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ナール王物語 ~最強チートの合理的殺戮~  作者: 越智 翔
第四章「エレオノーラ」
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第四十一話

 橙色の光に照らされた酒場のテーブルの上に、一枚の図面が拡げられた。何度も折り畳まれ、書き込みのされてきたそれは、とっくにしわくちゃになっている。


「こいつが」


 大柄なエクス人の男、髪を角刈りにしたそいつ、シェリクは、俺達への説明を続けた。


「目下、俺達が攻略中の遺跡、『女王の墳墓』の攻略済みの部分を記したものだ」

「この赤いバツ印は」

「今、説明する……そいつは死人が出た場所だな。罠が仕掛けられている」


 彼らの表情に緩みはない。サビハ相手に恥をかかされたはずなのに、この男、見た目以上に合理的なのか、こちらへの負の感情のようなものを一切見せなかった。


「黒い丸がついているところは、魔物が出た場所だ。この遺跡で見かけるのは、まぁほとんどはスケルトンだな。生ける骸骨だ。そこのサビハとかいうのは、アスカロンで活動したこともあるらしいから知ってるだろうが、お前達二人はどうだ?」

「いや」


 シルヴィアは首を振った。


「じゃあ、教えておいてやる。スケルトンは、基本的に死なない。ただ、一時的に無力化はできる」

「どういうことだ?」

「普通に剣とか棍棒とかでぶん殴れば、そのうち大人しくなる。だが、時間が経つと、仮に骨をへし折っていても、またくっついて立ち上がってくるんだ」

「おっかないな」


 シェリクは肩を竦めた。


「そうでもないさ。強さにはムラがあるから、手強いのもいるにはいるが、所詮は人間と同じ動きをするだけだ。普通に取り囲んで、ぶっ倒せば済む」


 俺は疑問を差し挟んだ。


「一定時間経過したら、また甦るんだよな?」

「ああ」

「じゃあ、倒した後、骨を遺跡の外に持ち出して、何か絶対抜け出せないような、鉄とか石とかでできた箱の中に閉じ込めるっていうのはどうだ?」


 彼は首を振った。


「やめたほうがいいな」

「どうして」

「袋詰めにしただけだと、遺跡から出ようとしたところで、またすぐ目を覚まして暴れ出す。それで外の世界でどうなるかを確かめようとした、どっかの学者が、鉄でできた壺に骨を突っ込んで持ち帰ったそうだが、遺跡を出るまでは壺の中で大暴れ、出たら静かになったそうだが、二度と動き出さないからって目を離していたら、いつの間にか壺の中から消えていたそうだ」


 つまり、スケルトンを永久に排除するというのは難しいらしい。無力化はできても、消し去ることはできない。


「この、緑の数字は」

「お宝だな」

「じゃあ、もう持ち去った後か」

「それがな」


 シェリクは、口元を皮肉げに歪めた。


「持ち出せないんだ」

「どうして」

「例えばここだ。石の台座の上に、金の杯が置かれている。だが、そこから取り去ると……ここを見ろ。青い線が引かれているだろう」


 彼は番号を添えられた青い線を指差した。


「お宝がそこにないと壁の位置が変わるのさ。持ち上げた瞬間にズズズッてな」

「同じ重さの」

「やってみたさ。やってみた。だが、今のところ、うまくいった試しはない」


 確かに、この場ですぐに思いつくような対策で、財宝を回収できているのなら、誰もこんなに苦労などしない。


「なら、どうするつもりだ」

「奥だ。そういう仕組みを動かす魔法の装置が見つかることがある。それをうまいことなんとかできれば、仕掛けは全部動かなくなる。ここでもそうかはわからないが、三十年くらい前には、それで攻略された遺跡もあったらしい」

「要するに、遺跡の内部を隈なく調べたい、と」

「そういうことだ。情報自体に値打ちがある。だが」


 シェリクは、とある通路の先を指で叩いた。


「どういうわけか、その奥の方の情報が埋まってくれないんだ。迷い込んだ奴がいないのでもないんだが」

「お宝を独り占めしたくて、だんまりか?」


 サビハの指摘に、彼は鼻で笑って返した。


「衰弱死の話は聞いているんじゃないのか?」

「待て」


 どうも話が変だ。


「それは聞いているが、どういうことだ。じゃあ、この通路で見つかった奴は、連れ帰った頃には、口もきけないほど弱っていたのか?」

「いいや? てめぇの名前も言えるし、俺の顔も見えてるさ。けど、肝心の質問をすると、何も言おうとしなくなる」

「そいつは気色悪いな」

「同感だ」


 彼は図面を元通り折り畳み、俺に差し出した。


「写しは他にもある。こいつは自由に使いな」

「ありがとう。それで、当日は?」

「ホジャインの指示だからな。俺達がまず、先行してスケルトンを潰す。お前らは奥を目指してくれ。ただ、探索済みのところを見て回っても構わない。やり方はお前らに任せるそうだ。ま、調査済みっていったって、何もかもが解き明かされてるってわけでもないんだろうしな」


 サビハが、シェリクを睨みつけた。


「なんだ? おっかねぇ面しやがんなぁ、お前」

「背中から刺されかねねぇからな」

「ははっ」


 これではまったくの逆だ。普通、ぶちのめされた方が怒りをあらわにするものだろうに。だが、サビハは自分が恨まれているだろうことをよく承知している。


「心配しなくても、俺はプロだからな。余計なことはしねぇさ。これ以上、てめぇがイキがった真似しなきゃな」

「なにィ」

「ただ、この『女王の墳墓』に挑む探索隊は、なにも俺達だけじゃない。で、俺達の普段の収入源は雇い主……ホジャインが支払う日当なんだが、副収入があってな、それが」


 サビハが舌打ちした。


「知ってるぜ。他の探索者の死体漁りと、行方不明者の」

「そうそう! 話が早くて助かるな。ピラミア育ちの奴は、そういうところがいい」


 死体漁りとは言うが、普通に冒険者同士の殺し合いも、遺跡の内部では発生していそうだ。お宝を求めて競争する関係性にあるのだから、むしろそうするのが合理的でもある。あとから遺族が遺体の回収を依頼してきてくれれば、二度おいしい。


「そういうところは、だから、自由にやってくれていい。本来の雇い主はホジャインだが、他の依頼人の仕事も兼任していいってことだ。ま、この土地の冒険者だったことがあるなら、常識だろうがな」

「ふん」

「最後に、各班の代表の顔と名前だけ、覚えておいてくれ。一班の代表はこの俺、シェリクだ」


 それから、彼は隣に立つ毛むくじゃらの男を指差した。肌はゾナマ人やピラミア人のように浅黒くはないが、体毛は黒だった。混血だろうか? 背はシェリクより一回り低いが、ずんぐりむっくりの筋肉質だ。見るからに逞しい。


「二班のボスはこいつ、オックル」


 紹介されたオックルは、しかし、一言も声を発することはなかった。何を考えているのか、いまいちわからない。


「三班のボスが、このヤランゴッチだ」


 一見して、砂漠の毒蛇みたいな男だった。細身だが、よく鍛えられているのがわかる。ただ、目が細く、口元にいつも薄ら笑いが浮かんでいて、気持ち悪い。肌の色からすると、地元のピラミア人なのに違いない。


「で、お前らが四班ってことになるんだが……ま、お互い、命があるか、ここにいる間だけは仲良くやろうぜ?」

「そうだな」


 サビハに代わって、俺が手を差し出し、握手をした。


「よぉし、じゃ、俺らはホジャインに報告しないとだから帰るが、お前らはここで飯でも食うなり、酒でも飲むなりしろよ。味は悪くねぇぜ? じゃあな」


 彼らが去った後、俺達は顔を見合わせた。


「帰ろう」

「待てよ」


 シルヴィアの提案を、サビハが止めた。


「なぜだ? 宿の部屋には」

「シッ」


 なるほど、サビハは油断していない。そして、シェリクやその仲間達のことも、一切信用していない。帰ると言ったからといって、本当に帰ったという保証はない。また、彼らが帰ったのが事実だとしても、別途、俺達の行動を見張る誰かが居残っていないとも限らない。

 もう、夕飯の時間だ。なのに、ここで食事もせずに慌てて帰ったとなれば、不自然な行動と受け止められる可能性もある。


「グリーダの奴ぁ、待たせときゃいいだろ。どうせ奴隷だし、ピラミア語も喋れやしねぇ。なぁ、ナール?」

「……ああ」


 彼女がわざとそう言ってくれていることは、なんとかシルヴィアも察してくれたのだろう。不本意そうにも見えたが、それでも大人しく椅子に腰かけた。

 ウェイターが寄ってくると、サビハは乱暴に金貨をテーブルに叩きつけた。


「これで食えるもん、適当に出してくれ。ただ、あたしらは酒はやらねぇ。薔薇水か、なきゃ牛乳か普通の水でいい」


 少しして、ウェイターが戻ってきて、木のジョッキを三つ、テーブルに置いていった。


「チッ、牛乳かよ」

「水の方がよかったな」

「しょうがねぇさ。ここ、砂漠だぜ? 下手すりゃ水のが酒より高くつくんだ」


 それで彼女はジョッキを取り上げ、俺とシルヴィアのそれとぶつけ合った。


「とりあえず、お疲れ」


 それから、すぐに大皿でサラダが運び込まれてきた。続いて籠いっぱいのパンも。厨房の方からは肉を焼く音も聞こえてきている。この分だと、三人では多すぎる分量になりそうだ。余ったら持ち帰ってグリーダにも食べさせてやればいいか。そんな風に考えていた。


「もし」


 だから、斜め後ろから、か細い女の声で話しかけられた時には、軽い驚きと警戒心が湧き上がってくるのを感じた。遺跡の探索者御用達のここでは、店員は全員男だったし、サビハとシルヴィアを除けば、他に女の冒険者なんか見かけなかったから。

 振り返ると、そこには独特の雰囲気を纏った少女が立っていた。


 背の高さはサビハより一回りは低い。ほっそりとしていて、あっさりへし折れそうな体つきをしていた。特徴的なのはその肌の色で、透き通るように白い。髪の毛も銀色で、一切色がない。ただ、双眸だけが真っ赤な血の色に染まっていた。

 そんな彼女が身につけていたのは、黒一色のワンピースだった。何層にも重ねられたように見えるスカートの縁、腰のくびれを強調するような、上半身に張り付くデザインのそれは、俺の知識の中ではゴスロリという単語でしか表現できなかった。ただ、その衣服に真新しさはない。むしろ、微妙に古びていて、薄汚れてしまっているように見える。もとはといえば、それなりの身分の人が身につけるはずの服、それが何かの事情で……。


「なにか?」


 俺が尋ねると、彼女は頷き、口を開いた。


「先程、小耳に挟みました。『女王の墳墓』に挑まれるのだとか」

「それがどうした」


 なぜだかわからないが、この時、嫌な予感が胸に満ちた。


「人探しをお願いしたいのです。謝礼はお支払い致します」


 ほとんど少女のような幼さに見えるのに、その口調はしっかりしていて、むしろずっと年上の女性のような印象を与えた。


「それは誰を」

「兄が、遺跡の中で行方知れずに」


 この答えに、シルヴィアは溜息をついた。もしそうだとすれば、その兄はもう、この世の人ではあるまいからだ。

 その依頼内容と、この服装。重ね合わせて考えると、痛ましい境遇が浮かび上がってくる。恐らく、零落した家の元貴公子が、一攫千金を夢見て遺跡に挑み、そこで命を散らして。だからこうして今、妹が遺体の回収をしにきているのではなかろうか?


 サビハが尋ねた。


「それで、あんたの名前は」


 少女はまた、頷いた。


「エレオノーラ」

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― 新着の感想 ―
>背の高さはサビハより一回りは低い。ほっそりとしていて、あっさりへし折れそうな体つきをしていた。特徴的なのはその肌の色で、透き通るように白い。髪の毛も銀色で、一切色がない。ただ、双眸だけが真っ赤な血の…
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