05. 烏
それはミユナがまだ忘れられる前のこと。学校の帰りに河川敷へ寄ったハルカ達は、土手に座りながらお喋りで暇を潰していた。
「でもさ、今年は二人と同じクラスで良かった。去年は話せる子が少なくて、つまらなかったもん」
ポツリとそう言ったのはミユナで、彼女はどこか上品な感じで髪をかきあげる。
学年でも成績が良いほうのミユナは、性格はおとなしめだが、好奇心の強い子だった。
一方のハルカといえば、勉強はどちらかといえば苦手で、ミユナやサキに教えてもらうことも度々あった。
「二人は勉強できるからまだ良いじゃん! わたしなんて二人が居なかったら泥沼に沈む鳥だよ……」
「ハルカはわたしとミユナを何だと思ってんの……。てか勉強する気があるかどうかだよね、いつも恋愛話ばっかだし」
「フフ、本当にそう。ハルカちゃんはそういう話が好きだよね」
「そうかなぁ。でもやっぱり身近な人の恋愛話が一番面白いと思うんだよねー」
ハルカが浮かれた顔で話していると、空からひらひらと黒い羽が舞い落ちてきた。
「なにこれ?」
ハルカはその羽を手に空を見上げてみたが、鳥の姿は無く青空が広がるだけだった。
サキがカラスの羽毛だねと言って興味深く羽を見つめ、ミユナもその漆黒の羽に綺麗……と呟いた。
ハルカは手に持った羽を眺めながら、何かを思いついた顔をする。
「じゃあさ、今日のお題はカラスにしようよ!」
ハルカの提案に、サキが何で? と聞き返す。
「だって、たまにはそういう話もしないと、わたしがただの色恋バカに思われそうだし……」
気にしてるんだ……とミユナとサキが心の内で思っていると、ハルカがわたしからねと言って立ち上がった。
腰を上げた三人は川沿いに歩き始めた。
「実はカラスってね、獲った餌を隠しておく習性があるんだけど、その隠し場所の数が凄いの。なんと数百箇所をちゃんと覚えてるんだって!」
「へー、ハルカより頭良いじゃん」
サキがそう返すとハルカの歩みが止まったため、二人がおや? と振り返ると、ハルカは膝に手をついたまま項垂れていた。
ズーンとした様子のハルカは、おそらく雑学によって自分の知的なところを見せたかったのだろうが、見事に返り討ちにされた状態だった。
「ちょっとサキちゃん、言い過ぎじゃない? ハルカちゃんだってそれくらい覚えられるよ……」
小声で言うミユナのフォローにも、ハルカは苦笑いするしかない。
(いや、わたしにはムリだよ……?)
ハルカが立ち上がると、今度はミユナが何か思いついた顔になる。
「じゃあさ、二人はこんな都市伝説があるのを知ってる……?」
後ろに手を組んだミユナは、次は私の番といった調子で話し始めた。
「烏という漢字。これは象形文字の『鳥』から目の部分を表す一本の横線を消したもので、理由はカラスの目が体の黒と同化して見えないから。でも実は、これにはもう一つ説があるの──」
ミユナはさながら怖い話でもするかのように語る。
「一本の横線を消した本当の意味。それは、カラスのある異能を表現するためなの……。その異能というのが、狙った獲物を周囲から見えなくしてしまう力なんだって……」
ミユナの説明に、ハルカはまだ理解できない様子で聞き返す。
「見えなくする……?」
「今風に言えば、神隠しかな。人も例外じゃないっていう噂なの。」
ミユナが答えると、ちょっぴり怖がっているサキは話の綻びを探す。
「えーっと、なんのために神隠しなんかするの……?」
するとサキを怖がらせようと、ハルカが物々しく語った。
「それはきっと、餌として人間を隠しておいて、後で食べるためだよ……! うひひひひ」
ひぃっ! と言って青い顔をしたサキは、すぐにスマホを取り出すと何かを検索し始めた。
「えっと……、カラスの弱点、弱点。強い光や大きな音……。了解です! グーグル先生!」
サキはスマホの画面に向かって敬礼すると、ハルカを睨んだ。
「私が怖いの苦手って知ってるくせに……」
「ごめんね、サキ。怖がるサキが可愛いのも知ってるから、つい……」
ただし、そう口にするハルカに反省の色は無く、ムッとした表情のサキはスッと川辺りを指差した。
「ハルカ? キレイな石、拾ってきて」
こういう時のサキは、本気で怒る一歩手前だった。
しかし、素直に従っておけば許してくれるため、ハルカはしぶしぶ敬礼をすると、十数メートル先の川まで走って行った。そして、すかさず何かを拾って戻って来る。
「サキ、サキ! これなんかどう!?」
「え、ガチなやつじゃん」
ハルカが拾ったのは青く輝く瑠璃石で、高価とは言えないものの、文字どおりの宝石だった。
ハルカはサキと目を合わせると、その石をミユナに差し出した。
「えっ、いいの?」
「だってミユナ、こういうの好きでしょ?」
ミユナは頷くと、ありがとうと言って輝く石を大切そうに握りしめた。
ハルカは空調の効いた部屋でゆっくりと目を覚ました。
ベッドの上に横になったまま、辺りを見渡そうにも白いカーテンで仕切られていて、外からの管楽器を練習する音が、放課後の学校にいることを認識させる。
「ここは保健室……?」
カーテンを開けても部屋に人がいる気配はなく、ハルカは保健室に至るまでの記憶を探るが、昇降口を出て授業のプールへ向かったところまでしか思い出せない。
そこへ廊下からカツカツと足音が聞こえてきて、扉が開いた。
「あら、気がついた? 顔色は良くなったわね」
保健室の先生らしき女性が、ハルカの様子を覗った。
「あの、わたしどうして保健室に……?」
「さぁ……、熱中症ってわけでもないし、軽い貧血かしらね。睡眠不足だったりしなかった?」
そう聞かれて、ハルカは昨晩ほとんど寝ていないことを思い出した。
「倒れたあなたのことは、三組のリョウタ君がここまで運んでくれたの。後でお礼を言っておきなさいね」
リョウタが……? と疑問に思いながらスマホを確認すると、サキからメッセージが届いていた。
『体調はどう? 外で倒れてたから、ハルカの王子様を手配しておいたぞ。感謝したまえ』
事の真相はなんとなく分かったハルカだが、サキの悪いところが出てるなと思った。
(いや、嬉しいの前に恥ずいんですけど……)
保健室の先生にお礼を言うと、ハルカは服装を整えた。
「ハルカちゃん、大丈夫だとは思うけど、今日のところは安静にね。部活も無理に出ないほうがいいわよ?」
「そうですね……、今日はこのまま帰宅します」
部活よりもやるべきことが沢山ある気がした。
思い出さないで──。
ミユナが残したメッセージの意味は、分からないままなのだから……。