第二話
一夜明けて、俺達は王宮の中庭で、お茶を飲んでいた。
周囲の環境は実にいい。色とりどりの花々が咲き乱れている。上質な椅子に、テーブルも趣味がいい。目の前の紅茶にケーキも、かなりのものだ。
だが、俺の気分はまるでよくなかった。
三人掛けのテーブル席がいくつかあるのに、そこに二人ずつ座っている。まず、天野と藤成。それに比嘉と星井。俺だけ当たり前のように余っているのだ。
その余りものの俺の横には、不器用そうなメイドがティーポットを片手に突っ立っている。不器用そうというだけでなく、不細工でもある。顔中ソバカスだらけで、自分に自信がないのか、オドオドしてもいる。くそっ、見ているだけで気が滅入ってきそうだ。
「皆様、おはようございます」
トゥラーティア王女は、そう言って中庭に立ち入ってきた。召喚勇者ともなれば国賓扱いで、だからその応対も、彼女でなければ引き受けられないのだろう。
「午後には国王との会食も予定しております。それまではごゆるりと」
「ええと、済みません、トゥラーティア様」
席を立ち、天野が頭を下げようとする。
それを慌てて王女は押しとどめる。
「おやめください、アマノ様! 皆様は勇者でいらっしゃいます。ただの王女に過ぎない私より、ずっと尊い方々なのですから」
「そう言われても、実感が湧きませんが……じゃあ、トゥラーティアさん、でいいのかな」
「はい、どうぞお気遣いなく」
それで一段落したところで、天野は質問をぶつけた。
「それで、僕達の魔力についてなんですが」
「はい」
「具体的には、何ができるんでしょうか?」
「それは、まだわかりません」
王女が難しい顔をして、説明をする。
「一応、光の色から、適性はなんとなくはわかるのですが……例えばアマノ様は、秩序と正義を象徴する力を身に備えておいでですし、フジナリ様は、おそらくは守護と救済の力、ヒガ様は闘争の力を有しておいでに違いないのですが、それがどんな形で、どんな能力になって現れるのかは、はっきりしないのです」
「へー、じゃあ、あたしはー?」
「ホシイ様は、あまり例がないのですが、祈願の力を持っている可能性が高いと思われます……確たることは言えないのですが」
じゃあ、俺の魔力では、何ができるのだろうか?
「ですから、力が発現するまでは、毎日きっかけを探しながら、のんびり過ごしていただくことになるかと」
「それは、体がなまりそうですね」
そこへ、中庭に踏み込んでくる足音が聞こえてきた。
やってきたのは数人の騎士。先頭に立つ男は、いかにもという感じの分厚い胸板の上に、これまた分厚い銀の鎧を着込んだ、ヒゲの男だった。
「姫、失礼致しますぞ」
「控えなさい、ロールバッハ。勇者様の御前なのですよ」
「その件についてでございます」
跪きながらも、彼は遠慮なく口をきいた。
「我々騎士団というものがありながら、なぜ召喚勇者などという、怪しげなものに頼るのです。我らの剣の力をお忘れですか」
「よしなさい。ここをどこだと思っているのです。無礼にもほどが」
「ちょっといいですか」
微笑を浮かべつつ、天野はそこに割って入った。
「ロールバッハさん、ですか?」
「いかにも、騎士団長を務めるロールバッハと申します」
「剣の力、とおっしゃいましたが」
「大陸一の戦士達、それが我らエキスタレア騎士団ですからな」
すると天野は嬉しそうに言った。
「僕も少し、剣術をやっているんですよ。よろしかったら、一度、お相手をお願いできますか?」
「アマノ様!」
王女が青い顔をして、駆け寄る。
「無茶なことを! ロールバッハは、王国でも並ぶもののない剣士です。まだ力に目覚めていないアマノ様では」
「だからこそですよ。僕は、この世界の剣術にも興味があるんです。あっちでも剣を振ってましたから」
ロールバッハは、無言で背後の騎士に目配せする。すると彼はさっと立ち去り、また走って戻ってきた。手には剣が二振り。
「では……アマノ様、とおっしゃいましたかな?」
部下の持つ剣を顎で指し示しながら、彼は続けた。
「どちらでも、好きなほうを」
「わかりました」
王女の制止も構わず、天野はスッと剣を手に取り、鞘から抜いて確認した。刃は潰してあるが、それなりの重量はありそうだ。
「では、はじめましょうか」
止める暇もあればこそ、二人は剣を構え、向かい合う。だが、ロールバッハが襲い掛かろうと体を揺らしたかと思うと、次の瞬間には、甲高い打撃音が響いた。
「ぬおっ!?」
やはり天才。後の先というやつか? まるで見えなかったが、天野の剣は、一瞬でロールバッハの肩口を叩いていた。重さも乗っていたらしく、この一撃で、ロールバッハは尻餅をついてしまった。
「なんという剣速……! なるほど、勇者というのは、伊達ではありませんな」
「いえ、今のはまぐれですよ」
天野はそう言って、余裕の笑みをこぼれさせる。
「僕はただ、剣が好きなだけの若者です。まだ、本当の戦いというものを知りません。でも、いつかは本当の剣そのものになりたいと……」
彼がそう言いかけた時、後ろから観戦していた俺達の口から、短い叫び声があがる。天野も振り返り、それに気付いた。
光り輝く大剣。
それが天野の背後に浮いていたのだ。
「そ、そんな、これは……」
膝をガクガクさせながら、トゥラーティア王女は見入ってしまっている。
「伝説の勇者の聖剣……これが、アマノ様の、力……」
いきなり覚醒、か。
何から何まで、うまくいきすぎだろ、こいつ。これはこれで、合理的過ぎてムカつく。
「はぁぁっ、こ、これが勇者……!」
足元に転がっていたロールバッハも、聖剣の威光に打たれ、慌てて居住まいを正して跪く。
「あ、つっ!」
だが、その途中で肩の痛みを思い出したのだろう。身をすくめた。
「もう」
藤成が立ち上がると、ロールバッハに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「申し訳ない、このような」
ところが、またそこで異変が起きた。彼に触れた藤成の手から、青白い光が放たれた。それは一瞬で収まったが、何が起こったかはもう、自明だった。
「お……お、おお! 痛みが、痛みがございません! これはもしや?」
「なんということ! アマノ様に続いて、フジナリ様まで力に覚醒なさるとは!」
なんだかなぁ。
向こうで優秀だったやつは、こっちにきてもそうなのか。あっさり覚醒だもんな。
しかし、光の量からすると、俺が最強なはずなのだが……。
昨日、俺の光を見た後、王女は急に黙り込んでしまった。力の大きさにビックリしただけかと思うのだが、それまで他の連中に向けていたような褒め言葉とか、そういうのが一切なかった。合理的に考えて、彼女の態度には整合性が取れていない。どうにも気になる。
ガシャーン、という音が聞こえた。
かと思うと、足に熱いものが……あっちぃぃ!
「あっちぃぃ!」
「ああ! 済みません! ごめんなさい!」
振り返ると、さっきの冴えないメイドが。
なんのことはない、二人の勇者の覚醒という、恐らくこの世界では歴史的事件ともいえる現場に意図せず立ち会って、驚き興奮したあまり、手に何を持っていたかを忘れたのだろう。
ティーポットは見事に割れ、中に入っていた熱い紅茶は、すべて俺の足にふりかかった。
振り返った王女は、何が起きたかを確認すると、眉を吊り上げた。
「なんという不始末でしょう、ああ」
困惑と怒りの間をいったりきたりしながら、ようやく彼女は言葉を見つけた。
「勇者様、申し訳ありません。早速、そのメイドには罰を与えます」
「あ、ああ、お許しを! 申し訳ございません!」
王女の視線に恐れをなして、メイドはヘナヘナと崩れ落ちた。
「ムチで百叩きの上、王都からは追放です。当然ですね」
っと。
それは厳しすぎるな。
合理的に考えても、それはやりすぎだ。
「そ、そんな……! お許しを! 身寄りもなく、貧しい私が、それでは、どうやって生きていけばいいのでしょう」
「衛兵、連れて行きなさい」
「待った」
俺は声をあげた。
「着替えくれれば、それでいいから」
「はっ……」
「怒ってないから、別に」
やれやれ、これが身分意識ってやつか。俺達にはペコペコするのに、身分の低いメイドにはこれだもんなぁ。
俺は振り返り、メイドに言った。
「名前は?」
「は、い?」
「名前。あんたの」
メイドは硬直しながらも、かすれた声でなんとか答えた。
「グリーダと申します」
「わかった。じゃ、これ」
俺は財布から、百円玉を取り出して渡した。
「俺は怒ってないから。後から誰かに何か言われたりとか、なんかあったら、それ見せれば。奈路から許してもらったって証拠にするといい」
「は、ははぁっ! あ、ありがとうございます!」
グリーダは恐縮して、床にキスする勢いで土下座した。
その様子を、王女は呆然としながら見ている。
「ひゅーひゅー、奈路ちんに彼女ができたー」
俺の慈悲を、別の意味に受け取ったバカ女が、冷やかし始めた。
色気づいたメスってのは、なんでもかんでもそっち方面に解釈しなきゃ、収まらないのか? 合理的に考えろ、合理的に。
「よかったねー、百円でゲットできて」
「はぁ?」
何言ってんだ星井は、と思ったところで、またグリーダが土下座した。
「滅相もございません、とんでもございません! 私などがっ」
「あはははー、すごーい、奈路ちん、一瞬でフラレたー」
このアマ、ふざけやがって。
「え、えっと」
状況が混沌としてきたことに、トゥラーティアは戸惑いだした。
が、整理整頓がつくと、テキパキと命令した。
「では、そこのメイドはお咎めなし、で……ええと、ナロ様? では、別のメイドに着替えを用意させますので。それと、ロールバッハ、今すぐ陛下にご報告を。勇者様、早速覚醒とのこと」
「ハッ!」
そういうわけで、俺はメイド達に連れられて、別室に向かった。