第二十話
「じゃーん!」
「うるせぇよ」
ピンクの空間。俺は反射的にそう叫んでいた。
「ってか、あれ? なんで俺、ここにいるんだ?」
「ん? 居眠りしちゃったからじゃない?」
そうかもしれない。
昨夜は寝不足だった。いや、昨夜も、か。
リックを倒した後、配下の傭兵達は、一目散に逃げ去った。
ドラゴンを失い、将軍も傭兵団もいなくなったために、ピールに侵入したプレグナンシア軍は、順次、守備隊に捕縛されていった。
恐るべき災厄だったが、たったの一日で決着がついたのだ。
ただ、その翌日は都市機能がほぼ麻痺してしまった。
やはりというか、総督は殺され、またその部下達も、ほとんど死んでいた。皮肉にも、現場に出ていた部隊指揮官だけが生き残っており、彼らが守備隊を指揮して、体制の立て直しに取り組んだ。
おかげで、戦闘のあった二日後には、早くも港に船が出入りできるようになった。無論、厳重なチェックを経てのことだが。
大変だったのは、シルヴィアだ。
あの戦い、本当にギリギリだったらしい。無理もない。狭い階段の上からとはいえ、二十人からの傭兵を、一人で相手取ったのだ。
幸い、多少の打撲傷は残ったものの、致命的な傷を負うことはなかった。ただ、俺がリックを倒すのに、あと一分かかっていたら、彼女の命はなかっただろう。なにしろ、四人目を斬り殺した際に、彼女の剣が折れてしまっていたからだ。
で。
彼女の、俺を見る目が変わった。
勝てるはずのない絶望的な状況でも、勝利を収めた。どうやったのかはわからないが、ドラゴンまで片付けた。おかげで自身も、絶体絶命のところから生還できた。
やっぱりこの人は勇者なのだ!
街全体が復興に取り組んでいる間、俺達には特にやることがなかった。飲食店も、開店できる状態ではなかったから、仕方なく食材を買い集めて、宿に引き篭もった。外出してもできることなどないし、ドラゴンによって破壊された建物の撤去や修復のために、多くの人が立ち働いていたから、邪魔になるだけだったのだ。
つまり、狭い部屋の中で、ずっとシルヴィアと二人きりだったことになる。そして、今の俺は、彼女の中では「英雄ナロ」だ。
昼夜を分かたず、押し倒され続けた。
打撲傷も完治していないのだろうに、そんなのお構いなしに、求められ続けた。
どういうわけか、俺のほうも、なんとかそれに応じることができたのだが。
しかし、疲労は隠せず、こうして外出先でも、静かに座っていたりすると、うっかり意識が飛んでしまったりする。
「やー、運がよかったねー」
「あー……」
「君が思った通り、卑怯な人でよかったよ」
「思った通りってなんだよ」
「だってさ。不意討ちばっかりじゃん。弱っちいからなんだけど」
「あー……」
本当に、生きた心地がしなかった。
ひどい一日だったと思う。
「でも、頑張った甲斐があったね!」
「というと?」
「気付いてないの?」
「ないな」
「じゃーん!」
「またそれか」
女悪魔は、改めて俺にリストを手渡しながら、素敵な報告をしてくれた。
「キル数、なんと、驚きの二十四! よくできましたー!」
「うおっ? な、なんで?」
「覚えてないの?」
「途中から、あんまり数えてなかった」
つまりは、こういうことだ。
まず、教会での戦闘で俺が一人、シルヴィアが四人。合計三人分のポイントで、キル数十三。これで「即死攻撃」の使用条件が解放された。
その後、俺達は総督府に乗り込んだ。四階のテラスで、俺がリックと向き合っている間にも、シルヴィアは階段で死闘を繰り広げていた。俺の殺害命令は継続していると解釈されたので、ここで彼女が四人を討ち取り、キル数十五。この時点で「戦闘能力レベル1付与」の条件が整った。
直後、俺はドラゴンを即死させ、リックに飛びかかった。ドラゴンは人間ではないからカウントしない。リックは人間だから、もちろん加算する。これで十六。
すぐ傭兵達は逃げ去ったから、この後のキル数追加はない、はずだった。
「ドラゴンの下敷きになったんだよねー」
「ぶっ」
「傭兵五人、プレグナンシア兵一人、総督府の役人が一人に、怪我を負って中庭に隠れてた民間人一人、しめて八名様ごあんなーい」
「傭兵とかはいいとして、民間人とか、ちょっと」
「不可抗力だし? やらなきゃ被害は拡大してたし? 問題ないんじゃない?」
「あってもなくても、ああするしかなかったと思うけど」
なんともスッキリしない話だ。
一日で十四人分も稼いだ。なのに、あれだけ頑張って戦って得たキル数が六、そのうち自力が二。なのに、最後の偶発的な事故で八。
運がほとんどじゃないか。
「まぁまぁ、よかったじゃん。おかげでこの三日間、シルヴィアちゃんの猛攻にも、なんとか耐え切れたわけだし」
「それって」
「サイズは小型そのままに、威力、耐久力ともアップ、オマケに連射機能まで」
「いいからそれは」
まったく。
この悪魔、人事だと思いやがって。
「それで? 何しに出てきたんだ? 俺、今、教会に来てるんだけど」
「マグダレーナちゃんに招かれたんだよね」
「復興を祝う説教? か何かで。是非来てくれって言われたからさ。居眠りとかしてたら失礼だし、起きたいんだけど」
「うん、いいよ」
なに?
どういう風の吹き回しだ?
「今回は特別サービス! いいとも、起こしてあげよう、ふっふっふ」
「じゃ、早速」
「でも、その前に」
ねとつく視線を向けてくる。なんだ?
「ガチャ! ガチャ! ねー、ガチャ、引こうよー」
「ん?」
「ほら、ここ! キル数二十で、ノーマルガチャ五回! 引いてよ!」
「なんで今?」
「んー、なんていうか、何引くか、見たいっていうか? 気持ち的に待てないし?」
ちっ。
まあ、いいか。
「あ、でも」
「ん? なになにー?」
「また黄金の馬みたいな嵩張るものを、いきなりここで引いたら、すごく困る。座ってる俺の横に、あんなのがいきなり出てきたら大変なことになりそうだし、やっぱやめとくわ」
「あー、じゃ、それもサービスするよー」
「っていうと?」
「その場合は、シルヴィアちゃんにもわからないように、こっそり宿屋に送ってあげるからさぁ」
なんでそこまで気前がいいんだ?
何か裏があるんじゃ……。
「さーさー、引いて引いてー」
拒否権はないらしい。
いつかのように、このピンク空間の中にいきなり、スロットマシンが出現した。
レバーに手をかける。
あの時と違って、今は差し迫った必要がないだけに、随分と気楽だ。金になるものでも出てくれればいいのだが。或いは、安全を増す何かとか。
「どれ」
ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、何の感情もまとわせることなく、マシンはピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと……直後に『パンパカパーン』とファンファーレが奏でられた。そして、一枚のカードが取り出し口に落ちてくる。
「おおー! 君、引き、つよいねー!」
「なに? また、レア?」
「めくってめくってー!」
カードの表面には『R』と書いてある。
いきなり出るとは。
シールを剥がすと、こう書かれていた。
『霊剣・黒霧』
俺は、じっとカードを見つめた。これは、武器?
「いいもの当てたねー」
「なに、この焼酎みたいな名前の」
「お酒じゃないよ、剣だよー? それも、折れない、錆びない、曲がらない。目方も軽くて切れ味抜群。オマケに、ちょっとした特殊能力もあるんだから」
特殊能力?
「これね、消せるんだよ。所有者が念じると、消えるの。で、また戻ってこいって念じると、手元に実体化するっていうね。ただ、消すのは離れていてもできるけど、実体化させられるのは自分の手元だけだし、一秒はかからないけどちょっとタイムラグあるし、出すと同時にどこかに刺すって使い方とかはできないけどね」
「ふーん、じゃあ、とりあえず絶対なくさないのか」
「そういうこと!」
確かに、これは便利だ。
今日はツイてる。
ツイてるといえば、あの日からか。絶対死ぬかと思ったのに。
そう考えれば、この三日間、ずっと幸せだったな。押し倒されっぱなしだったとはいえ、俺も堪能したんだし。
「じゃ、つぎつぎー」
「ほい」
ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、マシンはいつも通りにピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと、カシュン、と空気の抜けるような音とともに、一枚のカードが取り出し口に落ちてきた。
「む……『C』か」
「あらら、残念」
「ま、そういうこともあるさ」
「おおー、大人の余裕ー」
シールを引っぺがすと、こう書いてあった。
『ナイトソード』
「ふん?」
「ああー、普通の剣だね、こっちは」
「大きさとか、形状がイメージできないんだけど」
「これは刃渡り一メートルちょいくらいかなー、両手でも片手でも使えて、それなりに重さもあるやつでー、でも、そんなにダメなものじゃないよー? 普通に鋼鉄製だしー」
「なあ」
前から疑問に思っていたので、尋ねてみた。
「この、コモンとか、アンコモンとか、基準って、なんだ?」
「ああ、それね」
うんうん、と頷きながら、女悪魔は俺に説明した。
「コモンってのは、普通の人が手に入れられるレベルの品物ってことかな。ただ、どれも基本的には品質保証されてるし、ハズレではないよ」
「じゃあ、アンコモンは?」
「これも普通の人が手に入れられなくはないっていう物ではあるんだけど、一般人からすると相当な代物ってことになるかな。例えば、黄金の馬みたいな美術品なんて、それなりに裕福な人が頑張っても、一生かかりそうでしょ」
「なるほどな」
「レアは、数世代とか、数人とか、最低でもそれくらいの規模で頑張って、やっと得られるくらいの物になるね」
「ちょっと待った」
そいつは少し、変じゃないか?
「それを言ったら、シルヴィアは? レア彼女なんだけど」
「レアだよ? だって、貴族の娘で、騎士団の副団長でしょ? しかも美人だし。普通に結婚しようとしたら、どれくらい苦労すると思う? この世界の人間なら、まず貴族出身じゃなきゃ、交際も求婚もできないはずだよ?」
「言われてみればそうか」
「それに黄金の馬があの値段で売れたのだって、半分は彼女の家柄のおかげでもあるんだから。君が一人で売り捌くとなったら、相当苦労したはずだし、身元を疑われて、散々買い叩かれただろうからね」
「確かにな」
なるほど、納得だ。
それに、確かに彼女の献身と活躍は、並大抵ではなかった。ただの金では替えが利かない。
「まあ、この剣は、シルヴィアにプレゼントするよ。前の、折れちゃったし」
「そだねー、じゃ、つぎー」
促されて、またレバーを引く。
ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、またもやマシンはピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと、シュコッ、と空気の抜けるような音とともに、一枚のカードが取り出し口に落ちてきた。
「次はアンコモンか。小当たりだな」
「一人の人間の一生分の努力に相当するものを『小当たり』っていえるようになったんだねー」
「他と比べての話だろ」
シールをめくると、こう書いてあった。
『無限水筒』
無限の水筒?
ってことは。
「おー、今度はマジックアイテムだねー」
「これって、水が出るってやつ?」
「そー、そー。汚れのない、清潔なのが出てくるよー。ただ、水の勢いは限られてるから、武器としては役に立たないし、水温もある程度、指定できるけど、熱くてもぬるま湯程度だし、冷たくても氷水は出てこないよー」
「それでもかなり便利だな。いいものをもらった」
さて、次で四回目だ。
ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、マシンはそっけなくピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと、カシュン、と空気の抜けるような音とともに、一枚のカードが取り出し口に落ちてきた。
「またコモンか」
「まあ、そんなもんだよ」
シールをめくる。
『アイスウォレスの牙』
なにこれ?
「アイス、ウォレス?」
「北の海にいる魔獣の牙だねー」
「何の役に立つの?」
「いろいろー」
「売れるの?」
「場所によってはー」
「うーん」
ピンとこないな。
まあ、いいか。既に今回は、レアとアンコモンを一回ずつ当てている。充分だ。
「じゃあ、最後の一回だね」
「そうだな」
ガシャコン、と音をたててレバーが下りると、なにか意味深に不気味な震動を伴いつつ、マシンはピコピコと電子音を鳴らし始める。ピピー、と甲高い音が鳴り響くと……直後に『パンパカパーン』とファンファーレが奏でられた。そして、一枚のカードが取り出し口に落ちてくる。
「え? また?」
「これはー」
取り出したカードには『R』とある。
またもやレアだ。
「すげぇ」
「おめでとー」
俺は自分の幸運に感謝しながら、喜びと共にシールをめくった。
そこにはこう書いてあった。
『彼女』
目が点になった。
「へ?」
「うわー、すごいー」
棒読みだ。
「君、すごいねー、よかったねー、近々、また素敵な彼女ができるよー」
「おい」
「手近な女の子が、君に惚れるよー」
「待て」
「あ、でも私じゃないからねー、そんなに安くないからねー」
「これ、まずいだろ」
「あ、もう効果は発動しちゃったから、キャンセルとかなしだからー」
「ちょっ! まさか、それって」
「とりあえず、嵩張るものは宿屋に送っておくからねー」
「待って! これはホント、やめて!」
「じゃ、そろそろ今日のデートも終わりかなー、ポイッと」
「わっ」
足元のピンクの膜が薄くなり、一瞬で外へと放り出された。
ふと、意識が戻る。
俺は周囲を見回した。
辺りは静まり返っていた。
教会の広間には、ところせましと椅子が並べられていた。そのどこにも、誰かしら座っている。
リックの一年間に渡る暴虐が終わるまでの日々、ここの女司祭は、労苦を惜しまず人々に尽くした。尊敬と親愛の情を集める彼女のもとに人々が詰め掛けるのも、当然だ。
そして壇上には、今にも説教を始めようと、純白の法衣を身につけたマグダレーナが立っていた。