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ナール王物語 ~最強チートの合理的殺戮~  作者: 越智 翔
第四章「エレオノーラ」
40/50

第四十話

あけましておめでとうございます。


代表作の方は、本日でいったん集中連載を終えることにさせていただきました。

ただ、それでは正月休みが寂しいかと思いますので、こちらで口直しをしていただこうかと思います。

楽しんでいただければ幸いです。

「いや、いや、まったく勇ましいことで。私のような者には、いていただかなくては困る方々というわけですな」


 昼前という時間帯。目の前の列柱の落とす影も、その足下に小さく縮こまっている。今、通りに出たら灼熱地獄だろう。それを思うと、この落ち着かない場所に、敢えて落ち着くのが合理的判断といえる。


「はん、女に伸されるような奴らじゃ、あんたの役に立ってなかっただろ」

「はは、お恥ずかしい。ですが、シェリクも決して弱い探索者ではなかったはずなのですがね。いや、あなたの腕前が並大抵ではなかったということなのでしょう」


 目の前に座っているのは、ハゲ頭の中高年男性だった。こちらの人間の割に肌は白く、テカテカと脂ぎっている。お腹の方もややふくよかで、ゆったりとした黄土色の衣服の上からでも、それがよくわかる。

 この男、笑顔を浮かべてはいるが、眉間には皺が寄っている。人間、三十になったら自分の顔に責任を持て、なんていうが、なるほど、人相には人柄が表れるものだ。俺達の前ではニコニコしているが、普段のこいつはもっとずっと怖い性格をしているに違いない。


「まぁ、喧嘩吹っかけてきやがったのはあっちなんだけどよ、ちょいやりすぎたのは認めるぜ。治療費くらいは出すからよ」

「おやおや、そんなことは気になさらなくていいのです。探索者なら、暴力の結果がどんなものであれ、覚悟は決まっているはずですからな」


 サビハはこの応答に、思わず苦々しい表情を浮かべかけて、それを噛み殺した。

 さっきから、この調子だ。この男、俺達への褒め殺しを一向にやめようとしない。


「こっちは手打ちにしようって言ってんだぜ?」

「ええ、私もそのつもりですよ。そもそも争っているという気もありませんがね」


 この男、ホジャインの職業は、探索者の元締めだ。といっても、本人が強いとか、そういうことはまったくない。ただ、兼業の貿易商でもあり、ここアスカロンではそれなりの金持ちで、要は顔役、有力者だ。そして、さっきサビハがぶちのめしたエクス人の男、シェリクは、このホジャインの下で働く探索者の一人だった。俺達は、その仲間達に取り囲まれ、ここまで連れてこられてしまったのだ。

 てっきり高額の賠償金でも請求されるのかと、サビハは身構えて、相手の落ち度を並べ立てた。肩がぶつかっただけで喧嘩を吹っかけてきたのはそちらだし、道端にタールをぶち撒いたのもそちらだった、弱っちいくせに喧嘩っ早いなんて、あんたのところはどうなってるんだ……ところが、ホジャインは、それらの抗議をすべて笑顔で受け流した。

 最初はそっちが悪い、賠償しろと怒りを前面に押し出していたサビハだったが、ホジャインはすぐに俺達を大きな浴場に案内し、もともと着ていたのよりずっと上等な衣服を代わりに差し出した。そして今、氷の入った飲料を供されながら、こうして話し合いをしている。こうなると、彼女ならずとも薄気味悪く感じるものだ。さっさと話し合いを終わりにしてくれないと、俺達は宿に戻れない。


「じゃあ、帰っていいか」


 サビハがストレートにそう言うと、ホジャインは片方の眉毛を吊り上げた。


「駄目とは言いませんが、その前に一つだけ、お話を聞いていただきたいのですよ」


 そうだろう。やっと本題に入るわけだ。でなければ、入浴させたり、真新しい服を着せたり……氷の入った飲料だって、この世界では、そう安いものでもないはずなのだし。


「聞くだけなら聞いてやる」

「では、お時間をかけすぎてもなんですから、率直に。お二人の腕前を見込んで、私のところで一仕事してほしいのですよ」


 これは厄介なことになってきた。俺もそう思ったが、サビハもそう直感したのだろう。


「そうは言ってもな。あたしら、気儘に旅をするのが好きなんでね、あんま縛られたくねぇんだわ、せっかくだけど」

「おいくらなら引き受けていただけますか?」


 みなまで言わせず、彼はそう詰め寄った。


「いくらっつってもよ。あんまそういう気分じゃねぇんだわ」


 サビハはそう言ってごまかした。金が何より好きな女ではあるが、今は俺を庇うのが優先。こんなところで変な仕事を請け負って足止めされたのでは。それに、有力者とお近づきになるというのも、今は御免蒙りたい。身分が高ければ高いほど、エキスタレアの上流階級との距離も近くなる。


「失礼ながら、ご職業は? 冒険者ではいらっしゃるのですよね?」

「あ、ああ、まぁな」

「それであれば、金額次第では仕事を請けてくださるものと思っておりますが」


 いやな感じがする。


「いくら出すんだ、あんた」

「逆に、いくらならお引き受けいただけるんですか?」

「ハッ! 仕事の中身も聞かずに、そんなもん答えられっかよ」


 しまった。余計なことを。

 俺の気配が変わったのに、サビハも気付いたらしい。そう、こんな返事をしてしまったら、相手に説明をさせることになる。相手のペースに巻き込まれる。彼女らしからぬ失態だ。

 目を輝かせつつ、ホジャインは言った。


「仰る通りで、確かに、仕事の中身を説明もせずに引き受けろというのは、無茶な話でしたな……といっても、ここアスカロンではありがちな話です。遺跡の探索をしていただきたいのですよ」

「まぁ、他に仕事らしい仕事なんざ、ねぇもんな」

「ただ、その遺跡が訳ありでして……」


 サビハが舌打ちした。これは半分は本音、もう半分は演技だ。目立たないようにワナタイまで逃げ切ってしまいたい。だから、面倒な仕事は引き受けたくない。厄介事はごめんだよ! と意思表示しているのだ。だが、彼は構わず説明した。


「その遺跡に送り込んだ探索者が、しばしば干からびた死体になってしまうということがありまして」


 遺跡の探索が危険なのは、別に珍しいことではない。古代の遺跡は大抵、かなりしっかり作られているので、建造物としてはかなり頑丈なのだが、それでも崩落事故も偶に起きる。また、内部には侵入者対策の罠が仕掛けられていることもある。魔物が徘徊しているところも少なくない。そして何より、同業者同士の殺し合いが起きることさえある。特に、財宝の在処が明らかになった場合などには。


「何か魔物にでも襲われたんだろ。正体不明のバケモノなんざぁ、珍しくもねぇだろが」

「それがですね、我々が回収した時点では、まだ生きていたりもするのです。ですが、普通に受け答えはできるのに、何をされたのかという話をされると、どうしても言おうとせず、そのまま衰弱して死んでしまうのです」


 関わりたくない。なんだそれ。気持ち悪すぎじゃないか。

 単に手強い魔物がいるとか、そういうわかりやすい話なら、まだいい。脅威に遭遇したら、挑むなり逃げるなりすればいいのだから。でも、これは事情がはっきりしないし、犠牲者の態度も不可解だ。


「いかがでしょう? 財宝探しはもちろんのことですが、この不審死の原因を明らかにしてくださった場合でも、高額な報酬をお支払いできるのですが」

「悪ぃけど、そんな厄介なネタには関わりたかねぇんだ」


 そういってサビハは立ち上がりかけた。


「金貨百枚」

「はした金だな」

「解決料ではございません」

「あ?」


 ホジャインは得意げな顔で言った。


「私の探索隊の一員として、迷宮に入って調査した日、一日分の日当が、一人頭金貨百枚。原因究明や解決に至った場合の報酬はまた別です。また、探索中に発見した財宝の所有権の半分も差し出しましょう」

「大盤振る舞いすぎねぇか」

「それくらい、あなた方の腕を見込んでいるのですけども」


 サビハは迷いを見せて足踏みした。金と俺を天秤にかけているのではない。

 これだけの好条件を蹴るということが、あまりに不自然だから。ここまで言われて、なお断ったとしたら、今度は理由を問われかねない。


「……宿にまだツレがいやがんだ。あたしの独断じゃ決められねぇ」

「ええ、結構ですとも。なるべく色よいお返事をいただきたいものですな」


 これで、一旦の話し合いは終わった。

 だが、ホジャインに見送られ、馬車に乗り込む頃には、俺もサビハも駆け引きに負けたような気分になっていた。


「お前がついていながら、どういうことだ」

「んなこと言われてもよ……いや、悪かった、わーるかった!」


 夜、宿の部屋にて、シルヴィアは腕組みをしたまま、首を振った。


「軽率に喧嘩など買うからだ」

「買わなきゃ買わないで、一方的に殴られるんだぜ?」


 俺が割って入った。


「不注意だった俺が悪い。或いは、後始末をサビハに任せずに、さっさと逃げればよかったんだ。とはいえ、後の祭りでしかない」


 外の屋台から買ってきた串焼き肉や、野菜炒めの数々は、とっくに冷めきってしまっている。食べながら今後の方針を相談、というつもりだったのだが、いい案が思いつかない。


「とりあえず、一度は遺跡の迷宮に潜らなきゃなんねぇ。それで日当貰ってハイサヨナラ、ってのが一番自然だと思うぜ」

「その一度で、ナロが死ぬかもわからんのだぞ」

「わぁーってるよ、そんなのは」

「シルヴィア」


 俺はやむなくサビハを庇った。


「怒っても仕方がない。あれだけの条件を示されて、金を欲しがらなかったら、ホジャインは俺達のことをおかしな連中だと思うだろう。サビハの言う通り、高額な日当だけ貰って知らん顔するのが、一番、合理的な態度なんだ。俺達は金に汚い冒険者を演じて、それからすぐ、なるべく早く船に乗ろう。この際、ワナタイ行きに拘らなくてもいい」

「そうだな。あたしらの顔とか覚えてるのがいるってのがまじぃんだ。印象に残る前に、さっさと別のところに移動して、それからまた、東に向かう船を探せばいい。ってか、他にどうすりゃいいんだよ」

「とにかく」


 シルヴィアは、苛立ちを抑えようとするかのように、一度短く溜息をついた。


「そうだな。少しでも危険は小さくしたい。迷宮に挑むのは、ナロと私、お前の三人で行こう。人数が少なければ少ないだけ、いざという時には危ない」

「そうすっと」


 サビハの視線がグリーダに向けられた。


「な、な、なななんですか?」

「グリーダ、お前さ」


 サビハはやおら立ち上がると、部屋の隅に置かれていた背負い袋を開いてみせた。中には金色の輝きが詰まっている。


「留守番、頼める?」

「は、はいっ」

「はい、じゃねぇんだよ」

「えっ?」


 彼女は乱暴な口調で言った。


「これだけの金、背負っていくわけにはいかねぇだろが」

「それは、そう思います」

「お前が見張るんだぞ? わかってんのか」


 グリーダの顔が緊張に染まる。


「は、はい。しっかりやります」

「あたしらがいない間は、お前、部屋から一歩も出るな。食いもんも買い込んで、閉じこもれ。そういうこったぞ」

「もちろんです」

「前にも言ったけど、できそうにねぇなら、先に言え。好きなだけ掴み取りさせてやっから、消えてくれ。その方が困らねぇんだ」

「そんな!」


 グリーダは、いかにも心外とばかり、声をあげた。


「皆さんがご不在の間、せめて留守だけはしっかりと。危ないところで役に立たない分、それだけはお任せください」

「大丈夫かねぇ?」


 サビハは肩を竦めた。

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― 新着の感想 ―
騎士、僧侶、盗賊と来ているので、次のヒロインは魔術師だと予想します。
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