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ナール王物語 ~最強チートの合理的殺戮~  作者: 越智 翔
第二章「マグダレーナ」
18/50

第十八話

「これは……?」


 そんなのありかよ?

 近々、どころか、すぐじゃないか。


「ナロ様、この物音は」

「何かが起きたらしいな……いや」


 俺はシルヴィアに言っておく。


「これは事故じゃない。事件だ。多分、誰かがこの街を攻撃しようとしている。だから」


 一つには、俺が生き延びるために。もう一つには、キル数を稼ぐために。


「それらしい奴は……殺すんだ」


 殺す、という言葉に、彼女は一瞬驚いて、眉を寄せた。


「殺せ、と?」

「これから起きるのは、それだけの事件だ。わかるんだよ」


 勇者の力の一端と理解したのか、それで彼女は質問をやめた。


 それからまもなくだった。

 大通りの向こうから、街の人々が大挙して走ってくる。悲鳴をあげながらだ。


 シルヴィアが立ち止まり、声を張り上げる。


「落ち着け! どうした! 何があった!」


 だが、返事をするものはいない。

 誰もが先を争って逃げようとしている。

 まるで怪獣映画だ。


「あ! あれはっ!」


 青空に浮かぶ黒い影。

 言われて気付いて、俺も見上げる。


「ド……ドラゴン……なぜだ!?」


 本当に怪獣だった。


 三分後、俺とシルヴィアは、ひたすら走っていた。

 いくら剣術の熟練者とはいえ、一人であんなバケモノと戦うなんて、できっこない。


 パッと見た感じ、ドラゴンの大きさは、翼を広げた状態で、幅二十メートルほど。

 体色は黒で、そのフォルムはやけにゴツゴツしている。あんな岩みたいな重量感のある翼で飛べるわけはないから、なんらか魔法の力でも働いているのだろう。実際、羽ばたいていないし。なんとなく浮かんでる感じだ。

 そして、やはりというか、奴は火を吐く。


 怪獣映画の自衛隊さながらに、ピール市の防衛隊がそちらに駆けつけていた。だが、ただの兵士が何の役に立つのだろう? 弓矢で攻撃しても、ろくに矢が刺さっていない。槍や剣での突撃を試みる連中もいたが、一瞬でペチャンコだ。

 挙句の果てにカタパルトやバリスタまで持ち出されたが、まず、石は命中しないし、バリスタのほうは発射前にモタモタしていたせいで、ドラゴンの吐きだした炎で燃え上がってしまった。傍にいた兵士も、見事に丸焼けだ。


 ひどすぎる。

 ここまでとは。


 そりゃそうだよな。

 ドラゴンだ。

 ファンタジー世界の、いわば最強の代名詞。

 普通の人間が頑張ったところで、どうにかなるようなものじゃない。


 ここに天野達のような勇者がいれば。

 巨大化した聖剣でもぶつければ、一撃で落とせるのかもしれない。

 藤成の守護の力があれば、ドラゴンの炎を防げるのかも。


 だけど、今の俺には、そんな力はない。

 あっても、使わない。

 なぜなら、あれは人ではないから。殺しても、ポイントにならない……。


 ん?


 おかしい。

 あの邪神は、俺に言った。

 チャンス、即ちピンチだと。

 でも、これはおかしい。ここにいるのはドラゴンだ。いくら倒しても、俺の魔力が覚醒することはない。ただのピンチじゃないか。

 ということは。


 こいつを使役している人間がいる?

 いや、少なくとも、ドラゴンそのものが制御不能だとしても。この混乱に乗じて、何かをしでかそうとしている奴らが。


「シルヴィア」

「なんだ!」

「誰かが糸を引いている」

「なに!」

「たぶん……」


 合理的に考えろ。

 ドラゴンだぞ?

 あんな大量破壊兵器を持ち込める力のある人間、集団や組織は……

 ただの個人では不可能だ。


 国とか、軍隊とか、そういうレベル……


「……この街の中心は」

「え?」

「司令部はどこかって言ってるんだ!」

「っ……! あ、あれは! 陽動だというのか!」


 グオーム王国の総督府。

 そこが奴らの目標に違いない。


 さて、どうする?


 シルヴィアは、俺を勇者だと思っている。俺の言葉を信じているから、あくまで可能な範囲でだが、世のため人のために戦おうとしていると解釈している。

 で、グオーム王国の役人どもは、腐敗している。だから、総督なんか守ってやる必要はない。第一、あんな嵩張るバケモノが入港してきたのに、ろくにチェックもしないで放置していたのだ。その怠慢、その不注意。いわば自業自得だ。

 しかし、その巻き添えになる市民達は? 勇者ならば、彼らを守るために立ち上がるべきだ。


 という口実で、シルヴィアを戦わせることはできる。但し、俺達が目立つというリスクも忘れてはならない。


「となれば、これは」

「プレグナンシア王国の報復だろう。リプロ砦のお返しってわけだ」

「なるほど、な」


 あっちが勇者という規格外の怪物を使うなら、こっちだって。

 だが、こんな大掛かりな作戦を、どうやって? 街の中にドラゴンを持ち込むためには、かなりの手間がかかったはずだ。となれば。


 ……恐らく、街の中に、協力者が……


「ナール! どうする!」


 シルヴィアが立ち止まる。

 目の前には、ピール西教会。総督府に向かう途中にあったのだ。


「怪我人がいるかもしれないが」

「一応、中を」


 まさか。

 開けっ放しの門。

 既に避難しているならいいが、それは考えにくい。

 危険が迫った時、マグダレーナなら、どう行動する? パニックで怪我人が増えたなら。運び込まれる負傷者を待つために、あえて踏みとどまっていたとすれば……。


「おー?」


 敷地内に飛び込んだ時、疑念は確信に変わった。


 その場にいたのは、十人ほどの武装した男達。

 その中心にいたのが、リックだった。


「やっぱり護衛じゃねぇか。ま、一足遅かったけどな」


 配下の傭兵と思しき男が、肩にマグダレーナを担いでいる。


「んーっ!」


 猿轡をされて、話せなくなっている彼女が、男の肩の上でもがく。だが、無駄な抵抗だった。手足もきっちりロープで縛られていて、身動きできないのだ。


「貴様っ!」


 怒りを露に、シルヴィアが剣を抜く。

 ついでに俺も。

 これはもう、問答無用で殺していい案件だ。


「けど、道草なんか食うもんじゃねぇなぁ? いや、これはこれで儲けもんなのか?」

「どういう意味だ!」

「だってよ、ほら……いい女が増えたぜぇ」


 ちっ、この野郎。


「確かに、寄り道は無駄じゃなかったよ。おかげでお前を殺せるかもな」


 俺はリックを挑発した。

 この状況。確かに俺は弱い。弱いが、シルヴィアは強い。そして、既に殺せと言ってある。

 ここには十人もいる。全員始末してくれれば、即死攻撃と、戦闘能力レベル1まで、一気にパワーアップできる。


「プッ……ブワーッハッハッハ! お前、お前! ギャグのセンスだきゃあ、一流だな?」


 腹を抱えて笑うリック。


「この場で一番弱ぇのは、てめぇだろうがよ。見りゃあわかんぜ」


 だが、その隙をシルヴィアは見逃さなかった。


「ふんっ!」

「うおっとぉ」


 リックは紙一重で剣を避けた。


「えいっ!」

「よっ」


 素早く構えたシミターで、リックはシルヴィアの剣をいなした。

 ……こいつ、強い?


「お上品な剣だなぁ、アンタ」

「このっ、下郎が!」

「ま、たいした腕だよ、その若さで」


 だが。

 まだシルヴィアが押している。このまま勝てるか?


「けどよぉ、俺達傭兵ってのは、なんつっても経験豊富でなァ」


 半身になったリックが、左手を後ろに回す。

 あれは。


「避けろ! シルヴィア!」


 避けられるものではなかった。

 リックがぶつけてきたのは、目潰しだった。細かい粉末が、一斉に彼女の目を刺激する。


「くっ」

「お転婆すぎたのが、運の尽きだな」


 そう言いながら、リックはシミターを振り上げる。


「待てぇぇっ!」


 やらせない。

 ここで出なければ。彼女がやられれば、どうせ俺も死ぬ。ここで引いても、意味はない。


「はっ、てめぇから死ぬか?」


 振り下ろされる剣。

 俺は立ち止まり、受け止めるために剣を掲げた。

 その瞬間、シミターの切っ先が、複雑な軌道を描いて、横薙ぎに変化した。


「うあっ」

「ばーか!」


 死んだ。


 ギィン!

 と耳にまで叩きつけるような打撃音。


 下から振り上げた剣で、シルヴィアがリックの剣を撥ね上げたのだ。

 続いて、斬り下ろし。リックの顔から一センチもないところを、彼女の剛剣が通り過ぎていく。


「ほはっ、なるほどな」


 若干の焦りを滲ませつつも、リックは見事に身をかわしてみせた。

 シルヴィアの視力はまだ、回復していない。


「よーし、遊びは終わりだ。お前ら、半分でいいな。こいつらを捕まえとけ」


 周りで見ていただけの男達が、距離を詰めてくる。


「待て! 逃げるな!」

「慌てんなよ……俺はこの後、大事な待ち合わせがあるんだ」


 リックは、抱えられたマグダレーナと共に、教会の裏口へと歩き去っていこうとする。


「お前ら! まず男を狙え」

「男っすか?」

「殺さなければ何をしても構わん……だったな? ハハッ」


 くそっ。

 気付かれてる。

 俺が弱くて、シルヴィアが強い。なのになぜか、彼女が俺に従い、庇おうとしていることを。


「そいつを捕まえれば、たぶん、女のほうは黙っていうことをきくはずだ。うまくやれよ?」

「了解っす、ボス」

「じゃ、任せた」


 それきり、背中を見せて去っていく。

 追いすがって倒すなんて、不可能だ。半分といっても、相手は五人。こちらは二人だ。


「おい」

「どうする」

「このアマァ、ボスとやりあえるくれぇだからな……よし、じゃ、お前ら四人で足止めしとけ」


 スキンヘッドの太った男が、剣を片手に回りこんできた。


「俺がこいつをやる」

「ボスが殺すなって」

「わぁってるよ。手足の一、二本、落としたって構わねぇだろ?」

「貴様らっ!」


 シルヴィアが怒鳴りつける。だが、さすがに視界がままならない状態では、男達を震え上がらせるまでには至らない。


「一気にかかれ」

「オッス」


 ……くる。


「オラァッ!」

「くうっ!」


 五人同時の攻撃。そのうち四人はシルヴィアを狙う。驚くべきことに、これほどの集中攻撃にさらされながら、彼女はすべてを捌ききった。だが、それは相手の狙いが、俺と彼女の分断にあったからだ。


「ナロ!」


 してやられた。わかっていたのに。

 もはや冷静さを失いつつ、彼女は叫ぶ。

 だが、その周囲を四人の男が隙間なく囲む。


 まだ彼女の視界は、完全には回復していない。それでも戦うだけなら、なんとでもなるのだろう。だが、一瞬でこいつらを全滅させるなんて、無理だ。ましてや、リックの命令通り、こいつらは無傷でシルヴィアを捕虜にするつもりだ。彼女が斬りかかっても、適当に下がって身を守るだけ。時間稼ぎをされているうちに……。


「おい、色男」


 スキンヘッドの男が、俺を壁際に追い詰める。


「やろうぜ」


 仮にも相手はプロの傭兵。

 対するに俺は、ゴブリン一匹、ろくに始末できない、ただの元高校生。


 勝てない。

 勝てるわけない。


「おぅらぁ!」

「がっ!」


 大振りの剣。

 なのに、受け止めるので精一杯だ。


 隙だらけに見えるのに。

 どこをどうすれば反撃できるのか、わからない。


「うら!」

「はっ!」

「へへっ、逃げてんじゃねぇ!」

「くっ」


 一撃、また一撃。

 これも、俺を殺すための攻撃ではない。俺を痛めつけ、怯えさせ、追い詰めるため。

 現に今、俺は手傷一つ、負わされていない。

 リックは「殺さなければ何をしても」と言った。だが、現実には、なかなかそれが難しい。手足を本当に切り落としたら。適切な処置をしなければ、出血多量で死んでもおかしくないのだ。


「このスケコマシがよぉ」

「ぐはっ」

「俺ぁ、てめぇみてぇのが一番嫌ぇなんだよ、わかるか?」


 俺をいたぶることに、このハゲデブは、愉悦さえ感じ始めているようだ。


「剣の腕もねぇのによ、変にモテやがって、それでいい思いばっかしてやがんだ……おら!」

「くあっ」

「本当ならもう死んでるんだぜ? ボスの命令じゃなきゃあ、三回は首が飛んでらぁ」


 言う通りだ。

 何が言う通りって、こいつの言葉もそうだが、女悪魔の言ったことも。


『なんとかうまくキル数を稼いでいかないと、今度こそ、助からないかもねー』

『おい』

『最近、サボってるからなー、君』


 甘かった。

 殺さなければ殺される。

 殺すなら犯罪者がいい? 選り好みしていたツケだ。

 なんとしても、とにかく数を稼ぐべきだった。


 後悔しても、どうにもならない。

 それより、どうする?


「おとなしく剣を捨てろ」

「……なに?」

「お前がおとなしくなりゃあ、俺達もあの女をボスに差し出せるってもんだ」


 横合いから声が飛んでくる。


「ナロ! 私のことはいい! 逃げろ!」

「逃がすかよ、バァカ」

「貴様っ……ナロを、その男を逃がしてやれ! そうしてくれるなら、私も剣を捨てる!」


 やっと視力を回復し、状況を把握できるようになったシルヴィアは、必死にそう叫ぶ。

 俺に振り返りながら、ハゲデブは嫌みったらしく言った。


「だってよ? ま、確かにボスが欲しいのは女のほうだからな。お前なんか、殺しても殺さなくても、どっちでもいい。逃げたきゃ、逃げてもいいんだぜ? な、おい」


 逃げれば。

 ここで逃げれば、どうなる?


 どうにもならない。

 宿には大金がある。あれを持って一人で遠くへ……いや。

 プレグナンシア軍の占領下にあるのに、自由に街から出られるとでも? 略奪されるのがオチだ。


 それだけじゃない。

 仮にもここは、グオーム第二の都市。奪われたまま、放置されるなんてあり得ない。だが、腐敗し弱体化したこの国に、それをする実力はない。

 となると、「誰」がここを解放しにくる?


 今。

 今、この場で、乗り越えられなければ。


「わ、わかった」


 俺は、情けない声を出して、力なく剣を前に差し出した。


「へぇ、骨のねぇ野郎だなぁ」


 男達はニヤニヤしながら、シルヴィアは張り詰めた表情で、事の成り行きを見守っている。


 同じことだ。

 もし、この場を無事に逃げ切れても。

 惨めな気持ちのまま、逃げ隠れして、最後には、エキスタレアの勇者達に見つけられてしまう。


 だから……

 これが、俺のすべてだ。


 その場で、俺は指の力を抜いた。

 震える手から、するりと滑り落ちた剣が、芝生の上に落ち、ストッと音を立てる。


「はぁーっ、はっはっは! このタマなし野郎……うっ!?」


 そして、俺は全力でハゲデブに絡みついた。


 武器を捨てる。

 今、俺にできる最大のフェイント。

 これで駄目なら、もうおしまいだ。


「こっ、このっ!?」


 予備の武器。腰に携えたナイフ。これを右手で引き抜く。

 左腕で、奴の右腕、剣を持っているほうを、全力で挟み込む。胸と胸を合わせて、ぴったり張り付く。


「はなっ……ぐぎゃっ!?」


 首の根元。鎧の隙間に、ナイフを突き立てる。だが、相手も暴れる。なかなか深く刺さらない。


「ア、アニキ!?」


 シルヴィアを取り囲む四人に動揺が走る。


「うおおっ!」


 力の限り、ナイフを強く押し込む。肉の硬さ、皮膚のしぶとさを、その手に感じながら。


「があっ!」

「うぐっ」


 だが、ハゲデブは、俺を力ずくで振り払い、壁際まで突き飛ばした。

 ナイフまで手放してしまった。

 もう、もう終わりだ。


 ハゲデブが、一歩ずつ、迫ってくる。

 一歩、二歩……。


 カラン、とナイフが落ちる。

 歩みが止まった。


 と同時に、首筋から、シャワーのように血が噴き出した。

 そのまま、そいつはよろめいて、横倒しに倒れる。


「なっ……そんなっ」


 その続きは、口にできなかった。

 俺が目の前の敵から解放されたのを確認して、シルヴィアがいち早く動き出したからだ。


「がっ!」

「ぐえっ!?」


 瞬く間に二人を斬り倒し、俺の前に立つ。


「ひえっ」

「食らえ!」


 逃げ出そうとする男をまた一人。

 最後の一人が、正面出口に向かって走る。だが、その背中に、投擲された剣が突き刺さる。

 そいつは、扉の脇の柱にしがみつきながら、ゆっくりとずり落ちていった。

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やっぱりハゲにはろくなやつがいませんね。
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