第二十七話
村の出入り口に立った。
しばらくすると、村の外側からサビハがやってきた。
「あれっ?」
「おう」
「他の四人は? それに、なんで外に」
「いろいろあってな」
そう言いながら、彼女はついてくるよう促した。
「まず、あいつらには、聞き込みを続けさせてる。だが、うまくいかないかもな」
「というと?」
「ヴァン族の連中の様子がおかしい。誰も泊まってないっていうんだ」
「それは」
「だが、クテ族の連中は、一人、橋を渡ってナーガ山に向かったと言っている。つまり」
「……もう、手が回っている?」
「だが、待ち伏せするなら、もうやってるだろうぜ? それともう一つ、変じゃねぇか?」
なにが、と言いかけて、ハッと気付く。
「一人?」
「そういうことだな。男の足跡が二人か、三人分あったはずなんだ。なのに、一人。じゃあ、残り二人はどこに消えたんだ?」
「村の中に潜んでいるとか」
「だったらなんであたしらを殺さねぇんだ? ま、こっちに気付いてねぇのか、それとも寝込みを襲うつもりなのかもしんねぇけどよ」
「他の可能性があるのか?」
「そこよ、あたしが確認したいのは」
歩きながらも、彼女の視線は足元だ。何かの痕跡を探し続けているらしい。
「なあ、あんた。盗まれたものっつうのは、いったいなんだ?」
「説明しなきゃいけないのか?」
「嵩張るものっつうのは聞いてるが……結構な値打ちモンなんだよな、それ?」
あまり言いたくないことだ。
何かにつけ、金、金のこの女に、何を追いかけているか、詳しく説明したら、どうなる?
「だったら、なんだ?」
「お前が今考えてることを、あいつらも考えるだろうってことさ」
俺の不安なんか、お見通しと言わんばかりに、彼女は言い放った。
「仮にそれが、かなりの大金になるものだったとしてだ……首長にそのまま伝えてみろ。それが一族のならわしとはいえ、ほとんど持っていかれて、自分達にはスズメの涙だ。んなのバカらしいだろ?」
「それはそうだな」
「となると、あたしならこうするね。まず、一人がお宝の半分を抱えて、その辺の森の中に隠れる。んで、もう一人が半分のお宝をもって報告に行く」
「ピンハネされるくらいなら、過小に報告すればってことか」
「そういうことだね。何も伝えずにおくのもいいけど、そうすると、さっきの獣道で別れた連中、あいつらが後で騒ぎ出したら、バレるだろ? そうじゃなくたって、ゴヤーナで旅人を引っかけて金を巻き上げた事実は、街のヴァン族なら知ってるはずだ。ボスにバレないように分け前をチョロまかすなら、このタイミングが一番なんだよ」
金が大好きな彼女だからこそ、そこまで思い至るのだろう。
「ということは」
「ああ、この近くの森で、お宝を抱えて守る奴が……」
言いかけて、彼女は気付いた。
無言で手招きする。すぐ脇の森の中に、俺達はそっと踏み込んだ。
数歩先、それはすぐに見つかった。
男の死体、だった。
「こいつぁ……」
「死んでるぞ」
「ハハッ、思った以上なんだね、あんたのお宝っつうのは」
「どういうことだ?」
サビハは心底愉快と言わんばかりに、ギラギラした視線を向けてきた。
「どうもこうもないよ。分け前でモメたかなんかしたんだろうね? だから殺った」
「いいのか、部族社会の中でそんなことして」
「よかないよ。けど、やっちまったもんはしょうがない。今頃、そいつは一人でボスのところに急いでるはずさ」
「笑い事か、それは」
「何言ってんだい、これはチャンスだよ」
なぜだ?
ああ、そうか。
サビハ、この女もまた、なかなかに頭がまわる。
俺の荷物は重い。七十キロ以上もある。
だが、男五人に女二人。二人の女児は計算に入れられないが、七人で割っても、一人頭十キロほど。これなら運べる。しかし、山道を行くのだから、楽ではなかったはずだ。
で、彼らはどうしたか?
最初、三人分の男の足跡がセト村に向かっていると判明した時点で、二つの可能性が考えられた。そのうちの一つが『足手纏いとなる女子供をおいて、迅速に金貨の山を本部に届ける』というシナリオだった。
しかし、その可能性はなくなった。少なくとも、その三人の中の一人は、ここでこうして殺害されている。残り二人であの荷物は、さすがにきつい。
さて、彼らはどうしただろうか?
もし、この殺害が起きたのが、三人の男が村に荷物を運んでいた途中だったとしたら。残り二人でも、村までならあの金貨を運べるだろう。だが、それ以上は無理だ。つまり、村内のどこかに隠した可能性がある。
そうでないとしたら? そもそも手ぶらで、金貨を一気に運ぶつもりもなかったら。その場合は……最初の分岐だ。獣道の向こう、女子供が休んでいる場所に、荷物をおいてきた。
要するに、どちらにせよ、俺達の金はまだ、この近くにある。
サビハはそれに気付いたのだ。
「けど、まあ、あんたが気にするように、危険でもあるな」
「だよな」
「この仲間殺し、誰に責任を押し付けるつもりなんだろうね? あたしらのことがバレたら、まず犯人にされちまうよ」
しかし……。
「引っかかる、な」
「なにがだい」
「この男」
俺は記憶を掘り起こした。
「二人組の、人夫の親のほうだ。ってことは」
その息子は今、どうしている?
彼は父の殺害を知っているのだろうか?
「ふん……村に戻るか。考えをまとめねぇとな」
絶対にあり得ないのが、金貨を持って山に入ったというケースだ。そのためには、人数が不足している。
村で運搬人を募集? それはない。そうしたらまた分け前が減る。何しろ、同族の仲間を殺してまで、利益のチョロまかしを狙っているのだ。金を握らせて黙らせるのは、共犯者達だけでいい。
で、その上で、村の人間が見かけたという、山に入った人数。これが正確だったとすると、実は辻褄が合わない。
サビハは三人分の足跡があると言った。三人で本拠地への報告に走ることにしたとして、その途中で一人を殺した。では、山に向かったのはなぜ一人なのか。あと一人はどこに消えた?
最悪を想定するなら。
村で追跡者を見張っている。なにせ仲間殺しまでしたのだ。警戒心が強くなっていてもおかしくない。
このシナリオにおいては、もう一つの変化形もあり得る。誰かと共犯で一人を殺した。その二人のうち、狡賢いほうが、もう一人に提案したのだ。お前は誰かが跡をつけてこないか、村に残って確認してくれ。俺は首長に報告する……そしてそいつは首長に伝える時、仲間殺しの罪を、もう一人におっかぶせる。
しかし、これら以外のパターンは考えられないか?
サビハは、足跡が二人分か、三人分か、迷っていた。
この雨だから、足跡の情報は不完全だ。だから、実は二人分かもしれない。或いは実際に三人が通ったのかもしれないが、あと一人が遅れてそこを通ったのかもしれない。その、遅れて通り過ぎた人物が、俺達の金貨を盗んだ連中の仲間である保証はないのだが。
今、俺達は「男が五人」「そのうち三人が村に行った」「途中で一人殺した」という事実だけに着目している。だが、殺された男は、人夫の父親のほうだ。
つまり、本拠地へ報告に向かった男達は誰と誰だったのか。メンバーの中に、人夫の息子の方が含まれていたとは、さすがに考えにくい。となると、この三人とは誰なのか?
俺達を騙した男、往来で妻達を殴る演技をしていた男、その息子……。
さて、正解は、どれなんだろう?
まだ、何かを断定できるほど、情報は揃っていない。
考えながら歩くうち、セト村に辿り着いた。
「これからどうする?」
「そうだな、四人の報告を確認してから、手分けしようか。あんたの言う通り、あの獣道の先に、盗まれたお宝があるのかもしれねぇしな」
「こっちで村の入り口を塞ぐ人間も必要だな」
「そいつをあたしの子分どもにさせようか」
そんなことを口にしながら歩いていると、俺の宿になった民家から、飛び出してくる影がある。
「ああ! ナールさん! 大変です!」
「マグダレーナさん? どうしたんですか」
「シルヴィアさんが!」
なんだ!?
体調悪そうにしていたが、やっぱり病気か何かだったのか。
「しばらく戻ってこないんです!」
「戻って、こない? 出かけたのか?」
「はい……その、トイレだとおっしゃったので、止めることもできず……」
なんてことだ。
この辺の民家には、家の中にトイレがない。だから、本当にそのために外に出たのならいいが、ここまで彼女が取り乱しているとなると、相当な時間が過ぎているのだろう。
「間抜けが! だから足手纏いはいやだっつったんだよ!」
吐き捨てるようにサビハが言った。
「下手な動きをすりゃ、泥棒どもにも勘付かれるんだよ!」
「それは、そうだ」
「チッ……しょうがねぇ、探すとするか」
「じゃあ、悪いけど、仲間に声をかけてくれ。手分けして」
「んな必要はねぇ」
若干、慌てた俺に、彼女は低い声で答えた。
「ちったぁ考えろ。あのプライド高そうな女のやりそうなことだ。てめぇのせいでお宝を盗まれたんだって、思いつめてやがった。となりゃあ」
「……山か!」
「チッキショウ! あそこは魔物も出るんだぞ! ったく!」
冗談じゃない。
まあ、彼女の力量なら、少々の敵に後れを取ることもあるまいが……。
「行くぞ! とっとと連れ戻す!」
「そうだな」
降りしきる雨も構わず、俺達は村の反対側へと走った。