをさせておけば、問題なかったのにな。
「まぁ、こういうきっかけで目覚めるとは、あのお城の連中も、わかってなかったと思うけどねー」
俺の思考を先読みするが如くに、この女はペラペラと喋る。
「で」
「ん?」
「んと、あなた、誰?」
疑問はいろいろあるが、まず、大事なところから。
この女は、何者だ?
「んー」
「名前だけ言われてもわかんないから、説明してくれると助かるんだけど」
「あー、じゃ、簡単に。私、神様!」
神様?
その格好、どう見ても悪魔だろ?
「神様だってばぁー、もっと敬ってくれてもいいのよ?」
「いや、人を殺しておめでとうとか、絶対、邪神でしょ」
「殺した本人に言われたくないなー」
いや、あれは正当防衛だから。
ほっといたら、俺が殺されるんだから。
「ま、いいや。君、覚醒したからね!」
「えっと? 他の……天野とか、藤成とかが覚醒した時にも、こうやって?」
「ん? ううん、他の人には挨拶なんか、しないよ? 奈路君だけ、トクベツー」
それは喜んでいいのか、悪いのか。
「えっと、で、覚醒すると、何ができるのかな」
「それなんだけどねー、これー」
空間に、一枚の紙が浮かぶ。
------------------------------
<成果表>
------------------------------
キル数 ご褒美
1 三十分間無敵&パワーアップ
3 ダメージカット(使いきり)
5 治癒のお札(使いきり)
7 一回だけ不死身(使いきり)
10 ノーマルガチャ3回
………… …………
………… …………
------------------------------
俺はざっと上から目を通して、首をかしげた。
「なに、これ?」
「んー、ノルマとご褒美の一覧だよ?」
「いや、キル数って、まさか」
「うん! 殺せば殺すほど、いっぱいいろんなもの、もらえるんだよ!」
ひでぇ。
これからもバンバン人を殺せってか。
「ひどすぎるんですがぁー、それはぁ……」
「そうかなー」
「そうだと思う」
とはいえ。
王家が俺を狙う以上、殺してでも逃げ延びなければなるまい。手段を選んでいたら、俺がやられる。
「ってかなに、この『ガチャ』って」
「ガチャだよー? 君の世界にはあったでしょ、ほら、まわすとランダムに物がもらえるやつ!」
「あったけど、なんで? このノリとか、なんかおかしいような」
「そーかなー?」
この邪神、どういうわけかわからないが、俺達の世界のことを知っているらしい。で、俺の魔力にも、その辺の遊び心を加えてきやがった。
「ガチャでは、いろんなものが出るんだよ。んと、結果はね、コモン、アンコモン、レア、スーパーレア、ウルトラレアと五段階あってね、一番上のを引き当てるともう、すごいものが手に入るんだよ!」
「どうせ当たらない」
「夢がないなぁ」
「宝クジだって、買ったことはない。商店街のクジ引きだって、タダ券も全部捨ててた。やるだけ無駄だ。どうせティッシュしかもらえないんだよ」
「えー」
もう一つ。
こいつ、楽しんでやがる。
合理的に考えて、これはもう、邪神確定だな。
「なんか、失礼なこと、考えてない?」
「別に」
「うー」
それより、大事なことがあったんだった。
「そういえば、このガチャなんだけど」
「うん」
「結果次第では、その……元の世界に帰れるとか、そういうのは、ないのかな」
俺の質問に、彼女は機嫌を悪くした。
「なにそれー、もっと遊んでいってくれないのー?」
「いや、遊びとか、これ、人死ぬから。俺も死ぬから!」
「もう殺したじゃん」
「しょうがなくだよ!」
「一人やったら、二人も三人も一緒だよ」
「いやいやいや、待て待て待て」
「待ってあげてるじゃん」
「え?」
すると、彼女は、ある一方を指差した。そこだけ、ピンクの靄が薄くなる。
透明な膜の向こうには、俺がライアを殺した部屋が映りこんでいた。
「うおっ!?」
「大丈夫だよ? あっちからはこっちは見えないし、入って来れないから」
数人の兵士達が、ライアの呼び声に気付いたのだろう。槍を片手に、部屋の中を見回している。俺がどこかに隠れていないか。またはどこかから逃げたのではないか。探しているのだ。
「一応、説明終わる前に死なれたら、面白くないからねー」
なんてことだ。
じゃ、ここを追い出されたら、俺はあの兵士どもに……。
「だから、大丈夫だって」
「なんでだよ」
「三十分間、無敵なんだよ?」
「今すぐ使うわけ? そんなおいしい能力を?」
「出し惜しみしてる場合じゃないと思うけどなー」
「そうだけど」
「それにどうせ、このご褒美は、自動で発動しちゃうから、ここを出たらすぐ効果が出ちゃうよ? とっとくなんてできないから」
「うぇっ!?」
ということは。
どう足掻いても、この無敵能力で暴れて、都から脱出するしかないわけだ。
「ってことでぇ」
おっと。
説明タイム、もうおしまいか。
「いってらっしゃい!」
その声と同時に、俺は部屋の中へと投げ出された。
「な、なんだ!」
「どこから現れた!」
くそっ……くそっくそっくそっ!
「んなろぉっ!」
俺はヤケクソになって、近くの兵士の顎先に、拳を叩きつけた。
狙いは少し逸れたが、頭にかぶった金属製の兜をひしゃげさせながら、男は吹っ飛んだ。しかも、俺の手には傷一つなく、痛みもない。
これはすごい。
これが無敵ということか。
「こ、この、こいつっ!」
「死ね!」
兵士達は、慌てて槍を突き出す。
だが、それは俺の衣服を突き破りはするものの、体には傷一つつけられない。それどころか、槍がへし折れてしまう。
「な!」
「馬鹿な、こいつ、どうやって」
だが、応援を呼ばれてはまずい。
「くらえぇっ!」
俺が拳を二度ほど叩きつけると、二人とも吹っ飛んで、動かなくなった。
これで室内の兵士はあと一人。だがそいつは、部屋の外に転がり出て、悲鳴をあげた。
まずい。
俺の無敵タイムは、たった三十分。それが終わったら、ただの男に戻ってしまう。
今のうちに。この凄まじい身体能力があるうちに、城壁を突破してしまわなければ。
「うおおおっ!」
俺は腕で顔を庇いつつ、窓ガラスを突き破って地上に降り立った。
そして、脇目も振らず、ただただ城壁に向かって突っ走った。




