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帝国国防婦人 八千代  作者: 日之本オタ
14/21

12.八千代、国難に対峙する

 文化祭が終わり、平穏な日々が続いていた。

 朝は事務所の裏庭で、組の若衆に生暖かい目で見守られながら軍事教練に励み、学校では文化祭で仲良くなったクラスメート達と楽しく過ごし、放課後は近所のトミさんと茶菓子をつまみながら談笑し、夕食後はじいさまの任侠小説を読みふけっていた。

 もちろん、勉強もちゃんとしていた。

 じいさまの指示通り、とにかく英語を集中的に勉強することにしており、組の顧問弁護士の先生のアドバイスで、中学一年生の参考書を元に一から勉強を行っている。

 ただ、英語を勉強するのは八千代が想像した以上に難しそうだ。

 英語は日本語をローマ字にするだけのものではなく、単語そのものが日本語と異なるので、全ての単語を覚えなおさないといけないのだ。

 それだけではなく、文法も違うし、いろはの発音さえ異なることが分かった。

 気が遠くなりそうな労力が必要だが、敵の言葉を理解することで日本を優位に持ち込むという大切な動機が八千代にはあり、くじけることはなかった。

 それに、そもそも八千代は忍耐強いのだ。

 村での過酷な暮らしに比べれば、こんな苦労は何でもなかった。


 おかげで最近は多少体重が増え気味である。

 村では栄養状態が悪かったため、実際のところ栄養失調ぎりぎりの生活を送ってきていたが、ここでの生活では充分な食事を摂ることができているからだ。

 とはいえ、これまでの生活で小さくなってしまった胃を持つ八千代は、同世代の女性に比べてずいぶん小食であり、まだまだ痩せ気味の範疇(はんちゅう)である。

 成長期に栄養不足だったことから、八千代の胸もかなり控えめであるが、もちろん本人はそんなことを気にするどころか意識すらしていなかった。


 このように、概して幸せな暮らしを過ごしていたとある金曜の午後、洋子と下校していると、校門で一女レディーズの面々が待ち構えていた。

 洋子は先日の恐怖がよみがえり、急いで八千代の後ろに隠れて言った。


「八千代、またあの不良たちだよ。

 気を付けてね」


 しかし、八千代にとってリーダの珠代は一緒にカラオケに行った仲であり、すでに親しい間柄のつもりでいた。


「あら珠代さん、こんにちは、なにか御用ですか」


「あ・・姐さん、こんなことをお願いするのは申し訳ないが、ちっと助太刀を頼まれてはもらえないっすか」


「えっ、どういうことですか」


 八千代の疑問に、珠代は状況を説明した。

 なんでも、徳島周辺では、今、スケバン同士の勢力争いがあり、特に最近台頭してきた学校のリーダーが、各学校を勢力下に収めつつあるらしい。

 そして、とうとう、八千代たちの高校をターゲットにして、一女レディーズに勝負を挑んできたということだ。

 話を聞きながら、洋子は八千代の後ろから叫んだ。


「だめだよ八千代、そんな不良たちにかかわっちゃ」


 八千代も不良たちの抗争なんかに興味はなかったが、じいさまの任侠小説の影響からか、珠代をつきはなすことは義理と人情に欠けるような気がしたため、もう少し話を聞いてみることにした。


「その相手って、どういう人達なのですか」


「敵の中核はセント・テレジア女学院で、リーダーはマリコ・オースティンって奴なんすよ」


 珠代の答えに、八千代はピクリを眉を動かし、さらに訪ねた。


「もしかして、夷敵(いてき)ですか」


「えっ?いてき?」


「あの、つまり敵は外国勢力なのですか」


「ああ、まあそうっすかね。

 マリコの父親はアメリカ陸軍小松島キャンプの司令官らしいんすよ。

 母親は日本人らしいけんど。

 マリコは父親の力をバックにしてるだけでなく、本人もめちゃくちゃ強いってことなんっす。

 そんなわけで、どうしても姐さんの力でないと太刀打ちできないんすよ」


 八千代はしばらく考えた。

 これは米兵による日本の再占領の一環ではないのか。

 これを放置すると、日本から米兵を追い出すどころか、占領政策をより強固なものとされてしまう。

 しかし、ここで米側と戦うと、米国に対して戦争の口実を与えてしまうことにならないのか。

 いや、これはお互い宣戦布告をした正々堂々とした決戦であり、その結果に対してどうこういわれるはずがない。

 これは皇国のために負けることのできない戦いである。

 ここまで考え、八千代は答えた。


「わかりました。祖国のためにお役立ちさせてください」


「ちょっと、八千代!」


 制止する洋子に、八千代は優しく言った。


「洋子、私のことを心配してありがとう。

 でも、私はこの状況を見過ごすことはできないのよ。

 必ず日本を守りますから、心配しないで待っててね」


挿絵(By みてみん)


 洋子は八千代が何を言いたいのかイマイチよく分からなかったが、八千代の決意は確固たるものであることは理解できたため、もう引き止めなかった。


「無理したらだめだよ。

 ケガしないでね」


「はい、ありがとう洋子」


 八千代と一女レディーズは洋子を校門に残して立ち去っていった。


 歩きながら、八千代は珠代に状況を詳しく聞いた。

 戦いに勝つためには、情報を集めることが極めて重要であるということを八千代は叩き込まれていたのだ。

 珠代は知っていることを順を追って八千代に説明した。

 だいたい、こんなのような内容だった。


 この近郊の女子高は、昔からそれぞれ不良のグループが学校別に対抗意識を持っていた。

 去年、米軍駐屯地司令官の娘がセント・テレジア女学院に新入生として入学し、一年ながらあっという間にそこのリーダーとなった。

 セント・テレジア女学院のグループは近隣の学校を次々に傘下に収めていった。

 その際に、相手校のメンバーを呼び出して、すでに傘下となったメンバーも含めた圧倒的な戦力で威圧し、ほぼ無抵抗のまま降伏させてきた。

 抵抗があった数少ないケースでは、傘下のメンバーにより徹底的に痛めつけられ、マリコが手を下すまでもなく制圧されてきた。

 マリコは対外的な抗争で戦ったことが無いため、実力は未知数だが、父親が陸軍特殊部隊(グリーンベレー)出身であり、マリコはその父や部下の指導を受けて、おそろしく強いという噂である。

 明日の朝の9時に一女レディーズは吉野川河川敷に呼び出され、降伏か対決を迫られることになっている。

 7人の一女レディーズに対して、敵勢力は100人近くおり、とてもかないそうもない。

 このままでは、徳島第一女子高等学校はセント・テレジア女学院の支配下になるしかない。


 ここまで聞いて、八千代は冷や汗が出てきた。

 セント・テレジア女学院の傘下になるということは、自分たちは米帝の支配下になるということだ。

 そうなると、日常会話は英語で話さないといけないかもしれない。自分はまだほとんど英語はわからない。何もしゃべれなくなってしまう。

 それに、白米を食べてはいけなくなるのだろうか。パンも嫌いではないが、白米が食べられなくなるのはとても困る。

 ここまで考え、これは絶対に負けられない戦いだと決意を固めた。


 決戦は明日の朝9時からなので、今日は珠代たちと事務所の前で分かれ、明日の8時半に吉野川の近くで待ち合わせることにした。

 翌日の朝八千代は、沐浴して身を清め、しばらく自室で正座をして高ぶる神経を落ち着かせた。

 その後、食堂で朝食を摂った際、めずらしくお代わりをした。白米を食べるのはこれが最後になるかもしれないからだ。

 食後、自室に帰った八千代は、戦闘服に着替えた。

 戦闘服を選ぶ際、少し迷いがあった。

 若衆にもらったワニかトカゲのような戦闘服は動きにくいため、訓練にはよいが実践向きではない。

 また、じいさまにもらった日除け付きの戦闘服は、動きやすいものの、せっかくじいさまにもらったものを今日の死闘でぼろぼろにしてしまうのは申し訳ない。

 結局一番最初に着ていた、長い耳のようなものがついた戦闘服を着ていくことにした。

 行く前に、じいさまに別れを告げに行くべきか迷ったが、引き止められてはいけないため、自分の机の上に別れの手紙を置いておくことにした。もし自分が帰ってこなければ、この手紙に気付いてくれるだろう。

 手紙にはこれまでの感謝を丁寧に(つづ)った。

 最後に、村から持ってきた昭和天皇皇后夫妻の写真に深く頭を下げ、必勝を記念して自分の部屋を出た。

 一階に下りると、いつものモップを持ち出し、訓練に行ってくると言って抜け出してきた。

 待ち合わせ場所に行くと、すでに一女レディーズは揃っていた。


「おまたせしました」

という八千代の声を背後に聞き、逃げずに来てくれたと珠代はほっとしたが、振り返ってモップをかついだウサギ娘の姿を見て、一女レディーズは全員あっけにとられた。


「あ・・姐さん!」


「みなさんもうお揃いなのですね。

 まだ時間になっていないですのに、気合が入っていますね。

 今日は祖国のために頑張りましょうね」


「あ、いや、その恰好は・・」


「えっ、これは私の戦闘服です。

 焼夷弾(しょういだん)が降ってきたときのために防空頭巾もついているのです。

 ねっ、素敵でしょ」


「いや、あの・・えっ、しょういだん?」


「備えは万全である必要がありますからね。」


「それより、そのモップはなんっすか。掃除をしに行くんじゃないんすけど」


「これは一応武器として準備してきました、敵がどんな装備なのか分からないので。

 もし、素手の戦いになるなら、ここに置いていきますが」


「いや、連中も竹刀や木刀を持ってるらしいっすから。

 あたいらも、みんな木刀は持ってきてるんで」


「そうですか。

 それならこれは持っていくことにしますね」


「ところで姐さん、作戦はどうしやすか?」


「えっ、作戦?」


「連中はうちらの10倍以上の人数っすから、なんか作戦を考え考えといた方がいいんじゃないっか」


「作戦・・そんなものは不要です」


「えっ」


 一女レディーズの面々は顔を見合わせた。

 驚くメンバーに対して、八千代は自信をもって答えた。


「強い精神力をもって正面突破あるのみです。

 敵に対して、必勝の信念をもってぶつかることが大切なのです。

 精神力が勝れば、私たちは必ず勝ちます。

 精神力が足りなければ、玉砕(ぎょくさい)あるのみです」


 モップを担いだウサギのコスプレ姿で言われても、と言いたげなメンバーをよそに、八千代は珠代を促した。


「さあ珠代さん、そろそろ出陣しようじゃありませんか」


 不安そうなメンバーを引き連れて、八千代達は吉野川の河原に向かった。



 八千代達が到着したときは、すでに相手は揃っているようだった。

 敵は100人近くいるようで、横に広がって待ち構えていた。

 ほぼ10人ずつが同じ制服を着ていたが、全体としてはばらばらの制服であり、複数の学校の生徒であることが看て取れた。

 中央に背の低い金髪の少女が薄笑いをしながら立っていた。

 一目でハーフと分かる顔つきだが、八千代の目には完全に外国人に見えた。

 幼い顔立ちだが、きつい表情をしている。

 釘宮理恵(くぎゅう)が声を当てそうな人物と言えば雰囲気が分かるだろうか。

 これがマリコであろうことは明らかだった。


挿絵(By みてみん)


 八千代達がその集団と対峙するや否や、マリコが声をあげた。


「一女の奴らだな、よく逃げずに来たねっ。

 その勇気に免じて、お前らに最後の機会をあげるわっ。

 今降伏するなら、痛い目を見ることなくボクらの仲間に入れてやるわっ。

 この戦力差を見てみろ、無駄な抵抗をするもんじゃないわよっ」


 『よかった、日本語で話してる』とほっとしている八千代をよそに、珠代が声を上ずらせながら答えた。


「うっせー、降伏なんざするかよ。

 こっちにゃ、強力な仲間がいるんだよ。

 うちの秘密兵器の八千代の姐御(あねご)よ」


 珠代が八千代を指さすと、いきなり紹介された八千代は思わずペコリと頭を下げた。


「あっ、初めまして、國守八千代です」


 その様子を見て、敵一同は爆笑の渦となった。


「あはは、なんなんだそいつはっ。

 コスプレ?掃除夫?

 来る場所を間違えてるんじゃないのっ?」


 マリコの嘲笑に対して、珠代はくやしさに真っ赤になりながらも、笑われることに対しては『まあそうだろうな』と納得してしまっていた。

 しかしここでなめられるわけにいかないため、やけくそになって叫んだ。


「笑ってられるのも今のうちだ。

 笑ったことをすぐに後悔させてやる」


「いい度胸ねっ。

 さあお前たち、やってしまうんだっ」


 マリコの掛け声とともに、軍団は一斉に襲い掛かってきた。

 統制のとれた動きだった。

 軍団は学校ごとに10人ほどの小集団に分かれ、それぞれ1つの集団が一人を取り囲み、袋叩きする形をとっていた。

 珠代たちはなすすべもなく、防戦一方であり、次々にあっちこっちに(あざ)を作っていった。


 八千代はブレザーの制服を着た集団に取り囲まれていた。

 ブレザー軍団は八千代を舐め切って、にやにやしながら包囲をせばめてきた。

 モップを持ったウサギは脅威には見えなかったからだ。

 ただ、八千代は敵から攻撃を受けるまで待ってはいなかった。

 先手必勝とばかりに、リーダー格の人物に打ち込んでいった。

 かつて村では、戦う相手といえば八千代より格上の教師ばかりだったため、八千代は手加減をすることを知らなかった。

 ただ、敵は征服されたとはいえ、本来は同胞であることから、打撃力自体は多少控えめに抑えた。

 それでも、八千代の一撃を受けたブレザーのリーダーは、白目をむいてもんどりうった。

 他のメンバーはこの事態に一瞬ひるんだが、八千代はその隙を見逃さなかった。

 次の瞬間、ブレザー軍団は全員ひっくりかえっていた。

 一方、八千代はあまりの手ごたえのなさにむしろ戸惑ってしまった。


 我に返って周りの様子を伺うと、近くにワイシャツ軍団に袋叩きにあっている和子がいた。

 八千代はワイシャツ軍団に向かって走っていったが、和子を叩きのめすのに集中しているワイシャツ軍団は八千代に気づいていない。

 後ろから攻撃することに八千代は躊躇しない。

 今は戦闘中であり、油断する方が悪いのである。

 背後から攻撃を受けたワイシャツ軍団は、あっという間に全員倒れていた。


「八千代姐、すまねぇ」


「大丈夫ですか?

 動けるようなら、他の皆さんを助けに行きます」


「まだまだ、やれるっしょ」


 短い会話を交わし、二人は次の仲間の加勢に行った。

 敵のふいをつくことができるため、次々と敵の軍団を蹴散らすことができ、仲間を救出していった。


 全員を救出したときには、すでに敵の多くが倒れてうめいており、戦力はマリコの直衛の10人程度となっていた。

 ただ、一女レディーズの側も救出が後の方になったメンバーはかなりぼろぼろになっていた。


「へー、これは驚いたわねっ。

 うさぎさん、とても強いじゃないのっ。」


 仲間が倒されたのに、マリコはむしろ嬉しそうだった。


「これはボク(みずか)ら一対一で勝負したくなったわっ。

 久しぶりに楽しめそうねっ。」


 マリコは直衛のメンバーを下がらせ、八千代に対峙した。


「ボクはね、父とその部下達にグリーンベレーの特殊訓練を受けているのよ、覚悟しなさいっ」


「はい?グリーンベルってなんですか?」


「し・・知らないの?しょうがないわねっ。

 米軍生え抜きの戦闘部隊よっ。

 ボクはその教官にサバイバル訓練を受けたのよっ」


「えっ、サバイバルってなんですか」


「もうっ、無知な人ねっ。

 サバイバルは過酷な環境で生き残るための訓練なのよっ。

 森の中で数週間ナイフ一つで蛇やカエルを食べて生き残る経験もしてきてるのっ!

 あんたなんかとはハングリー精神が違うのよっ」


「アングリ?・・よく分かりませんが、蛇やカエルなら私も日常的に食べていましたよ。

 貴重なたんぱく源ですから」


 どうにも話が通じないため、マリコは言葉で威嚇するのをあきらめた。


「まったくむかつく人ねっ。

 ただ痛めつけるだけではもう気が済まないわっ。

 切り刻んで、泣いて許しを請うようにしてやるっ」


 マリコはカバンから大きなサバイバルナイフを取り出し、八千代を牽制しながら手でもてあそびだした。

 手でくるくると回したり、左右の手に持ち替えたりと、かなりナイフを扱いなれているような様子を見せていた。

 シャープペンを指の上でころころ回すのと本質は同じなのだが、やはりこれをサバイバルナイフでやると迫力がある。

 一女レディーズの面々は青い顔になって、一斉に八千代の方を見た。

 しかし、八千代にとっては、シャープペンも刃物も身近にある必需品の一つでしかない。


「わー、お上手ですね」


 素直に感嘆の声をあげる八千代を珠代がたしなめた。


「姐さん、感心してる場合じゃないっすよ。

 あの様子だと、奴のナイフさばきは相当なもんっすから、気を付けてください」


「でも、あの短刀では、槍術の攻撃範囲には全然入ってこれませんよ、ほら」


 八千代は答えるや否や、モップをひょいと動かすと、マリコの手のナイフはモップに弾かれて弧を描き、吉野川の青い水面にポチャリと吸い込まれていった。


「あっ」


 間抜けな声をあげてあっけとられるマリコをよそに、八千代はモップを構えて、マリコに正対した。


「まっ・・まてよ。

 ボクは素手なのに卑怯じゃないかっ」


 焦って叫ぶマリコだったが、八千代は別に卑怯だとは思っていない。

 戦いは勝つためにするものであり、わざわざ対等な条件でする必要はどこにもない。

 これが卑怯と言うなら、補給の差や作戦を立てることも卑怯ということになってしまう。

 相手が素手であろうか、こちらがモップで戦うことで勝率があがるなら、そうすべきである。

 それに、そもそも向こうも刃物を持っており、それを八千代が叩き落して今の状態になっているのだから、卑怯と言われる筋合いは全くない。


「こちらが素手になる理由はありませんけど」


「こ・・これは学校同士の名誉をかけた戦いだっ。

 正々堂々と誰でも納得できる形で決着をつけないと、後に禍根(かこん)を残すことになる」


 マリコの言葉に八千代は納得できなかったが、自分が今の社会のルールを充分理解していないことを自覚していたため、そういうものかとモップを珠代に預け、マリコに向かい合った。


「これでいいかしら。

 お互い素手ならいいのですよね」


「単純な奴ねっ、ボクとの素手の勝負にのってくるなんて。

 グリーンベレー仕込みの体術で泣かせてやるからっ」


 マリコはわが意を得たとばかりにじりじりと八千代に近づき、空手のような構えをしながら手や上体をしきりに動かしだした。

 フェイントを連続で行うことで、どこから攻撃が行われるか分からなくする、特殊部隊の体術である。

 スティーブン・セガールが沈黙シリーズの映画でやっていたアレである。


 初めて見る奇妙な動きに八千代が面食らっていると、突如、腹部に強い衝撃を受け、後ろに吹き飛ばされていた。

 顔に来ると思ってガードした攻撃は、腹に来ていたのだ。

 マリコの陣営から歓声が上がり、マリコは勝ち誇った顔をしていた。

 腹に強い衝撃を受けた場合、横隔膜を動かす筋肉がけいれんしてしばらく呼吸ができなくなる。

 しかし、こんなことはばあさまとの練習では日常茶飯事だった。

 八千代は腹式呼吸で呼吸を整えながらすぐに立ち上がると、再びマリコに対峙した。


「あのまま倒れていれば楽だったのに、まだ痛めつけられ足りないのねっ。

 お望み通りぼこぼこにしてやるわっ」


 マリコは自信満々の様子で、再びセガールの動きを始めた。

 八千代はマリコの攻撃を警戒しがら、その動きを冷静に観察してみた。

 初めての技だったため混乱していたが、よく観察してみると、間合いに入っていないときの攻撃のフェイントはただの踊りである。

 相手が間合いに踏み込んだ時だけ気を付ければ、手や上体の動きは無視しても構わないことに気づいた。

 八千代がこれを見切った時、マリコが踏み込んできて手刀を八千代の顔面に打ち込んだ。

 その瞬間、八千代はそれを中指と人差し指で挟んで受け止めていた。

 間合いを取り直して、マリコは何度か攻撃をやり直したが、どれも簡単に八千代に止められてしまった。


挿絵(By みてみん)


 マリコは焦って攻撃を繰り返したが、八千代は涼しい顔でこれを避け、マリコの方が肩で息をするようになっていった。


 そう、マリコの鍛錬は所詮(しょせん)お嬢さんのお遊びである。

 グリンベレーの教官も、司令の娘に対して本気で訓練をしてきたわけではない。

 そこらの女子高生には通用しても、八千代に通用する代物ではなかった。

 八千代は、命を含む全てを守ることを目的に、日々鍛錬してきているのだ。

 根本的に練習量も心構えも異なる。


 一方、八千代はこの程度の目くらましに引っかかって一撃を受けたことを恥じていた。

 まだまだ鍛錬が足りない。明日からもっと訓練の量を増やそう。

 八千代は完全に相手を見切り、この後どうするか迷っていたが、これは国土防衛のための聖なる戦いであることを思い出した。

 結局、八千代はマリコの背後に回って後ろ手に拘束し、降伏を勧告することにした。


「あいたたた・・」


「もう勝負はついたと思うのですが、降伏していただけませんか」


「うるさい、うるさい、うるさいっ。

 まだ負けたわけじゃないわよっ」


 マリコは少し涙を浮かべながらそう叫ぶと、無傷の直衛部隊に向かって声をかけた。


「お前たち、こいつをなんとかしろっ」


 しかし、直衛部隊の面々も、これまで無敵だったマリコがあっさりと拘束されたのを目前に見せつけられたのだ。

 ただ、顔を見合わせるばかりで、すっかり戦意を喪失していた。

 しかも、手前には戦意旺盛な一女レディーズが目を血走らせて牽制(けんせい)している。

 マリコは事態を好転させる(すべ)がないことを悟った。


「わかったよ。あんたの勝ちでいい・・」


 マリコのつぶやきに一女レディーズは歓声をあげた。


「で、ボクらはあんたらの支配下になればいいのかっ?」


 不服そうなマリコの問いかけに、八千代は答えた。


「えっ、そんなつもりはありませんよ。

 ただ、日本を占領するのをやめてほしいだけです」


「日本を占領っ?」


「はい、次々と学校を攻略してきたって聞いていますから」


「ああ、そういうことかっ。

 もういいや、どうせボクにとって暇つぶしみたいなもんだったから、もうやめるって。

 今まで陥してきた学校も解放してやるよっ」


 マリコはここで一旦言葉を切り、八千代をにらみつけて言った。


「でもなっ、ボクはパパにもっと訓練つけてもらって、次こそあんたをぼこぼこにしてやるからなっ」


「やっぱり、どうしても日本を占領しようというのですか」


「はっ?さっきからなにを訳の分からんことをっ。

 日本はママの国なのにそんなわけないじゃん。

 あんたに負けたのが気に食わないから、再戦しようってだけよっ」


「あの、練習試合でしたらいつでもお受けしますよ」


「本当かっ?」


「はい、私の鍛錬にもなりますから」


「そっか、絶対だぞっ」


 マリコが少し嬉しそうにそう言った頃には、解放されたと知ったマリコの陣営の生徒は、自分は無関係とばかりに去り始めており、残ったのは八千代とマリコの他は一女ディーズだけになった。

 マリコはそんなことにはお構いなく、そのあとぼつぼつと自分のことを話し出した。

 マリコは幼いころから米軍キャンプで生活しており、周りに同年代はおらず、屈強な米兵たちに相手をしてもらっていた。

 学校に行く年齢になって、キャンプ外部の普通の小学校に通い始めたが、周りの子供とは育った環境があまりに異なるため、話が合わずにずっと孤立していた。

 中学生になった時、孤立していたマリコは不良グループに目を付けられ、ひとけのない所で痛めつけられかけたが、逆に全員をたたきのめし、手下にした。

 彼らを支配することで、初めて同世代との人間関係を形成することができたマリコは、中学時代は学校を裏から支配することで満足していた。

 しかし、マリコが高校生になった頃、支配された卑屈な生徒との関係が物足りなく感じるようになり、自分と対等に話ができる強い人間を求めて、次々と他校に挑戦していったということだった。


「だから、あんたとだったら、その・・とっ・友達にもなれるかもって思ったんだからねっ」


「そんなことでしたら、もちろん歓迎しますよ」


 八千代の返答に、マリコは目を輝かせた。


「ほっ、ほんとうかっ?」


「はい。でも、そもそも強い弱いは関係なく、お友達になれますよ」


「でも、ボクは友達とできる共通の話題がないのよっ。

 ファッションや芸能人なんか全然興味がないし。

 だいたい、ゲリラ戦のための対人トラップの話ができる女子高生なんていないでしょっ」


「対人トラップってなんですか」


 八千代の問いに、マリコは罠の作り方の説明を始めた。話すにつれ、ついつい詳細にいろいろな罠について説明してしまい、途中でようやくやらかしてしまったとはっと我に返った。


「ごめん、つい調子に乗ってつまんない話をしちゃった。

 こんな話をするボクなんてつまんないでしょっ」


 マリコはそう言って八千代の顔を見たが、八千代は興味津々で聞いていたようだった。


「いいえ、とてもおもしろかったですよ。

 私は対人間用の罠は作ったことはありませんが、野生の動物を捕獲するための罠はいろいろ作っていましたよ。

 共通するところも多いので、マリコさんのお話はとても参考になりました」


「なに、そうなのっ」


 二人はその後、罠について熱く語り、お互いのノウハウを開示して、自分の技術の改善に活かせると大いに盛り上がった。

 そもそも八千代もマリコもおじゃべり好きの女子高生である。

 これまで同年代の人と自分の興味がある話題で話す機会がなかったことから、水を得た魚のように話に没頭していた。

 一方、罠の話なぞに一向興味のない一女レディーズはすっかり退屈しており、とうとう堪り兼ねた珠代が八千代に話しかけた。


「なあ、姐さん、今日のところはそろそろこれぐらいにしやせんか」


「あっ、そうですね。

 マリコさん、続きはまた今度ゆっくりお話しましょうね」


「うん、わかった。

 絶対だぞ」


 なごりおしそうに手を振るマリコと別れ、八千代達は校区の方に向かって歩き出した。

 道すがら、珠代たちはさんざん八千代に感謝と称賛の言葉を述べていたが、八千代はマリコとの会話の余韻に浸って上の空で聞いていた。

 一女レディーズは八千代を事務所の前まで送ってくれて、八千代は自分の部屋に戻り、机の上の手紙を処分した。


 出かける前の悲壮な決意に反して、楽しい一日だった。

 本当に村を出てからは幸せな毎日が続いていると思う。

 今日は学校の外にも友達ができて、八千代はとても幸せだった。



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