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魔道具を前にして

「……なんかすっごく嫌な予感がしたんだよ。

だから仕事放り出してあちこちから薬や医療品かき集めて早く走れる足も用意して飛んできたっていうのにさあ……」


 その日の夜。

 久しぶりに最果ての宿屋に顔を見せた常連の吟遊詩人の愚痴を、俺は苦笑しながら聞いてやることしかできなかった。


「なんか変なのが居着いてるんだもんなぁ!」

「やあ御同業。できれば今後ともよろしく」


 爽やかに挨拶する古の吟遊詩人の末裔氏は、いきり立つ相手をなだめようというつもりか。なのに逆に相手の神経を逆撫でしている状態。

 そんな状況を背の高い新人に文句を言う背の低い先輩みたいだなぁと他人ごとのように眺めていると、誰かが俺の襟首をひょいと掴んだ。


「で、捕まえられた速い脚としては早いとこ商売を進めてえとこなんだがなあ」

「はははは……。天井裏の先生はもう眠ってるから明日に頼みたいんだけどなあ」


 突然最果ての地までの足として馬を走らされた獣人の商人は、不服そうではあったが先生を叩き起こそうとまではせず、その分商売相手を俺に見定めてきた。


「先生には明日、日の光の下ででも見せるさ。

だがその前に先生の目代りのあんたに見せときゃ、後で口添えしてもらえるかもしれんしな」

「さて、期待に添えるかな……」


 そう言ってかわそうとした俺は、獣人の商人が馬上でも持ち運べる大きさの小袋から取り出した代物に目を見開いた。


「……魔道……具?」

「そうとも。うちのじいさん連中が持ち帰ってきたのは本だけじゃなくてな」


 大きさとしては一抱えほど。細かい部品が付いているが何のからくりなのか、専門外の俺にはさっぱりわからない。


「故郷への帰り道に必要だからとわざわざ手に入れたものらしい。

なんでもその地方の先々の天気が分かるらしいがまったく動かん」

「……うちの学徒に魔道具が専門の人がいたかな……」


 図書室の存在を教えられない部外者の新入りを気にして小声でそうつぶやいた。

 だがそれも功を奏さず、 誰かに呼ばれたかのように古の一族の末裔氏はずかずか近づくと驚きの声をあげた。


「おや、魔道具だ」


 そしてひょいと持ち上げてひっくり返し、裏の小さな扉を開けて中に入ってきた小箱を出し入れした。


「ああこれ、『魔力の小箱』が切れてますよ」



“風火水土、自然の力をご家庭にお届け!

安心してお使いいただける魔力を小箱に詰めました!”

“今人気の魔力の小箱を大量生産により格安でご奉仕。寺院の祈祷フィルターを何重にも通し安全性は保証付き。

「破滅の獣」の障気の検出はなされておりません”



「魔力の小箱……?」

「この箱ですね。大体の魔道具の動力源です」


 意気揚々と説明するエルフの末裔をじっと見つめる俺の視線に気がついたのか、相手は苦笑して言った。


「エルフでも動力が生きてないものは使えません。しかも私はただの『取り替えっこ』なので」



“近年の魔法使いの質の低下は嘆かわしい。

魔力の小箱のせいか?

魔法使いというものを魔道具をつくる技術者か、魔力の小箱がなくても魔導具が使える者と勘違いしておるようだ。

この傾向が進むのならかつてのような研究成果は望めないと言わざるを得ない”



「それじゃなにか?」


 商魂逞しい獣人が何かを思いついたかのように目をぎらつかせた。


「その小箱をなんとか生き返らせりゃ誰にでも使える道具として売れるってことか?」

「理論的には」


 あっさりと新入り吟遊詩人は答えた。


「封印寺院は存在しているわけですから」



“各地に魔力を供給していた封印寺院の数は帝国が拡大するにつれ数を増し、その寺院に収められている破滅の獣の灰の量は全て合わせると優に小山を越えてしまう。

おそらくここから「帝国は力欲しさに獣の灰を増やした」という考えが生まれたのだろう”



「よし、いいことを聞いたぞ!

お前、元の帝国の土地には詳しいよな!?封印寺院とやらの遺跡で使えそうなところはどこだ!?」

「いたた」


 いきなり獣人商人に変な角度で頭を抱え込まれた常連の吟有詩人は抗議の声を上げた。


「むちゃくちゃ言いなさんな!あんた、あそこがどんなにヤバいところか知らずに言ってるだろう!?」

「寺院の場所なら私の方でもある程度知ってますが」

「あんたは黙ってろ、新参者ぉ!」


 わちゃわちゃと絡む連中を傍から見ていて、俺は一人、誰にも言えない考えを抱いていた。


 グラスランナーの可能性が高い吟遊詩人。


 自称獣人の商人。


 古のエルフの血を引いたと主張する取り換え子の吟遊詩人。


 それはきっと帝国末期にはあちらこちらで見ることができる光景だったに違いない。……まあ、ドワーフはいないわけなんだが。



魔道具のほとんどを作ったと言われているドワーフ。

彼らについて言及する言い回しは山ほどあるのに、実際の生活について記されているものは数えるほどしかない。

人づきあいが苦手な種族であることは様々な資料からわかるが、本当にそれだけなのだろうか。



「まあ最悪、動かなくても使えるようにはしてんだよ。

ほれ、ここを見てみな?」


 らちがあかないと判断したのか、商人は魔道具の一部を指して商品の売り込みに戻ることにしたようだ。


「この小窓の中の目盛りがここより下がると雨、上がると晴れになるってわけで」

「この目盛りとかは後付けだな。よくこんな細かい作業ができたな」

「俺んとこの地方じゃ腕のいい職人も多いぜ ? 大昔はあちこちに出稼ぎに行ってたらしいしな」


 ……大きな体。

 ヒゲもじゃ。

 加工技術。


 おや? 背の高さだけ変えたら獣人とドワーフはかなり似ているのか。


「おっさん、だいたいここに魔道具を売り込めると思う方が変だよ。まだ本の方が勝ち目あったんじゃないかな」


 呑気にそう言い出した小さい方の吟遊詩人の戯言を聞き逃せられる商人ではなく。


「お前を送り届けるために荷馬車ごと置いてきたんだろうが!盗まれてたらどうするんだ!?」

「旅をする時は手に抱えきれない荷物を持たないもんだよ~」

「……ここまでの特急料金、絶対せしめとってやるからな……」


 さて、新しい本を目にする日は来るのだろうか。



“グラスランナーの生態から鑑みるに、彼らは旅から旅の生涯を送るがゆえに自力で持ち運べる以上の持ち物を資産と認識できない節があると思われる。

彼らにとって定住者の持ち物は、自らがそうしてるのと同じく「他の者に持って行ってほしいのだろう」と判断される”



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