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ナール王物語 ~最強チートの合理的殺戮~  作者: 越智 翔
第二章「マグダレーナ」
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第十五話

 海が見下ろせる丘の上。

 微妙に涼しさを感じさせる風に吹かれながら、俺達は港に到着した船を見下ろしていた。

 なにやら、やたらと大きなコンテナが、陸に揚げられている。黒塗りの大きな箱だ。あれはいったい、何を入れているんだろう?


「いい天気だなぁ」


 そう呟いてみるも、シルヴィアの表情は硬く強張ったまま。


「あ、の?」


 まずいな。

 魔法の効果はもう切れている。こうやって不満が溜まっていくと、いつかは……。

 この前の戦いで、自分の戦闘力がいかに惨めなものか、思い知らされたからな。ここでシルヴィアに去られてしまうと、かなり行き詰まることになる。


「もう、ダメだ」

「えっ」


 低い声で不吉な言葉を漏らす彼女。

 なにそれ怖い。


「迂闊に戦うと、ああいうことになる。追っ手がかかる前に死にかねん。そんな腕で剣を持つなんて、もう」


 困った。

 どうしよう。

 まずは宥めないと……。


 だが、肩に手を置くと、振り払われてしまった。


「今、私は真面目な話をしている」


 うっ。

 確かに。

 でも、どうしろっていうんだ。


 何が「すぐには問題にならない」だ、あの悪魔め。

 逃げた先の最初の街で、もうこんなことになっているのに。

 俺の女あしらいが下手すぎただけかもしれないが。


 落ち着け。

 こういう時こそ、合理的思考の出番じゃないか。


「じゃあ、今後とも、俺はずーっとシルヴィアに守られて生きていけ、と?」

「私は守る。そう決めた。決めた以上、絶対にそうする」

「守るほうはそれでよくても、守られるほうは?」

「なに?」

「誰かに頼らなければ生きていけない。そんな情けない人間になれと?」


 この問いかけに、彼女は口篭もる。


 それでいい、とは言えないだろう。なにしろ、彼女は貴族の娘でありながら、わざわざ騎士になった人間だ。

 他の令嬢達のように、当たり前にきれいな服を着て、化粧をして、貴族の嫡男とお付き合いをして……こういった人生を拒否して、自力で生きていこうと。そう志して、あえて困難な道を選んできたのだ。きれいなお人形さんでいるより、泥に塗れた生身の人間になりたい。それがかつての彼女の願いだったはず。


 それが今、俺が自分の力で生きたいんだと、そう主張した時、頭ごなしに否定することができるだろうか? 否、だ。


「私は……」


 苦い表情を浮かべ、彼女は言葉を捜す。


「では、私は」


 急に声のトーンが暗くなる。

 力なく、彼女は言った。


「私は、役立たずなのか?」

「え?」

「何もかもを捨ててここまできた。なのに、大事な人一人、守りきれない」

「そんなことはない」

「ナロに死なれたら」


 突然、ひしっとしがみついてきた。


「怖い」

「シルヴィア」

「自分が死ぬのは怖くない。でも、ナロが先に……そんなの」


 なるほど。すぐには問題にならない、か。

 でも、じわじわとは問題になる。


 彼女はいまだに俺にお熱だ。

 しかし、意味合いは変わってきている。

 得た喜びから、失う恐怖へと。感情が揺り動かされつつある。


「大丈夫。俺は勇者だ。なんとなくでも、自分がどうすれば覚醒するのか、わかっている」

「えっ?」


 全部は説明できない。

 遠まわしに、なるべくきれいな言葉で説明する必要がある。


「そのためには……人が人を傷つけるような、困難の中にいなければいけないみたいなんだ。だから」

「それは、確か、なの?」

「たぶん。その証拠に……ほら、王都で殺されそうになった時だって、首を飛ばされても、なぜか死ななかった。高いところから落ちても。だから、そういう力なんだよ」


 本当は、もう一度あんなところから落ちたなら、今度こそ死ぬのだが。

 こうでも言っておかないと、シルヴィアが落ち着いてくれない。

 俺は彼女の背中をさすりながら、なんとか安心させようとしていた。


「ま、軽い怪我なら、また教会にでも行って、治してもらえばいいんだし。どうってことないよ」


 が、この一言が、地雷だった。


「……ナロ」


 地獄の底から響いてくるような、低い低い声が、俺の両腕の間から聞こえてくる。


「な、なにかな」

「まさかとは思うけど」

「う、うん」

「あの、美人の女司祭に……」


 ひえっ。


「わー、な、ない! それはない! 考えすぎ!」

「……本当に?」

「だって、ああいう人は、誰にでも優しいし! だいたい聖職者でしょ? こっちの宗教はよく知らないけど、そんなの、口説けるの?」


 そう言われて、シルヴィアは若干、正気に戻った。


「サーク教の司祭は、確かに、在職中である場合、恋愛も結婚もできないな。公的な立場にある以上、神の前ではあらゆる人に対して、常に平等に愛を注がなければいけない」

「でしょ? だったら、最初からあり得ない話だから……」

「だが、職を辞せば、つまりあの教会の管理者としての立場を返上すれば、自由になる」

「へえっ?」

「もし、ナロと結ばれるために、教会を去れば……」

「ない! ないから! それは!」


 恋は盲目、か。

 自分にとって魅力的な男は、他のすべての女にとってもそうだと考える。


 しかし、これは面倒になってきたな。

 ガチャのレア効果で彼女になったはいいが、これによってシルヴィアは、自分を自分たらしめていたものを、ほぼすべて失った。騎士団にいたことも、彼女の重要なアイデンティティの一部だったはず。貴族の娘だったことも、そうだ。

 それらがすべて失われた。今の彼女には、俺しかない。だからこそ、こうやってついてくるわけだが、ということは彼女の自己評価、自尊心の根拠は、俺次第だ。


 これは不健全だ。

 自立した思考ができない女になっていく可能性がある。別の言葉で言うと「重い女」だ。

 そうなる前に手を打たなければ……どうすればいい?


 合理的に考えると……自分で自分の存在意義を見つけさせる。つまり、別の何かに関心を持ってもらう。

 それはそれでいいのだが、俺の役に立ってくれなくなっても困る。

 ということは、結論はこれだ。


『俺が勇者として、世の中のために役立とうとする。シルヴィアはそのサポートのためにも必要だ』


 これであれば、彼女は俺の傍にもいられるし、一方で自分の存在価値を見失うこともない。俺の横で剣を振れば、救われる人間も出てくる。その人達の感謝の言葉で、自分はやはり騎士なのだと自覚する。

 で、やることはといえば、やっぱり悪者退治だ。悪人を殺す。これでウィンウィンの関係だ。やがて俺は、本物の勇者になる。


 よし、この線でいこう。


「いい? シルヴィア」

「え、う、はい」


 顔を近づけて、囁く。


「俺だって、役に立ちたいんだ」

「ん……」

「せっかくこの世界に来て。勇者としての力もあるはずで。だったら、何かしなきゃ、おかしいじゃないか」

「はい」


 よしよし、いいぞ。


「シルヴィアだって、騎士の立場も、貴族の身分も、全部捨ててきたのかもしれない。だけど俺は、元の世界から呼びつけられたんだ。戻る手段だってわからない。だけど、自分なりに前を向こうとしてる。わかって欲しいんだ」


 彼女はそれで、はっと息を飲む。

 ……さぞ大事なものを奪われたのに違いない。家族や友人、向こう側での学業や仕事。夢。なのに、押し付けられた運命の中でも、あえて頑張りたいというその態度。英雄的だ。


 本当は、帰りたくもない家と、つまんない学校生活があっただけなんだけど、まあそれはさておき。実はいっぱい人を殺して、ボーナスを受け取らないと、天野達に追いつかれたら死ぬからなんだけど、まあそれはともかく。


「もしできれば、俺を助けて欲しい。それだけじゃなくて、シルヴィア自身、前を向いて欲しいんだ。俺だけを見てくれるのは嬉しいけど、俺は前を向いていきたい。だから、一緒に歩いて、手を貸して欲しいんだ」


 口先一つで、よくもまぁ、こんなにペラペラと。

 俺、完全にアレだな。夢を語るヒモっていうか。


 だが、この演説に、彼女はいたく感動したらしい。


「わかった!」


 目に涙が溜まりかけている。だが、流したりはしない。ぐっと食いしばっている。


「私、頑張る! 頑張ります!」


 ものすごく清々しく、力強く、彼女はそう言い切った。


 それからの俺達は、とてもいい感じだった。笑顔で寄り添いながら丘を下り、波止場でカモメ達を眺め、最後に市場を見て歩きながら、いつも同じ店で食べてたら飽きるね、なんて雑談をして。

 そこでバッタリと顔を合わせてしまった。


「あっ、こんにちは!」


 両手に紙袋を抱えて、前が見えなくなりつつある状態の、マグダレーナに。


「あ、どうも」

「仲がよろしいんですね! わ、ちょ、ちょっと」


 どうやら、ややドジっ娘の素質があるらしい。いつかの時のように、また持っているものを落としそうになった。


「おっと」


 駆け寄って、崩れ落ちかけていた紙袋を掴む。


「ああ、助かりました」

「これ、なんです?」


 紙袋の中には、果物や野菜がぎっしり入っていた。


「今夜の夕食の材料ですよ」

「ご自分でいつも?」

「ええ! これでも料理には自信があるんです」


 それは意外だ。自分で自分の指とか、切ったりしないんだろうか。

 しないんだろうな。集中している間は、割としっかりしていそうだし。


 教会の中では割合、物静かだった彼女だが、こうして市場に出てくると、また違った顔をしていた。

 もっと明るくて、社交的な感じがする。どちらにせよ、毒気のない気持ちよさは変わらないのだが。


「そうだ、よろしかったらお二人とも、教会までいらっしゃいませんか? 私がご馳走しますよ!」

「え、いいんですか?」

「はい! 一人で食べるより、大勢で食卓を囲んだほうが、楽しいじゃないですか」

「じゃあ、是非」

「わあ! じゃあ、腕によりをかけて作りますね!」


 子供のようにはしゃぐ彼女は、前に立って元気よく歩き出した。

 それについていこうとして、ふと、腕に輪っかがかけられているかのような感じを覚えた。

 振り返ると、笑顔のまま、硬直しているシルヴィアがいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 想像してたよりも『それらしい』感じになっててビックリです。 昔なろう小説を漁りまくっていた時期があるんですが、その時のデジャブを感じます。難しく考えずにサクサク楽しめるライトな小説ですね。…
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