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残念打ち上げ愚痴大会

「ほーれ、カンパーイ!」

「……」


 夜の宿屋。今日は他の泊り客もない。


 俺は先輩に引っ張り出されて「残念打ち上げ愚痴大会」とやらに参加させられている。

 参加者は先輩と俺だけだ。


「いやもう、めちゃくちゃ頑張った。うん、俺、常にないぐらい頑張ったな」

「のめり込んでたのは知ってましたよ。確か 魔族化兵士のことでしたね?」



“「魔族化兵士」の記述が見られるのは第五代皇帝時代からだが、その技術は初代皇帝時代にはすでに存在していたとみられる。

四方を障気に浸した結界石を配置した場所で生活させるやり方だが、当時の技術では魔族化前に結界から逃亡する以外無効化できず……”



「詳しく調べてみたら手持ちの文書の中に魔族化兵士の作成法というか、そういう文書があってな」


 先輩の言葉に俺は思わず口に含んだ酒を吹き出した。


「本当ですか!?」

「まあ、きっちりとした方法ではなく伝聞だったから、その方法を確立させようと躍起になったんだけどな」

「なんか……先輩がそんな研究をやりだすとは思いませんでした」

「うん、俺も思わなかった」


 しみじみと酒を口に含みながら先輩が言った。


「……俺な、一度、国を捨てててな」

「……はい」

「というのも国が無茶苦茶な指示をしてきたからそれを突っぱねるついでに『もう知るかー』っておん出てきたんだけどな」


 ……返答に困る話をされても困る。


「それからはここで研究に没頭してきたんだが、最近故郷の国が大国に領土を大幅に割譲させられたらしくてな」

「……」

「『何か俺にもできることがあったんじゃないか』と思ったところに、その資料を見つけたもんだからな」

「魔族化兵士がいれば、国は助かったんですか?」

「……わからん」


 そう認めると先輩は盃に残っていた酒を一気に飲み干した。


「だが実際にできそうなとこまでは完成したと思う。重要なのは障気をどうやって手に入れるかなんだ」



“私は何度でも言う。破滅の獣は危険だ。

我らが先祖はあれが復活しないように千度火で焼いたが死骸から立ち上る障気を止められず、封印寺院に封印するほかなかった。

そこに魔法使いどもがやってきて、その障気から力を取り出したのが間違いだったのだ!”



 先輩は障気についての資料について一通り説明した上で語った。


「この封印寺院は、今も存在している」



“帝国崩壊期の辺境で。

豪華な設備があるに違いないととある封印寺院に忍び込み、多数の魔術具を盗み出した盗賊団がいた。

売り払って豪遊したのも束の間、盗賊すべてと 盗品を扱った商人が怪我や病気が治らないまま亡くなり、人々はエルフの呪いであろうと……”



「つまり、このエルフの呪いとされているものが障気であったと?」

「おそらく」


「打ち上げ会」の陽気な言葉とは裏腹に、場には重い空気が立ち込めた。


「俺がこの研究を諦めたのは、魔族化兵士たちを元に戻す方法を確立できなかったからだ」


 俺はまじまじと先輩の顔を見つめた。

 いつも軽妙な先輩に似合わぬ真面目な顔で先輩は話を続けた。



“結界内で魔族化しない方法は 後年発見された。

ノンニルニカをはじめとして何種類か発見された草花を魔術由来の植木鉢で小部屋内で栽培し、 結界内の障気にあてられた体を浄化することで魔族化を防いだのだ。

だがこの方法は、魔族化した者たちに裏切り者とみなされた”



「予防法は見つけた。だがそれですら『魔族化兵士にならない方法』であって、すでになってしまった兵士を元に戻す方法じゃない。国を守る勇者たちを地獄に落としたままにする方法を 外に出すわけにいかない」


 しっかりと。決然と。

 そう言い放った先輩を尊敬の目で見たのも一瞬。見る間に体の内側からしぼむように背を丸めて愚痴りだした。


「とはいっても国を助けることも出来ずただ自分の研究を進めるだけ……俺、いったい何者なんだろう。結局なんの役にもたたない奴になってるじゃないかって……」

「いや、すごいですよ先輩」


 俺の口から思わず言葉が漏れた。


「よく思いとどまったと俺は思います。

それに次の研究テーマが決まったようなものじゃないですか」

「? なんだって?」


 思いもよらないことを言われたのか、目を丸くした先輩に俺は言った。


「そこまでのものが揃っていたら何かの拍子で魔族化するものもいるかもしれません。それを戻す方法を探さなくてどうするんですか!」

「いや、俺はしばらく魔族化の方はいいや」


 苦笑しながら先輩はまたいつもの調子で笑って言った。


「まだ他にやりたいテーマ、いっぱいあるんだよ。そんなにやりたきゃこんなネタ、お前にやるぞ? やってみるか?」

「いや、ちょっと、考えさせてください……」


「打ち上げ」という名の宴会の終わる頃、俺は先輩に言った。


「まだご馳走残ってますよね?これ、お家に持って帰ったらどうですか?」

「え?」

「先輩の奥さんも多分かなり心配してたんじゃないですか? これ持ってって安心させたらい いんじゃないかと思いますよ」


 そう言われた先輩は、少し考えた後ニヤリと笑った。


「じゃあ半分だけな。育ち盛りのお前にも飯はいるだろ?」

「俺、もう成長期終わりましたって!」


 爆笑する先輩に、俺は本当に一連のことがやっと終わったのだと実感した。


 ……打ち上げの夜はふけていく。



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