月と流星
“月は 大地の一人娘
独り立ちして 空に行った
だけどとっても わがまま娘
次から次へと 母にねだった
花 草 木の実 塩 鶏 獣
病の母など お構いなしに
怒った母は 全てひっぺがし
月は裸で 空にいる”
古くから伝わる遊び歌
※
知っている歌、知らない声。
最果ての宿屋で歌っているのは、知らない吟遊詩人だ。
時々こちらの地方に迷い込んできた旅人が 一夜の宿を借りに来ることがある。
もちろん図書室のことを悟らせるわけにはいかない。
腫れ物でも触るように遠巻きにして、客人が次の朝旅立つのを待つことになる。
「なんか変な人なの」
珍しくお客に対して辛い評価のレナが、俺に食事を出しつつそっとささやいた。
「注文をとる時や配膳の時、こっちを見てニヤニヤしてるの。気持ち悪い」
「レナが可愛いからじゃないのか?」
何の気なしに言った言葉にレナはトレーでの一発を返事代わりに俺に返すと、奥へと引っ込んでいった。
食堂には自分と見知らぬ吟遊詩人のふたりだけ。……気まずい。
「このようにうたわれている月ですが、最近『空のわがまま娘』が宝石を手に入れたことをご存知でしょうか?」
一曲終わった後、そう吟遊詩人は語り出した。
※
“『辺境の空は都会とは違う。
魔力灯の明かりが空まで染める街とは違い、辺境の空は開闢以来の空だ』
そんな噂に心躍らせて夜空の観測のためこの地にやってきた。
『月のわがまま娘はひんむかれて空にいる』と童歌で覚えたのに、誰が光る宝石を与えたのだ?”
※
「ここも流星の村と同じく辺境の地。月を見れば見えるかもしれません」
誰に語っている?もちろん一人しかない客にだ。
俺は無視を決め込んだ。
「ああ、もしかしたら『流星の村』をご存知ではないかもしれませんね」
こちらの反応がないことを勘違いしたのか、彼はそう続けた。
「極北の石碑に一番近いあの村を『流星の村』と呼んだのですよ」
※
“「流星の村」
最近できた巡礼のための村。
長らく極北の石碑近辺の入植は帝国により拒否されてきたが、各方面の嘆願を受けて作られた。
北の空によく流れ星が観測されることから命名された”
“石碑および皇帝一家消失事件の後は治安の悪化からか流星の観察記録は減った”
※
「ですが村もまた皇帝一家とともに消えてしまった……。どこへ行ったと思いますか?」
知らん。無視だ。残ってる飯をかっこんでここから逃げることを目指す。
※
“「皇帝ご一家がおいでであるこの極北の石碑の村近辺も野党の類甚だしい。
安全の強化のため魔法結界を張り直す。
ついては儀式に参加するのは魔力を使える生粋のエルフに限りたい」
儀式が終わった時、生粋のエルフではないものに再び村を見つけ出すことはできなかった”
※
「……私はね」
食事を全て腹に入れて席を立とうとする俺に、吟遊詩人はそっと言った。
「『月の宝石』こそが流星の村なのではないか、と思っているんです」
無視する。
つもりだった。
……のに。
「……それはないな」
つい、言ってしまった。
「月の光点の観測は帝国崩壊以前から観測されていた。時代が合わない」
……先日関連資料を見たせいだ。
何もなかったふりをして部屋がある二階の階段へ急ぐ俺を相手は一瞬呆然と見ていた。
「……観測されていたのか。気づかなかった」
そして階段を上ろうとしてる俺に気づき、その後の追いすがってきた。
「あなたも月の光点についてご存知なのですか、情報を共有しませんか、ああもちろんただとは……!」
その鼻先で。
俺はピシャリと扉を閉めてやった。
次の朝。少し遅めの時間。
いくらなんでももう旅人は出立しただろうという頃に俺は起きていた。
やはり口に出したのは失敗だった。無視し続けていればよかったものを。
そんな時、外からボソボソと小声が聞こえた。
……奴の声だ。
「……ライブラリベースメンバーとのコンタクトはノタチー ド。
ウプシロンとのコンタクトはインコンプリートながらもゴーンオンのポシビリティがある」
……何を言ってるのかわからない。
帝国語のようだが知らない単語ばかりだ。
「赤子はビジャリーでもノプロブ。
アンサーにもフルスコアとジャジメした。
バクのワッチャーオーバーのゴーオンのアプリを」
窓から彼の姿を見つけた時、彼の手から何かが飛び立った。少し大きめのテントウムシだろうか。
そして彼はあたりを少し見回してから他の村への道を歩き出した。
俺の目は日の光の下、レナと似たような形の耳を持つ彼の姿をずっと見送っていた……。
短編もアップしています。
「昼の月」
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