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ナール王物語 ~最強チートの合理的殺戮~  作者: 越智 翔
第二章「マグダレーナ」
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第十六話

「いかがでしたか、お味は?」

「え、ええ、とても」

「そうですか、お誘いしてよかったです」


 マグダレーナの料理の腕は、本物だった。

 なるほど、彼女は医術のみならず、薬学にも通じた司祭なのだ。この世界、薬といえば、ほとんどが自然の草木などから採取される生薬だ。それらは同時に、食品でもあることが多い。

 だから、その手の知識や経験を活用すれば、自然とこうした料理を作れるようにもなる、か。


「では、後片付けしてきますね」

「あ、いえ、それくらいは」

「いえいえ、お二人はお客様なんですから」


 笑顔で押しとどめられ、俺はまた座り直す。そのままマグダレーナは、皿を回収して、奥へと引っ込んでいく。


 さあて。

 どうしようか。


 どんなにおいしい料理も、状況次第では、重苦しい石の塊になって、胃を引き攣らせる。今回がまさにそれだ。

 勇者としての俺を手助けする、そのためにしっかり覚悟を決める、という点では、シルヴィアの決心に揺らぎなどあるまい。ただ、それはそれとして、自分の女としての価値はとなると、これはやはり、俺次第ということになる。

 この世界、今のところ、俺が理解している範囲でいえば、やはりというか、当たり前のように貞操観念がある。少なくとも現代日本よりはずっと厳しい。どこかの国みたいに、結婚前に貞操をなくしたからといって、石打ちの刑に処されたりはしないが、そこはやはり、侮蔑の対象にはなり得るのだ。それも、身分が高ければ高いほど。

 つまり、俺に嫌われたり、見捨てられた時点で、シルヴィアの人生の女の部分は、事実上、終わってしまう。


 が、しかし。

 シルヴィア自身の総合的な能力はともかく、ただ女という一点に絞って考えるとどうだろう?


 美貌はある。ただ、体格は大きめだし、しっかり筋肉もついている。美しいし、俺は気に入っているが、女らしいかというと、微妙かもしれない。しかも俺より若干年上だ。

 剣術の腕もある。だが、男勝りの女というのは、人間としてはともかく、女性としての自分を振り返った場合、やはりマイナスに感じられるのかもしれない。

 上流階級に生まれ、そこで礼儀作法と教養を身につけた。とはいえ、今は逃避行の真っ最中。身分を生かす場面など、あまりない。

 かてて加えて騎士団育ちだ。大の男が音をあげるような苦行にも耐え抜く精神力は素晴らしいが、副作用として身についた、軍人じみた口調は、どう考えてもかわいらしくない。


 一方、目の前のマグダレーナはどうか?


 ほっそりした華奢な肩。ほっそりした繊細そうな指先。これこそ女ではないか。

 強さこそ期待できないが、それに負けない技能なら有している。傷口を修復し、薬剤を調合し、オマケに料理までこなす。

 身分は貴族ではないが、しっかりと教育を受けた聖職者だ。

 嫌な顔一つせず捌ききれないほどの患者を受け入れ、忙しい中でも怪我人には優しい言葉をかける。どう考えても素敵なお姉さんだ。


 努力した方向が違っただけ。

 合理的に考えれば、そんなのは自明なこと。

 だが、ないものはない。できないのだ。

 その、自分にはない魅力、それも、より女性らしい魅力に、俺の気持ちが多少なりとも引き寄せられてしまうのではないか。それが怖くてたまらない。


 しかも、シルヴィアは知らない。

 俺の勇者としての能力は、殺人を通してしか覚醒しない。そのためには、今、シルヴィアを失うわけにはいかないということを。

 現在の生活費は、俺の黄金の馬を売却して得たところから出している。つまり、全部俺の金だ。ということは、今すぐシルヴィアを捨てても、俺は一人でいくらでも生きていけてしまう。


 その恐怖は、結果、俺を監視し、拘束するという形で発現しつつある。

 俺が余計なことを口走るたび、マグダレーナに近付くたび、シルヴィアは、微妙な表情の変化をみせる。

 その都度、俺も内心、ビクッと痙攣する。


 現実的かつ客観的に考えれば、すぐわかるのにな。

 マグダレーナを口説き落とすなんて、不可能だ。

 だいたい、そんな真似をしたら、この街ではちょっとしたニュースになってしまう。


 今回、教会を訪れた際には、寝かされていた患者がいなくなっていた。みんなある程度回復したので、家に帰ったのだ。

 だが、こういうことがしばしばあるので、ピール西教会の女司祭は、ちょっとした有名人になっている。いちいち考えるまでもないのだが、美人で、優しくて、ボランティアで傷の治療までしてくれる……そんな女が、アイドルにならずに済むわけがない。

 幸い、教会施設を預かる司祭が、誰かと特別な関係になることはない。だからこそ、ピールの荒くれ男達は、互いに牽制しあうことなく、彼女のファンクラブのメンバーでいられる。


 そんな中で、俺が彼女を連れ去ったらどうなる?

 このニュースが、もしエキスタレアの誰かに伝わったら?

 マグダレーナは美人だが、口説けもしないし、口説いた結果のデメリットも無視できない。だから、ナシだ。


「お茶をお持ちしました」

「あ、ありがとう」

「いいええ」


 優雅な身のこなしで、彼女は腰掛けた。


「お二人は、エキスタレアからいらしたんですよね?」


 世間話だ。

 口裏を合わせる準備なんかしてない。だから俺はシルヴィアに目配せする。それと察して、彼女が返事をする。


「その通りだ」

「いいですね。私、外国の話が大好きなんですよ。それで、これから、またどこかへ行かれるんですか?」

「まだはっきりとは決めていないが……ワナタイを目指そうかと思っている」

「それはまた、随分遠いところですね」


 これは、半ば本当のことだ。

 俺達は、エキスタレア王国の影響が及ばない、遠い土地に逃げるべきだ。しかし、目立つ場所は避けたい。

 となると、俺みたいに黒髪で、しかもアジア系の顔立ちをした人間がたくさんいる地域に行くのが好ましい。そこで候補にあげられているのが、東の果てのワナタイ国なのだ。


「羨ましいですねえ」

「そうかな?」

「ええ。私はこの国から出たことがないんですよ」


 そして、彼女の簡単な身の上話が始まった。

 グオーム王国の首都、そこの孤児院で育った彼女は、早くから優秀さを認められたためか、すぐに教会の運営する学校に推薦入学した。そこで勉学に励んで好成績を収めたために、若くして司祭の地位を与えられ、更にはここ、ピールの教会の一つを任せられるようにまでなった。


「いや、それは……大した経歴ではないか」


 シルヴィアが感嘆している。

 俺には半分くらいしかわからなかったが、たぶん、マグダレーナの学歴は、かなりのものなのだろう。


「では、旅に出てみたいとは?」

「思いますよ? でも、今は……できません」

「それは、なぜかな」


 この質問に、彼女は初めて寂しげな笑みを浮かべた。


「この街には、救われないまま、苦しむ人々が大勢います。日々、暴力の犠牲になって、傷だらけになって、ここに運び込まれてくるんです。その方々を見捨てて、自分だけ旅立つわけには参りません」


 盗賊団の凶行のせいだ。

 彼女ほどの学歴、技能があれば。司祭をやめても、他所でも生きていける。それに結婚の適齢期も、日本と違って早めだ。もし旅に出てみたいのなら、実は今、この時期を逃せば、もう機会はない。遅くとも二十代半ばには結婚するのが普通なのだそうだから。


「でも、不満はありませんよ?」


 笑うのがライフワークなのかと思うくらいに、彼女は微笑を絶やさない。


「ここで多くの人々のお役に立てている……これは、幸せなことです。守護神サーク・シャーは、万人への愛を忘れないようにと、教えてくれています。私は日々の説教で、なにより愛こそ大切にするべきものなのだと、繰り返し述べてきました。苦しみはありますが、それを実践する機会をいただいているのですから」


 なんと立派な博愛主義者。

 殺人ボーナスのために正義の勇者を演じる俺とは大違いだ。


 その時、大きな物音が聞こえてきた。


 教会の正面出口のあたりからだ。

 乱暴に扉を蹴飛ばしたような、そんな音。


 反射的に、マグダレーナが立ち上がる。

 ただごとでないと察して、シルヴィアも、ついで俺も席を立った。


 すっかり暗くなった聖堂の内側。蹴破られた正面の出入り口から、月光が差しこむ。

 そこに、男の影が佇んでいた。


「あ、あなたは」

「ほう?」


 珍しく戸惑いの色を浮かべるマグダレーナに、男はねとつく声で応じた。


「なかなか準備がいいな。やっと護衛を雇い入れたのか」

「この方達は……護衛ではありません。友人としてお食事にお招きしたのです」


 この声色。

 敵意や我欲に染まっている。他人を攻撃することに慣れた、悪党のそれだ。


 男としてはやや長めの亜麻色の髪。

 体格は、やや大きめ。筋肉質だが、よく引き締まった体をしている。

 ラフに上着を着こなし、ヒゲの剃り方も中途半端だ。生活態度が透けて見える。

 だが、何より印象的なのは、その獰猛そうな目付きだ。


「ふうん、そりゃいいなぁ……俺も一度、ご馳走にあやかりたいもんだ」

「そういうことなら、いつでもいらしてください。神の愛への道は、万人に開かれているのですから」

「ハッ!」


 マグダレーナの言葉を鼻で笑うと、男は靴音を響かせながら、近付いてきた。

 その手を、彼女の顎先に添えると、彼は言った。


「俺が欲しいのは、そんなんじゃねぇんだよ」

「では、何をお望みでしょう」

「決まってんだろ? 女として愛してくれよ、女として」


 これは……

 殺したほうがいいクズか?

 俺はシルヴィアに目配せする。彼女も、戦闘に至る可能性を意識し始めているとみえて、油断なく気を張っている。


「私の立場はご存知かと思いますが」

「へー? じゃあ、自由な立場になってくれよ」

「申し訳ありませんが、できかねます。傷つき、苦しむ方々がおいでなのに、私だけ自由になるわけには参りません」

「ハッハァ!」


 いったん彼女から離れ、ポケットに手を突っ込みながら、男は楽しそうに言った。


「じゃ、俺が『やめてやる』っつったら、お前は俺のものになるのか?」

「それは……っ」

「安いもんだよなぁ? お前一人で、みんなが救われるんだ。本望だろ?」

「そんな、ですがっ、あなたが約束を守ってくれるという保証は」

「ああん? ……プッ! こいつはお笑いだ! ウケるぜ!」


 大袈裟に両手を広げながら、男はけたたましく笑い出した。


「神様の、サーク・シャーの下僕が、人を信じない……傑作だな? おい?」

「くっ……」

「いいぜぇ? 俺ァ、神様大好きだ! サーク・シャー万歳! ……これでいいか? いいよな? これでお前ぇは俺のもんだ。そうだろ?」


 そういいながら、そいつは左手でマグダレーナの肩を掴み、残った右手で遠慮なく彼女のやや控えめな胸に触れた。触れただけでなく、乱暴に揉みしだいてみせる。

 そんなに彼女が欲しいなら、誘拐するなり強姦するなりすればいいのでは? だが、さすがにそこまではできない。仮にも教会の司祭だ。それをしたら、サーク教会の本部も動き出すだろう。つくづく匙加減というものを弁えている。


「もったいねぇなぁ、いい女がよ、こんなクソつまんねぇところでカスどもの世話なんざぁ」

「訂正してください」


 今まで、されるがままだったマグダレーナだったが、ここで初めて彼に逆らう姿勢を見せた。


「街の皆さんは、どなたも立派な方々です」

「だから、ゴミカスだろ」

「いいえ」

「そんな言い方じゃわかんねぇ。カスなのか、カスじゃねぇのか、どっちかで言えよ」


 悪人らしい、いやらしい物言いだ。

 カスじゃない、という表現自体、彼女は忌避している。汚い言葉を口にできない司祭としての義務に縛られているからだ。


「シルヴィア」


 もういいだろう。

 マグダレーナは抵抗できない。屈服はしないにせよ、実力でこいつを排除するという決断を下せない立場だ。

 だったら、こっちで勝手に始末すればいい。

 とりあえずは傷を負わせてでも捕縛……で、本当のクズだと確認でき次第、俺がトドメを刺す。で、ついでにキル数プラスワン。


 異論はないようで、シルヴィアも無言で剣を抜き放った。

 やる気なのはいいけど、俺が『殺せ』っていう前に殺すなよ? それだと儲けがゼロだ。


「へー? やんのかよ? 見た限り、そこそこできそうではあるな」

「その薄汚い手を離せ」

「もったいねぇなぁ? よく見りゃてめぇもなかなか悪くねぇ女なのによぉ? どうだ? 二人して俺のお妾さんになるってぇのは」


 随分な余裕だな。

 だが、騎士団の元副団長だったシルヴィアを前に丸腰のままとは、油断が過ぎるんじゃないのか?


「シルヴィア、殺さなければ何をしてもいい」


 トドメは俺が刺すから。

 そっちのがポイントが高いしな。


「もとよりそのつもりだ」

「ハッハァ!」


 またまた男は大笑いしだした。


「おっもしれぇな、お前ら」


 笑いを収めるのに一苦労しているらしい。


「そっちの男、お前、女二人に全部押し付けて、情けなくねぇのかよ? やるならお前が出てきたらどうだ?」

「黙れ! 貴様の相手など、私で十分だ」

「ハッ! やりたきゃやれよ? なあ、おい」

「そうさせてもらおう」

「お待ちください」


 渋い顔をしたマグダレーナが、苦しそうに言う。


「サーク・シャーの教会内で、争いごとは」

「そんなことを言っている場合ではない! 秩序を乱すバカ者は、成敗して然るべきだ」

「おーおー、おっかねぇなぁ」


 既にシルヴィアが剣を抜いて構えているのに、男の余裕はまるで変わらなかった。

 悪いが、マグダレーナがなんと言おうと、こっちは勝手に奴を拘束する。難しく考えなくても、こいつは悪人に違いない。殺してしまっても、さほどの問題にはならないだろうから。


「いいぜ? 俺ァ抵抗しねぇからよ? バッサリやってくれよ」


 ん?

 ということは……合理的に考えて、こいつの背景には、自分の腕力以外の安全保障がある?


「ただなぁ……俺の子分どもがブチ切れて、何しでかすかわかんねぇ」

「なんだと」

「いやぁ、俺達ァ、普段、この街を守ってるんだけどよ、大好きなんだぜ? このピールって街がな……あいつらバカだから、いきなり俺が死んだら、トチ狂って暴れだすんじゃねぇかって、心配でならねぇんだ」


 読めてきた。

 そういうことか。


「お前だな?」


 俺は、男に確認する。


「お前が、リック・コポルだな?」

「へぇ……こいつは驚きだ」


 俺を見下ろしながら、そいつは言った。


「この街で、まだ俺様の顔を知らない野郎がいるなんてな」

「賞金首が、こんなに堂々と出歩いていていいのか」

「ここは優しい街だからなァ」


 出入り口付近を歩き回るのをやめ、リックは扉の横の壁にもたれて、こちらに振り返る。


「俺ァ、この街を守ってやってるんだぜ」

「タカってるの間違いだろう?」

「どこでも同じだろ? 庶民を守るのは、自警団や冒険者、傭兵だ。けど、俺らも仕事だからよ、おゼゼをもらわなきゃ、オマンマ食えねぇんだ。で、まぁ、そんな当たり前のこともわかってねぇ奴らがいるから、ちょっと教育してやっただけさ」


 ヤクザそのものの発想だな。


「それに、俺は赦免状を持ってるんだぜ? つまり、ちゃんとするべき支払いをしない奴らから、自分で取り立てていいって、お上がおっしゃってるんだ。なんにも悪いことはしてねぇぜ?」


 シルヴィアが、嫌悪の情を隠し切れずに吐き捨てる。


「世も末だな。貴様のような悪党が、大手を振って街を歩いているとは」

「おいおい、よせよ」


 壁から起き上がって、また近付いてくる。


「俺なんか、まだまだ悪党っていわれるにゃ、ほど遠い……むしろ、これから悪党になるんだ」


 ……なに?


「今日のところはこれで帰るけどよ」


 またマグダレーナの顎に手を添えて、奴は下卑た笑みを浮かべる。


「……あんまり長くは待てねぇぜ?」


 手を離すと、リックは気持ちの悪い笑いを残して、去っていった。

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