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天井裏の先生と


 眩しい。


 その場所の第一印象はそれだった。

半地下の穴蔵の中、貴重な古書に直射日光が当たらないように配慮された図書室とは真逆の場所。


 そこが天井裏の先生の読書室だった。


 図書室の先輩から「お前が訳した配布用の本について話があるらしいぞ」と言われ恐る恐る赴いたのが、その宿屋の天井裏の読書室だったのだ。


「この本の配布は差し止めたい」

「……何か翻訳に問題でもありましたか?」


 植物紙の本で棚が埋められた天井裏の部屋で、 恐る恐るたずねた俺の方を見る目つきでわかった。


 この人は、かなり目が悪くなっている。


「翻訳にはない。 内容に問題がある。配布用の本にはふさわしくない」


 そう言うと一種気の毒そうにも見える表情で先生は続けた。


「図書室での保管用ならいい。だが外に出すには不適当だ。

どうしても出すならこういう形もある」


 そう言って先生は一冊の本を提示した。



"@#$%&*☆¥※〒"


(これを訳したら教会にらまれる)



 少しの絶句の後、俺は気を取り直して言った。


「そこまで教会ににらまれるような内容でしょうか?

伝統的な教会美術にはエルフの精霊信仰美術に通じるモチーフが見られる、というだけの話ですが」

「マズい」


 一息に言い切った後ため息をつくと、あきらめたかのように先生は語りだした。


「とは言っても納得はできないだろうな。そう思って呼び出した。

読書の時間が削られるのは痛恨の極みだが仕方がない。


そもそもの発端は『 神民化運動』に始まる」



“「神民化運動」


 エルフ帝国崩壊後、グスタム大司教の書簡を 大義名分とした人間達による、亜人種族を自称する者たちを人間と同じにする強力な教化運動。

 書簡には『様々に多種族を名乗る者たちがいるが、皆、神の下等しく"ヒト"なのだから』とあった”


“帝国の悪行は数あるが、自分たちをエルフと呼び、他の者たちを共に違う種族のように扱ったのは罪だと思う。

無論我々は、鍛冶仕事や旅芸人の仕事しかさせられていなかったドワーフやグラスナンナーと呼ばれた者たちにも開拓地に土地を与え、まっとうな農夫の生活を与えた”



「本当にエルフが別種族だったのか、人間なのかは問題ではない。

ただ、そう信じていた人々の固有文化や技術は 塵芥とされ、大多数の人間たちの技術や文化に横並びにすることが人間のあるべき姿とされたのが神民化運動だったと言える」

「痛感してますよ」


 俺は口を挟んだ。


「様々な問題解決の糸口となるはずの知恵がそれによって捨てられた」

「だがそれが今回の問題に直接関係しているわけではない」


 先生はスッと手持ちの文章を指し示した。



“帝国末期、エルフの子供には商品価値があり、手段を問わず皆が手に入れたがり様々な事件を引き起こした。

 ところが大司教の書簡が有名になるとそれは単なる奇形の子と見なされ、教会などの孤児院にはあちらこちらから連れて来られたエルフの子が捨てられるようになった”



「当時、有力者の人間の中にはエルフの子は『少し珍しい物言う美しい獣扱い』だったと言われている。

大司教の書簡はその扱いをせめて人並みにしようと目したものだろうが、人間たちはそれを由来として彼らを奇形児として扱うことにした」


 淡々と続ける彼の言葉の中、静かに日が傾いていく。


「では孤児院に集うことになった彼らはその後どうなったか」


 先生は棚からいくつかの本を取り出し、必要な文の部分を広げて次々に並べていった。



“帝国崩壊後、教会にて民の堕落と悪についての説教が語られる記録が増えた”

“帝国崩壊時庶民が教育を受けることは難しく、教会の方針に影響を与えた学僧のほとんどが孤児院出身者だった”

“孤児院に預けられた奇形児は、生涯不犯を誓う聖職者にしかなるすべはなかった”



「ここに君が出そうとした本が入るとどうなるか……」

「彼らは……生き残っていた。教会の中で」

「しかも教会の方針を定める学僧として、だね」

「彼らは自分達を虐げた人間達の罪を言い立て、その造形によって自分達の精霊信仰を残そうとしていたと!?」

「わからん」


 一言で俺の言葉を切り捨てると、先生は疲れたのか指で目頭を揉み始めた。


「百年近くも前の話だ。実際どうだったかは誰にも判らない」

「それならなぜ自分の本が問題になるんですか!?」

「今の教会はその変えられた教会の教えの上に成り立つ教会だからだ」


 薄闇が部屋に降りてくる。

 相手の顔の陰影が濃くなっていく。


「もしも途中で変革が起きて別の形態になっていたらそうでもなかっただろう。

だが今の教会は彼らが形を整えたその上に成り立っている。その土台を崩そうとする者を彼らは許さないだろう。

……ここで目をつけられたのではなぜこの最果ての地にまでやってきたのかその意味がなくなる」

「ここにこの図書室があるのは、教会の目を避けるためですか……?」


 ……闇のように重い沈黙が部屋に広がる……。


 ふとその時、不意に後ろから燭台の明かりが差した。


「お父さーん!もー!部屋真っ暗じゃなーい!大丈夫ー!?」


 下から燭台を手にしたレナがそう言ってやってくると、机の上にその明かりを置いた。


「ご飯できてるよー。食べるのー?」

「そうかそうか。もうそんな時間か。

やれやれ、思ったより読めなかったな」


 呆然とする俺を残して二人は下に降りていった……が……。


 俺の気持ちを理解して欲しい。


 誰が! 誰の! 親!?

 レナの父親が天井裏の先生!?

 ということは、宿の女将さんの旦那が天井裏の先生!?

 あの二人が夫婦!?


 ……パニックにだってなるだろ?



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