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聖樹の巫女


“その年の春は遅く長々と雪が溶けぬ日々が続き、木々の花芽の堅きに人々は口々に不安をささやいた。


そんな中、新しく巫女の地位を受け継ぐ儀式が行われ、数日前よりの暖かい日差しに誘われたか花もひとつ二つと咲きはじめ、人々は新しき巫女を「花咲く巫女」と讃え……”



「たまたまタイミングが良かっただけだと思うんだよなぁ……」


 ティーナイ向けの調べ物の最中、俺はついついそう呟いた。


「誰だって幸先が良くなると思ったら縁起の一つでも担ぎたくなるだろう?」


 ことも無げに答える先輩に、俺は溜息で応えてみせた。


「それにしてもこの文は一体いつごろの話なんでしょうね。場所や時代を特定できる文が見当たらなくて」

「人々の巫女に対する反応からして、皇帝が現れる前、遅くても戦国時代あたりじゃないかな」

「わかるもんなんですか?」

「時代によって扱いが変わってくるからなあ」



“最初に森中に広がるように部族が点在していた。


それらは聖樹の社への参拝こそはたまに行われていたものの、ひとつの種族として自らを思うものはいなかった。


だが後に破滅の獣が現れた日、住む場所を失った人々が頼ったのが、聖樹であった”



「それ以前は恐らくエルフ達に一つの国であるという意識もなかったんじゃないかな」

「それが破滅の獣による被害からの復興のために、聖樹を崇める者たちを中心にまとまるようになった、ということですか」

「それぞれの部族が大公国となって争うようになった戦国時代においても、一段高い存在として聖樹を祀る人々は崇められていたからな」

「それが変わるんですか?」

「いろいろあったんだよ」



“最初の聖樹が枯死し、自らの勢力の拡大を図る諸公は各自で別の聖樹の巫女を支持した。


元の聖樹の挿し木から育てた聖樹を祀るもの。

元の聖樹の実から育てた聖樹を祀るもの。

他の聖樹に最初の聖樹の力が宿ったと主張するもの。


元の聖樹の根から生えた若芽を祀るものに決まった時には、聖樹の巫女の権威は失墜していた”



「それぞれの巫女の後ろにそれぞれの大公国がついていて、『「誰が聖樹の巫女として認められるか」が、すべての国を支配するものを決める』と思われていた」

「なんかぞっとしない話ですね」

「国をあげて相手候補の悪評もう流しまくっていたらしいぞ。こんな劇まで作られた」


 見せられたセリフに俺はげんなりした。



“検事

「それでは巫女殿。

実をつけなければ花も咲かない、

花も根も樹皮も全く利用されない、

ただ森の真ん中に突っ立っているしかできないこの丸太ん棒が

故もなく世界に尊敬の念を強要しておったのですかな?」


喜劇「聖樹裁判」より”



「結局は、のちに帝国の皇帝となった大公が推す巫女が聖樹の巫女の地位を得ることになった。

皇帝が魔術を推奨することもあって、聖樹を崇める人々の一派はかなり勢力を弱めていった」

「後に帝国が魔法大国となった所以ですね」

「魔術の力で聖樹の代行もできると思った皇帝が現れた時代もあったらしい。こんなものを作っていたからな」



“「クワンスワイヤの大聖堂」

何度か移転した帝国首都のうち、クワンスワイヤに作られた聖樹を模した大聖堂。


第二拡大期に極北の石碑の魔法を主軸に置こうとしたため聖樹の守り手から離れることになった皇帝が、人心の安定のために建設した。


……木には見えない”



「……どう見ても木に見えませんけど」

「見えないよなぁ」

「この絵の描き手が下手なんですかね?」

「心配するな。どの絵でもこういう形だ」

「木じゃないでしょ、これ」


 一通り絵を腐した後、俺は先輩に気になることを尋ねた。


「この様子だと帝国末期には聖樹の巫女は時代遅れとしてかなり冷遇されていたんじゃないですか?」

「そうでもない。

帝紀250年あたりに関係修復がなされている」



“皇帝家が帝紀250年祭に聖樹の巫女を招いたことで、縁遠くなっていた聖樹の僧侶たちとの距離が近くなっている。


長い年月はお互いを変え、それゆえ物の見え方もかつてとは変わった。


今の国民の支持を支えに皇帝家は精霊とのつながりを考えなくてはならない”



「こうして皇帝家と聖樹の巫女との和睦はなされたというわけだ」

「だけどそれも帝国崩壊と共に姿を消し、今や歴史書の中に書き留められるだけということですね」

「いや、そーとも限らんぞー?」


 俺は一瞬先輩が何を言い出したかわからなかったが、いつやの天井裏の先生との話を思い出してわかった。


「あ、教会美術……」


 教会に飾られるステンドグラスには帝国時代の精霊美術が色濃く残っている。


「神の御使いの姿を通して聖樹を崇めているという訳だな」


 ステンドグラスの神の御使いのその手には、 聖なる木の枝が祝福と共に握られている……。



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