第一話
試験的に投稿してみます。
面白い、続きを読みたい、という声がたくさん集まったら、第二章以降も書きます。
普段、私の代表作を読んでいる人からすると、違和感がありまくりかもしれません。
これはこれ、あれはあれということで、まったく別の方針で作品を書いているとご理解ください。
美しい月夜だ。
東京では考えられない、澄み切った星空。そこに青みがかった雲がかかる。
俺は、手でぬるま湯をかき回しつつ、ふうと息をつく。
壮麗な宮殿の奥、その広大な敷地の一角に、この露天風呂付きの庭園がある。わざわざ遠くから温泉を引いて作らせたものだ。目測だが、面積なら学校のプールの半分くらいはある。なお、これは俺一人のための浴槽だが、もちろん、自分だけで入っているわけではない。
いちいち目を向けてやったりはしないが、左右には、選び抜かれた美女達が、半裸で寄り添っている。左右というか、視線を地上に向ければ目の前にもいるし、後ろにもいるはずだ。そいつらは全員、いつでも俺の無言の要求に応えられるよう、待ち構えている。ま、それが彼女らの望みに違いないのだし、俺としても都合がいいから、好きにさせておくのが合理的だと思う。
一年、か。
俺がこの異世界『エタール』の勇者王・ナールになってから。
俺は目を閉じ、過去を思い返す……。
………………………………
……………………
…………
雨の日だった。
バスはしょっちゅう急停車を繰り返した。その日の俺は、顔には出さないが、とにかく苛立っていた。理由はこれといってない。強いて言えば、周囲の状況だろうか。あまりに非合理が過ぎるからだ。
高校生活も後半戦に入り、いろいろと身辺が騒がしくなってきていた。やれ受験だの、高校生活の思い出作りに文化祭だのと。くだらない。
受験勉強なんか、実社会の仕事にどれだけ役立つ? まったくもって合理的な意義が見出せない。
まあ、それはまだいい。学歴のほうは、まったく無意味というわけでもないのだろうから。だが、文化祭なんて。思い出作り? バカじゃないのか。この先進学したら、全国のあちこちにバラけるんだぞ? で、顔を合わせる機会があるとしても、数年に一度の同窓会だけ。そんな連中と今、熱くなってどうするんだ。
ああ、イライラする。面倒なことばかり。何もかもがどうでもいいのに、その何もかもが、俺の足を引っ張る。
こういう状況では、意識したくもないものが、どうしても目に飛び込んでくる。
当時の俺の成績は、よくもなければ、悪くもない並程度。容姿もまぁ、人並みで、目立つタイプではない。帰宅部で、日々、これといった楽しみもない。ついでに、家に帰ると、ろくでもない両親が待っている。ろくに稼げもしないのに飲んだくれて、競馬にハマり続けているダメ親父と、昼間に出かけていっては不倫を繰り返すクソババァだ。そいつらが、俺の顔を見ると、声を揃えてこう言う。
「勉強しろ」
「いい大学に行って、いい会社に入りなさい」
テメェのツラ見てから言えよ。人事だと思いやがって。
で、そうなると、同じバスの中にいるリア充どもが、目障りでならない。
俺とは対照的な連中が、同じ路線バスで同じ高校に通っている。ついでにいうと、同級生でもある。くそったれ。
まず、ここから三つ前の座席にいるのが、天野英雄。生徒会長で、去年から剣道部の主将を務めてもいる。それも当然か。中学生になってからずっと無敗で、だから高校の全国大会も連覇している。非公式の試合でだが、全日本剣道選手権大会の優勝者、つまり日本最強の剣士にすら勝ったという。また、その異常なまでの運動能力ゆえに、他の部活の助っ人にも駆り出され、特に個人技ではいつも勝利を掴み取ってくる。もちろん成績も優秀で、今すぐ東大を受けても合格は確実といえるレベルだ。しかもイケメンときた。
その隣にいるのが、藤成優。これまた絵に描いたような優等生で、しかもとびっきりの美少女。生徒会の副会長だ。整った顔立ちに、優しげな表情。サラサラのセミロングに心をやられた男は数多いだろう。だが、それも無駄なこと。このバスにいるのは、天野と一緒に、文化祭の準備について話し合うためなのだとか。だが、それなら学校で済ませればいいわけで……。
通路を挟んで、一人用の座席に座っているのが、星井美奈。一転して、なんとなくギャルっぽい感じの女の子だ。髪の毛も微妙に茶色いし、カールしている。ついでに制服のスカートも短い。成績のよしあしその他は知らないが、こいつはこいつで、俺と違い、今を楽しんでいる。友人関係も手広いし、彼氏も途切れたことがないらしい。
そのすぐ前に座っているのが、比嘉剛。ガタイのいい筋肉モリモリ男だ。オールバックにまとめられた髪の毛の下、その顔つきには獰猛さが滲んでいる。空手部では最強で、全国でもいいところまでいったらしいが、暴行事件を起こして退部となったのだとか。実際、俺も一度だけ小突かれたことがある。だが、この辺のチンピラどもからすれば、ヒーロー同然だ。たまにこいつの舎弟どもが校門近くに集まっていたりする。
……早く家に着かないものか。
いや、帰ったら帰ったで鬱陶しい。しかも、このうざったさに終わりはない。
合理的な対処ができない状況というのは、本当に腹立たしい。まったく、どうすれば……
いきなりだった。
ガクンと車体が揺れた。さっきまでのとは比較にならない衝撃が、バスに叩きつけられる。
なんだ!?
と思う間もなく、視界は暗転した。
気がつくと、そこは大広間だった。
遥か頭上に石のアーチがかかっていて、足元の床は、自分の顔が映るくらいに磨き上げられていた。そして、紫色に光る魔法陣が描かれている。
周囲にいたのは、俺と、さっきのバスの中の四人の同級生……そして。
円の外側に、数人の人影が見えた。
ローブを着込んだ数人の男達。その中に一人、黄緑色のドレスを身につけた美少女。その亜麻色のロングヘアは、大袈裟な銀のティアラに飾られている。
「ようこそ、おいでくださいました、勇者の皆様」
呆然とする俺達に、彼女は一礼した。
「私は、このエキスタレア王国の王・ヒオナットが一女、トゥラーティアです。わけあって、皆様をこちらの世界、エタールにお招きしました」
別室に通され、立派なソファの上に座らされ、茶菓子を出されつつ聞いた話は、まったく非論理的かつ非合理的で、とても信じられるようなものではなかった。
この世界……エタールは、俺達のいた地球とは異なる次元に存在する場所なのだとか。魔法が実在し、俺達も、古代の秘宝の力によって召喚されたのだという。なお、俺達を元の世界に還す方法は、知る限りではないのだそうだ。
非人道的でもあるのだが、もちろん、そんな真似を仕出かしたのには理由がある。魔王の存在だ。聞いた限りでは、まだ出現は確認されていないのだが、近々姿を現し、地上に大きな被害をもたらすのは確実だという。しかし現状では、世界中の国々はまだ、自分達の目先の利益にしか興味がなく、互いに争っている状況で、一致団結など、到底覚束ない。
そして、こうやって召喚された俺達には、特別な力が備わっている。そのおかげで、こうして言葉も自動翻訳されているが、他にも大きな力が付与されている。それがどんなものかは、まだハッキリしない……が、とにかくその力を世界平和のために役立てて欲しい、ということらしい。
思えば、随分勝手な話だ。
こっちの都合なんか、まったく考えてない。
だが、当時の俺は、非合理的なことに、状況に呑まれてしまって、何も言えずにいた。
「これが、国宝の一つ、運命の水晶球です」
そういってトゥラーティアが取り出したのが、拳大の水晶だった。
「この水晶球に手をかざすと、その人が身に帯びている魔力が測れます」
実際に彼女が手先を近づけると、白いほのかな光が、ぼうと宿った。
「召喚勇者の皆様には、大きな力があるはず。それをまず、確認させていただきたいのです」
「わかった」
いち早く立ち直った天野が、素直に頷いて、手を伸ばす。
途端に水晶球は、眩く輝きだした。真っ白な光だ。
「こ、これは……これほどとは……!」
王女は、眩しさに目元を庇いつつも、興奮を抑えきれない。
「おわかりですか? この光の強さこそ、潜在的な魔力の強さなのです。王女たるこの私も、普通の人間に比べれば何倍もの力を有しているのですが、さすがは勇者の皆様、桁が違います」
なるほど。
天野は日本でも天才だったが、こちらの世界でもそうだというわけか。つくづく恵まれているやつだ。
「じゃ、じゃあ、次は私が」
そう言って藤成が手を伸ばす。
すると、さっきよりは若干弱めの光が室内を満たした。青白い、落ち着きのある輝きだ。それでも、王女とは比較にならない。
「これは……期待できますね」
「んー、あたしもぉ?」
星井が気だるげにそう漏らしながら、いかにも大儀そうに手を伸ばす。
すると、水晶球は黄色く光った。光の強さそのものは、さっきの藤成と同じくらいだ。
「素晴らしい……皆様、素晴らしいです、これなら」
「面倒っちいな」
気に食わない、といった様子で、比嘉は椅子の上にふんぞり返って、腕を組んでいる。
「あの、ヒガ様、ですね? よろしければ、お願いしたいのですが」
「なんで、んなマネしなきゃいけねぇんだよ、ああ?」
「そ、それは、ぜひとも皆様のお力でこの世界を救って」
「俺には関係ねぇだろが。勝手に呼びつけやがってよぉ」
今にして思えば、彼の言動こそ正論も正論、合理的な意見なのだが、天野はそこに割って入った。
「比嘉。言いたいことはわかるが、まずは最後まで、彼女の話を聞いてあげてもいいんじゃないのか」
「ああん?」
「彼女は俺達の力を確認したいと言っている。確認するだけなら問題ないだろう? お前の言い分ももっともだが、この世界の人達も、困っているからこんなことをしたんだ。話だけは聞いて、それからどうするかを考えればいいじゃないか」
チッ、と舌打ちして、比嘉は手を伸ばした。
途端に水晶球が赤く輝きだした。これまた光の量は先の二人と同じくらい。天野ほどではなかった。それでも、王女とは比べものにならない。
「やはり……ヒガ様も、大きな力をお持ちです。ぜひともそれを生かしていただければと」
「けっ」
残るは俺だけとなった。
「えっと……」
さっき自己紹介したのに、俺の名前だけは覚え切れなかったらしい。王女が口をモゴモゴさせている。
藤成が助け舟を出した。
「奈路君、あとは奈路君だけだから」
まったく。自分の影の薄さを自覚しているだけに、腹が立つ。
藤成にしたって、なんとかギリギリ苗字を覚えているだけだ。俺にだって、奈路智偉人という名前がちゃんとあるというのに。
しぶしぶ手を伸ばした。
その瞬間。
「うあっ!?」
誰もが目元を覆い、顔を伏せた。
室内が紫一色に染まった。物の形もわからなくなるほどの強烈な光が、何もかもを塗り潰した。
合理的に考えて、どうやらこの世界では、俺が最強らしい。