黒の勇者と魔族化
“黒の勇者よ
破滅をもたらす かの災厄に
立ち向かう勇気を 我に与えたまえ”
“黒の勇者よ
味方に陥れられ 恨みのなか
命を落とした あなたなら
私の恨みも 分かるだろう”
“光があれば 闇もある
闇にうごめく 邪悪な悪を
黒の勇者の ご加護のもとに
快傑黒仮面 ただいま参上!”
※
「……黒の勇者というのは、『五人の勇者』の一人ですよね?」
時代によってあまりにも扱いが変わる描写に、俺は思わず声を上げた。
「そうだな。黒の勇者がどうしたって?」
「この前来た吟遊詩人の資料用にと少し調べ始めてみたんですが」
聞き返した先輩に俺はそう答えた。
※
“「五人の勇者」
破滅の獣を倒した狩人たちの事。
破滅の獣の災厄から逃れることができた五 つの部族から、それぞれ最強の一人が選ばれ戦 いを挑んだ。
初期の伝承では弓と剣だったが、時代が下がるにつれ魔法使いが加わったり、一人が女性だったりと変化した”
※
「あまりにも時代によっての扱われ方や解釈が……豊富すぎて」
俺の言い方に先輩は思わずと言った風に吹き出した。
「まあ、そもそも当時から謎が多すぎていろいろ解釈があったからな」
※
“五人の勇者の伝説には様々な秘密がある。
その中で長い歴史上取り沙汰されてきたのが、五人の勇者の中で唯一死んだ勇者の死因だ。
味方を守ろうとした、逆に味方に騙し討ちされた等々……。
中でも根強いのが、破滅の獣を倒すための「魔族」にされた、というものだ”
※
「その唯一死んだ勇者、というのが黒の勇者、というわけだな」
先輩にそう言われて、俺はもう一度資料を読み直した。
「一番古い辺りだと、黒の勇者は五人の勇者の一人として普通に尊敬されているようですが」
「一時期、『黒の勇者暗殺説』が勢いづいたことがあったからなあ」
「暗殺!?誰に!?」
「他の勇者にさ。大公戦乱期の頃と言ったら大体予想はつくだろ?」
唯一生還できなかった黒の勇者の部族が、そ の頃敵対していた他国の勇者に疑いの目を向けたということか。それにしても。
「先輩。魔族って何ですか?」
「魔族化兵士だよ」
こともなげに先輩は言った。
「大公戦乱時代の遺物。エルフを改造し強力な兵士にしたもの。
皇帝が支配する時代になってからもあちこちで現れ、結局違法となったはずだ」
「それはやっぱり『障気』とやらを使うからですかね?」
「……なんで障気が出てくるんだ?」
俺はその考えに至った文献を先輩に指し示した。
※
“巫女、破滅の獣が黒の部族の森に障気をまき散らすと聞く。
巫女は黒の部族の勇者が彼の地にて日夜鍛錬すと知っていた、憂いを消すため人には言えぬことだが。
巫女は黒の部族の勇者に無事であるのか尋ねんとしたが、勇者はただ一言「誰にも言うな」とささやいた”
※
「勇者達に同行した聖樹の社に所属していた巫女の証言らしいんですけど、何故黒の勇者がそこで鍛錬していたのか……もしかしたら滅びた故郷にいたかったのかと思ったんですが……」
「こういう文章をこれ一つだけで判断してはいけない、文章の中には偽書も紛れている」
半ば上の空のような口調で先輩が言った。
「本当に破滅の獣の頃のことなら文書ではなく口伝として伝わってることもある、他の勇者についてはそういう形で伝わってる方が多い、だが口伝で伝わったことを文書に書き記した可能性もある……」
そこでまるで目が覚めたかのように辺りを見回すと、先輩は話題となっていた文書を抱え込んで言った。
「これ、これについてはこっちで調べておく。 今まで解明されてなかった魔族化兵士についてわかるかもしれん」
「……はあ、構いませんが」
俺にみなまで言わせず先輩は背を向けると、自分の机と去って行った。
その際に漏れ聞こえた先輩の言葉で俺を不安にさせながら。
「……障気を手に入れて……大国に対抗するために……数の不利を補うためには……故国を救う法として……」




