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9. アスパラ

「ごはんできたよ」


 思い当たる節が見つかってから、本当にそれが原因なのかを考えているうちに夕飯ができたようだ。

 今日のメニューはなんだろう、とテーブルの上を見ると──


「ア、アスパラ……」


 野菜の肉巻きがメインのようで、とても美味しそうなビジュアルはしている。

 しかし、肉からはみ出る緑色の何かが見える。見えてしまうのだ。


 俺の記憶上あの形状と色の食べ物は、アスパラという名前がついていた気がしている。見間違えかと思い、目を擦ってもう一度見るが、そこにはアスパラを肉で巻いた食べ物が鎮座していた。


「ん? あぁ、そういや陸人はアスパラ苦手だっけ? ごめんねぇ」


 そういって両手を合わせて謝ってきたが、心からの謝罪ではないことくらい俺にもわかっている。昨日苦手な食べ物を伝えたばかりなのに忘れるはずないだろ!

 

 これは凪沙からのメッセージだ。『ワタシは怒っているぞ』というメッセージに違いない。


 とりあえず椅子には座ることにした。


「わざとだろ」

「なんのことー?」


 人差し指を立てて、あざとく訊いてくるが、今は一切可愛いとか思わない。目の前に座るのが人間の皮をかぶった悪魔にしか見えなかった。


「俺が何かしたか?」


 思い当たる節はあったが、一応訊いてみた。


「さあねー。アスパラが嫌なら食べなくてもいいけど」

「いや、食べるよ。せっかく作ってくれたんだから」


 別にアレルギーというわけではない。単純に苦手なだけなので、頑張れば食べられるはずだ。俺も高校生になったのだから、せっかく作ってくれた物を残すなんてことはしない。けど、アスパラ以外にもにんじんを巻いているものもあったので、そっちを多めに食べてもいいかな……?


「そう」


 俺たちの会話は終了し、黙々と食べ始めた。


 気まずいなぁ。居心地の悪さが頂点に達してる。きっと冷蔵庫前での不敵な笑みはこういうことだったんだろうな。


 悪魔め!!


 心の中で何と言おうと、状況は変わらない。声に出さないと、改善には向かわないだろう。


「なぁ」

「なに?」

「凪沙が怒ってる理由って、今日の俺の発言が原因だよな?」

「今日なんか言ってたの? 生徒会長さんが可愛いなぁとか?」


 やっぱり、そうだ。わかってて言ってるな……。


「なんでその話知ってんだよ。凪沙は別のクラスだろ」

「そうだけど、なっちゃんに付いていったら教室で楽しそうに話す陸人が見えたから」


 惚けるつもりなんてもうないらしい。


「なっちゃん?」

「陸人たちが楽しそうに話してたときに話題に上がってた人」


 もしかして──


「空太の彼女か!?」

「うん。私たち仲良いんだよ」


 三大美人の二人に交流があったなんて……。

 今日聞いたばかりの三大美人という言葉を違和感なく使えるのは、三人が名前負けしていないからだろう。


「そうなのか……。てか、覗き見してたのかよ。いや、覗き聞き?」

「んっ!? そんなことしてないし! たまたま聞こえてきただけだもん!!」

「教室結構うるさかったし、集中してねぇと会話の中身なんか聞こえねぇだろ!」

「聞こえるの! 私、超耳いいんだから! ほーらっ!」


 そう言って、自分の耳たぶを引っ張ってアピールしてきた。


「いや、わかんねぇよ。ほらってなんだよ。そんなん見た目じゃわかるわけねぇから!」

「わかってよ!」

「無理言うな!」


 ヒートアップしすぎて、いつの間にか俺たちは席を立ち、前のめりでいがみ合っていた。


「私なんかのことわかるわけないもんね、陸人は」

「なんだよ」

「だって、生徒会長さんがタイプなんでしょ! 私なんかに興味ないんだもんね」


 凪沙は少し目が赤く、涙目になっていた。俯き、物憂げな表情をしている。

 

 そんな表情をされたら、罪悪感が芽生えてくる。昨日同じような状況で騙されたが、今回はガチっぽい。


「確かに春島先輩派と言った」

「やっぱりぃいぃいぃ!!!」

「ちょっ、待て。泣くなよ。絶対泣くなよ」

「泣いてないもん」


 今にも溢れそうな涙が、目に溜まっている。


「あの時はそう言ったが、実際は──」

「実際は……?」


 言うべきだろうか。凪沙に対して可愛いと思ってしまいそうになったことが何度かある。可愛いと認めてしまったら、敗北感を味わうのとこれからの同居生活に影響が出ると思い、考えないようにしてきた。

 

 同居人が可愛い幼馴染って状況、高校生の俺には刺激が強すぎる。


 あぁあぁあぁぁああぁあぁあぁぁあ!!!!


 どうしたらいいんだ……。


「ねぇ、実際は?」


 上目遣いで催促してくる。おそらく、今回は素でやってるんだろう。やっぱり、あざといとこあるんだよなぁ、俺の幼馴染は。


「……言わねぇ」

「なんでー」

「言わないもんは言わない」

「ケチっ。泣くよ?」

「今のお前は泣かなそうだから大丈夫そうだな」


 もう涙目ではなく、いつもの凪沙に戻っていた。少し落ち着いたのだろう。


「あー、お前って言った」

「悪い悪い。でも、一つだけ教えといてやる」


 今の俺の凪沙に対して思ってることは、言わないでおく。その代わりというわけではないが、罪悪感もあるし過去の話を伝えておくことにした。


「ん?」

「数年前の話。今じゃないからな」

「うん」

「俺が初めて可愛いと思って、好きになった初恋の相手は──凪沙」


 遠い昔。小学生の頃の話だ。今は恋愛的に好きとか、そういう感情ではない。可愛いって言うのもあの頃の話だ。

 中学三年間丸々空いており、凪沙に対するそういう感情は消え去った。いや、消し去った。


 人としてはおそらく好きなわけで、そうじゃなければ同居なんてできないと思う。まだ二日目にしてそう思うのは早計だとは思うけど。


 俺が数年越しの告白をしたというのに、何も言ってくれないのはちと酷い。内容が内容なので、羞恥心から凪沙の方を向くことができていなかった。


 おそるおそる凪沙の方に目をやると──


「あ、あー、メイクの調子が悪い気がするなー。こんな顔じゃ恥ずかしいし、ちょ、ちょっとメイク直してくるね」


 そう言って、顔を隠して洗面所の方へ走っていった。


 赤くなった顔を隠したつもりだったのだろうけど、なびいた髪の隙間から見えた耳は真っ赤に染まっていた。


 告白され慣れているはずなのに、告白というのは何回されても照れるものなのかもしれない。どうやら数年越しの告白でも、凪沙にとっては効果抜群だったようだ。

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