18.八千代の決意
この年度末から年度初めにかけて、八千代はとても忙しかった。
3月中旬には年度末試験があった。
試験において、米軍のブートキャンプへの参加により少しは英語が分かるようになったつもりであった八千代は、英語の成績の向上を期待していた。
しかし、筆記試験の読解力は上がっておらず、前回とあまり変わらない成績のままであった。
結果、総合順位はまた10位となり、相変わらず英語が大きく足を引っ張る状態が続いていた。
春休みに入ると、マリコに誘われていた米軍のサバイバル実習に参加した。
剣山系の山奥に連れてこられ、そこで十日間生き延びるよう指示された。
最低の装備と2日分の食糧と水を持たされ、あとは自分で調達する必要があった。
適当にチームを組んでも良いとのことだったで、八千代とマリコは一緒に行動することとした。
あともう一人、マリコと駐屯地で仲良くなっていた新兵のエイミーがチームに加わった。
エイミーは大柄な黒人女性で、八千代は最初少し怖いと感じていたが、すぐに性格の穏やかなエイミーと打ち解けた。
三人は山に入っていくと、まずは生活拠点を確保することとした。
「ボク、実はここでのサバイバル訓練には何度か来てるから、良い場所を知ってるんだ」
マリコはそう言い、二人を茂みの奥の洞窟に連れていった。
「ちょっとズルかもしれないけど、これも経験を活かすことなんだから構わないよな」
マリコはちょっと後ろめたそうに八千代に言った。
「この時期、夜の剣山系はまだまだ冷えるので、洞窟はありがたいですね。
それに、夜暗い中、開けた森の中にいるのはいやですから・・」
「おっ、暗闇で敵に囲まれる危険性をちゃんと想定してるんだな、八千代」
マリコは八千代が言った『いや』の意味を誤解していたが、八千代は単に夜、暗い中で森にいるのが怖かっただけである。
しかし、八千代が怖がりであるなどということは、マリコは想像もしていなかった。
「ただ、ここは水場から遠いのが難点なんだ。
ここから湧き水のある所に行くのには3時間ぐらい歩かないといけないんだ」
マリコは洞窟に荷物を下ろしながら、うんざりした様子でそう言った。
しかし、八千代はこの洞窟に来るまでに、あることに気づいていた。
「あの、マリコさん。
すぐ近のあそこに、アケビの蔓がありました」
「えっ、でも今はアケビなんて実がなる季節じゃないだろ」
「いえ、そういうことではなくて、アケビって水脈のあるところに生えるんです」
「ん?どういうことだ?」
「もしかしたら近くに水が確保できるところがあるかもしれません」
「なんだって?もしそうならすごく助かるな。
八千代、ちょっと調べてきてくれよ」
マリコが興奮する様を見ていたエイミーがマリコに説明を求めると、エイミーも八千代と一緒に行くと言い出した。
「じゃあ八千代、エイミーと一緒に行ってきてくれ。
ボクはここで生活拠点の設営をしているからな」
「はい、わかりました」
八千代はエイミーにアケビの葉を見せ、身振り手振りでこの葉のついた木を探すよう説明した。
エイミーはかなり目が良い様子であり、遠くのアケビの葉を見つけてはうれしそうに八千代に伝えた。
アケビはここまで登ってきた道とは反対方向に、かなりとびとびにではあったが並んで生えていた。
二人がこれを辿っていくと、狭い場所に芹の葉が密集している部分があった。
「あっ、ここね」
思わず声を上げた八千代が芹の葉をめくってみると、少し地面がえぐれ、水が染み出しているところがあった。
洞窟からは100mも離れていないところだった。
水はすぐにその先で岩の隙間にしみこんでいたため、沢にはなっておらず、これらの部分は芹の葉で隠れていたため、これまでマリコが気づかなかったのも無理はなかった。
"じぇじぇっ、おったまげただ、本当に水があっただなこりゃ。
おんめぇすんげえんだなぁ、八千代"
エイミーはそう言いながら八千代に抱きつき、すごい力で八千代を抱きしめた。
ルイジアナ出身のエイミーの強い南部訛りの英語は、八千代には全く分からなかったが、エイミーが喜んでいることだけはよくわかった。
"おら、マリコさ呼んでくるだ"
エイミーはそう言って、走っていった。
言葉は全く理解できなかったものの、八千代はエイミーがマリコを呼びに行ったことは分かった。
言葉が全然わからない中にいると、身振りや表情などで、かなり相手の意図が分かるようになるものである。
八千代はその間、水の湧き出している部分を調べ、いくつかの石をどけると、水は半分蛇口を閉めかけの水道程度には流れていることがわかった。
エイミーはすぐにマリコを伴って戻ってきた。
「おっ、すごいじゃないか八千代。
これで水を遠くまで汲みに行かなくてもすむな」
喜ぶマリコに八千代が答えた。
「そうですね。この部分に竹を置いて、容器に誘導するようにしたら水が溜まりますね。
湧き水ですから、簡単に布で濾過するだけで飲んでも大丈夫だと思います。
私がやっておきますから、二人は洞窟の方をお願いします」
「そうか、じゃあ頼んだぞ」
二人を見送った八千代は、支給されたサバイバルナイフを使って竹やぶから竹を切り出し、樋を作って、そこに水を貯める容器を設置した。
設置に邪魔になっていた芹の葉を摘んだが、これは食用になる。
ついでに食料も確保することにした。
このあたりの植生は村のそれと同じであり、食べられる草はよく知っている。
しかも今は新芽の季節である。
芹をはじめとし、わらび、タラの芽、ヨモギ、ノビル、イタドリ、フキ、タケノコ、各種キノコ類など、ちょっと歩いただけでも充分な食料が確保できた。
これらを集めていると、奥の太い木の幹に大きな傷がついているのに気付いた。
鹿が角をこすりつけた痕である。
周囲を調べると、鹿の歩く獣道が見つかった。
早速、八千代はアケビの蔓で縄をなって、獣道に罠をしかけておいた。
洞窟に帰った八千代が収穫物を二人に見せると二人は驚いていた。
「これって食べられるのか」
「ちょっと調理は面倒ですが、ちゃんとアク抜きをすればおいしいですよ」
「そうか、それじゃあ料理は頼めるか?
そこにカマドを作っておいたから」
見れば、キャンプ場並にちゃんとしたカマドができており、すでに火も入っていた。
「素敵なカマドですね。
これなら全然問題ないです」
八千代にとって、村における普通の食事の用意であり、喜んで料理を始めた。
夕食は携行食料を少し加え、主菜はクセのある山菜ではあるものの、八千代の調理と空腹と言う調味料が加わることによって、充分に満足できるものとなった。
一方、八千代が料理をしている間にマリコとエイミーは薪を取ってきたり、ススキの穂を集めて寝袋の下に詰めたりしていたため、夜はかなり快適に過ごすことができた。
八千代にとっては、以前の村での生活とそんなに変わらない、というか携行食料などもあることから、むしろ村での生活より快適な環境であり、どこがサバイバル訓練なのかよくわからなかった。
翌日、三人で食料集めを行いに山を歩いたが、八千代にとってこの季節の食料探しは簡単なものであり、午前中に充分な食料が確保できた。
ここは米軍の演習場として地元の人の立ち入りが禁じられているため、山の恵みが手つかずのままに豊富に残されているのだ。
マリコとエイミーは食べられる植物の見分け方を一生懸命覚えていた。
この日は罠に獲物はかかっていなかったが、八千代が鋭い竹ひごを作り、これを投げて山鳥を一羽しとめたため、夕食には山鳥と山菜の鍋を楽しむことができた。
デザートに団子までついていた。
これはワラビと葛の根からとったでんぷんを使ったものだった。
さらに翌日の朝、しかけた罠に鹿がかかっていた。
充分成長した立派な雄の鹿で、たぶん木に角痕を残した個体なのだろうと思われる。
罠に足をとられていたものの、興奮して暴れまわっていたため、八千代が手慣れた様子で縄を引っ張って鹿を木の幹に押さえつけて固定し、マリコが頸動脈を切って仕留めた。
その後、八千代が血抜き、解体をするのをマリコは熱心にノートを取りながら観察していたが、エイミーは震えながら見ていた。
すぐに食べられる分を除いて燻製にしたが、3人が残りの訓練期間食べるのには充分な量があり、早くも食糧問題は解決した。
サバイバル生活のほとんどの時間を費やすべき、水、食料、寝床の確保が早々に全て揃ってしまったため、あとは気楽なものである。
鹿と山菜のバーベキューを楽しんだマリコは、ススキの寝床にころがって八千代に話しかけた。
「いやーぁ、こんならくちんなサバイバルは初めてだぞ。
これじゃ全然訓練にならないなぁ、八千代」
「そうですね。
今のところ、村で普段の生活をしていたときと同じで、特別変わったことをしているわけではありませんね」
二人の会話を理解できていないエイミーが尋ねた。
"マリコと八千代は、なんでこったらサバイバルに慣れてるだか?"
"ああ、ボクはこんな訓練は何度か参加してるけど、それより八千代がすごいんだよ。
八千代はこの近くの山で育ったニンジャみたいなもんなんだ"
「なっ、八千代」
八千代は『なっ、八千代』だけ日本語で言われても訳が分からなかったが、マリコがちゃんと説明してくれたのだろうと思い、答えた。
「いっいえす、あいどぅー」
"わぉ、八千代ってニンジャだったんけ、そりゃまんずすごいわけだべな"
忍者が大好きなガイジンの例にもれず、忍者をスーパーヒーローか何かと誤解しているエイミーは、ますます八千代を尊敬の目で見つめるようになっていった。
その後、八千代にべったりだったエイミーに一生懸命英語を学んだ八千代は、かなり南部訛りの英語を身につけることとなった。
また、時間的余裕ができた三人は、残りの訓練期間を広い演習場の敷地を有効に使って基礎体力の向上に努めた。
そうこうしている間にあっというまに十日が過ぎ、サイレンの音を合図に訓練生たちは集合場所に集まってきた。
ほとんどの訓練生が頬がこけたやつれた顔をしていたのに対し、八千代達三人だけはつやつやとしていたため、教官は驚いていた。
実際のところ、訓練と言う意味では八千代にとって正直あまり得るものはなかったわけだが、懐かしい村での生活のようなものを友人たちと追体験できたため、とても楽しい日々であった。
このこともあって、八千代はこれからもできるだけ訓練に参加することをマリコと約束し、家に帰った。
春休みはほとんどがサバイバル訓練でつぶれてしまったため、あっという間に新学期が始まった。
新学期初日に登校すると、靴箱の奥のホールにクラス分けの紙が貼ってあった。
八千代は3年B組となっていた。
後で聞いたところによると、A組になるためには総合成績が高いのみならず、すべての科目が規定の最低点以上であることも条件となっているとのことである。
このため、八千代は英語がその規定に引っかかり、B組となったわけである。
結局、生徒のクラス間の入れ替わりはごくわずかであり、洋子を始めとする八千代の親しいメンバーは皆B組であったため、八千代にとってはB組でよかったのだ。
皆が一緒のクラスになったことでハイになった生徒たちは、始業式を終えた後もキャーキャーとおしゃべりをしていた。
「ねえねえ、きょう、うちでビデオ鑑賞会しない?」
「えっ、なんか面白いのがあんのかな、恵子?」
洋子は興味深そうに答えたが、横から委員長の麻上が不審そうに口を出した。
「またー、恵子が見せたがるものって、マニアックすぎるのよね。
この前見せられた、何だっけ?たしか『ファンタスティック・プラネット』とかいうアニメ?
あんなの気色悪かっただけじゃないの」
これに、真田恵子は不本意そうに答えた。
「何言ってんのよ委員長、あれはその筋ではとても評価が高いのよ」
「いや、その筋ってどの筋なのよ」
「そんなことより、私やっと『少女椿』のアニメを手に入れたのよ。
これってなかなか入手できなかったのよ」
「なにそれ?萌えアニメ?」
「ん・・ま・・まあ、そういえないこともないことないかも」
「まあ今日は暇だからいいけど。
洋子や八千代はどうする?」
「うんそうだね、恵子んち行ったことないし、行ってみようかな」
「そういうことでしたら、よくわかりませんが私もぜひおねがいします」
三人は真田の家に行ってビデオ上映会に参加し・・・全員度肝を抜かれた。
「うげー、なんなのよこれ」
「私、びっくりだよ」
「アニメって初めて見ましたけど、こういうものだったのですか」
三人の酷評を受け、真田はヘコんでいた。
「ううっ、せっかくフランスから逆輸入盤を苦労して手に入れたのに・・」
「あきれた、あんたって本当にマニアっくね」
「コアな映像ファンって呼んでよ」
麻上と真田のやりとりを聞きながら、八千代は棚にずらっと並んだビデオソフトを眺めていた。
『なんて素敵な日』、『ペルセポリス』などなど、たくさんのタイトルが並んでいたが、八千代には想像もつかない題名ばかりだった。
ただ、中にあった『桃太郎 海の神兵』というのはちょっと見てみたい気もした。
まあビデオの中身はともかくとして、友達とお菓子を食べながらビデオを見ておしゃべりするのは、八千代にとって楽しいものであり、それなりに満足だった。
夕方になって真田の家の前で解散する際も、少し名残惜しい気がしていた。
「みんな来てくれてありがとうね。
またいいのが手に入ったら見に来てよ」
「あんたね、今度はもうちょっと一般的なのにしてよね」
真田に麻上がつっこんでいる横で、名残惜しくてしんみりとしていた八千代に洋子が話しかけた。
「八千代、つまんなかったかな?
変なことにつきあわせて悪かったよ」
「えっ、いいえ、楽しかったですよ。
私、こんな風に友達の家に行っておしゃべりしたりするのは初めてだったので、とてもうれしかったです。
なんか帰るのが残念なぐらいです」
「そっか、そんならよかったよ。
また今度集まろうよ」
「そうね、今度はもっとまともな作品を見ようね」
麻上は念を押すのを忘れなかった。
それからも八千代は、平日は学校、休日は米軍の駐屯地で訓練と、忙しい毎日を過ごしていた。
訓練が終わったある夕方、マリコは八千代に深刻な顔をしながら話しかけてきた。
「なあ八千代、実はもうすぐお別れしなきゃいけないみたいなんだ」
「えっ、どういうことですか」
「パパの本国帰国が決まったんだよ」
「ということは、アメリカに帰ってしまうのですか」
「うん、そうなんだ。
この夏に帰り、9月からは本国のハイスクールに通うことになりそうなんだよ。
アメリカでは9月から新学期が始まるからな」
「それは残念ですね、せっかくお友達になれたのに」
「そうか?お前もそう思うか?」
「はい、マリコさんがいなくなるととても寂しいですし、それに、マリコさんがいなくなると、ここでの訓練に参加させてもらうわけにもいきませんし」
「そうだよな・・」
二人はしばらく沈黙していたが、マリコが思いついたように切り出した。
「なあ、お前も一緒にアメリカに来ないか?」
一瞬八千代には、マリコの言っている意味が分からなかった。
「えっ、ええっ?!」
「そうだよ、お前、アメリカに留学しろよ」
「ちょっと待ってください、急にそんな・・」
慌てる八千代とは対照的に、マリコは自分の思い付きがとてもいいアイデアのように感じられてきた。
「そうだよ、今ならとてもいいタイミングだ。
夏まで英語の勉強をして、9月から高校3年生としてアメリカの学校に行けばいいんだよ。
それで、そこから一年あれば、八千代ならスポーツやらなんやらでもいろいろ実績が残せるだろうから、大学の推薦もとりやすいし。
それでそのまま一緒にアメリカの大学に通えばいいよ。
ボクも頑張って一年飛び級して、八千代と一緒に大学に入学するからさ。
そうだ、ボクが戻るベイエリアにはいい高校もあるし、大学もUCSFやUCバークレー、スタンフォードだってある。
うん、そうしろよ八千代」
次々と飛躍していくマリコの話に、八千代はついていけなかった。
「いっ・・いえ、そんな急に・・アメリカなんて言われても・・」
「そりゃそうだろうな。
まあ、よく考えてみてくれよ。
ボクもいろいろとサポートするからさ」
二人はそのまま別れ、八千代は家路についたが、八千代は帰る道々悩むこととなった。
八千代にとって、アメリカで生活するなど想像もつかないことであった。
最近、米軍基地で米兵たちと接することにより、ずいぶん米兵に対する見方は変わってきたものの、アメリカは敵の本拠地であり、八千代にとって本能的に恐怖しか感じない暗黒帝国である。
ルーズベルト、いやトルーマンに変わったんだっけ、ともかく鬼のような首魁の支配する悪の軍団である。
そんなところに行ったりすると、八千代はあっという間に蹂躙され、「天皇陛下万歳」を叫ぶ間もなく命を失うかもしれない。
しかし一方、これはマリコが勧めてくれたことであり、マリコが八千代にそんなひどいことをするとは思えない、と冷静に考える八千代もいた。
八千代はこれまでの経験から、自分の感覚が一般的な常識とずれていることを認識する理性を持ち合わせているのだ。
感情に左右されず、本当に進むべき道は何なのか、八千代は考え続けた結果、孝太郎に相談することとした。
八千代に説明を受けた孝太郎は、しばらく目を閉じて考えていたが、おもむろに話し始めた。
「うむ、お前の進路の1つとして、検討するのもよいかもしれんのぉ」
「ええっ、じいさま、アメリカですよ」
「ああ分かっとる。
アメリカは日本と文化は違うし、なにより遠い」
「それだけじゃなくて、米兵たちの本拠地です。
そもそも、じいさまのこの組は、米兵を日本から追い出すために活動しているのではないのですか」
「わしらがアメリカ軍を日本から引きあげさせようとしてるのは、なにも彼らが鬼だからというわけではないぞ。
わしらは日本人のプライドのために活動しとるんじゃ。
それに、大きな声では言えんが、この活動自体が飯の種でもあるんじゃよ」
「えっ・・よくわかりませんが」
「まあ、そこは気にせんでええ。
とにかく、お前はアメリカを恐れる必要はないということじゃよ。
日本人もアメリカ人も、いい奴も悪い奴もおるのは同じなんじゃ。
お前もアメリカ人の知り合いがたくさんできたんだろうから、わかってきたんじゃないのか?」
「はい、それはそうですが・・」
「なあ八千代や、わしもお前にしばらく会えんようになるのは寂しい。
しかしな、わしはお前にとってこの話は決して悪い話ではないように思うんじゃ」
「どうしてでしょうか」
「うむ、お前のこれまでの生い立ちは、正直なところ、他の一般的な同世代の者たちとは、かなり異なっておる。
自分でもわかっているだろ」
「はい、それは感じています」
「お前の身に染みついたものはそうそう簡単には変えられん。
しかし、日本は均一社会であり、異物は排斥される傾向にあるんじゃ。
この先、お前はそのことで苦労するかもしれん。
一方、アメリカは多様性社会であり、異質なものも許容する寛容さがある。
もしかしたら、お前の将来のためには、そちらの方が居心地がいいかもしれんぞ」
「・・・」
「あまり嫌悪感を示さず、この話、よくよく冷静に考えてみたらどうじゃ」
「はい・・ありがとうございました・・」
反対してくれると思ったじいさまに、逆に前向きに考えるように言われ、八千代は混乱しながら自分の部屋に戻った。
年長者を尊重するように教育されてきた八千代にとって、じいさまの言葉は重いものであり、その日は眠れない夜を過ごすことになった。
翌日の放課後、留学の悩みと睡眠不足で一日中欝々としていた八千代に洋子が声をかけた。
「八千代、どうしたのかな?
今日ずっと暗いかんじなんだけど」
「ありがとう洋子。
いろいろ考えることがあったものですから。
心配をかけてごめんなさいね」
「そっか、でもそんなときは気分転換のために楽しいことをしたらいいよ」
「楽しいこと?」
「うん。
あっ、そうだ。
この前恵子んちでした映画鑑賞会が楽しかったって言ってたよね」
「はいそうですね、とても楽しかったですよ」
「じゃ、今度はうちでなんか一緒に観ようよ、恵子や委員長も誘ってさ」
「それは楽しそうですね」
「んじゃ決まりだね。
ねー、恵子、委員長、今日うちで映画観賞会しない?」
洋子の呼びかけに二人はすぐに乗ってきた。
「ん?いいわね」
「恵子のチョイスじゃないなら観に行くわ」
麻上の念押しに洋子は笑って答えた。
「あはは、私の洋画コレクションから選ぶよ。
そうだね、なんか何にも考えなく見られて、スカッとするのにしようね。
あと、や・・やっぱり筋肉ムキムキが見られるのがいいよね」
てなわけで、4人で洋子の家に集まり、アベンジャーズという映画を観ることになった。
アメコミヒーローがたくさん出てきて大活躍するアメリカ映画だ。
派手なアクションとヒーローたちの活躍に、四人は大いに盛り上がった。
「ぎゃははは、いやーぁ笑えたねぇ」
「つっこみどころがたくさんあって面白かったわ。
この手の作品は皆で見るに限るわね」
「へへへ、キャプテンアメリカって、ああ見えてきっと受けなのよねぇ」
「洋子、やっぱあんた腐ってるわ」
笑いながら観ていた三人に対して、八千代はしきりと感心しながら興奮していた。
「アメリカ人ってすごいのですね」
八千代にはあまり映画と現実の区別がわかっておらず、実際にああいうヒーローがいるのだと思ったのだ。
当然他の三人は、八千代がそんな勘違いをしているなどとは気づいてはいない。
「本当にすごいよね、こんなヒーロー映画を作っちゃうんだから」
「あんなすごい・・ヒーローっていうのかしら、アメリカにはたくさんいるの?」
八千代の質問がまさか本物のヒーローのことを指しているとは思わず、洋画についても結構なオタクである真田が答えた。
「アメリカンヒーローはたくさんいるわよ、アベンジャーズ3なんか63人もヒーローが出てくるのよ。
マーベルだけでも100人以上いるから、アメリカ全体だとすごい数なんでしょうね」
真田の答えに八千代は驚いていた。
マーベルとは何なのかはよくわからないが、とにかくアメリカにはさっきの映画に出てきたようなすごい人が大勢いるらしい。
これでは日本は敵わないわけである。
八千代はようやく、日本が大東亜戦争でアメリカに負けた理由が納得できた気がした。
家に帰っても八千代は考え続けていた。
日本は既にアメリカに絶望的に差をつけられているのだ。
これから日本がアメリカに対抗するために、自分には何ができるのだろうか。
自分もあのヒーローたちのようにもっと強くならなければいけない。
そう、アメリカは強大な国であるが、王者の余裕からか八千代にも駐屯地での訓練に門戸を開いてくれている。
今回の留学への誘いも、アメリカで訓練できる貴重な機会である。
アメリカで本格的に訓練を受ければ、きっとあのヒーローたちのようになれるに違いない。
八千代の責任感と向上心が、アメリカで生活するという恐怖を上回った。
「そうだわ、この機会を活かしてアメリカに行って、もっと強くなって帰ってくることが私の使命なのだわ」
八千代はそう決心すると、さっそくじいさまにそう伝えに行った。
じいさまは少し寂しそうではあったものの、八千代の決意に賛同してくれた。
「そうか・・
それがええのかもしれんな。
お前がそう決心したんなら、わしは全面的に協力するぞ」
「はい、ありがとうございます、じいさま」
早速決意したことをマリコに電話で伝えると、マリコは大喜びだった。
「うわぁ、そうかぁ、お前も来てくれるのか。
それじゃボクと同じクパティーノの高校に入学できるよう手配するよ。
パパに推薦状を書いてもらって、修学ビザの手続きもこっちで進めるな。
クパティーノではボクもアパートに住むから、シェアハウスして一緒に住もうよ。
楽しみだけどこれから忙しくなるぞ」
それからの展開は早かった。
数日後にマリコが来て、よくわからいまま、なにやらたくさんの英語の書類にサインさせられた。
サインなんてものを書いたことが無かった八千代は、その場でサインを決めさせられ、何枚もの書類にそのサインすることとなった。
学校や手続きの関係上、渡米は7月末となった。
それまで、駐屯所に通って徹底的に英語を教え込まれることとなった。
また、急いでパスポートを取り、学校には一学期終了後に退学する届を出した。
同級生との別れはつらかった。
特に洋子に渡米の件を伝えたときは、ずいぶんと泣かれ、八千代も洋子にしがみついて、二人で涙をこぼした。
6月末には大阪のアメリカ領事館に就学ビザ申請の手続きに行った。
面接があるということなので、マリコがついてきてくれた。
領事館での面接は英語で行われた。
八千代のたどたどしい南部訛りと軍隊仕込みの下品な英語に面接官は面食らっていたが、マリコがうまくフォローしてくれたため、なんとか審査が通り、無事就学ビザが下りた。
一学期の終業式は八千代の最後の登校だった。
同級生たちに残念がられ、また洋子に大泣きされてしまった。
帰りに校門では、一女レディーズが並んで見送ってくれた。
出発前日、じいさまが組で送別会を開いてくれた。
組員たちは皆、名残を惜しんでくれたが、しめっぽくならないようにヤスたちが盛り上げてくれた。
それでもじいさまは目を真っ赤に腫らして酔っぱらい、何度も「電話しろよ、いつでも帰ってこいよ」と繰り返していた。
とうとう出発当日になった。
八千代が荷物を持って、じいさまの部屋にあいさつにいこうと一階に下りてくると、皆が階段の下に並んでおり、見送りに来てくれていた。
じいさまもいたので、寄ってくと、じいさまは八千代の手を握りしめて顔をふせ、嗚咽を漏らしていた。
八千代はじいさまに抱きつき、悲しみをこらえて言った。
「じいさま、行ってきます」
じいさまはうんうんと何度もうなずき、八千代の頭をなでた後、突き放すように八千代から離れた。
「よし、八千代、頑張ってこい」
「はい、みなさんもお元気で」
ヒロが運転する車で事務所を出発するとき、全員が大声で万歳を繰り返した。
何事かと近所のあちこちの窓が開き、住人が不思議そうに顔をだした。
これから徳島空港に向かい、そこらら羽田経由でサンフランシスコに飛ぶのだ。
マリコの予定が合わず、八千代は一人で行かなければならないが、そんな不安はこれからのアメリカでの生活に比べればなんということはない。
八千代は送ってくれたヤスとじいさまに別れを告げ、一人空港のターミナルに向かった。
以上、「帝国国防婦人 八千代」の第1期は終了です。
第2期は、筆者の5年間のアメリカでの単身赴任の経験をベースに、八千代のアメリカ生活を描いてみようと思っています。
いつになるかは分かりませんが・・。
と、終稿時に書いたのですが、ここのところ自主制作アニメで手一杯で、小説は書けていません。
よろしければ、アニメの方も見てやってください。
https://www.youtube.com/@%E6%97%A5%E4%B9%8B%E6%9C%AC%E3%82%AA%E3%82%BF