02. 写
終礼が終わって帰り支度をしていると、ハルカのところにサキがやって来た。
「今日わたし部活休みだけど、ハルカは?」
「わたしは部活あるから……」
「だよねー。しかたない、先帰るね」
「うん」
結局、レイラ達に呼び出されたことは、誰にも打ち明けられなかったが、変に大事になるのも嫌で、ハルカはそれも仕方がないと思った。
「よし、いくか……」
このままリョウタと付き合ったら、彼女たちに嫌がらせでもされるのだろうか。いや……あの感じだと、もっと単純に暴力を振るわれるかもしれない……。
そんな不安を抱えながら別館の裏へと歩いていくと、三人組の姿が見えてきた。
放課後の別館は、演劇部や放送部が使用していて静けさが漂っているが、そんな中ケラケラと笑いながら話す彼女たちの声は、ひどく浮いていた。
(うわ、緊張する……)
ハルカは足取りを重くしながら、懸命に彼女たちの方へ近づき、声を掛けた。
「あ、あの……」
しかし、ハルカの声が小さかったのか気づいた様子はなく、彼女たちはすぐ近くにいるハルカに構うことなしに話し続けている。
「あの! 言われた通り来ましたけど!」
今度はハッキリと誰にでも聞こえる声でそう言ったし、ハルカの姿はとっくに彼女たちの視界に入っているはずだった。にもかかわらず、レイラ達は何事もないかの如く談笑を続けている。
(呼び出しておいてシカト……? ふざけてる!)
これ以上ここにいても無駄。そう判断したハルカは踵を返すと、来たときとは対照的に歩幅を大きくして足早に去っていく。
(結局、嫌がらせがしたいってわけね……。上等だわ!)
向こうがその気なら、こっちにだってやり方がある。リョウタとラブラブになって、見せつけてやればいいんだ。
ハルカはそんな風に考えたところで、ふと足を止めた。
(でもなんだろう、このモヤモヤした感じは……)
ハルカは来た道を振り返ると、遠く離れた別館の方を凝視した。
どういうわけか、胸騒ぎがするのだ。
あの人たち、本当にわたしに気づいてたのかな──?
「あちぃ……。なんでこんなに暑いわけ……」
昼休みの校舎、階段に腰掛けて暇を潰していると、サキが怠そうに言った。
「やばいよね。39℃だってさ……」
ハルカとサキは手持ちの扇風機を顔に当てながら話す。
「なんなの……、地球は爆発でもするの?」
「さぁ、どうだろうね……」
そんなたわいもない話をしていると、サキが思い出したように言った。
「あれ、体育祭の写真、展示販売って今日からじゃなかった……?」
「そう言えば廊下に貼りだしてあったけど、まだ見てないや……」
「行く……?」
「まぁ、暇だしね……」
二人は体育祭の写真がズラリと貼りだされた廊下まで来て、取り敢えず自分が写っていそうな写真を探す。
(ヤバ、すでに懐かしいんだけど)
欲しい写真を探しながらそのナンバーをメモしていると、ハルカは一枚の写真の前で立ち止まった。
「なんだろう、この写真……」
それは競技とは関係のない、休憩中に撮ったような写真で、三人の女の子が楽しそうに喋っている瞬間を切り撮ったものだった。
左がサキで、真ん中がハルカ、そして右にもう一人の女の子が写っている。
ハルカはその写真をじっくり眺めると、目を見開いた。
(この子、誰……?)
ハルカの横に写る見覚えのない女の子は、他人と説明するには余りにも仲が良さそうに写っている。
「ねぇ、サキ。この子のこと知ってる……?」
サキなら何か覚えているかもしれないと、淡い期待を込めたのだが、彼女の反応もハルカと大差のないものだった。
「なに? その写真……」
その後、二人はクラスメイトの何人かにその写真の人物について聞いてみたが、心当たりのある人はいなかった。
そして放課後、ハルカ達は手掛かりを見つけようと職員室まで来ていた。
「どうですか、竹内先生? この生徒のこと、何か知っていますか……?」
担任の竹内は英語を担当する教師で、ハルカ達の学年の授業は全て彼女が受け持っている。
二人は例の写真を持ってきて、先生にその人物を確認してもらうのだが。
「分からないわね……。でも写真なんて、角度によって別人に見えたりするものよ? 角度によってはブスに見えるから、同じ角度でしか写らないアイドルとかよくいるでしょ?」
先生はそう言うと、気にしすぎよと言って忙しそうに話を終わらせてしまったが、それで納得できる二人ではなかった。
謎の生徒は数枚の写真に写っているが、それぞれ違う角度から撮られている。にも関わらず、正体が分からないのだ……。
二人は職員室を出ると、顔を見合わせた。
「結局、手掛かりになりそうなのは私達のスマホだけか……」
二人はそれぞれスマートフォンを取りだすと、電話帳を開いた。
その画面には『ミユナ』という名前が表示されている。
「この知らない名前と番号。これがあの子のってこと……?」
いつ登録したのか分からない番号に、ハルカは戸惑いながら言った。
「さあね……。でも、このよく分からない連絡先を偶然二人とも登録していたなんてことあるの……?」
廊下を歩きながらサキにそう言われて、ハルカは教室の空席のことを思い出した。
あのぽっかりと空いた不思議な席、もしかしたらあれも関係があるのだろうか。
そう思うと、ハルカはミユナという人物が気になって仕方なかった。
「わたし、電話してみようかな……」
その提案に、サキはゆっくりと頷いた。
ハルカは電話帳を開くと、その番号に電話を掛けた。
相手が出たら何て言おうか、緊張するハルカだったが。
『お掛けになった電話番号は現在使われていないか……』
電話の無機質な音声にどこかホッとしつつ、振り出しに戻ってしまったなと思った。
「駄目だ。繋がらないや……」