辺境の春
“春告げ鳥”“夏告げ鳥”“秋告げ鳥”“冬告げ鳥”
“朝告げ鳥”“昼告げ鳥”“夕告げ鳥”“晩告げ鳥”“夜告げ鳥”
“花告げ鳥”“水告げ鳥”
“客告げ鳥”“死告げ鳥”
“石告げ鳥”“山告げ鳥”“谷告げ鳥”“道告げ鳥”
“恋告げ鳥”“涙告げ鳥”
“子告げ鳥”“妻告げ鳥”“母告げ鳥”“父告げ鳥”“王告げ鳥”……
※
「……それでね、森の中を歩いていると、『カシンコッチコーイ、アルジココ』って声がするから言ってみたら小屋があってぇ、調べてみたら昔いなくなった王様のご一族でぇ、えーと……」
「ご家来は王様を見つけたんだね?」
「そう!それ!」
先輩に「ひどい顔してるぞ。気分転換にレナちゃんのお使いについてってやれ」と言われて外に出てきた。
悩み事の半分は先輩の責任もあるのだが。
森の中は春の気配が増えてきている。
帝国時代の健康法に「森の中を歩く」というのがあったのも理解できる。
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“「森林健康法」
古くから伝わる健康法。
「森林の中で『森林』として存在することで心身に溜まった疲労が回復する」と言われている。
のちに「かつての森林健康法を再現した」と謳った健康法が流行したが、ほとんど食っちゃ寝の生活をする口実にされただけ、と言われている”
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「ああ、カリャンランツだ」
木の陰で風に揺れる草の穂を見つけると、俺は一本それを手折って揺らして見せた。
「先輩の故郷の方では、カリャンランツを子供たちが持ってあちこちを回るお祭りがあったらしいね。聞いたことある?」
「私、もう子供じゃないもん!」
まだ10歳にもならない体をそらしてレナが言った。
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“「妖精祭り」
春先に行われる子供の祭り。
カリャンランツの穂を持ってあちこちの木々の幹を軽く叩きながら「起っきそうらえ、春来たりしぞ」と声をかけて、目に見えぬ木々の妖精たちを起こして回る。
起きる妖精の数が多いほど豊作となる。
往年、少子化で祭りは途絶えた”
※
「あ、ポプタンネ!」
少し歩くか歩かないかしたところでレナが声を上げた。
そしてポプタンデの綿毛に飛びつくと手折って一吹きしたところで、バツが悪そうに言った。
「……これはね!仕事なの!
お父さんの故郷でね!……みんなの仕事だったんだって。だから仕方がないの!」
「そうかぁ。偉いね」
俺が声をかけると、レナは一層誇らしげに笑った。
※
“フランクルの地で子供たちがポプタンネの綿毛を噴き出すようになると春も盛りと思えてくる。
冬に売られている咳止めの材料として、秋にポプタンネの根は収穫される。
それに間に合わせるため、春の子供たちの綿毛飛ばしは大切なお仕事なのだ”
※
森が途絶えると小川沿いに、切り拓かれた 平地と僅かばかりの畑があった。
宿の食材はここで取れたものなのだろう。
畑の半分ぐらいは見たこともない低木が植えられ、その半数ぐらいが収穫済みだった。
「……何の木だろう」
「知らないの!?紙の木だよ!」
レナが意外そうに答えた。
「紙の木?」
「そう!あれを蒸してぇ、皮剥いてぇ、水にさらしてぇ…… あ!母さん!」
明るい日の光の下、駆け出すレナの横顔を 俺は目で追ってその先を見た。
小川の一角が広げられそこに宿屋のおかみさんが入り、水に浸かりながら何か細長いものを洗っている。
「母さん!お弁当を持ってきたよ!」
「あらまた一人で! 森は危ないんだから……!
あ、ありがとうございます」
付き添いでついてきていた俺に挨拶をするおかみさんに、俺は声をかけた。
「息抜きついでです。 何をされてたんですか?」
「植物紙の下ごしらえなんですよ。 水もぬるくなってきたから、そろそろ今季はおしまいかしらねぇ」
「あの紙、おかみさんが作ってたんですか!?」
「なんでも自力で作るのが辺境っぽいでしょ?」
いたずらっぽくおかみさんが笑った。
※
“面白いものを見つけました。
たまの休暇で辺境まで足を伸ばしたのですが、そこで見つけたのがこの地で作られた音楽の小箱。しかもエルフではない、現地の人間たちの手製で。
それゆえに一切魔力が使われていないのです。
調べると近年、地方ではそういう流行が……”
※
「お弁当の準備するねー」と走って行ったレナを目で追いかけながら、俺は先ほどから気にかかっていたことを口に出した。
「……おかみさん……レナを明るいところで見たのが今回初めてなので今気がついたんですが……レナの耳って……」
「ああ、ちょっと変わった形をしてるでしょ?」
言い澱む俺とは違い、世間話をするかのような調子でおかみさんは答えた。
「私の故郷だとよくある形なの。
父方のおばあさんもああいう形をしていたんですって。知らないとびっくりするわよねえ」
「はあ……」
「母さーん!早く来ないと先に食べちゃうよー!」
お弁当の準備をしていたレナの声に苦笑すると、おかみさんは作業の片付け準備に入った。
「じゃあ、お昼にしましょう。よろしかったらご一緒にどうぞ」
「いや……」
「お兄さんも食べよ!ほらほら!」
呼ばれて近づき、丸パンに具を挟んだものをもらう。
食べている間、俺はどうしてもレナの耳から目をそらすことができなかった。
……レナの両耳は上側が平らになっている。 まるでその先にあった物を切り取ったかのように。




