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帝国国防婦人 八千代  作者: 日之本オタ
8/21

8.八千代の休日

 今日は土曜日なので学校はお休みだということらしい。

 村では、お休みの日などというものはなく、一週間は、月・月・火・水・木・金・金となっていた。

 なんで月曜日と金曜日が2日ずつあるのかがよく分からなかったが、現代ではどうやら最初の月曜は日曜日、そして2つめの金曜は土曜日というらしい。そして、土曜日と日曜日はお休みということらしいのだ。

 これはきっと日本の生産性を低下させるための進駐軍の作戦に違いない。

 いつかきっと進駐軍を追い出して、日本の社会構造を元に戻さないといけないが、今は社会全体がそうなってしまっているので、しょうがない。八千代一人が学校に行っても意味がないから、今日は学校を休むしかないのだ。

 村で「休む」というのは、寝ることか、しばらくじっとして体を回復させることを意味していたが、一日中寝たり、じっとするなどということはできない。

 結局、休みの日というのは何をする日なのかよくわからないが、試験前の休みは勉強する日だと洋子は言っていたので、とりあえず家で試験勉強をすることにしよう。

 ただ、軍事教練をおろそかにすると命にかかわることになるため、これは別枠だ。

 土曜日といえど、とりやめることはできないため、いつものように5時に起きて、新しい戦闘服を着て、事務所を出発した。


 町を走りながら、八千代は迷っていた。

 眉山に登るべきが否かについてである。

 米兵のスパイ活動を牽制(けんせい)するためには、『おまえらの行動は監視されているぞ』ということを行動で示しておく必要がある。

 しかし、彼らは日々援軍の数を増やし、八千代の威力偵察に対抗してきている。

 昨日は危ない所で被弾を(まぬが)れたが、今日はさらに命がけの作戦行動になるだろう。

 しかし、八千代は誇り高き大和なでしこである。

 お国のためには、命を懸けてでも敵の行動を妨害しなければならない、と決意した。


 八千代は眉山の登山道を駆けあがったが、昨日の失敗を繰り返さないように、山頂に出る前に茂みに潜んで、頂上の様子を伺った。


 居たっ。


 山頂には大勢の米兵が待機していた。昨日よりもずっと多く、30人ぐらいはいるだろう。

 彼らのうち街の様子を撮影しているのは一部であり、多くはこちらの方を向いていた。

 おそらく八千代の襲撃に備えて警戒しているのだろう。

 そこに正面から飛び出して行っても、集中砲火を受けるだけである。

 八千代は、音を立てないように茂みを迂回(うかい)し、米兵の背後に回った。

 彼らは皆、登山道側に警戒態勢を引いていることから、八千代は完全に背後を取っている。

 今なら奇襲をかけられ、なんとか全員を倒すことができるかもしれない。

 そう考えていた八千代は、はっと思い至った。


『今は戦争状態ではなく、日本は占領下にあるのよね。

 そうだとしたら、もし私が彼らに危害を加えた場合、それを口実に亜米利加は日本に再度戦争をしかけるかもしれない。

 戦争まで行かなくても、日本により大きな譲歩を求めてくるのはまちがいない。

 お国のためには、ここで彼らに手出しをしてはならないんだわ。』


 八千代の使命はより困難なものとなった。

 彼らの攻撃に対して、反撃しないまま、スパイ活動を牽制しなければならないのだ。

 そのためにはどうすればよいか。

 八千代は考えた末、米兵に恐怖体験を与え、ここでのスパイ活動は危険を伴うものであることを認識させればよい、と結論づけた。

 すなわち、奇襲をかけ、敵を傷つけないようにしながらも命の危機を認識させたのち、攻撃を避けながら速やかに撤退するのだ。

 八千代は茂みの中から奇襲の機会を伺っていた。


 その時、米兵たちに緊張が走った。登山道に白い影が見えたのだ。

 米兵たちは一斉に短銃らしきものを構えて、影の主が姿を現すのを待った。

 しかし、影の主はただの登山客であった。米兵たちが緊張を解き、ため息が聞こえた。


「今だ! やああああああ!」


 八千代はモップを振り上げ、大声で気合をあげながら、米兵たちに背後から突進をしていった。

 そして、近くにいた米兵数人に対して、モップで寸止め攻撃を敢行(かんこう)した。


挿絵(By みてみん)


 彼らは確かに驚愕した。

 なんと、今日はペンギンなのだ。

 うさぎもかわいかったが、ペンギンもなかなか捨てがたい。

 皆、一斉にカメラ・・もとい、短銃と思しきものを構えた。

 八千代は反射的に射線から身を避け、あちこちに跳ね回りながら、敵兵たちに寸止め攻撃を続けた。

 八千代が動き回るため、観客たち・・もとい、敵兵たちは拍手をする余裕もなく、写真を撮るのに、・・じゃなくて、照準を合わせるのに必死だった。ああ、ややこしい。


 八千代はしばらく跳ね回った後、茂みへと撤収し、音もなく登山道を降りていった。

 残された者たちは、高揚した様子で話し合っていた。


「ペンギンだったな」

「ああ、ペンギンだった」

「あれもなかなかよかったな」

「すごい迫力だった」

「サービス満点だな」

「お前写真とれたか?」

「ああっ、ブレブレになってる」

「明日は撮影会してもらえるよう頼もうぜ」


 今日もネットの徳島掲示板は祭りになりそうだ。


 山を降りた八千代は、作戦の成功に胸をなでおろしていた。

 あれだけ脅かしておけば、敵もスパイ活動を断念するだろう。

 もしこちらが本気であれば、命はなかったという現実に、今頃肝を冷やしているに違いない。

 しかし、先程の状況を冷静に思い返してみると、不審なことに気づいた。

 そういえば、敵兵のうち何人かは短銃の代わりにスマホを構えていた。

 しかも、その射撃音はスマホの写真撮影時の音と同じであった。

 八千代は、スマホでの電話のかけ方と写真の撮り方だけは、ノブに教えてもらって知っていたのだ。

 すなわち、彼らは八千代の写真を撮ろうとしていたのだ。

 たしかに、あれだけの数の射撃を受けたとしたら、いくら避けまわっとしても、かすり傷さえわなかったのは不自然である。

 敵は銃撃していたのではなく、写真を撮っていたのだと考えると、筋が通るのだ。

 ならば、やはり彼らが持っていたのは短銃ではなく、写真機と考えるのが自然だ。


 ここから導き出される彼らの真の目的は・・

 そう、彼らは街のスパイ活動をしているだけではなく、八千代の戦闘行動を撮影していたのだ。

 このことに思い至り、八千代は(ほぞ)()む思いだった。

 結局、昨日と今日の八千代の行動は、八千代の戦い方を敵に記録させることになり、日本人の戦術を分析する材料を敵に与えるという、利敵行為だったのだ。

 八千代は自分の浅慮(せんりょ)を大いに反省した。

 街への敵のスパイ行為を放置するのはくやしいものの、眉山での敵への牽制は、日本の手の内を見せることとなり、かえって日本を危うくすることになる。

 八千代は朝の軍事教練で眉山に登るのは、明日からは控えることにした。



 事務所に帰り、朝食を摂ったあとは、洋子にいわれた通り勉強をすることにした。

 八千代は、勉強はわりと好きである。

 村では生きることに多くの時間を費やしており、そこに軍事教練が大きな負荷として加わっていた。

 このため、農作業や炊事洗濯といった家事の合間はほとんどきびしい軍事教練であり、夕食後の桔梗先生の勉強時間だけが唯一体を酷使しない時間であった。もちろん自由時間なんてものはなかった。

 勉強時間と言うのは、八千代にとっては一日のうち最も楽な時間だったのだ。

 楽しく勉強するためには、戦闘服は脱いで、学校の制服に着替えることにした。やはりこの方が勉強にはふさわしい。


 楽しい勉強の一つなので、英語の教科書を丸暗記することもあまり苦に思えなかった。

 ただし、八千代はまだ、英語の発音は知らずに、ローマ字しか知らなかった。

 このため、英文を無理やりローマ字に見立てて読んでいった。

 奇妙なことに、英文にはローマ字にはない(つづり)りがあった。子音が重なったり、最後が母音になっていないような場合だ。しょうがないので、そういう場合は、無理やり「a」をはめ込んで発音した。

 例えば、

  You are young.

 の場合、

  ヨウ・アレ・ヨウンガ

 となる。

 カタカナ英語どころか、アメリカ人が聞いてもとうてい英語とは思えない発音である。

 呪文のような文章であるが、かつて八千代は長いお経を覚えさせられたことがあり、それと大して変わらない。

 また、今朝じいさまから、顧問弁護士の先生につくってもらったという日本語訳をもらっていた。

 それと突き合わせて、1文ずつ英文のローマ字読みと、日本語をセットにして覚えていった。


挿絵(By みてみん)


 しばらく丸暗記をつづけていると八千代はあることに気づいた。

 今日の英語の授業においては、日本語をローマ字にすると英語になるものだと八千代は理解したのだが、どうやらそうではなく、英語と日本語は単語そのものが違うことを発見したのだ。

 日本語で「あなた」という英文にはかならず「ヨウ」が入っている。つまり、英語では相手を指す二人称は「ヨウ」というのだ。

 他に見ていくと、「私」を表す一人称は「I」すなわち「イ」であることをつきとめた。

 この大発見に楽しくなり、八千代はどんどん英文を覚えていった。

 そのうち、こんな文章も見つけた。

  I hate you. イ・ハテ・ヨウ

  =「私はあなたが嫌い。」

 つまり、「ハテ」は「嫌い」という意味だ。うん、分かってくると、この暗号解読はなかなか楽しい。

 しかしなぜハテはヨウの前にあるのだろう。

 順番からすると、イ・ヨウ・ハテにならないといけないのに。

 たぶん米英は根性が曲がっているから、こうなるのだろう。

 しかし、単語が全部違うということは、世の中の全ての言葉を英語で覚えなおさないといけないことになる。これは大変な労力である。英語は2~3日で習得できると考えていたのは甘かったのだ。


 などと、あれこれ考えながらも、午前中に教科書の3ページほどは暗記してしまった。

 うん、これなら土日のうちに試験範囲は全部覚えられそうだ。



 気づかないうちにお昼になっており、館内放送が昼ごはんの準備がて来たことを知らせた。

 八千代は食堂に下りていき、じいさまと昼食を摂った。

 周りは、セーラー服姿の八千代に萌えていたが、二人はそんなことには気づかなかった。


「どうじゃ、勉強の方は」


「はい、結構楽しいです」


「そうか、お前が英語が楽しいと言うとはのぉ」


「これなら明日中には試験範囲を終わらせられそうです」


「まあ、無理はせんようにな。あまり根を詰めすぎんように、時々外で深呼吸ぐらいはするんじゃぞ」


「はい、わかりました」



 昼食が終わった八千代は、勉強を再開する前に深呼吸して気合を入れるために、一度事務所の外に出た。

 八千代が背伸びをしていると、一人の老婆が大きな荷物を背負って、しんどそうに歩いていた。


「おばあさん、大変そうですね。

 荷物、お持ちします」


 八千代はそう言って、老婆の荷物を持ってあげた。


「ありがとね、娘さん。

 それじゃ申し訳ないけど、そこの家までお願いしようかね」


 老婆の家は事務所から十軒ほど離れたところにあった。

 八千代は老婆の家までついていき、荷物を玄関に置いた。


「ここに荷物をきますね。それじゃ、これで失礼します」


「お待ちよ、せっかくだからお茶でも飲んでおいき」


「そんな、申し訳ありませんわ」


「ええだろ、さあ、こっちにいらっしゃいな」


 一人暮らしの老人は、話し相手に飢えており、八千代もまた老人には親近感を抱いてしまうのだ。

 結局、八千代は縁側に座り込んで、茶飲み話をすることになった。


「娘さんはどちらの方かえ?」


「そこの錦織組でお世話になっています」


「そうかえ。それじゃご近所さんじゃの」


 意外かもしれないが、暴力団とその近所の関係は良好である場合も多い。

 暴力団としても居場所がなくなるとまずいことから、近所づきあいには気を使っているのだ。

 毎年ニュースになるように、神戸にある全国的な暴力団についても、ハロウィンには近所の子供にお菓子を配ったりしている。

 近所の子供は、暴力団事務所にやってきて、「お菓子くれないといたずらしちゃうぞ」と組員を脅迫しながら、たくましく育っていくのだ。


 老人の名前はトミさんと言い、戦後すぐからこの地に長く住んでいる戦争未亡人である。

 このため、孝太郎とも面識があった。


「これ、今買ってきたんだけど、お茶うけにたべるかえ」


 老人はお茶と一緒にボタ餅をパックのまま差し出した。


「ボっ、ボタ餅じゃないですか!こんなに貴重なものをいいのですか。今日はなにかのお祭りでしたっけ」


「そうじゃね、昔は特別な時にしかこんなの食べられなかったねぇ」


「はい。お祭りとかの日に朝から小豆を炊いて餡子(あんこ)を作るのがとても楽しみでした」


「そうじゃねぇ、以前は自分たちで作っていたんだったねぇ」


「餡子を煮ながら、『おいしゅうなぁれ、おいしゅうなぁれ』とか言って、真剣だったんです」


「うまく作らないと、少し苦みがでたりしたもんだね」


「それって、小豆を下茹でするときに、最初のゆで汁を捨てるといいんですよ」


「ほぅ、そうかね」


挿絵(By みてみん)


 二人はやたらと会話が合うようであった。

 八千代にとっては、洋子との会話も楽しかったが、内容の半分も理解できないものであった。

 それに対して、トミさんとの会話は話の合う内容であり、話題が尽きなかった。

 カマドを使った炊事の話題、農作業、戦時石鹸などの代用品のこと、次々に話が弾んだ。

 トミさんにとっても、若い娘と共通の話題で会話できるなどずっとなかったことなので、ついつい長話となってしまい、気づいた時には夕方近くになっていた。


「あっいけない、私、試験勉強しないといけなかったんだわ」


「あらそうかい、それは悪いことをしたね。試験が終わったらまた遊びにきてくれるかい」


「はい、もちろんです。こちらこそお願いします。」


 八千代はあわてて家に帰り、寝るまでの間、寸暇を惜しんで勉強した。



 翌朝も、八千代は早朝の軍事教練に出かけた。昨日までの失敗に懲りて、今日は眉山に登るのはやめておいた。

 その代わり、徳島中央公園で、徳島城をなんども上り下りし、公園内の木を敵に見立ててモップで槍術の特訓をした。

 米兵の姿はなく、集中して訓練ができた。


 その頃、眉山頂上では50人ほどが待ちぼうけを食らっていた。

 いつまで経っても、うさぎもペンギンも現れなかった。

 参加者たちはスマホ等を使って、徳島掲示板で会話をしていた。


「来ないな」

「ああ、来ないな」

「今日は日曜だから休みかもしれない」

「そうだな、観光課の職員なんだろうからな」

「せっかく早起きしてきたのに残念」


 そこに新たな書き込みが、動画と共に投稿された。


「ホテルクレメントなう。窓の下の徳島中央公園でペンギン娘が跳ね回っている。動画添付」


 たしかに、ペンギンが小さく写っていた。

 これを見た彼らは、一斉に移動を開始した。

 しかし、眉山山頂から徳島中央公園への移動はかなり時間がかかる。

 彼らが到着したときには、すでにペンギンの姿はなかった。


 彼らはその後も掲示板で会話を続け、一つの結論に達した。

 これは観光キャンペーンなのだから、徳島市内のいろいろな観光地をアピールするためにそれぞれの観光地に出現するのであろう。

 翌日から、捜索合戦と出現地点の予想が盛り上がりを見せることになった。


 そんなことになっているとは想像もしていない八千代は、朝の訓練を終え、任侠小説もトミさんとのおしゃべりも、今日一日は我慢して、明日からの試験に備えていた。

 一日中慣れない英語と格闘するのは大変だったが、敵の情報を得ることができるようになるという目的が明確であるため、充実した時間を過ごしていた。

 八千代は、日曜日のうちになんとか教科書の試験範囲を全て暗記することができた。


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