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帝国国防婦人 八千代  作者: 日之本オタ
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1.八千代の旅立ち

もう30年以上前に考えていたマンガネタですが、マンガの制作の負荷が大きくて、いつまで経っても描かなかったので、小説にすることにしました。

 徳島県八紘郡一宇村、ここは地図に載っていない山奥の小さな村である。


「わが天皇(おおきみ)の治めしる、わが日の本は万世も・・♪」 


 令和の秋晴れの中、静かな山村に威勢よく歌声が響いていた。


 歌声の主は二人の女性。一人は若く、高校生ぐらいだろうか。もう一人は年齢不詳だが、相当な高齢であるようだ。

 二人はモンペ姿で防空頭巾をかぶり、竹やりを担いで走っていた。


挿絵(By みてみん)


「やほ万世は動かねど、神の万世(みよ)より神ながら・・♪」


 あぜ道を軽快に駆けていく二人だったが、突然老婆の方は足が乱れ、その場に座り込んだ。


「ばっ、ばあさま。大丈夫ですか?」


「なあに、ちょっと息が切れただけじゃ。

 わしはここでちょっと休んでいくが、八千代、お前はさぼるんじゃねぇ。

 ほれ、あと一周、扶桑山のまわりを走ってこい」


「諒解しました、ばあさま」


 八千代と呼ばれた少女は、再び走り出し、続きを歌いながら去っていった。


「治めたまへばとことはに、動かぬ御代と変はらぬぞ・・♪」



 老婆は八千代の姿が見えなくなるまで見送った後、膝に手を当て、腰を上げた。


「さて、そろそろ追いかけるか」


 立ち上がろうとした老婆はよろめき、再び倒れこんだ。


「いかん、これはワシも年貢の納め時か」


 老婆は倒れたままつぶやいた。



 小一時間走り続けた八千代がその場に戻った時、あぜに横たわったままの老婆を見つけた。


「ばあさま!ばあさま!」


 八千代の呼びかけに対しても、うめき声しか返せない老婆を背負い、家まで連れて帰った時には、あたりは暗くなっていた。



 ふとんに寝かせて、顔を拭いたり水を飲ませたりと、八千代がかいがいしく世話を焼いた結果、老婆はようやくたどたどしくではあるが話ができるようになった。


「ばあさま、少し顔色が戻ってきましたけど、おかゆは食べまられそうですか」


「いや欲しくない。八千代、わしはもうだめじゃ」


「何をおっしゃるんですか、ばあさま、しっかりと食べて元気になってください」


 急いでおかゆを準備しようとした八千代だが、老婆はそれを制した。


「八千代!そのままこちらに来るんじゃ!」


 老婆のただならぬ剣幕(けんまく)に八千代は逆らうことができず、老婆の枕元に正座した。


「八千代、ワシはまもなく死ぬ」


「ばあさま、ウソです、そんなのウソです。

 ばあさまが死ぬはずありません。

 サメの肝・・はありませんけど、おかゆを食べたらきっと治ります。すぐに作りますから・・」


「黙って聴きんしゃい!

 ヌシに伝えておかんといかん大事なことがあるんじゃ」


「大事なこと?」


「そうじゃ、この村のこと、ヌシの生い立ち、・・大事なことじゃ」


挿絵(By みてみん)


目を見開く八千代に、老婆は語りだした。


「今から、75年前、日本は大東亜戦争に敗れ、無条件降伏した。

 それまでは山のふもとの村に住んでいたワシらじゃが、近々亜米利加(アメリカ)の進駐軍が日本に上陸すると聞いて、ワシら女たちはこの山奥に逃げ込み、この一宇村を作ったんじゃ。進駐軍は女たちに乱暴すると聞いたからな。

 それ以来75年間、ワシらは外界とは関わりを持たず、ここで自給自足の生活を営んできた。ここは外界の誰も足を踏み入れん奥地じゃ。

 とはいえ、どうしてもここでは作れん塩や薬などは、年に一度だけふもとの雑貨屋に行って必需品を物々交換で手に入れてきたんじゃ。

 あれは17年前のことじゃ。ワシが雑貨屋に行った帰りに、山に入る道沿いに赤子が捨てられておった。それが八千代、ヌシじゃ。

 ワシはヌシを連れ帰り、みんなの子供として育てることにした。

 幸い、村民には元看護婦がおり、ヌシは元気に育っていった。

 それに、教師や茶道、華道の師範もおったため、ヌシには充分な教育と大和(やまと)ナデシコとして恥ずかしくないたしなみを身に着けさせることができた。

 もちろん、鬼畜米英どもが侵攻してきたときに備えて、剣術やナギナタを始め、軍事教練もたたきこんである。

 じゃが、最初は50人以上おったこの村も、皆が年老いて次々と亡くなり、今はワシとヌシだけになってしまった。

 ワシが死んだあとは、もうヌシだけじゃ。

 だから、八千代よ、山を降りろ。」


 意外な老婆の言葉に八千代は驚いた。


「ばあさまは死んだりしません。

 それに、山を降りるなんて・・、私に進駐軍の餌食(えじき)になれっていうの?」


「心配せんでええ、八千代や。ヌシは強い。

 それに、人は一人では生きられない。いや、生きてはならんのじゃ。

 旅立つときがきたんじゃ。」


 老婆は未来少年コナンのおじいと同じセリフを言ったが、この老婆がそんなアニメを見ているはずがない。

 単なる偶然であって、盗用などでは決してないのだ。


「くじけるな、八千代。

 仲間を見つけ、仲間のために生きろっ・・ぐはっ!」


 その後老婆は沈黙し、八千代はとりみだした。


「ばあさまっ、死なないで。死んじゃだめよ!」


 しかし、老婆が目を開けることはなかった。


「ばあさま?」


 呼びかけに応じない老婆に対し、八千代はその死を理解したが、理性では分かったとしても、感情はその現実を拒否していた。


「ばあさま・・、うそでしょ。

 目を開けてよ・・。

 ずっと二人が頑張ってきたんじゃない。

 私、ひとりぼっちになるなんていやよ。

 ばあさまのいない世界に取り残されるなんて・・」


 自分の言葉で改めて状況を認識することになった八千代に、悲しみの感情が怒涛(とどう)のように一気に押し寄せ、泣き叫んだ。


「ばあさま!ばあさま!ばあさまーー!」


(ここでパタパタの後Bパート)


 翌朝、八千代は一気に墓を作り、老婆を葬った。

 急いで老婆を葬ったのは、何も考えずに体を動かしていないと感情が爆発してしまいそうだったこともあるが、死んだ老婆の姿を記憶に残したくないという気持ちがあったからである。

 写真などないここでは、故人の姿は記憶の中にのみ存在する。

 このため、八千代にとって唯一の存在であった老婆は元気な姿で記憶しておきたいのであり、死んだ姿を悲しみの記憶と共に思い出すことを避けたかったのである。

 老婆を葬った後しばらくして、八千代は涙と体力を使い果たして墓の横に倒れ込んでいた。

 周りにはいくつかの割れた岩がころがっていた。八千代が悲しみのあまり(たた)き割ったようだ。


 よろよろと力なく起き上がった八千代は、墓の前にしばらく(たたず)んでいた。

 我に返った八千代は気を取り直して一通りの読経を行い、その後墓に(すが)りついて語り掛けた。


「ばあさま、とうとう私一人になってしまいました。

 私はばあさまの言いつけを守って、山を下ります。

 怖いけど、私は大和ナデシコとして恥ずかしくないよう強く生きていきます」


 その時、上空を飛行機が通った。

 八千代は知らなかったが、ここは風向きによっては関西空港への侵入路の下にあたるため、たまに国際線の飛行機が低空で通過するのだ。

 目のいい八千代は、翼に書かれているアメリカの国旗に気づき、また空襲に来たのだと判断した。

 戦争は終わったと聞いていたが、日本は占領下にあるため、おそらく残っている反抗勢力に空襲をかけているのだろう。


 急いで身を隠し、しばらく隠れたあとで家に戻り、旅立ちの準備をはじめた。

 家には貴重なものがたくさんあった。

 鍋、ヤカン、釜など、すでにボコボコに変形するほど使い込んでいたが、金属製品はほとんどお国のために供出したとのことで、手元のものはわずかに残っている貴重なものだ。

 あとは、食品類、これは食糧事情がきびしい昨今では、特に貴重なものである。

 たとえ芋の切れ端だろうと粗末にはできない。全部持っていこう。


 ある程度荷物を詰め込み、片づけを済ませたら、すでに夕刻になっていた。秋の日は短い。

 それに里まで下りるには、3時間ぐらいかかると聞いていた。

 八千代は出発を翌朝とすることにし、その日は村で最後の夜を過ごすことにした。


 お腹は空いていたが、食材も鍋も全て荷造りしてしまっていたため、我慢することにした。食糧事情の悪いこの村で育った八千代は、空腹には慣れているのだ。

 そもそもこの村では労働力が絶対的に不足しているにもかかわらず、貴重な時間のかなりの部分を軍事教練に費やしていた。

 もっと農作に割り当てる時間を増やせば作物も多く穫れるのにと、ばあさまに提案したこともあったが、いくら収穫を増やしても、訓練を怠ると米兵が来た時に全てを失うことになると、聞き入れてはもらえなかった。


 日が沈むと、この辺りは漆黒の闇になる。村にはもちろん電気も来ていない。

 蜜蝋から作ったロウソクは荷物の底に収納しており、わざわざ出してまで貴重なロウソクを使うこともないので、早々に寝ることにした。

 八千代のふとんは荷物に入れたので、ばあさまのふとんで寝ることにした。


 ばあさまのふとんは、ばあさまの匂いがして、別れを思い出させ、また、明日からの不安もあって、枕を涙で濡らすことになった。

 眠れる気がしなかったが、八千代は空襲下の防空壕(ぼうくうごう)でも眠れるよう訓練されていた。

 明日のために寝ようと思うや、自己催眠によって(すみ)やかに眠りに落ちていった。



 翌朝、日の出とともに八千代は目を覚ました。

 ふとんを片付け、荷物の最終確認をしていた時、ばあさまのとの会話を思い出した。

 あれは3年前、ばあさまが下界での買い出しから帰った時のことである。


 ---八千代の回想---


「ただいま、八千代」

 

「ばあさま、お帰りなさい。

 わー、すっごい荷物、重かったでしょ」


「一年分の塩、干物、薬なんかじゃからね

 そうじゃ、それと今の現金も手に入れぞ」


「お金なんかこの村では使うところがないのにどうするの」


「将来、なんかのときに必要になるかもしれんのじゃ。

 この壺に今までも分も入れておくから、いざというときに使うんじゃぞ。

 ほれ、みてみぃ、今日は50円もくれたぞ。」


 八千代はちゃんと一般常識の教育も受けており、貨幣価値も理解していた。


「わーすごい、50円といったら、兵学校の月給と同じだね」


 もちろん、終戦当時の知識である。この村の常識は終戦時から変化していないのだ。

  

「そうじゃ、大金じゃろ。

 どうも下界では食糧不足がまだ続いているようじゃ。

 売りに行く野菜や干芋などをこんなに高く買ってくれるんじゃからな」


 商品を受け取る雑貨屋にとっては、老婆が持ってくる虫だらけの野菜などは無価値なものであった。

 しかし、年に一度やってくる貧しい山中の村民をあわれに思い、寄付のつもりで必需品やら小銭を渡していたことを、老婆は知る(よし)もなかった。


 ---八千代回想終わり---

 

 八千代はばあさまが隠しておいた壺から、現金を取り出し、数えてみた。

 中には百円札やら、穴のない50円硬貨などの他、5銭だの10銭だのといった硬貨も混ざっていた。


「わー、すごい、全部で2480円もある。これなら1年ぐらいは余裕で生活できるわね」


 八千代はお金をモンペのポケットに詰め込み、大荷物をしょって立ち上がった。

 まるでヴィルヘルミ(注1))が買い出しから帰ってきたときの姿のようだった。

 ただ、八千代の服はつぎ当てだらけで、ところどころに穴が開いていた。

 戦時中に作られたスフの布地はただでさえ破れやすいのに、もう75年も大切に使われてきている。こまめに(つくろ)ってはいるものの、どうしてもすぐに穴があいてしまうのだ。

 それでもこれは、八千代にとっては一張羅(いっちょうら)なのだ。門出にふさわしい。


「ばあさま、行ってきます」


 ばあさまの墓の方にペコリと頭を下げ、八千代は生まれて初めて山を下るために歩き出した。


挿絵(By みてみん)


注1) : 「灼眼のシャナ」に出てくるメイドです。

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