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グラスランナーの友

「お願いしますよー。なんか曲のネタにできそうないい人物、歴史上にいませんかねえ」


 外から来るであろう新しい知識をもたらすことを期待していたのに、馴染みの吟有詩人の口から出たのはその懇願だった。


「この前新しい詩歌の本を渡したじゃないですか。あの『重騎士グスタフ』の本」


「これを読みこなせればレパートリーの助けになる!」と前回の訪問時ほくほく顔で去っていった相手に俺はそう言った。



“讃えられよ 重騎士グスタフ

先祖代々の忠義の騎士

幼き主が何を言おうと

忠義のグスタフは従うのだ

悪名も地獄も 全てそれが故

忠義の騎士グスタフ

何故 敬愛する君の解放を

他ならぬ君が 阻止しようとするのか”


悲劇「重騎士グスタフ」より



「いや、あれ、いい話なんだけど、重いし暗いし、あと主人公の地元の方ではちょっとウケが悪くって。

酒場かなんかでやれるような、エピソードが多くて気楽に聞けて、あとこっちで勝手に外伝とか作っても怒られなさそうな人っていませんかね?」

「……注文多くないですかね。

獣人の商人にここのこと漏らしたこと、天井裏の先生とかまだ怒ってますよ」

「やっべ! やっぱ来ましたかぁ。それで女将さんとかちょっと冷たかったのかー。

いや、なんか嫌な予感はしてたんで心の中で必死に謝ってたんですけどね。わかりますかね、この誠実さ」


 ……愛嬌のある言動に怒るに怒れない。

 それに要望に合う人物がいないわけでもない。


「マイスター·ケイオスって人がいましてね」



マイスター·ケイオス:


 グラスランナーお気に入りの『知人』。

 話すたびごとにその実像は変わり、

「若くて」

「年寄りの」

「エルフな」

「人間で」

「ドワーフの」

「そんじょそこらの」

「偉人で」

「賢くて」

「しょうもない」

「「「とびっきりのネタ元!!」」」



「……なんか、どういう人かいまいちピンとこないんですけど」

「おそらく『エルフの養い子』の出身だったんじゃないかと思いますよ。人間がエルフに師事できるなんてそうめったにあることじゃない」



“最初の頃こそ毛嫌いされていた人間達だが、その可能性に目を付けたものもあり、特に『エルフの養い子』と呼ばれた一都市は……”


“マイスター·ケイオス曰く、

「人間として生まれ、エルフの子として育ち、ドワーフとして学び……」

「グラスランナーとして遊んでるよね~」”



「あれ? もしかしてそれって」


 何かに気がついたように吟遊詩人は顔を上げた。


「『グラスランナーの友人』なんじゃないですか?

そりゃ、いたかどうかもわからない人物なら外伝なんて作り放題でしょうけど」



“グラスランナーの友人:


 当てにならないものの例え。

 グラスランナーは初めて顔を合わせた名前を知らない相手にすら「長い友人」と言い張るから。

その他、話に出てくる「友人」というのが、「ドワーフ、遠くの人間、マイスター·ケイオス、テラという星から来た人」であったりすることから”



「そうですかね。

自分は、彼らは本当にそれぞれの人物を知っていたんじゃないかと思ってますよ」

「そうですかあ?」


 こちらの顔を疑い深そうに見る相手に、俺は根拠を語ってみせた。



“帝国末期の芸術的な流行として「グラスランナーの友人たち」という物がある。

 帝国全土のあちこちで活動し常日頃はそれぞれの活動を優先しているが、時にお互いにタイミングを合わしたかのように一つのテーマで行動する。

 手紙などでは無理な同時性に皆が疑問を持った”



「それらの事例を考えると、グラスランナーと呼ばれた者達はエルフなどの他の者には捉えられなかった何らかの連絡手段を持っていたのかもしれないと思うんですがね」

「手紙のやり取りみたいなもんですかね。

偽名でも使って文通していれば、そりゃ顔も名前も知らなくても友人ということはあるでしょうけど。

だけど他の人たちが気づかない連絡の仕方をその、グラスランナー?って連中はどうやってやってたんですかね?」


 そのときふと、俺はあるイメージを思い出した。


 あの獣人商人と対峙していた時、ふと頭をよぎった必死で謝る吟遊詩人の姿。


 もしもグラスランナーがそういうやり方で連絡しあっていたなら誰にもわからない。


 そして。


 ……もしや。


「……もしもですね、あなたが グラスランナーの血を引いてるかもしれないって言ったら、 どう思います?」

「えぇ?それはおいらの歌がとてつもなく上手いからって事ですかね?」


 彼はおどけたようにそう言うと、リュートをポロンとかきならした。


「まあ、どう思うかって言うんなら、余計なお世話だって思いますかね」

「それはそういう種族と言われた一族の一員であると思いたくないからですか」

「まあ、それもありますけどね」


 密やかに。細やかに。吟遊詩人はリュートをつまびいていく。


「ここまで芸を磨くのにそれなりに努力も苦労もしました。

それが血のせいだって言われたんなら、まあ、やってられませんな」


 ジャンジャンとかき鳴らして曲に一段落つけると、吟遊詩人はそのまま楽しげに続けた。


「でも、自分が人間なら何でもできる。

自分の選択で何でもできる。

……そうだ。やっぱりさっきのマイスター·ケイオスの話教えてくださいよ! なんか面白いのにできるかもしれない」


 そう笑う吟遊詩人の顔は。


 ……俺にはかつての グラスランナーを彷彿とさせた。



この作品はフィクションであり、実在の人物は登場しません。ってゆーか、なぜその人だと思った?

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