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ファルネイア図書館と学徒たち

“これをご覧の学徒様にお願いいたします。

どうぞこのしおりの中を見ることなく、元のページに挟んで元の本棚にお返し下さい。


ファルネイア公爵家メイドに伝わるおまじないで、願いを封じたしおりが中身を誰にも見られることなく本にはさまり続ければ、願いが叶うのです”



「あれ?なんだこれ」


 俺は資料の整理中に見つけた、本に挟まっていたものを眺めてつぶやいた。

 それは一見封筒のようだが、栞といえなくもない。それより何より。


「……ファルネイア公爵家?」

「おっ、懐かしいものが出てきたな」


 先輩は俺の手元を見てそう言った。


「資料の中にいろいろと挟まってるからな。写本とかしたときにメモを挟んだりしていたんだよ。

そのしおりもそろそろ時効だろうし、中身見たかったら見てもいいんじゃないかな」

「いやそれはちょっと……」



 ファルネイア図書館に収められている文書は、古いものでは「破滅の獣」退治50年あたりのものから、新しいものでは新王国の独立宣言まで取り揃えている。

 実は学徒同盟の学徒たちのメモまではさんであることもあるため、あまりにも生活じみた内容のものもあったりする。



「ファルネイアと言ったらファルネイア図書館ですよね?ここの本はそちらから来たものかもしれないと聞いたことはありましたが」

「そうだな」


 恐る恐る切り出した俺の言葉に先輩はあっさりとうなずいた。


「本もそうだが、俺らここの学徒もあそこの出だ。

みんなあそこで学徒として活動していた」

「先輩もですか?!」

「おう。見ろよこの理知の輝き」

「どんなところでしたか?!」


 先輩の外見には触れず、各国に作られた大学出の俺としては一番聞きたかったことを尋ねた。


「基本的にあそこはファルネイア公爵邸なんだよ。

そこに各国から来た学徒たちの宿舎や作業室がくっついてた形だ。……だけどなあ」


 すらすらと話す先輩が珍しく口ごもった。


「収蔵された本の数ならいざ知らず、活動内容についてはこっちの方が上だと俺は思うよ」

「そうなんですか?!」


 思わぬ話に驚く俺に先輩は神妙な面持ちでうなずいた。


「森の中のファルネイア公爵邸にまで行けるのはしょせん国の息がかかった奴らばかりでさ、そのせいで国が欲しがる研究しかやらせてもらえなかった」



 帝国の文化は多岐に渡り、技術、芸術、書簡、その他に至る。

 だがそれを研究する学徒たちの本国は自国に利用できるごくわずかな範囲の知識のみしか評価せず、山のような資料に接し研究に没頭したい学徒たちを嘆かせていた。



「だから、今牧場に出ている連中もそういう意味ではここの方が学徒としてはやりたいことがやれると思ってると思うよ。

やることは多いけどな。……多いんだけどな!」


 牧場での仕事量に追われているのか、二度も言った先輩を気の毒に思いながら俺はたずねた。


「たしか羊皮紙を自作してるんですよね」

「おう。毛刈りの時期にはお前にも手伝ってもらうからな」


 たしか牧場仕事は「図書室での仕事に慣れるまでは」と免除されていたはず。それを念頭に俺はごねてみた。


「……俺、辞書より重いもの持ったことないんですが」

「安心しろ。みんな同じだった」


 ニヤニヤ笑う先輩に俺は話題をそらすため尋ねた。


「このしおりが入っていたのがファルネイア図書館のもの、こちらの新しいものがこちらで作られた複製ですか」

「写本して保存していかないと、どこで知識が途絶えるかわからないからな」


 おちゃらけていた先輩の声が急に真面目なものへと変わった。


「この本だって炎の中へ消える寸前のところを救ったものだ。この先何があって知識が途絶えるかはわかったものじゃない」

「だから新しいものを作っていくんですね」

「だが、ただ書き写せばいいってもんじゃないんだぞ」


 続く先輩の言葉に俺は目を丸くした。


「所蔵されている本の内容が常に正しい訳じゃない。

内容を確認して訂正すべきところを注釈として入れた上で、つなげることも必要だからな」



 学徒の間では絶大な信頼を寄せられているファルネイア図書館の蔵書だが、全ての内容が真実に即しているわけではないことは同盟関係者なら常識だ。

 長い年月の間に変化した学説もあれば、時の皇帝の意向で変えられた内容もある。


 その変化すらもまた研究材料となる。



「なんなら記録の変化を題材とした先立ちの研究資料もある。

ざっと目を通しておけよ?

手にした資料は所詮一次資料だ。正しいかどうかはその時々の学徒が精査しつづけていく必要がある」


 先輩の言葉にふと俺は思った。

 それはあの「いにしえの吟遊詩人の末裔」と名乗る一族が持ってくる話にも適用される、と。


 獣人たちが持ち去った文書の写本、いにしえの吟遊詩人の一族にのみ伝わる唄。どちらも一次資料でしかない。

 そう伝えられている。それはそれとして次へとつなげ、その上で真実はどうなのか調べるのは他でもない、俺たち学徒なのだ。


 ……思いもよらないところからの話に少し動揺してたんだな。


 俺は柄にもなく浮き足立っていた自分に苦笑して、まだ手に持っていたファルネイア公爵家メイドの願い文の封書に気がついた。

 少し持て余して迷った挙句、俺はそれをまた元の文書に入れて棚にしまった。


ファルネイア図書館についてはこちらもご覧ください。

「学徒同盟」

https://ncode.syosetu.com/n8804io/

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