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ナール王物語 ~最強チートの合理的殺戮~  作者: 越智 翔
第二章「マグダレーナ」
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第十一話

「本当にいいのか、ナロ殿」

「いいかどうかじゃない、そうするしかないんだ」


 俺達は今、ピールの街の美術商を訪ねている。目的はもちろん、黄金の馬を売り捌くためだ。

 こういう交渉事は、俺にはよくわからない。一応、上流階級出身のシルヴィアに相場を見繕ってもらって、この場に臨んでいるのだが、それでもかなり買い叩かれることは、まず避けられないだろう。

 それでも、あえて今、ここで換金してしまう必要があった。


 品物を奥の金庫に運び込んだ商人が、やっと戻ってきた。ダンディなヒゲに茶色のチュニックが似合う、ちょっとイカしたミドルだ。しかし、目付きがどうにも卑屈そうに感じられる。


「シルヴィア様……事情はすべて承りましたので、この件、決して口外致しません。ご安心を」

「助かる」


 シナリオは、俺が考えた。


 シルヴィアの実家は本物の貴族だ。そこに、実は貧窮しているという嘘のストーリーをくっつけた。

 さて、お金に困った貴族はどうするか? 商売の才覚があればともかく、普通は切り売りだ。その場合、収入源となる土地や建物は後回しにされる。逆に、実用性の低い品物は、優先的に売り払う。装飾品の類がそれにあたるが、特に人前に出していないような品物が、まず処分される。この、黄金の馬みたいに嵩張る物品なんかが、その最たるものだ。

 但し、貴族とは富だけを持つものではない。名誉もまた、彼らにとっての重要な財産だ。ということで、こういう切り売りは外聞が悪い。普通は秘密裡に処理するべき案件だ。

 そこでシルヴィアは、一族の命により、こっそり家財の処分にやってきた。エキスタレア国内では、足がつく可能性がある。実家の恥を曝さないためには、やはり外国の美術商がいい……。


 幸い、彼女は実家の印章を持ってきていた。これは身分の証明になるものだ。おかげで商人も、俺達の話を事実と受け止めた。こういう筋書きにおいては、彼女が町娘のような格好をして、使用人、つまり俺と夫婦のフリをするのも、おかしくはない。


「では、こちらが代金となりますが、なにぶんにも品物が品物ですので……しかし、よろしいのですか?」

「問題ない。要は目立たないようにしたいのだからな」

「これは失礼を……いや、余計なことでございましたな」


 黄金の馬は、そのほとんどが純度の高い金塊でできている。だからこれをそのまま換金しても、ほぼ同じか、それ以上の重さの金貨になって戻ってくるだけだ。それでは、あまり重量の軽減に繋がらない。

 だから、一部は流通性の高い金貨で受け取るが、残りは目方の軽い宝石にしてもらったのだ。


 そのデメリットは、決して小さくはない。

 美術品の引き取り、それもこういう形でとなると、ただでさえ、かなりの割引を覚悟しなければならない。その上、こちらが彼から宝石を買い取っているようなものなのだ。これらの宝石を処分する際には、また七掛けくらいの金額に割り引かれてしまう。


 だが、そうまでしてでも、この品物は、ここで手放さなければならない。

 ここでならまだ、シルヴィアの実家の名前が通用する。目立つ場所でなく、こっそり売り払うことができるのだ。これが遠い外国に出てからだと、なかなかそうはいかない。どうして一般人がこんな高級品を持っているんだ、と逆に勘繰られることになる。

 もう一つ。こちらのほうがより差し迫った問題なのだが……俺達は逃亡者だ。今は追っ手がかかっていないにせよ、エキスタレア王家が俺の生存に気付いた時点で、或いはその可能性を確認しようと彼らが考えただけで、俺達は逃げ出さなければいけなくなる。急を要する状況では、嵩張る品は捨てていくしかない。


 だから、黄金の馬など、後生大事に抱えていても仕方がない。もっと高く売れたのに、などと惜しむのは、まったくもって合理的ではないのだ。


「では、こちら、金貨一万枚と、他に金貨四万枚相当の宝石類をお引渡し致します。今後とも、何かありましたら、私どもの商会にお声掛けください」

「世話になったな。無論、覚えておこうとも。だが、この件はくれぐれも……」

「それはもう、ご安心ください。この仕事は信用が何より大事でございますから」


 この場では使用人の役目を演じる俺が、背負い袋に金貨と宝石を詰め込む。かなりの重さだ。立ち上がれないのをみて、シルヴィアは、中から宝石を取り出し、自分の手荷物に入れる。それでなんとか、俺も起き上がって歩けるようになった。とはいえ、この重さ。俺の体重よりあるんじゃないか。


「お気をつけくださいまし」

「うむ」


 やり取りはそれだけで、俺達は宿に向かう。


「ふいーっ」


 重たい金貨の袋を、なんとか部屋に下ろすと、俺はベッドの上に大の字になった。


「ふうむ、ナロ殿は、少し鍛え方が足りないな」

「そりゃあね、俺がいた世界には、金属の鎧なんか、なかったし」


 シルヴィアだったら、なんてことないのかもしれないが。それでも、甲冑は一応体に合わせて作られているのだし、やはり荷物を背負うよりはマシだと思うのだが。


「まあ、身分が問題になる局面でなければ、今後は私が」

「いや、俺も慣れていかなきゃだし、それになにより」


 ベッドから跳ね起きて、俺は彼女に説明する。


「働かなきゃね」

「ふむ?」


 俺の意図を図りかねて、シルヴィアは眉を寄せる。

 なにせ手元には、合計金貨五万枚相当の資産があるのだ。この世界、だいたい普通の家庭が一ヶ月暮らすのに、金貨二十枚ほどが必要だ。年間で三百枚程度。ということは、贅沢さえしなければ、俺とシルヴィアは、一生働かずに生きていける。

 それにそもそも、彼女は貴族の娘で、これまで生活のために働くという発想がなかった。今まで騎士団で仕事をしていたじゃないか、と思うかもしれないが、あれは収入を目的としたものではない。


「今のところ、俺はシルヴィアに頼りっぱなしだ。出会ってから、ずっと助けられてばかりで、役に立ててない」

「そ、そんなこと! 今日だって、知恵を出してくれたし、黄金の馬だって、ナロ殿の所有物ではないか! だいたい、役に立って欲しいなどとは」

「わかる。わかるよ。でも、足手纏いにはなりたくない。いや、今はそうなっても仕方ないけど、ずっとっていうのは、ね」


 キレイごとを口にしているが、本音は別のところにある。


「でも、俺達にできる仕事なんて、限られてる……シルヴィアも、剣術しか知らない。俺に至っては、この世界のことをほとんど何も知らない。だから、冒険者になるしかないと思うんだ」

「なっ……そ、そんな!」


 この世界に、いわゆる冒険者といわれる職種があるというのは、この街に来てから知ったことだ。


 冒険者。

 荒事をたつきの道とする連中。

 武器を片手に、厄介ごとを引き受けて、謝礼を受け取る。


 正業についている人々からすれば、毛嫌いするものの、必要でもある存在だ。

 毛嫌いするのは、彼らが乱暴で、しばしば犯罪者側に堕ちることがあるためだ。それに彼らの生活は、自由業であるだけに、だらしないものになりがちだ。武装している連中が、昼間から酒を飲んでは暴れるのだ。これでは、嫌がられるのも無理はない。

 必要というのは、この世界の治安がそこまでよくないためだ。国王とか貴族が支配するこの社会、街の警備員の仕事は、住民を守ることではない。最優先なのは貴族達の安全なのだ。だから、貧しければ貧しいほど、治安の外側に置かれてしまう。それゆえに、いくばくかの財産を持っているのであれば、何らかの形で用心棒に金を遣わざるを得ない。


「いかん、いかんぞ、ナロ殿!」

「どうして?」

「理由など、いくらでもある! まず、あんなものは、まともな人間がやるような仕事ではない。それだけでも十分だが……連中の生活態度に染まるのも、好ましくない。あんな昼間から酒を飲んでばかりの連中と、一緒に暮らしたいのか」

「俺は、強くなりたいだけだよ。仕事が終わったら、変な付き合いはしないで、まっすぐ帰ってシルヴィアと一緒に過ごすつもりだ」


 役に立ちたい。そのために強くなりたい。

 正論過ぎる意見に、彼女は足踏みする。

 だが、こらえきれなくなって、ついに本当の理由を口にする。


「それでも駄目だ! 武器を持つのだぞ! 危険なのだ!」

「わかってるよ」

「わかっていない! 実戦とは恐ろしいものだ。実際、殺されかけたではないか」

「大丈夫、とは言い切れないけど……シルヴィアも見たよね? 俺には勇者の力がある。いつでもどこでも使えるわけじゃないけど」

「それは、そう、だが……」


 天野に真っ二つにされたのに、いきなり復活したからな。

 あれと同じことができるなら、確かに盗賊どもの剣なんか、まったく怖くない。

 もっとも、不死身になる能力はもう、使い切ってしまった。だから、彼女のいう危険は、妄想ではない。


「た、戦う必要があるのなら! 私が剣を取ればいい!」

「もちろん、シルヴィアにも助けてほしい。でも、俺も強くならなきゃ」


 助けてほしい。

 そう、そこだ。


 本当の本音は……

 俺の命令によって、彼女に殺人をさせるところにある。


 殺せば殺すほど、俺の力は増す。次のキル数ボーナスを受け取るためには、まだ何人も殺らなきゃいけない。

 とはいえ、俺も普通の人間だ。何の罪も犯していない一般人を、バッサバッサ殺しまくる度胸はない。第一、それを見たら、シルヴィアが命懸けで止めにくるだろう。


 だから、犯罪者を狙う。それも、できれば凶悪犯を、だ。

 俺が倒せなくてもいい。前もって俺が、シルヴィアに伝えておけば。戦いとなったら手加減はできないから、殺すつもりでいこう、と。それでポイントが稼げれば、俺は労せずして強くなれる。まったくもって合理的な計画だ。


「シルヴィア」


 不安そうな彼女に、俺は努めて明るい声で語りかける。


「きっと大丈夫だよ」


 そんなにたくさん殺さなくても。

 少しの成果で、俺は爆発的にボーナスを受け取れる。そこから先は、自力でキル数を稼げるようになるだろう。


 ……ただ、彼女にあんまり不安や不満を抱かせるのは、よくない、か。

 とりあえずは、わかりやすい形で、いつも安心させるのがよさそうだ。それなら、手っ取り早い方法がある。それにこれは今のところ、俺自身にとっても、この上なく楽しい仕事だ。


「それより……こっちおいで」


 そう呼びかけられると、一瞬、顔に恥じらいの表情を浮かべ、それから子犬のように駆け寄ってきた。俺の脇に身を投げると、無防備にその体をさらす。もちろん俺は、その上に圧し掛かった。

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