第四十二話
「おら、食え。日持ちなんざしねぇし、残したら虫が寄ってくるからな」
「わ、わっ、でも、一日動いてもないのに、こんなに食べられないです」
「しょーがねぇな」
夜、俺達は宿に引き返した。サビハが注文した料理の残りをグリーダに押し付けつつ、部屋の奥で密談だ。
「悪ぃけど、明日からも閉じこもっててもらわなきゃ困るんだわ。我慢できるか?」
「あ、はい」
「なんだったら、ちょっと夜の街をひとっ走りして、スッキリしてくるか? 今度は長ぇかもしんねぇぞ」
シルヴィアも頷いた。
「最悪の場合も想定しておかないとな。私達はこれから『女王の墳墓』という遺跡の探索に向かう。別に本気でやるつもりはないんだが」
「変なんだよな、この仕事」
サビハも同調した。
「あたしらに日当として一日金貨百枚。一人頭だ。こんなの、どう考えたって元なんざ取れねぇ。するってぇと、他の思惑があるに決まってる」
「合理的に考えるなら」
俺はグリーダに視線を向けた。
「こっちが探索で不在にしている間に、グリーダのいる部屋を襲って金品を奪う」
「ひっ」
「考えられねぇことじゃねぇなぁ」
椅子の背凭れに体を預けつつ、サビハは言った。
「実はよ、ほら、連中と落ち合う前。あたしだけ一足先に今日の酒場に行っただろ?」
「それがどうかしたのか」
「お前ら二人がついてくると、やりにくいからさ。情報収集してたんだ。うめぇ仕事はねぇかって言えば、なんだかんだヤマが見えてくるもんだからさ」
サビハは地元の冒険者に見える。そこに俺とシルヴィアがくっついていると、特徴的すぎて、聞き込みに差し障りが出る。
「……追われてるぜ」
「なに」
「特にナールとシルヴィア。それにあたしも含めて、三人組の冒険者がいないかって探してる奴がいるらしい」
この報告に、俺もシルヴィアも眉根を寄せた。
「なぜもっと早く言わない」
「いつ言えばよかったんだよ? 連中と落ち合う前にうっかり伝えたら、お前、顔色に出さずにいられるか?」
深呼吸してから、俺は意見を口にした。
「だが、別口じゃないのか。こっちが金持ちだってことを知ってるのはなぜかって問題はあるが、ホジャインがそういうつもりで俺達に探索を依頼したとして。だったらこっちの素性はとっくに把握できている。あらためて人探しなんかする理由がない」
「でも、ナロ、そうだとすると」
俺は頷いた。
「勇者の手先かもしれないな」
頭の中で目まぐるしく計算する。だとすると、合理的な答えは……
「グリーダ」
「はっ、はい!」
「やっぱり、閉じこもるのはなしだ」
「ナロ、それは」
シルヴィアが止めるが、俺は首を振った。
「これから遺跡に向かう俺達には、出国用の乗船券を買う余裕がない。身動き取れないんだ。で、いつ探索を打ち切って外に出てくるかも約束できない。だけど、これは良し悪しでもあるんだ。わかるか」
三人とも、まだ理解が追いついていないらしい。
「サビハ、多分、グリーダは大丈夫だ」
「おまっ、なに言って」
「合理的に考えろ。勇者の手先が俺達を探している。そのために地元の冒険者に協力を募っている。だからお前もそれを聞き知ることができた」
「ああ」
ということは、少なくとも現時点でグリーダが勇者の手先である可能性は、ぐっと下がることになる。
「俺が勇者で、俺を見つけるために」
チラッと彼女の顔に視線を向けてから、またサビハ相手に説明を続けた。
「グリーダをわざと奴隷として送り出したとすれば、そんなことはしない。なぜなら、俺達の居場所はもう、グリーダが把握しているから。見届け人の一人も用意しないなんてあり得ないから、今頃、この宿は勇者の手先どもに取り囲まれているはずだ」
「えっ」
グリーダは息を呑んだ。自分が疑われていたことに、初めて思い至ったのだろう。
だが、構わずシルヴィアが尋ねた。
「だが、ナロ。勇者達はお前の異常な力を知っているはずだ。首を切り落としても死なない相手を、普通の兵士で囲んだって無駄なのはわかっているだろう。敢えて何もせずに見張っているということはないのか」
「だとしたら、やっぱり、俺達を探すという動きに出ているのが不自然じゃないか。何もしなければ、俺達が変に警戒することもない。エキスタレアから天野達が駆けつけるまでの間、できれば時間稼ぎをしておきたいはずだ」
「おい」
サビハが身を乗り出した。
「だとしたら、ホジャインこそ怪しいってことにならねぇか? 遺跡探索なんざ、あたしら、やりてぇなんて思っちゃいねぇんだ。きっかけだって、あのシェリクって野郎がコナかけてきたからだろ? けど、変だと思ってたんだ。あいつ、前々恨めしい顔してなかったじゃねぇか」
「その可能性はある」
俺は頷いた。
「だから、俺の想定が最も的外れだった場合を想定するとこうなるな。俺達を探している奴というのは、勇者とは関係ない。例えば、ゾナマのヴァン族の連中の仲間とか。グリーダは勇者の手先で、俺達の居場所を調べるために送りだされた。ホジャインとも裏で繋がっていて、だから奴は、俺達の足止めのために、こんな依頼を持ち出した」
「そ、そんな!」
グリーダが悲鳴にも近い声で抗議した。
「落ち着いてくれ。まったく信じてないとは言わない。だけど、人の心を知る手段はない。だとしたら、どちらでもいいように行動を決めればいいんだ」
「あ」
「だから、俺達のために乗船券を買うんだ。ゾナマとグオームには行けないが、それも含め、四人分のを買いまくれ。金は、いくら使ってもいい」
少なくとも、グリーダは今日一日、大金のある部屋で留守番を務めることはできた。これが意味するのは、彼女は金の持ち逃げをしない、ということだ。その理由が、彼女の良心や恩義に報いる気持ちからなのか、それとも勇者の手先だからなのかは、わからないが。
「なるほど」
シルヴィアが深い溜息をついた。
「私達がどっちに行くか、絞らせないということだな」
「そういうことだ。仮にグリーダのことを追手が見つけていたとしても、何もできない。もしここでグリーダを取り押さえようものなら、俺達がそれに気付く。実際には、遺跡から戻ってくるまで、俺達は船に乗れないが、どの船を選ぶかはギリギリまでわからない。どうせ船の方でも、乗船券は買ったのに乗ってくれない客なんていちいち待たない。乗れる奴に乗って逃げればいいんだ」
つまり、グリーダ自身さえ、俺達の行き先を知ることはできない。
「方面を限定しなければ、さすがに複数の乗船券を手に入れることはできるはずだ。船室も、一等客室でも雑魚寝でも、どこでもいいわけだし。それでもし、手に入れた乗船券の行き先が偏っていたら、グリーダは疑われる」
「あっ……」
「金はいくら使ってもいいわけだしな。エクス語しか喋れないにしたって、こっちの人間はそもそも商人ばかりだ。そういう相手にエクス語で対応できる奴くらい、窓口にいるだろうし、どうしても買えなかった、なんてことにはなりようがない」
これだけでは印象が悪すぎるので、俺は言い足した。
「グリーダ」
「は、はいっ」
「俺達に、お前のことを信じさせてくれ」
「あ……ありがとうございます!」
これでいったん、話に一段落はついた。
「けど、それはそれとして、今回の探索は気が乗らねぇな」
「それはそうだろう」
「いや、そうじゃなくってな」
「探索が危険なのは当たり前だろう?」
俺とシルヴィアの疑問に、彼女は首を振った。
「ホジャインとかシェリクの野郎の考えはわかんねぇ。ただ、それを別としてもな。変な死に方しやがるのが何人も出てるとか。遺跡が危ねぇなんて当たり前だけどよ、こういう話はあんまねぇんだよ」
「そういうものなのか」
「わかりやすく魔物に殺されるとかなら、まぁわかるんだけどな」
確かに、出てくる怪物もスケルトン、要は生ける骸骨ばかり。薄気味悪くはある。
「遺跡の名前も『女王の墳墓』だからな」
「大昔に滅んだエクス人の王国の、最後の女王の墓らしいぜ? 詳しいことは知らねぇが」
「えっ」
グリーダが疑問を差し挟んだ。
「こんなところに、だってピラミアですよ? エクス人の国があったんですか?」
「そういう話なら、目にしたことがないでもない」
上流階級出身のシルヴィアが、それに答えた。他二人は、歴史書などに目を通す機会などなかっただろうが、彼女だけは違う。
「昔……昔といっても、大昔だ。エキスタレア王国が建国される前の群雄割拠の時代のことだが、とある王国……確か名前をオリック王国といったか、それが今のグオーム王国辺りに勢力を張っていた。陸上より海上で暴れまわっていたらしいのだが、最終的に本拠地だったピールを攻め落とされて、支配都市の一つでしかなかったここ、アスカロン付近に追いやられることになったんだ」
「それで、エクス人の国がこんなところにできたってわけか」
「それからは失地回復を目指して、周辺勢力と争いながら、百年くらいは続いたらしいが……最後に女王アリエノールが即位すると、その勢力は、ピール喪失後では最大にまで広がったという」
そのまま大人しく滅ぶかと思いきや、まさかの復活劇とは。
「とすると、中興の祖といった感じか。それで立派な墓を作らせた、と」
「少し違うんだ」
シルヴィアは肩を竦めた。
「確かに、女王は優れた魔法使いだった。それで周辺各国との戦争では連戦連勝。でも、同時に恐るべき圧制者でもあったらしい。税金の負担も重く、民は貧苦に喘いでいたという」
「うわぁ、クソだな」
「最終的に、莫大な予算を注ぎ込んで建設させた墓も完成したらしいが、その直後に彼女は亡くなった。後継者もおらず、当時のアスカロンに留まっていた人々は、一斉に逃げ去ったという」
「ん?」
俺はそこで首を傾げた。合理的じゃない。
「シルヴィア、それは変じゃないか?」
「どこがだ」
「女王は死んだ。ひどい奴だったけど、とにかく死んだ。跡継ぎもいない。だったら、その国の連中はそのまま、地元で暮らし続ければよかったじゃないか。女王が生きていれば逃げ出す理由もあっただろうけど、どうして死んでから逃げるんだ?」
彼女は首を振るばかりだった。
「そんなことを私に言われても。昔、読んだ本のうろ覚えでしかない。わかるわけないだろう」
「それもそうか」
「けど、そうすっと」
サビハは皮肉げに笑った。
「遺跡の中には、さぞかしお宝がいっぱいあるんだろうな! 民衆から吸い上げた富を山積みしてあるに違ぇねぇぜ!」
「サビハ、言っておくが」
「怖い顔すんなよ。今のあたしは、金よりナロだからよ? な?」
「それはそれで……今、揉め事を起こされると、俺が困る」
サビハは、俺の懸念を笑い飛ばした。
「心配すんなって。なんとか無事、アスカロンを出るまでは、できる限りのことをするさ」
シルヴィアも頷いた。
「頼むぞ。私も、お前を頼りにしている」
「嬉しいねぇ」
俺は手を叩いて、話を締めくくった。
「よし! 明日から大変だ。今日はもう休もう。気をつけてかからないとな」