第二十五話
「ふーん、なるほどね」
どこかイヤミな雰囲気を滲ませながら、目の前の女はニタニタ笑っている。
「最初、サーク教会から依頼だなんて聞いて、ビビッたけどよ……そういうことかい」
「自分達では、手がかりもつかめそうにない。お願いしたいのだが」
「そりゃあ金次第だ……ま、あんまし付け加える条件なんざぁねぇけどよ」
シルヴィアの真向かいに座っている女。
五人組の冒険者達のリーダーらしい。
真っ黒で艶のある、縮れもクセもない髪。ショートカットで、肩にかかるかどうかの長さ。そこだけ見れば、日本人のように見えなくもないが、肌が褐色だ。
目鼻立ちはくっきりしていて美しい。しかし、どうにもその人相というか、表情というか……やたらと攻撃的に見える。
服装も、およそ女らしさとは無縁だ。まさに実用一点張りなのだ。
まず動きやすさを優先した短めのパンツ。但し、しっかりとブーツを履いているし、ストッキングだかなんだか知らないが、とにかく素肌を曝さないように肌を覆っている。強烈な日差し、ジャングルの虫など、シャットアウトしたいものはいくらでもあるだろうから、これも実用装備だ。
ジャケットの上には、まるで救命胴衣のように、身動きを阻害しない程度の革の鎧を着用している。手先には、革の手袋だ。但し、これも動きやすさが最優先なのだろう。指先は覆われていない。
色合いも、オシャレとは縁遠い。ジャケットやパンツはくすんだカーキ色、革の鎧は暗めの茶色と、森の中に溶け込めそうなチョイスだ。
「一応、前金だきゃあ、もらっとかねぇとな?」
「な、前金だと!?」
「……あんた、口調からするに、どっか上流階級の出か何かかい? それが冒険者の真似事で、逆に荷物を盗まれたってんなら、こりゃあ、お笑いだね」
女冒険者は、笑いながら皮肉を口にした。
シルヴィアは、きっと口元を引き結んだが、あえて何も言い返さない。
ちなみに、二人のやり取りは、恐らくエクス語によるものだろう。
女冒険者の後ろにいる男達の表情からするに、会話の内容が理解できていそうなのが半分、もう半分は、意味がわからないのもあってか、余所見さえしている。
「いいかい? あたし達ぁな、うまくいくかどうかもわかんねぇ仕事をするわけだ。しかも、危険だってある。それなのに、失敗したら全部オシャカっつうんじゃあ、怖くて引き受けられねぇだろうが」
「なるほど、それも道理だ」
「物分りがよくて助かるぜ。じゃ、とりあえず金貨百枚」
「な! そんな」
「シルヴィア」
俺は割って入った。
「それで構わない」
「おー、兄ちゃん、あんた、もっと物分りがいいな」
「但し、俺達も追跡に参加する」
これは譲れないところだ。
なにせ、取り返すものの中身は、金貨百枚じゃきかない。あれを目にしたら、こいつら裏切って、ネコババの上、逃げるんじゃないか?
だから、こいつらには泥棒どもの追跡と、あと必要なら戦闘への参加だけさせる。品物の確認は、俺達が自分でやらないと……。
「あー、問題外だ。ここに残んな」
「それはできない」
「足手纏いだっつってんだよ」
「それでもだ」
「んだとぉ?」
一瞬、苛立ちをみせたこの女だが、すぐに表情を戻した。
「ま、そいつも金次第だな。追加で金貨百枚」
「いいだろう、但し、成功報酬としてだ」
「ちっ……まぁいい。それで飲んでやるよ」
「ちゃんと金は出す。出す以上、仕事はきっちり頼む」
「ああ」
女は、そこでやっと椅子から立ち上がった。
悪手を求めて手を差し出してきた。
「サビハだ」
「ナールだ、よろしく」
交渉成立、か。
しかし、これからどうするのか?
「で、どうやって見つけるつもりだ?」
この女の態度。
信用できないだけじゃない。うっかりすると、こちらを本気でナメてかかってくる。少し強めに出ておかないと。
「手がかりなら、ないでもない。そいつを確認しにいくのさ」
「それは、どこに」
「船着場だ」
俺達はまた、あの蒸し暑い船着場に舞い戻った。
但し、俺とシルヴィア、それになぜかついてきたマグダレーナは、小屋の影に隠れている。
遠目に確認すると、サビハは、木陰で休んでいる老人のところにいって、なにやら話をしている。
しばらくして、俺達のいるところまで駆け戻ってきた。
「こいつらだよ、オッサン、昨日のことだ、覚えてんだろ」
「んん、なんとなくしか思い出せんのう」
「エクスから来た金髪の女二人に、黒髪の男が一人。イヤでも覚えちまうだろうが」
「そうはいってもな」
すると、サビハは俺の脇をつつきだした。
なんだ?
「……ほら! さっさとしろ!」
「なにを?」
「たーっ、てめぇ、察し悪ぃな? それでよくもまぁ、女を二人も口説けたもんだぜ」
「ハッキリ言ってくれ。勝手に察しろとか、非合理的すぎる」
「コレだよ、コレ! ああ、もう! このガキンチョが!」
そう言いながら、彼女は指で輪っかを作った。
ああ、そういうこと。
「爺さん、俺達は昨日、中年男と、その息子らしい二人組の人夫に荷物を運んでもらったんだ」
そういいながら、金貨を一枚、握らせる。
「ふむふむ、それで」
ごく自然にそれを受け取りながら、彼は聞く姿勢をみせてきた。
「だが、俺達の荷物を」
「おい!」
サビハが大声で怒鳴る。
なんだ?
「余計なことは言うな」
「……そうだな」
気を取り直して、質問を継続する。
「あいつらはどこに行ったんだ?」
「それはわからん」
「バァカ、質問の仕方からして、見当違いだ。ったくよぉ」
サビハが割り込み、改めて確認する。
「あいつらにお礼がしたいんだとよ。暑い中、頑張って荷物を運んでくれたからな。で、何族だ? それだけでいい」
なるほど。
考えてみれば当たり前、か。
仕事仲間、といっても、こういう風に簡単に情報を売り渡す程度の関係しかない。彼らの社会は、まず血縁、部族ありきなのだ。もちろん、地縁だってあるから、金を握らせたって、誰でも口を割ってくれるわけではない。
そこでサビハは、仕事にあぶれているだろう、やや年のいった男に声をかけた。彼も金が欲しい。しかし、体力的にも衰えがきているし、人夫の仕事では若い連中とは張り合えない。こんなところで肉体労働に従事している身分だから、部族の中でもそんなには大事にされていない……といっても、自分の部族の仲間を売り渡すことはしないが。
恐らく、これはサビハの情報ネットワークの一つなのだ。
俺がどの部族の人夫に裏切られたかなんて、わからない。だから、誰に質問すればいいかも、本来なら難しい問題であるはずだ。なぜというに、最初に尋ねた相手が、盗みに加担した連中の、まさに同族だったら、誤った情報を流された挙句に、地縁を通じて、他の連中にも黙るように通達がいくからだ。
この年老いた人夫は、この辺では、割と社会の隅っこにいるような人物なのだろう。周囲には、同族の仲間も、あまりいない。だからこそ、誰からも大事にされないし、また同時に、周囲の情報を垂れ流すこともできる。
そういう情報源をキープしておいてあるから、彼女は、犯人の追跡ができる、といったのだ。
「ふうむ」
「おい」
「あ、ああ……爺さん、ほんと、太い指してるなあ」
とかいいながら、また一枚。
「バァカ、余計なことはいらねぇんだよ」
「ヴァン族だ」
ポロッと彼は言った。
「っと、わしは何を言ったのかな」
「さあてね、あたしゃ、こいつと乳繰り合うのに忙しくて、聞こえなかったよ」
「そうかね、わしも物忘れが激しくてなぁ」
「そいつはいいや。爺さん、体は大事にしなよ」
「そうじゃな、今日はもう、仕事はやめだ」
それだけ言うと、彼は身を起こして、歩き去っていってしまった。
「んー……ちっと面倒になりそうだな」
「というと?」
「ここじゃまずい。教会に戻るぜ」
暗く涼しい教会の個室。
サビハは行儀の悪いことに、テーブルの上に足を乗せて座った。
「あー……まったく」
「そろそろ説明してくれないか? ヴァン族というのは?」
ヴァン族は、ここから少し南方のヴァンパークの森に割拠する部族だ。ゴヤーナにも僅かながら暮らすものがいるが、基本的にはそれも出稼ぎで、定住はしていない。その多くは森の中に暮らしている。
というと、なんだかのどかな暮らしをしているイメージが浮かんでくるのだが、そんなことはないらしい。
ここゾナマでは、こうした部族の力が非常に強い。領主とか貴族とかいっても、結局はこれら部族の長達の支持があって、ようやくその身分を保てるのだ。つまり、彼ら部族の長には豪族と呼べるほどの力があるし、それだけ財産も武力もある。
言ってみれば、半分マフィアのボスみたいなものなのだ。もちろん、普通に農業もするし、貨幣経済にも組み込まれているから、健全な商取引だってする。ただその一方で、こういう泥棒まがいのこともする。それがこの土地では当たり前なのだ。
で、ヴァン族は、そうした部族の中でも攻撃的な部類で、プライドも高い。
盗んだものを返せ、といったところで、素直に返却に応じるような連中ではない、ということだ。
「っつーわけよ。面倒なこと、この上ねぇ」
「取り戻せない、ということか?」
「いんや……ただ、何割かは、諦めてもらわねぇとなぁ」
「何割って」
「それでもマシなほうだぜ? 普通は何も戻ってこねぇ。ま、不幸中の幸いなのは、ヴァン族が今んとこ、中立ってことだな」
セリオス司教が言った通り、この国は今、エキスタレアと教会に近い旧体制派と、自国の独立性を高めたいプレグナンシア派に分かれて争っている。ヴァン族は、どちらにも属していない。
もし彼らがプレグナンシア派だったら、きっと一銭も返してくれないだろう。だが、教会をバックにものを言えば、少しは交渉の余地も出てくる、か。
「言っとくけど、連中と真っ向からやり合おうってのは、ナシだぜ?」
「なに?」
シルヴィアが眉を寄せる。
「んなもん、嬲り殺しにされるのがオチだ。よってたかってボコボコにされちまわぁ」
「くっ……盗賊どものくせに!」
「この国じゃ、盗ったものは盗ったやつのものなんだぜ? それに」
サビハは、首を掻っ切る仕草をしながら、情報を追加した。
「こっちの部族の連中にはよ、たまにいやがるからなぁ」
「それは、何が?」
「バケモノだよ。悪魔だか精霊だかの力を借りて、わけわかんねぇ能力持ってる怪物」
「モンスターを飼ってるのか」
「ちげぇって。部族の中の選ばれた戦士が、たまになんかの儀式で、そういうバケモノになるんだとよ……『魔人』っつうんだ。聞いたことねぇか?」
「ええっ!?」
マグダレーナが顔色を変える。
「まだそんな恐ろしいものが」
「普通にいるんだよ、ここには」
「なんだ、その『魔人』っていうのは」
俺はサビハに尋ねたのだが、答えたのはマグダレーナだった。
「守護神サーク・シャーの恩寵を受けてこの世に生まれながら、あえてそれに背く人達のことです。彼らは邪悪な儀式によって力を得て、この世界の均衡を乱す存在とされています」
なんておっかない。
でも、待てよ?
「今、こっちの部族の連中は、と言ったけど」
「ああ。あたしはこっちの人間じゃない。ピラミア出身だからな。ま、オヤジはもともとこっちの人間だったんだけどよ……んで」
頭をガリガリかきながら、彼女は続けた。
「しかもなぁ」
「まだ何かあるのか」
「場所が悪ぃんだよ、場所が」
「というと?」
「ヴァンパークの森……おい、坊主、あんたならわかるよなぁ?」
「ああ」
さっきから黙っていたセリオス司教が、口を開いた。
「ここからちょっと南にいくと、山岳地帯が広がっている。ヴァンパークの森は、その奥だ。今は雨が多い時期でもあるから、道も悪くなる。だが、何より」
「疫病の季節ってことだな」
それはなかなかシャレにならない。
「一つ、救いがあるとすりゃ、連中も今頃、前に進めなくて難儀してるだろうってことくれぇだな。あそこじゃ、馬も使えねぇし……荷物、それなりに重いものなんだろ?」
「ああ」
「うまいこと、奴らの勢力圏に入る前に追いつけりゃ、うまくいくんだが、さすがに今からじゃ、厳しいだろうな」
厄介だな。
どうする? 諦めたほうが合理的か?
金のために命はかけられない。
だが、シルヴィアは進み出て言った。
「なんとかなるかもしれないなら、急いだほうがいい。今すぐ出発しよう」
「あんたらは残ったほうがいいと思うけどなぁ」
「何を! 山道ごとき、ついていけない私ではない!」
責任感に苛まれているのだろう。
だが、俺からすれば、金より彼女のほうが得がたいものだ。
「シルヴィア、でも、獲られたものは……わかるだろう? 貴重ではあるが、命ほどじゃない。彼らに任せるか、諦めるのも手だと思うけど」
「確かにその通りだ。では、ナールはここに残って欲しい。私が行けば十分だ」
「い、いや、だからそれは」
彼女を一人で行かせるなんて……
『ぴんぽんぱんぽーん』
はっ?
「い、いま」
「ああん?」
「誰か、何か言った?」
「は?」
何か、場違いに明るい声が聞こえたような……
『ぴんぽんぱんぽーん、ってばぁ』
「はぁっ?」
「お、おい、ナール? 一人で何をやってるんだ?」
「え?」
俺にしか聞こえていない?
『そのままそのままー。変にキョドると、不審者みたいに思われちゃうよ?』
こ、この声は。
あの女悪魔か。
『へっへー、別に私のところに呼ばなくても、こうやって話しかけられたりしてー』
くっそ。
でも、俺のほうから意思を伝えることができないじゃないか。
喋ったら、変な奴に思われるし。
『神様からのお告げでぇす! 君も一緒に遠足に出かけること! いいね?』
な、なんでだよ?
『きっとイイコトがあるよー、なんつって』
くっ……
いいや、しょうがない。
あの女悪魔は、根性こそ腐っているが、今まで俺の力になってくれもした。
何より嘘をついたことはない。
ひどい目には遭うかもしれないが、そこに生き延びる道がなければ、俺にこんなことを言ったりはしないはず。
「ええと、シルヴィア、俺も行く」
「なっ!? ナール、これは私のミスだ。この先は私が」
「だからって、一人では余計に危険だ」
「一人だから、まだ安全とはいえないか。自分だけなら、身軽だから、いつでも逃げられる」
「それでもだ。人間、一人では、どうしても隙が生まれる。いくら騎士でも、不眠不休では動けないだろう?」
「だ、だが」
そこへ、さっきから沈黙を守っていたマグダレーナが口を開いた。
「私も行きます」
「なんだと? いや、マグダレーナ殿! それは」
「お力になれることがあるかもしれません」
これにはセリオス司教も反対した。
「危険だ。もしものことがあったら、私は君のお父上にどう申し開きをすればいいのか」
「困っている友人を手助けもせず、見殺しにしたなら、私は神の前でどう申し開きをすればいいのでしょう」
これには返事もできない。
言っても聞かないことが、すぐにわかったようだ。
彼は俺のほうに向き直り、念を押した。
「くれぐれも安全第一でお願いするよ、ナール君」