表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/17

01. 席


「あの子、誰だっけ──?」


 学校の帰り道、ハルカは一緒に下校するサキに向かって問いかけた。

 あの子というのは、道路の反対側を歩いている同じ制服を着た女の子で、寂しそうに歩く彼女の顔はハルカ達からは見えないが、今にも泣きそうな表情だった。

 暑さでだるそうなサキは、さぁ? と答えたあと


「違う学年の子じゃない?」


 と興味なさそうに答えるだけだった。

 しかしハルカはに落ちない様子で考える。


(あの子、少し前まで親しかった気がするのはなんでだろう……?)


 もう一度その少女の方を見ると、彼女の周りをバサバサと数羽のカラスが取囲んでいた。

 なんだか気味が悪いなと思いつつ、ハルカは少し距離の空いてしまったサキのもとへ駆け寄った。

 まだ暑さに慣れない初夏の帰路、真っ赤な斜陽が彼女達の影を伸ばしていく。





 暑さは厳しさを増し、学校では七夕のための笹の葉が見かけられるようになった。


「前から好きだったんだ、ハルカのこと。俺と付き合ってくれないか……?」


 教室に呼び出されたハルカは、隣のクラスのリョウタから告白されていた。

 リョウタはスポーツも勉強も出来るうえに、その端整な顔立ちで女子からの人気も高い。


「わ、わたしもリョウタのこと気になってたっていうか……」


 ハルカは突然の告白に顔を赤らめながら、モジモジと返事をした。


「まじか……。良かった、良かった!」


 リョウタは嬉しそうに言うと、ハルカに連絡先を交換しようと言った。


「うん」


 ハルカは照れくさそうに鞄からスマホを取り出すと、リョウタに近づいた。

 窓際の白いカーテンが爽やかな風に揺れている。





「サキっ!」


 ハルカは校舎の昇降口で待ってくれていたサキを見つけると、名前を呼んで駆け寄った。


「ハルカっ、リョウタ君なんだって?」


 サキは声のトーンを抑えながらハルカに聞いた。


「告られた……」

「うそっ!?」


 思わず声が大きくなる。


「それでハルカは……?」


 そう聞かれて、彼女は嬉しそうに笑って見せた。


「うわっ、ヤバ! マジうらやま」


 テスト期間中で部活が休みだった二人は、一緒に学校を後にする。


「そっかぁ、じゃあ二人は前から両想いだったってことだ」

「え……?」


 リョウタを好きだったことは誰にも言ってないはずなのにと、ハルカは不思議そうな顔をした。


「いやいや、見てれば分かるからね? ハルカったらリョウタ君と話すときだけ女の子って感じでお目々とろんとさせちゃってさ、その上」

「わわわわもういいからっ! それ以上言わなくていいからっ!」


 サキの口を両手で塞ぎながら、少し涙目になるハルカ。

 サキはそんなハルカの手を引き剥がすと、楽しそうに言った。


「ま、応援してあげるよん」





 翌日、教室の席に着くと前から問題用紙が回ってきた。

 時計の針に合わせて一斉に問題用紙がめくられる。

 自分の名前を書いてから問題文を目で追うハルカは、難しい顔をした。


(ていうかなんでテスト期間中に告るわけ……? おかげで勉強に手がつかなかったんですけど!)


 そのうえリョウタとラインのやり取りが盛り上がってしまい、夜ふかしまでしている。

 ハルカは目をこすりながら、問題文と向き合うが。


(だめだ、全然わからない……)


 もともと勉強は得意じゃないしなと諦めモードの彼女は、窓の外を眺めた。

 青い空に高く重なった入道雲の白が、夏らしい風景を彩っている。

 ハルカの席は窓際の一番後ろで、目の前には果敢に問題を解くクラスメイトの姿が映る。

 そんな中、なんとなく眺めた教室の光景に小さな違和感を覚えた……。

 それは教室のほぼ中央に位置する席。


(なんであんな中途半端なところに、席が空いてるんだっけ……)


 誰かが休んでいるわけでもなく、最近転校した生徒がいるわけでもないのにと思いながら、ただただ不自然にぽっかりと空いた席を、ハルカはいぶかしげに見詰めた。





「どうだった?」


 テストが終わったあと、サキがハルカのところに来て聞いてきた。


「ぜんぜんムリ。バカすぎて泣きたい」

「それは知ってる……。そうじゃなくて、()()とは連絡した?」


 どうやらリョウタとの進展の方を聞いていたらしい。


「あぁ……、夜中二時までラインしてた……」

「ヒュー、余裕だねえ」


 ハルカの返答に満足げのサキは、今日から部活があると言ってハルカに手を振った。


「さてと、わたしも部活に行きますか」


 しかし、鞄をかついで教室を出ようとしたハルカを、三人組の女子がふさいできた。

 ハルカは驚いた表情でその女子たちを見返すが、聞くまでもなくそこには不穏な空気が漂っている。


「話があんだけど」

「なんでしょうか……?」


 見たところ隣のクラスの女子だが、ハルカは普段関わらないタイプの人たちだった。


「リョウタに告られたってマジ?」


 そういうことか……と直ぐに察しがついた。

 モテる男子と付き合うということは、そういうことなのだろう。

 面倒くさい人たち……と内心で呟きながら


「そうですけど何か?」


 と毅然とした態度を見せる。

 すると、チッと舌打ちをした女が声を低くして語りかける。


「リョウタはな、レイラが告る予定だったんだよ。邪魔してんじゃねえぞコラ」


 レイラというのは三人の真ん中に立つ、一番美形の女のことだろう。

 その横の女に凄まれて、ハルカは何も言えないまま一歩後退る。


「一日考えさせてやる。リョウタと別れる気がないなら明日の放課後、別館の裏に来い」


 女はそう言うとハルカの肩を叩いた。


「逃げたらぶっ殺すからな?」





「いいねぇ、ぽんずはいつも平和で……」


 帰宅して夕飯を食べたあと、ハルカはリビングでうなだれていた。


「はぁ、わたしも猫に生まれたかったな……」


 大きな溜め息をつきながら、愛猫のぽんずを撫でていると、母親の洋子ようこが冷ややかな目を向けた。


「バカなこと言ってないで、さっさとお風呂入りなさいよ」


 ハルカはそれには答えずに、スマホを手にとった。


『今度、一緒に映画でも見に行かない?』


 リョウタからのメッセージは二時間以上も前に来ていたものだが、ハルカは返信する気が起きないままでいる。

 しかし、いつまでもそのままにしておく訳にもいかず、とうとう指を動かす。


『そうだね! ごめん、部活で疲れたから今日はもう寝るね』


 少しためらったあと、送信ボタンを押した。

 すると直ぐに返信がきた。


『おやすみ。また明日!』


 自分は二時間以上も放置していたのに、秒で返信してくれるリョウタ。もし彼がロクに返信もしてくれない自己中男だったら、別れたくない気持ちも少しは違ったのかもしれないと思う。


(やっぱりムリだよ、わたしから振るのは……。好きだもん、リョウタのこと……)


 ハルカはぽんずを抱き寄せると、モフモフの身体をぎゅっと抱きしめた。


(明日あの人たちに会ったら、きっぱり伝えなくちゃ。わたしから別れるつもりはないって……)






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ